第二章 わがままなる貴人 その1

「ちょっと、あなた、ここにはもっとマシな依頼はきていないのかしら」

 ギルドの受付嬢ソフィアの前にカウンター越しに仁王立ちになっている少女がいた。仁王立ちといっても背が低く、子供がふんぞり返っているようにしか見えない。ただ、その輝くような金髪と顔の造形の美しさは目を見張るものがあった。そしてその後ろにはお守りとおぼしき女性戦士が立っている。

「は、はい。申し訳ありませんが、今は張り出されている依頼以外は届いておりません」

 通常、依頼は掲示板に張り出される。ただ、依頼内容によってはギルドが指名したりするので、棚置きと呼ばれる表には出さない依頼も存在すた。

「ホントかしら、あまりに程度の低い依頼しかないなんて…あんた隠してない?」

 実に横柄な口の聞き方である。この世界の冒険者は基本、紳士である。それは経験値分配の公平さに「神の存在」を感じており、いわゆるお天道さまに見られていることを本気で信じているのでおかしな態度をとる者は少ない。が、このちびっ子の冒険者はどうも例外らしい。

「もともと、この街とその周辺は低レベルの魔物しかでませんので…」

「そんなこと知っているわよ! まったく、騙された気分だわ…。バフォメットが出たって言うから来てあげたのに…。まぁ、良いわ…アーティファクトを用意して頂戴。経験値が少しは溜まったからついでだけどここでレベルアップしていってあげるわ」

 とことん高飛車である。さすがにソフィアも眉をひそめる。それでもこういった高飛車で態度の悪い冒険者はいないでもなかったので、事務的にそして普通に対応した。とは言っても、こんなちびっ子でこんな態度を取る相手は受付嬢を初めて数年たつが、流石に今回が初めてである。

 ちびっ子の後ろに控えている女性は一切口を挟まなかった。20代前半ぐらいで常に半歩後ろで静かに立っているだけだ。装備からみると戦士というより僧兵…武装シスターといったいでたちだ。当のちびっ子は服装とワンドから魔法使い職であるのは見て取れた。彼女をアーティファクトに案内するときにソフィアに声をかける者がいた。

「よう、ソフィア。こいつを受けたいんだが」

 冒険者のマルゾが掲示板の依頼書を持って割り込んできた。話している相手が子供にしか見えないので仕事の話とは思わなかったのかもしれない。もっともそれ以上にソフィアは冒険者の男に人気がある。列を作ってでもソフィアと関わりたい男冒険者は後を絶たない。マルゾもその一人だ。男女の感情になるとお天道様もない。平気で割り込む輩はいたが、やはりそこは相手次第である。強そうなヤツ相手に喧嘩を売るようなことはしない。そういう意味でもちびっ子を舐めていたマルゾ。だが、ソフィアとちびっ子の間に立ったとたんマルゾの身体は宙を回転し、地面に叩きつけられる。

 マルゾの「びゃぶ」と言った低い悲鳴が聞こえた。

「無礼者。レジーナ様のご用事を遮るとは不届きにもほどがある」

 マルゾを見下し武装シスターは冷徹に言う。ソフィアはもちろん近くにいた冒険者も目を丸くして声も出ない。マルゾはお調子者で一目置かれるような者ではないが、それでもレベルは15あり、アスリート以上の身体能力を持っている。そのときまったく気にも止めていなかったが、周りの人間は一斉にその従者へ鑑定のスキルを働かせた。

 レベル32。

 王国騎士並だった。王国騎士は言わば国の精鋭。それと同じ位ということは、全国ランクでも上位の強さを誇る。さらに言えば、レベル30超えなど身体能力としてみたらアスリートどころか超人並であり、レベル15のマルゾと比べたら普通の中学生と現役プロレスラー位の差があった。

「おやめ、イルマ。レベルの低い者を相手にしては沽券にかかわります」

「は…申し訳ありませんレジーナ様」

 イルマと呼ばれた武装シスターはすっと下がる。

「さ、早くアーティファクトを起動してちょうだい!」


 アーティファクトでレベルアップするときには、測定器メジャーリングと同じ様に個人情報は全部開示されてしまう。これを偽ることはできない。なので、少女のステータスを見たときソフィアはもう一度驚いた。

