第二章 わがままなる貴人 その2
「レベルが上がらない?」
ギルドに来ていたカナタはボニーに指輪で連絡を取っていた。ボニーの不思議そうにしている顔が思い浮かぶ。「なんで?」と聞き返してくるが、カナタとしてはこちらが聞きたいという状態である。
「アーティファクトが反応しないんだ。経験値の魔力を流し込んでもウンともスンとも言わない。流し込んだ魔力はまた自分のところに戻ってくるだけ、暖簾に腕押しな気分だよ」
「あら、その暖簾に腕押しって面白い表現ね。私も使おうかしら」
「いやそういう話をしている場合じゃないんだけどな。もしかして転生者だから駄目ってことじゃないよな」
「うーん。カナタは私とマジェスタ様の加護を受けてるからそんなことは無いと思うけど…わからないわね。こればかりはマジェスタ様辺りに聞かないと駄目だと思うわ。一度、教会に行ってご報告してきてみたらどう?」
「教会で神様と会話できるの?」
「…無理かな?」
「無駄な会話だったな…」
そうつぶやいて指輪の機能を切る。「あ、ちょっ…」とボニーの声が聞こえたが構う余裕がない。ギルドでも初めてのことで専属の錬金術師が呼ばれ、今、アーティファクトの確認に忙しい。それにカナタの方に問題があるかもしれないと医者代わりのヒーラー達が集まっている。その中の一人の女性ヒーラーの性癖が爆発し、職務を利用していかがわしいことをカナタしようとした…のだが、ソフィアと大喧嘩となった。実はようやくその悶着が落ち着いたところである。
「大丈夫だった? カナタ君」
ソフィアが気を使う。女性ヒーラーを別室に閉じ込めてきたらしい。ソフィアもご多分にもれずそこそこのレベルを保有しており、さらにその特性は戦士の属性ということだ。そのため細身に見えても力が強く、カナタの元いた世界からいうと男性プロレスラーぐらいの体力はあるのだ。ヒーラーのように信心や癒やしの魔力に特化している者などレベル差があっても抑え込むのはわけがない。
「ええ、大丈夫でしたが、さすがに驚きました。ああいうのは対処の仕様がわからなくて…」
[仮初の世界]ではあのような攻撃なのかスキンシップなのかわからない行動を取る者はいなかった。戦闘ならどんなレベル差があっても遅れはとらないカナタではあるが、女性ヒーラーのように敵でもない相手に身体を弄られてはただ困惑するしかない。こういうのは前世のリアルも含み、対処する術を知らなかった。
「ヒーラーのルードさんにも困ったものよね。ああいうのはソフィアがやりたいことなのに」
「ア、アイリ!」
「でもまぁ、ソフィアさんが引き剥がしてくれたので助かりました」
「い、いいのよ、これもギルド職員としてメンバーを守る義務がありますから…コホン」
「あらそんなんで良いの? ここは恩を売っておいた方が…」
「アイリ!」
受付嬢同志のやり取りを微笑ましく見ていると、錬金術師のニイスとドレスデンがそろってやってくる。
「カナタ。アーティファクトには問題がないようだ。先程もギルドマスター自らレベル上げに成功している」
ギルドマスターはダンジョンでのバーストデーモン退治の経験値を得ており、久しぶりにレベルをアップした。高レベル者が問題なくレベルアップできているのである。アーティファクトに問題はないと判断された。
「ぼ、僕の見た所、な、なんというか…か、カナタさんの身体に魔力が定着…されないといった…印象を受けます…も、もしや、な、何かのアイテムが阻害しているかも…しれません…なので…全裸で行えば…あるいは…」
そう言うのは錬金術師のニイス。全裸と聞いてソフィアが赤くなる。図らずともルードの行為は正しかったのかもしれない。
「なるほど…試してみますか。それじゃアーティファクトの部屋に行きましょう」
あっさりカナタは了承。ソフィアとアイリは素知らぬフリでついていこうとするが、ドレスデンに「女子禁制」と追い出されてしまった。部屋の外で残念そうに待っているところに、レジーナがやってきた。
「あら、受付の二人じゃない」
「あ、アウスリスト様!」
「レジーナで良いわよ。入り口で聞いたわよ。アーティファクトをこの部屋に移動したんですってね。使わせてもらうわよ」
「あ、あの今は…ちょっとその」
「なによ、別に問題ないでしょ」