 彼女のレベルは25。そして年齢は見た目よりかは上であるが17歳であった。もともとギルドに登録できるのはこの世界の成人である16歳以上と決まっている。なのでそれより幼く見えても見た目通りではないとは予想していたが、意外と普通に若輩であることに二度驚いた。

「レベル25から28…ね。30まで行くかと思ったけど、存外、ジャボガッドの群れも経験値を持っていないわね」

「高レベルになるとレベルが上がりづらくなります。そこはご辛抱を…」

「ふん! まぁいいわ… ちょっとそこのあなた高レベルの魔物が現れたらこのレジーナ・フォン・アウスリストに連絡をちょうだい。良いわね!」

「は、はい…ってアウスリストぉ? …様?!」

「そうよ、こんな田舎街でも名前くらい知っているでしょ。っていうか知らないとおかしいけどね…フフフ」

 アウスリスト家は公爵家の一つである。王家に連なる一門でもあり超名家だ。そこのお嬢様が冒険者をやっているとは聞いたこともない…が、アーティファクトで素性を見たときはレベルの高さと年齢に驚いて気が付かなかったが、たしかに彼女の名前はアウスリストであり、公爵家の人間で間違いない。

「しょ、承知いたしました! アウスリスト様!」

「レジーナで良いわ。まったく最近の受付は相手を見る目がなくて困るわね」

(正直…グーでなぐってやりたい)

 そうソフィアは思ったが、ぐっとこらえる。そこへ入り口の扉が開きカナタが入ってきた。レジーナは自分と同い年位の冒険者に一瞬視線を向けたが、取るに足らない相手とスルーしイルマが開ける扉から帰ろうとしていた。が、その瞬間、ゴトリと魔石をカウンターに置く音を聞いた。

「これの換金をお願いします」

 魔石独特の共鳴音に思わずレジーナは振り向いてしまった。そして、その魔石の大きさに驚く。彼女には見たことがないサイズであったのだ。

「ちょっと! あなた! 何ソレはっ!」

 レジーナが叫ぶ。カナタはきょとんとした顔で自分より小さい少女を見た。少女はズカズカと近づいてくる。

「こんな大きな魔石どこで手に入れたのよ! 言いなさ! さあ早く!」

「え? いやその…これは…」

「レジーナ様、よろしければ私が拷問で洗いざらい聞き出しますので…お下がりください…」

 イルマが物騒なことを言い出す。レジーナも早くやっちゃって!などと言っている。カナタには何が起きているのかもわからない。

「ちょ、ちょっとお待ちくださいレジーナ様! 落ち着いて話を聞いてください!」

 ソフィアが止めに入るがそれより早くイルマが動く。尋常ならざる速さ。しかし、カナタは来るのがわかっていた様に避ける。それが信じられないイルマだが、すぐに次の攻撃に出た。腰にぶら下げていたメイスを振りかざす。完全に殺しに来ていたが、カナタは攻撃を左小手に付けてある小盾でパリィ。言わば受け流しだが、受け流された相手は体勢を崩す。さらにこのパリィにはスキル付与されており、成功すると受けた側は一時的に力が抜けてへたり込んでしまう。

 カナタのスキル[攻撃受流パリィ]であった。

 へたり込んだイルマは信じられないといった顔で、さらに攻撃をしようとするが、力が入らない。驚いたのはレジーナも同じである。顔が真っ青になりワナワナ震えている。そしていきなり魔法詠唱を始めた。

 凄まじい魔力の圧力を感じたが、この近距離なら詠唱が終わる前に簡単に仕留められる。カナタが動こうとしたその瞬間、その必要もなく別のところから怒号が響き詠唱は中断された。

「やめぬか! 愚か者!」

 そこには厳しい顔をした長身で威厳のありそうな長い白髭を生やした老齢の男が立っていた。

「ベンドリック…」

 少女はその老齢の男をそう呼んだ。この男こそこのギルドのギルドマスターであった。


 城塞都市メルンのギルドマスター、ベンドリック・フォン・エンディフル。元Sクラス冒険者であり、レベル50を誇る王国指折りの魔術師。そしてレジーナの師匠でもあった。

「あんなところで周囲を巻き込む範囲魔法など唱えるなど気でも触れたか、レジーナ!」

 ギルドの応接室でカナタ達は座っていた。底辺レベルの冒険者であるカナタがここに入るのは初めてである。レジーナはうつむきふてくされ、イルマは長椅子に座るレジーナの後ろに控えていた。ただ、先程と違い少し身を縮こませている感じがする。彼女もベンドリックを知っており、頭が上がらない立場のようだ。

「…もっとも、あんな近距離ではそこのカナタ君に詠唱前に討たれて終わりじゃがな」

 その言葉にイルマが青ざめる。当のレジーナはさらに頬をふくらませるだけであった。


 範囲魔法。それは一度に複数の相手にダメージを与える攻撃魔法である。通常、攻撃魔法は相手に対して一度だけ攻撃するものだ。ファイアアローを唱えるのも、弓矢を放つのと同じといったところである。

 しかし、範囲レンジというスキルを持っている魔術師は、同じファイアアローでも一度に複数を放つことができるのだ。さらに範囲攻撃専用の強力な魔法も使うことができる。レジーナが使おうとしたのは相手を爆煙で吹き飛ばす爆破魔法であった。もし使われたとしたら受付ロビーは跡形もなく吹き飛んでいたかもしれない。


「さて、カナタ君。この魔石はどこで手に入れたものかな?」

「それは先日、東の山でゴブリン討伐のときに出会った月光トカゲから採取したものです」

「月光トカゲ? レベルは幾つだったの? まだいるの?」

 レジーナが食いつくが、それをベンドリックが抑える。実はギルドを通して審問官のライチルから返却されるはずだったのだが、ライチル自身がその手でカナタに返しにきた。理由は彼の様子を見るためと、例の月光トカゲの皮で作ったスーツを見せびらかしに来たのである。ドラゴニアにとって月光トカゲの皮は宝石にも勝る貴重品であった。カナタにはわからなかったが、ライチルの鱗と相まってとてもきれいであったのは間違いなかった。

「月光トカゲは一匹しか確認できなかったよ。レベルは…40だったかな?」

「40?! そんな魔物がこの付近にでるようになったの? 他にどんなのが…」

 カナタの顔の数センチのところまでレジーナの顔が迫る。

「レジーナ落ち着きなさい。この付近に高レベルの魔物が出るようになったのは確かにここ最近の話じゃ。ギルドとしても憂慮しておる。元々、この付近はレベルが低く、初心者冒険者を育てるのに良い環境じゃった…しかし、ここしばらくで状況が変わってきておる…たしか、ゴブリンを率いていたのもゴブリンオーガでレベルが20位であったと聞いておるが…」

「はい、ゴブリン自体はレベル5程度の普通の個体の集団で、パーティーを組めばさほど苦戦はしないと思いますが、ゴブリンオーガが居るとなると、中級以上のパーティーでないとかなり危険かと…」

「なら問題ないわね。私とイルマなら中級どころか上級クラスにも匹敵するわ! カナタとか言ったわね。私達を高レベルの魔物のところまで案内しなさい!」

 机に乗っかりカナタを上から見下ろす位置をとり高飛車なことを言ってくる。ベンドリックはヤレヤレとカナタに「聞かないで良い」と軽くクビを振る。無視されグギギと音が聞こえるほどに歯噛みするレジーナ。

「とにかく、今後、魔物討伐に関わる依頼は事前調査を念入りにする。それと勝手な魔物討伐はしばらく禁止じゃ。危険が大きいからの。じゃからしばらくは今までのようには活動できぬ…そのつもりでな、よいなレジーナ」

 レジーナはそっぽを向く。しかしこれにはカナタも困る。彼は魔物を討伐して経験値を稼がなければいけないのだから。


 冒険者の仕事は何も魔物討伐ばかりではない。物資輸送や要人の警護なども彼らが主に使われる。対人でも十分に彼の戦闘力は有用である。が、対人だと経験値は得ることができない。

 ある意味、これが魔物と亜人種を含む人間との大きな違いになっている。神話の時代、善神と邪神が戦い、善神が勝利して大地を開いた。そのときに作られたのが人であり、今のこの世界となっている。それに対し、負けた邪神は地下に潜り、世界を奪うべく魔物を送り込んでくると伝えられていた。そして、そのときにやり取りされる魔力が経験値というわけである。経験値の総量が多い方がこの世界を統べるという話らしい。が、これは神話の中のお話でしかない。