止める間もなくドアを開けてしまう。中の光景にレジーナは即フリーズする。カナタは一糸まとわぬ姿であるし、なぜかドレスデンとニイスまで全裸なのである。後ろでみていたイルマも目が点になっていたが、受付の二人はちょっとうれしそうであった。
「何をやっているのよおおおおお!」
レジーナが叫んだ。
結局、全裸でアーティファクトを使ってもレベルは1のままであった。ただ、そのことよりもその後のレジーナの蔑むような視線の方がカナタの心に重くのしかかる。
「別に何をやっていたかを問おうとは思わないわ…でも、レディに殿方の裸体を見せつけるなんて…このギルド頭おかしいんじゃない?」
見たのはレジーナで見せる気などなかったのだが、「勝手に見た」などと言おうものならまた感情が爆発しそうなのでカナタは口を噤んだ。
レジーナについては少しだけギルドマスターから聞いている。彼女は今は公爵家の人間だが、元々は王族、それも現王の娘であり第八王女であった。しかし、多産すぎる現王は男子なら第七子以降、女子なら第三子以降を養子に出し、子どもたちの世話を高位の貴族に押し付けたのである。貴族側からしたら王家に大変なパイプを作れるとあって喜んでこれを受け入れた。しかし養子に出されたほうは心中穏やかではない。王族としての地位を剥奪されるだけでなく、親子の情もそこで断ち切られてしまうのである。なにより「自分はいらない子」という烙印を押された気になる者も多い。レジーナはそれが特に顕著であった。
だから自分が「できる」「できない」ということに執着しこだわってきたのである。この世界では16歳で成人だが、カナタから見ると多感な時期の子供にそれはいささか酷なことに思えてならなかった。
「良い勉強になったじゃろうに」
と、ベンドリック。
「なにいっているのよ! そんなの…まだ早いに決まってるじゃない…」
口ごもり恥ずかしがるレジーナ。ドレスデンはこの小生意気な娘が男の裸で凹んでいるのを見て少し嬉しそうである。昨日の件にはドレスデンも絡んでいる。彼もダンジョンに来ており、退避ルートを確保する役目を担っていた。彼自身は斥候向きの資質をもっている戦士職で、レベルも30となかなかに高い。流石ベンドリックの右腕といったところだ。
カナタ達は昨日、申し合わせたとおりに応接室に集まった。ギルドマスターのベンドリック、レジーナ、イルマ、ドレスデン、そして、カナタである。
「さて、あのダンジョンじゃが一応、知事にも報告を上げておいた。おそらくギルド預かりになるとは思う。もちろん、発見者のカナタにはそれなりの報酬が出る。…が、それでよいかの」
「別にかまいません。僕からするとあそこで経験値稼ぎさえできれば良いので」
「…その件なのじゃが、8階層であんな化け物が出るようではウチのギルドではちと手に余る。かと言って王都から精鋭を呼ぶのも少々癪なところじゃ。そこでお主にマッピングと出現する魔物などを調査して欲しい」
「それなら私も行くわ!」
即座にレジーナが反応する。しかしベンドリックはジロリと睨む。その目に少しレジーナがたじろぐ。
「…レジーナよ…パーティーとしての連携がとれないお前にはカナタと行動を共にすることはできん。昨晩のように失態をまた繰り返したいのか?」
「そ、それは…」
「それにカナタと行動を共にできる者などおらん。わしの見た所あのような戦い方は単身でこそ力を発揮する。他の者がいてもお荷物なだけじゃ」
たしかにそのとおりだが、お荷物というその言葉はレジーナには重い。さすがにフォローを入れたくなったカナタだが、レベルを上げ肉体を強化できない以上、同行者をフォローできない。だから連れていくわけにはいかないのだ。ここはベンドリックの厳しい言に従うのがレジーナのためであろう。
レジーナも少しうなだれていたが、普段のふてくされとは違う印象を受けた。昨晩の経験がかなり効いているようだ。
「さて、カナタ。どうかの?」
「僕の方とすれば全然問題はないです。まだあの先も気になりますし」
とはいうものの、彼は全部知っている。今こここでマッピングしろと言われたらスラスラと空で描くことができたろう。だが、建前的にここは初めてのフリをしている。
「心強いな。何度もダンジョンに行ったことがあるかの風格がある」