 実際のところ、魔物は人から経験値を得るために躍起になっている。彼らはその経験値で自分が強くなることを実感しており、自らの力を伸ばすために人を害するのだ。人は弱くとも生きられる社会を作った。だから魔物ほど経験値に執着はしない。

 それに人は魔物と違って、ギルドのアーキテクチャを使わねば能力は強化できない。ここも魔物と人の大きな差になっている。


「弱ったな…魔物討伐ができないのは困るぞ… かと言ってこの街を出て別のところに行くのも…ボニーがいるからな…」

 ボニーは動かせない。というのもボニーに経験値の魔力を付与する機械は教会の地下に一台しかなく、固定されてしまっているのだ。下手に動かせば二度と使えなくなるかもしれない。そうなったらお手上げだ。後は、自分が何ヶ月か経験値を獲得しにいって戻ってくるか…こちらの方が現実的であろう。

 それをボニーに相談した。

「ソレはダメよ! 私が寂しいじゃない!」

 悩むところはそこじゃない。とカナタは突っ込む。

「数百年一人ぼっちだったのよ! これで相手がいなくなったら私寂しくて死んじゃうわよ!」

「指輪で通話できるじゃないか… 距離とかあるの?」

「…ないけど…ううん! やっぱダメ! 顔を会わせてのコミュニケーションでないと意味がないわっ!」

 思ったより頑なに抵抗する。大体にして、彼女を解放するために経験値を集めているのだ。そちらの方がより大事なはずなのに、このワガママ女神は目先のことしか眼中にないらしい。

「依頼がなくても魔物討伐はできるじゃない。だから毎日ここから通って経験値を集めてくればいいでしょ? ただいまを言って、お帰りなさいと迎えてくれる幸せを噛み締めなさい!」

「問題は依頼がないことより、ギルドの方針として魔物狩りが勝手にできないことなんだよ。下手に背くとギルドから追放されちゃうだろ」

「…たしかにギルドに背くのは色々面倒ね… レベルアップはもちろん、お金の工面もギルドがないと何もできないから…」

「だろ? だからいっそホームを変えようかと思うんだ…。もっと高いレベルの魔物を狩るためにも…」

「それは絶対駄目! 私をこの廃墟同然の教会に置き去りしないで!」

「時々、経験値を持って帰ってくるから…」

「嘘よ! きっとカナタはこの世界の別のところでハーレムでも作って私を見捨てる気なのよ! そして私は再び一人で寂しく打ち捨てられ永遠に閉じ込められたままなのよっ! ふええええん」

 平行線も良いところである。ボニーの指輪で通話もできるし、こちらの様子も把握できるのに顔を合わせないと安心できないとワガママを言う。

(指輪でこちらの状況がわかるのだから一緒に旅をする気分でいれば良いのに…)

 カナタはため息をつく。

「まぁ、一応、心当たりがないわけではないけどね… 要するにギルドの知らないところで魔物を狩ればいいわけだから…」


 かつて[仮初の世界]で大いにプレイしていたときには、この城塞都市メルンから5つの方向に進んでそれぞれのボスキャラを倒し、さらにはそこで得たキーアイテムを使って最終ステージに行ったものである。当然、同じ構造のこの世界も同じようにこの街から5つの方向に道がある。

 東西南北に進む道と地下ダンジョンだ。ゲームである[仮初の世界]と違い転移方法がほぼないこの世界では一度そちらの方面に向かうと地道に徒歩や馬で移動するしかなく、普通に長旅になる。もちろん最終ボス地点にまでいかなくともレベルの高い魔物を狩ることはできる。しかし、経験値稼ぎなので一度や二度行けば良いというものでもない。何度もそこに訪れる必要があり、狩場の近くにホームを持つ必要があるのだ。

 そのホームを変えるということにボニーは抵抗しているのである。転移の方法がほぼないこの世界では、狩場の近くにホームを持たないと移動ばかりに時間を取られ、効率が著しく悪くなる。そこが頭の痛いところだ。


 はっきり言ってこの街の近辺での経験値稼ぎは効率が悪い。魔物のレベルが低いからだ。だから当初は慣れたらすぐに次へ移動するつもりでいた。しかし、ボニーが移動できないことと、街に慣れてきたら人との交流も楽しくなって、離れがたくなっているのが正直なところでもある。