ベンドリックは笑ったが、一瞬ドキリとさせられた。偶然かもしれないが、どこかで感じる所があったのかもしれない。前世からの年齢を足しても自分よりはるかに年上の、人生の先輩というのは伊達ではない。そんな凄みがベンドリックにはあった。
その場の話では、ダンジョンがギルド預かりになり、発見者のカナタには報酬が支払われ、そしてその調査をギルドから依頼されることになった。しかし、肝心のレベルアップに関しては原因不明のため保留とされた。
「そういやバフォメットの魔石と月光トカゲの魔石な、あれちゃんと売れたから後で明細をソフィアから受け取ってくれ」
ドレスデンが言う。なんでもあの巨大なレア魔石、ゴブリンオーガのものも含めて全部ビフィル伯が買い取ったということだ。当初、宮廷の第六王子が買い取るはずだったが、ビフィル伯が裏から手をまわし直接購入した。更にレアで高価なバーストデーモンの魔石も言い値で買い取るとのことらしい。
街のギルドが困るほどの現金を、あっさり動かすとはどれだけ資金を持っているのやら想像もつかない。ビフィル伯は爵位は高くないが貴族の中でもトップレベルに金を持っているという話であり、なんでも金のなる木を隠し持っていると噂されるほど金回りが良いという。なんだか胡散臭い話ではあるが。
受付に行くと王国騎士のローガンが来ていた。バフォメットの件以来である。
「あ、ローガンさん。珍しいですねこちらに来るとは」
「ああ、よかった。君にお礼の一つも言わないと気がすまなくなって急いで駆けつけた」
「は? 礼?」
「あのバフォメットの魔石の分配金がこれほど高額とは思っても見なかった。感謝する」
「え? そうなんですか? たしか換金されたお金の5分の4を元々戦いに参加していた討伐隊で分配するように言っておいたのですが…」
「聞いている。あの戦いで我が討伐隊が5分の4をもらうなど貰いすぎではあると思うのだが…恥ずかしい話、我が家は家格のわりに色々と経済的に苦しくてな…分配金はありがたく受け取らせてもらう…が、それ以上に君に直接お礼を言わねばならぬと思った次第だ。ありがとうカナタ君」
彼の率直さにカナタは強く好感をもった。おそらく貴族の出であるだろうし、プライドもあるだろう。しかしそれを超えて素直に心情を言えるローガンは相当な人物であると思うのである。
「あら、アナタ、カナタ様に君付けは失礼ですわ」
と女性の声。そこには見目麗しい貴婦人が立っていた。歳のころは20半ば位。透き通るような白さとはっきりとした黒髪に抜群のスタイル。女性はカナタに笑みを送る。
「し、失礼した。カナタ殿、こちらは私の妻エミリだ」
「はじめまして…。窮乏する我が家を救っていただき感謝の言葉もありませんわ。王国騎士ももう少し給金が良ければよいのですが…」
「これっ!」とローガンがたしなめる。美男美女のカップルである。前世であればさぞかし嫉妬しただろうが、こちらの世界に来てそういう気持ちはかなり薄れた。むしろ仲睦まじい感じにローガンに対する好感が上がる一方である。
貴族と言っても貧乏貴族は多い。特に目立った産業をもたない土地の領主は管理や金の工面で苦労する。ましてや領地経営を真面目に取り組む貴族ほど貧乏に苦しむものだ。ローガンの家もその類であろう。
「い、いえ、あれは正当な報酬ですからお礼など…」
とはいうものの、実は金額をカナタは知らない。急いでソフィアに明細を見せてもらう。ソフィアは嬉しそうな笑顔で明細を渡した。その額は…。
月光トカゲやダンジョン発見の功績金とあわせ、前世なら人生十周しても稼げない額になっていたのだ。
「すごいじゃない! これだけあれば豪勢な教会が建てられるわね! ボニー教も復活の時を迎えたのよ!」
「いや、今、目立つことはしたくないんだけど…。それにこれは僕のお金」
「あらイケず。カナタはこのボニー様の加護を受けているのだから、信者みたいなものじゃない。信者のものは信仰対象の私のものよ」
「どんな理屈だよ。それに僕はボニーだけじゃなく、マジェスタ様の加護も受けている。マジェスタ様は今でも信仰が続いている女神様で、教会も各地にたくさんあるから、そっちに献金するのもアリになっちゃうよ」
「そ、それは~… マジェスタ様はほら、信者がたくさんいらっしゃるから… わざわざカナタが献金しなくても…、それにカナタは私にとって唯一の信者。献金するならこっちが優先だわ!」
なんだかよくわからない理屈である。戯言はともかく、おかげで今後生活に困ることはなさそうだ。一人でやっていると装備や消費アイテムの浪費が馬鹿にならない。特にポーションはいざというときのもっとも重要なアイテムとなる。なるべく質の良いものを揃えるに越したことはないのだ。
「こんにちは」
カナタは魔道具店に訪れる。いつもここでポーションを買っていた。店主は老齢の爺さんで経験ある話には含蓄があるが、とにかくその話が無駄に長くそれが玉に瑕となっていた。当初、カナタはそれを楽しんだが、流石に何度も同じ話を長々と聞かされるのには飽きが来ている。
「いらっしゃい。今日は何が欲しいのかね」
「青のポーションとあと音無しの鈴があれば欲しいのだけど」
青のポーションはこの店では一番高価であり、効能が高いポーションである。
「音無の鈴? なんだい盗賊に転職でもしたのか?」
「いえ、ダンジョンの探索をまかされたから」
「はは、わかっているよ。あんたが新しいダンジョンを見つけたのは噂になってる。といっても裏に通じている連中だけだがね。で、音無の鈴は広域? 狭域? どちらがほしい?」
「狭域で」
音無しの鈴は気配を消すマジックアイテムである。そこそこ高価だがかなり役に立つ。特にダンジョン探索には気配をさとられなければ先制できるし、無理に戦闘をしなくても良い。広域と狭域はパーティーを組むなら広域。一人なら狭域を使う。狭域の方が効果が大きいが、非常に高価だ。
「一人で行くのかい? 大丈夫か?」
「僕は一人の方がやりやすいんですよ」
「そうか、気をつけろよ。頼る相手がいないといざというとき詰むからな。…そういやわしがまだ若い頃に…」
と、昔話がはじまった。これが始まると長いのであるが…それと同時に魔道具店のドアが開き別の客が入ってきた。助かったとカナタは思ったが、意外なことにその客はレジーナ達であった。
「探したわよ。貴方はここによく立ち寄ると聞いて来てみてよかったわ」
カナタの前に仁王立ちで立ちふさがる。
「ダンジョンに連れて行けっていうのはなしだよ」
「それは…まぁいいわ、それより貴方本当にレベル1なんですってね」
それマジ?という顔で店主がカナタの顔を見る。カナタとしてはフェイクのアイテムでレベルを伏せていると思われていた方が何かと活動しやすいと最近になって感じるようになってはいたが、正面きってきかれたらには本当のことを言うしかない。
「そうだよ。ほら」
ギルドの指輪を見せる。そこには間違いなく“1”と記されていた。しかし、色は紫のランクAである。ここ数ヶ月の成果で一気に上位ランクとなっていた。1と記されたこの色の指輪など前代未聞だ。
「まったくもって貴方という人がわからないわ…。ちょっと顔を貸しなさいよね」
不穏な空気が流れる中、三人は魔道具店を後にした。
大昔、前世の学生時代に同じようなことがあった。些細なことからクラスメイトと喧嘩になり「顔を貸せ」と言われて裏庭に連れて行かれた。その時の嫌な感じとまったく同じである。ちょっとと言っていたが、城壁を出てそこそこな距離をつきあわされた。そして街道から外れた草原で二人と一人は対峙する。
「貴方がなんで強いか知りたいのよ。胸を貸してくれるかしら」
「断っても襲ってくるよね」
「物分りが早くて助かるわ」
案の定である。言ってしまえば果たし合いだ。まぁ、力比べと言えないこともないが。
「じゃあ、最初はイルマからよ。行きなさい」
一度にくるのではないのか。これならかなり手加減ができる。とカナタは思った。イルマは先のダンジョンで得た経験値によってレベル35になっていた。30以上のレベル持ちが一度に3も上がるなど滅多にない。イルマは以前の自分より明らかに強くなっているのを感じていた。
尋常でない速度で間合いを詰め、モーニングスターを振り下ろす。カナタは避けることもなくそれをパリィする。パリィは受け流しの技だ。左手につけられた小縦で相手の攻撃を受け流す。受け流された方は態勢を崩しスキができる。本来ならそこを攻撃するのだが、その必要はなかった。力の差がわかれば良いのだから。
以前、カナタにパリィされたときと同じようにイルマの身体から力が抜ける。レベルが上がってもこれはどうしようもない。イルマは反撃を諦めた。