 そんなところに東の山付近での高レベル魔物の出現。カナタにとってはありがたい出来事ではあったが、街の人々からすると生命に関わることなので逆に大いに迷惑なことだろう。冒険者だって多量な経験値を得られる機会に恵まれても死んだら元も子もない。

「あちらを立てればこちらが立たずか… 困ったな…」

 カナタは現状を憂いつつ、もう一つの方法を確かめるべくその地に向かった。場所は城壁の外にある墓地だ。

 この城塞都市には幾つか墓地がある。ほとんどは城壁の外にあり、管理され現在使われている墓地は近郊のピクニック代わりの場所としてちょっとした行楽地にもなっていた。

 それ以外に打ち捨てられた古い墓地も幾つかあり、誰も管理していないのでアンデッドの発生源となっているが、冒険者が駆除してくれるため更地にされず放置さていた。もっとも、ここで経験値稼ぎもできるのであえて放置していると言った方が良いのかもしれない。

 そんな古い墓地の一つが街から北にある川向こうにこじんまりと墓碑が連なっていた。ここにもスケルトンが発生するが、川が魔物の侵入を防いでくれているので街には被害もなく、小規模のため発生するアンデッドも少ないので冒険者すらもあまり訪れない。

 だが、ここには地下ダンジョンの入り口があり、そのことはこの街では知られていなかった。

 このダンジョン自体はカナタがプレイしていた[仮初の世界]と全く同じ位置にあり、おそらくは中も同じだろうと予想していたが、入り口が封印されており、何らかのアイテムがないと開かない様子だ。なのでこの世界に来てから一度だけ訪れて以来近づいていなかった。

(ここなら移動の無駄も、街から離れることも、そしてギルドに知られずに経験値稼ぎができるな… しかし…)

 そう、封印である。

 ゲームでは普通に扉は開いており、自由に出入りができた。だが今は巨大な石扉で塞がれている。このことについて以前ボニーに話したが、彼女からは何も情報はなかった。

(謎解き要素かな? [仮初の世界]では簡単なものしかなかったけど、こちらの世界では人が関わって複雑な要素がありそうでなかなか難しそうだな…。もっともこのダンジョン自体、ギルドでは知られていない。関わっているのは人ではなく神とか人外かもしれない。ボニーは知らなかったが、別の種族なら…)

 カナタが石版の前で考え事していると、後ろで何かが動く気配がする。振り向くとスケルトンが湧いていた。レベルはさほど高くはない。なのでさっさと片付けようとダガーを鞘ごと取り出し戦闘に備える。このダガーの鞘は金属製で打撃武器にもなるのだ。スケルトンには斬撃や刺突の攻撃は効きづらい。物で殴るのが一番効果的だ。10体ほどのスケルトンである。そこそこの稼ぎにはなるが、スケルトンから得られる経験値は労力に見合わない。低級アンデッド全般に言えることだが、生命がない分、得られる魔力が劣るのかもしれない。

 カナタが一歩前に出る瞬間、光が走った。カナタは慌てて後ろに飛び退く。

 光はスケルトンの一団を瓦解させてしまった。範囲魔法[衝撃煌輝フラッシュインパクト]だ。魔力を衝撃波にし、物理攻撃を対象に加えダメージを与える魔法である。カナタは一瞬でその衝撃の範囲から逃れる。

「へぇ、あのタイミングで逃れるとはなかなかやるわね」

 声のする方を見ると、小高い丘の上にレジーナとイルマが立っていた。今の魔法はおそらくレジーナのものであろう。彼女が歳のわりにレベルが高い理由がカナタにはわかった。範囲魔法での攻撃は貢献度が高く、経験値獲得量が多いためだ。

「ちょっとまて、その口調だと僕を巻き込むつもりだったのか?」

「巻き込むつもりはなかったけど、巻き込まれても低レベルスケルトンを倒す程度の衝撃よ。レベル40の魔物を単独で狩れる貴方なら別にどってことないでしょ」

 と、悪びれることもなく言う。彼女はカナタがレベル1であることを信じていない。他の人と同じようにレベルを偽る“フェイク”のアイテムを使っていると思っているのだ。

「巻き込まれて大したことなくとも、いきなり人に攻撃魔法を向けるのは感心しないな。たとえレベル的に平気でも何かの拍子に命を落とすことだってある」

 実のところ十分カナタを殺しえた。ただ、強い冒険者と思いこんでいるレジーナはそんなこと夢にも思わないが。

「なによ! そんなこと言って私を悪者扱いしないでよ!」

 痛い所つかれ、レジーナは口を尖らせる。イルマは黙って事の成り行きを見ているが、カナタに対しての視線がギルドにいたときより冷徹な感じがする。何か思う所があるのかもしれない。

「それより貴方ここで何しているの? そしてそのララの石扉はなに?」

「ララの石扉?」

「そうよ! 違うの? その右下の窪みにララのアーティファクトをはめ込むと開く扉でしょ?」

 模様だと思っていたが、たしかにおかしな形の窪みがあった。

「初耳だな。知っているのか?」

「なんで知らないのよ! そんなの常識でしょ! 女神ララによって作り出された古代遺物じゃない。学校で習わなかった?」

 こちらの世界では学校は行ってないし、大体にして学校があるのも知らなかった。それ以上に義務教育みたいなものがあるのだろうか? そんなことをカナタが考えているとレジーナ達が丘から降りてきた。

「で、貴方ここで何をしていたの?」

「何というわけでもないよ。強いていうならこの石扉を調べていたんだ。」

「女神ララのことも知らないのに? 貴方、もう少し物事を学んだ方が良いわね。無知は恥ずかしいわよ!」

 いちいち突っかかってくるが、これも痛い所をつかれたせいだろう。本人には悪気はないのだろうが、少々癇に障る。もっとも見た目が幼いのでその反発が可愛いといえなくもない。内面は見た目以上に大人なカナタなのでレジーナのことは平気だが、その後ろで警戒心を顕にしているイルマの方が気になっていた。

「なぁ、その女神ララと石扉についてもう少し教えてくれないか?」

「仕方ないわね…。女神ララは千年前この地に降り立ち、人々にさまざまな恩恵を与えられた偉大な女神よ。そしてその恩恵の一つがララの機作と呼ばれるアーティファクトで動く仕掛け。その仕掛けを動かすとララがこの世に残した恩恵を直接受けることができると言われているわ。こんなところにあるとは私も知らなかったけど…ベンドリックのギルドは知っているのかしら」

「多分知らないだろうな。ララの話とかも聞いたことないからね」

「ふうん。それは好都合ね…。ねぇ、貴方…私達とパーティーを組まない?」

「レジーナ様!」

 イルマが止めに入る。

「なによ、イルマ。別に良いじゃない。腕は立ちそうだし、ここを知っているのも彼だけなら好都合よ。何が手に入るにしろララの遺物となればそれなりの価値があるもの。どうかしら」

「…悪いが、僕はパーティーを組まないことにしてる」

「っつ…貴様…レジーナ様の誘いを…」

 止めに入ったくせに、断られたら断られたでイルマが憤る。しかし、レジーナは意外とあっさり引き下がった。

「そうなの。まぁいいわ。でもここのことは誰にも話さないでよね」

 そう釘を刺して二人は街にもどっていった。カナタも街にもどり女神ララとその機作について調べることにした。しかし、その行動がレジーナの思惑通りであったことをカナタは後に知ることになる。


「女神ララ? 誰よそれ」

 女神ボニーがキョトンとした顔でカナタに逆に尋ねる。

「女神同志でも知らない相手とかいるの?」

「うーん。余程遠方の神でもない限りは知っているけど…、人間界には人間が作り出した架空の神もいるし、名前を変えているかもしれないし、間違って伝わっているかもしれないし…。でも仕掛けを作る女神なんてちょっと知らないわね」

「そうか、こんな形のアーティファクトを埋め込むみたいだけど…」

 と絵に描いて見せる。ボニーはそれをみてなにかに気がついたようだ。

「なんかカラヴィスのアーティファクトに似てるわね」

「なにそれ」

「一種の鍵ね。扉とかでよく使うわ。といっても天界の話だけど。でもそうなると女神は本物かもね。名前が間違って伝わってるのかしら」

「コイツを見つければ、もしかしたら街を離れず、ギルドとも良い関係のまま経験値稼ぎができるかもしれないんだが… といっても神のアーティファクトだから滅多なことでは手に入らないだろうし、やはり遠出して探すしかないかな…」