「なんなの? …その技は…普通のパリィじゃないわね…」
イルマが呻くように言う。
「まぁ、女神の加護っていうかスキルだね。パリィした相手の反撃を完全に防ぐ力が付与されている。ただし対人にしか使えないけどね」
「もしかすると魔物を出血させるのも、どんな硬い体皮でも切り裂くのも…」
「そう。どうちらも僕のスキルだ」
どうにか身体を起こしていたイルマだが、身体の力を抜き諦めたように地面に大の字になる。
「レジーナ様…申し訳ありません。やはり“天才”には勝てないようです」
「天才? 何の話?」
「貴方って度を超えた常識しらずなのか、ただのバカなのか…それともわかっていて私達凡人をなぶるっているのか…どれなの?」
レジーナの静かな物言いがただならぬ殺気を帯びていた。本気で腹に据えかねているようだ。
「わからないものは、わからない。多分、僕は君の言う常識知らずのバカなんだと思うよ。少なくとも女性をなぶって喜ぶ趣味は持っていない。というか、なぶるってどういうことさ。できることならちゃんと説明してくれるとありがたいんだが」
ふうと大きくレジーナは息を吐いた。
「いいわ、説明してあげる。もっとも、貴方がバカでなかったら、こんな説明する私がとんだ間抜けになっちゃうけどね」
「その心配はたぶんいらないよ」
「まぁ、いいわ。スキルには二種類あるのは知ってるわね。レベルに達すれば誰もが取得できるスキルと才能がないと発現しないスキル」
「ああ、鑑定スキルなんかはレベル1から使えるから誰もが使えるスキルだな」
「…そこ違うわよ。多分、あんたは生来もってるから使えるのよ。鑑定のスキルの取得はレベル6」
「そうなのか? 確かに元々使えるものではあったけど…」
「まったく…どこまで恵まれてるのよあんたは! だけど問題は誰もが取得できるスキルじゃなくて、あんたのそのパリィみたいに才能がないと発現しないレアスキルよ」
「なるほど。君の
「そうよ。私はたまたまその才があったからレベル5のときに発現したわ。高位魔術師には持ってる人は多いけど、これだけ低いレベルで発現したのは私位のものよ!」
「凄いじゃないか!」
「そうよ! すごいの… でもあんたのはそんなのが一瞬で霞む位凄いのよ! 自覚してないのが腹立つわ!」
鼻高々にふんぞり返っていた表情から涙目になるレジーナ。くるくる変わる表情は可愛いが、カナタとしては対処に困る。
「この手のスキルは才能ある人間でも精々一つ位しか発現しない! それを二つも三つも持つなんて貴方がどれだけ特別なのかわかっている?」
「考えたこともなかった…というかこの手のスキルってそんな特別なものだったんだ…」
思えばカナタのスキルは全てゲームで付け足された要素である。それを大女神マジェスタがこの世界で実現させたものなのだ。特別どころの話ではない。まさにチート。
「これだから無自覚な天才は嫌いなのよ! 凡人がどんな努力しても簡単にくつがえされちゃう…でも、これならどう?」
レジーナから魔法が放たれる。ほぼ無詠唱であった。範囲魔法は詠唱時間が長いのでスキが大きく対人ではほぼ役にたたない。が、それを覆してきた。おそらく会話中に同時詠唱していたのだろう。
カナタの頭上を中心に光の衝撃波ほとばしる。彼女の得意な範囲魔法[
「…う、うそ… 何がおきたの?」
カナタの顔がレジーナの鼻先まで接近していた。吐息がかかる。もう一度呪文を…と後退しようとしたが、ちょいとカナタの指が彼女のおでこを押す。レジーナはそのまま仰向けに倒れてしまった。草むらに倒れたレジーナがその前に立つカナタを見上げる。
(追いつけない…)
レジーナは完全な負けを認めた。頬を涙がつたう。昨日のような激情はない。ただ静かに悲しかった。
「終わりかな」
別になぶる気も煽る気もない普通の物言いでカナタはレジーナに言う。逆に、その冷静さが癪に障る。レジーナは飛び起きて叫んだ。
「なんなのよ今の。説明しなさいよね!」
「今のは[
「なによ! そんなのずるじゃないの! ずるよ! ずる! なんで貴方みたいのがいるのよ…」
女神の恩恵であるこれらのスキルはたしかにずるいと言えばずるい。まさにチートだ。しかし、カナタが努力しなかったわけではない。彼はゲーム世界で何百、何千、何万回と習練を積み、それらのスキルを使いこなすタイミングを完璧にしているからこそ、ズルいくらいに強いのである。
レジーナは一瞬激昂するが、すぐにはぁとため息をつきうつむいてしまう。彼らは対峙したまま動かなかった。その間を抜けていく草原の風が頬にやさしい。
「すごかったな。今の奇襲… 予想だにしていなかった」
レジーナの前置き詠唱はカナタにとっても初めてであり、いわば裏技のようなものである。本当に肝が冷えたと彼は感じていた。
「やめてよ…しっかり避けておいて…嫌味に聞こえるわ」
「嫌味じゃないさ。本気で凄いと思ってる」
「…いいわ。そういうことにしておいてあげる…でも…やっぱりずるいわよその強さ」
たしかにカナタの持っているスキルはこの世界の常識を超えている。が、しかし―
「うーん。強いのかなぁ?」
「なぁに言ってるの! 馬鹿にする気?! さては私を弄んで楽しんでるのね!」
「い、いや、そういうわけじゃない。僕の強さってあくまで僕が敵と戦う場合に限られているからね」
「…どういうことよ」
「つまり、この強さは独りだけのもので誰にも寄与しないものだから」
「それってオンリーワン?! 唯我独尊ってこと? なに増長してんのよ! 少し強いからっていい気になって!」
レジーナは這いずる様な変な動きでカナタに迫る。カナタは苦笑いした。
「逆、逆。僕のこの力じゃ誰も助けることはできない。独り戦うのが精一杯ってことさ」
「…なによ…。あんたのおかげで…地下では助かったじゃない…」
「あれはギルド長が来てくれたから助かった。僕一人じゃ君を助けることはできなかった。今思い出しても肝が冷えるよ」
「…それって…私の身を案じてくれてたってこと?」
「そりゃそうだろ。せっかくこの世界…じゃなくてこの街で親しくなった相手を失うのは…辛いからね」
相変わらず膨れっ面のレジーナだが少し顔が紅潮している。
「以前も馬車に轢かれそうになった子供を救えなかったことがあった」
「え?! あんたが? 救えなかった?」
「そう。でも別の人が助けてくれたけどね。レベル24の冒険者。あれは鮮やかだったな…。強さってああいうものだと思うんだよ」
「…変な人ね。あんた。どんな高レベルの魔物も倒すくせにレベル24程度に後れをとるなんて…」
「だって僕はレベル1だから」
「あーホントにわからないわ! あんたって人が!」
頭を掻きむしるレジーナ。ひとしきり掻き終わるとまた大きな息を吐き、落ち着いた口調で話し始める。
「…私ね…認められたかったの…」
「レジーナの実力は誰もが認めるところだよ。その歳のレベルじゃないだろ」
「…そういうことじゃないの…私が認められたいのは、私が認められたいって思った人からだけ…他はどうでも良いわ…それってわがままかしら?」
「…かもな。でもそれはわかる」
「最初は本当のお父様から認められたいって…そして次は育ててくれたお父様…でもどちらのお父様も私のことは眼中になかった…」
このことはベンドリックから聞いていた。彼女は養女に出され、そしてその先でもあまり相手にはされていなかったようだ。
「ただ一人、認めてほしい人が認めてくれた…それがイルマ…。彼女のおかげで他の私が認めてほしい人も私のことを見てくれると思えるようになった…イルマがいたから私はここまでこれた…そしてようやく二人目が…」
レジーナの視線がカナタに行く。カナタは笑顔で答える。ようやくレジーナも笑顔になった。が、そこに―
「レジーナ様ぁ!」
いい雰囲気の二人の間にイルマが割り込んできた。顔は涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃである。
「このイルマ一生レジーナ様についていきますぅ! 絶対、絶対に離しません~」
レジーナにしがみつくイルマ。さすがにレジーナもこれにはドン引きする。
「ちょ、ちょっとイルマ、わかったから、わかったからちょっと離れて…」
「離れまぜん~レジーナお嬢様! 私は絶対に絶対に離れまぜん~」
イルマの勢いにカナタも引き気味だったが、二人の仲の良さが微笑ましくもあり、羨ましくもあった。
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