「カラヴィスのアーティファクトならここにあるわよ。教会の地下三階」

「え?」


 灯台下暗しとはよく言ったものだ。あっさりアーティファクトは見つかり、それを持って再びカナタは墓地に向かった。

 すでに日は暮れていたが、カナタにとってはよく知った道である。[仮初の世界]では昼夜関係なく何度も通っている。いちいちスケルトンが出てくるのが面倒な道ではあったが、こちらの世界ではエンカウント率が低いのか、すんなり扉の前まで行くことができた。

「ボニー聞こえる? 今、扉の前にいるけどそっちから見えるかな?」

「大丈夫、ちゃんと見えるわよ。確かに扉は天界で使っている形によく似ているわ。そのアーティファクトで開くと思うわよ。試してみて」

 暗いが腰につけた光を放たず夜目が効くアイテムで不自由はしない。暗視装置のようなものだが、クリスタルのような宝石でできており、装備者の視覚を補助する。冒険者必須のアイテムだ。

 アーティファクトを窪みにはめると石扉が開く。中は自分の知っているダンジョンのようであった。

「やったわね! 最初から私を連れてくればよかったのよ! 女神ララは知らなくとも扉の開き方はすぐにわかったわよ!」

 と、得意気である。たしかにその通りだが、常に監視されている感じがカナタにしてみるとあまりいい気分がしない。なのでなるべく語りかけないようにしていた。この指輪は女神の名前で起動すると後で聞いた。初めて起動したときは大女神マジェスタの名前を口にしたときである。そういう意味ではララという名前では起動しなかったところを見るとやはり名前を間違って伝えられているのかもしれない。

 扉の奥は何十回も通った道である。出てくる魔物も熟知しているので散歩するように下に降りていく。上層階はあまり経験値にならない魔物が多い。低レベルでありかつアンデッドだ。比較的スケルトンが多いのは上に墓地があるからだろう。

 スケルトン用にトンファーに似た打撃武器を持ってきている。効率よく進むにはこれが一番だ。

 スケルトンを撲壊しながら時々現れるゾンビやグールを始末していく。地上より多少レベルが高い位で、経験値としてはさほど大きくない。地上でゴブリンを狩っていた方が効率が良い。が、それは承知の上だったのであまり気にもならない。彼の目当ては8階層にいる[バーストデーモン]である。

 言わば中ボスにあたるこの魔物はレベルにすると60はある。何度も倒しているので苦労することはないだろうが、油断は禁物だ。こちらの世界は微妙に[仮初の世界]とは違う。カナタは気持ちを引き締め、8階層に降り立った。

 8階層はダンジョンではなく広々とした闘技場のような所だ。ガランとした空間には崩れかかった石壁とボロボロの石畳だけである。だが、そこに目当ての魔物はいた。7つの赤い目が見える。黒い巨体のバーストデーモンであった。

 身長は4メートルはある大きな人の姿をしているが、腕が四本あり、手には四種の武器、剣、槍、メイス、ダガーが握られていた。顔はライオンと馬をかけ合わせたような頭蓋に7つの赤い目が爛々と輝いている。

 こちらに気がついた魔物は凄まじい勢いでカナタに突進してきた。筋骨隆々の太い腕から4つの武器の攻撃が繰り出される。カナタはそれらをさらりと避けつつ、出してきた腕にダガーで攻撃を加える。

 スキルの出血であっという間にブロークンデーモンは血だるまになる。だが、コイツはしぶとい。このデーモンは自ら腕を切り離し、その鋭い牙をもつあぎとで戦うこともできるのだ。そろそろ腕が落ちて次のモードに入るころかな…とカナタが思った。その時である。

業炎豪雨ファイヤー・プルーヴィアム!」

 血だるまのバーストデーモンに炎の豪雨が降り注いだ。カナタの攻撃ではない。降り注ぐ炎は凄まじく魔物は咆哮を上げた。

 カナタが上を見ると8階層の入り口の所にレジーナがいた。今のはレジーナによる魔法攻撃であった。

「すごい! すごいわ! こんな獲物に巡り会えるなんて! やっぱり貴方を見張っていてよかったわ! 感謝するわね! ここまで連れてきてくれて! フフ…ハハハハハ!」

 レジーナが興奮して叫ぶ。彼女にしてもこれだけレベルの高い魔物は初めてであり、カナタに対峙するバーストデーモンをみて最初は恐怖していたが、自分が止めを刺した喜びからの狂乱ぶりは大変なものであった。レジーナの声が8階層に響いた。

「レジーナ! 逃げろ!」

 カナタが叫ぶ。

「何言っているの? もう終わったのよ! ほら経験値が体内に吸収され…」

 全くその気配はない。それどころか腕を切り離したデーモンがレジーナの方にターゲット変え、一気に8階層の入り口まで跳ねた。

「え?」

 レジーナの顔が恐怖でひきつる。イルマが前に出るがそれを飛び越して入り口の前に着地し、逃げ道を塞いでしまうデーモン。そして焼け焦げたデーモンの肉の臭いが鼻をつく。思わずレジーナはむせた。呪文を唱えようにも声が出ない。

 急いでカナタは向かうがとても間に合わない。至近で焼けただれたがまるで威勢を失わない魔物。それも見たことのないほどの高レベルの魔物を前にしてレジーナをかばうために動いたイルマも足が動かなかった。レジーナは呪文を唱えようとするが臭気と煙、そして恐怖で慄くことしかできなかった。

 5メートルを越す巨体が更に大きく見えた。獰猛な牙をむき出しに大きく開かれたあぎとは二人を一度に噛み砕くほどである。その牙が二人に迫る。

(間に合わない!)

撃衝稲妻ライトニング・クラッシュ!」

 凄まじい稲妻がデーモンを貫く。その威力にデーモンは怯み入り口から離れ再び広い場所に飛び退いた。

「ギ、ギルドマスター!」

 カナタは入り口から現れたベンドリックを確認した。手には様々な細工の施された大きな杖を持っており、服装は完全に冒険者のそれである。

「カナタよ! 其奴に止めをさすのじゃ!」

「はい!」

 カナタはデーモンに向かって走り寄る。デーモンは最初に戦っていた相手に改めてその強靭なアギトで対抗した。が、それらの攻撃は空を切り、カナタのダガーだけがデーモンの身体を切り刻む。ものの数回のやり取りでレベル60のバーストデーモンは絶命してしまった。


「この馬鹿弟子が…」

 ギルドマスターのベンドリックはレジーナを前に憤慨していた。彼は細身だが背が高く身体が大きい。向き合うと背の低いレジーナなどただの幼子である。カナタも小柄なので見上げてしまう。

「どうしてギルドマスターがこんなところに…」

「いや、この馬鹿弟子を見張らせておったのじゃが…まさかこんなところにダンジョンがあるとはな…歳をとっても世界は驚きに満ちておるわ…」

 いつもの口調に戻ってはいるがレジーナたちを見る表情は厳しい。レジーナはふてくされずっとそっぽを向いており、イルマは石畳の上で正座をしてうなだれるばかりだ。

「今日のところはここで引き上げるのがよかろう… カナタ君、君もそれでよいな」

「はい。助けられた身としてはその言葉に従うしかないですね」

「何をいう、パーティーを組んでいなかったのは最初から知っておる。この馬鹿弟子が割り込まなければ普通に倒しておったろうに」

「いえ、それでも目の前で知っている者が殺されるのを見なくてすみました。感謝しています」

 ふむう。ギルドマスターのベンドリックは顎から伸びた白い髭を手繰る。見た目の歳に似合わない態度に感心とわずかな違和感を感じていたのだ。それでも好感の方が遥かに勝っているのは硬かった表情が和らいだことでわかった。

「なんでよ…」

 ぼそっとレジーナがつぶやく。

「なんでそんなできたこと言えるのよ! それになんでそんなに強いのよ! ずるいわよ! ずるい! ずるい! ずるいわよっ!」

 激しく慟哭するレジーナ。

「なんで私はできない子なの? なんでよ! なんでこんなことになるのよ! 教えてよぉ! もうわかんないわよぉ! うあああああん!」

 なにかのタガが外れたように駄々っ子のように泣きじゃくる。

「…レジーナ様…」

 恐る恐るイルマが手を差し伸べるが、それを払いのけカナタに迫る。

「私だって…ずっとがんばってきたのに…私だって…なんでこんなことに… なんでできないのよ…なんで私は…」

 カナタにしがみつき肩を震わせボロボロと涙を流す。レジーナのされるままにカナタは黙ってレジーナを見つめる。

「なんとか言いなさいよ! 私を罵りなさいよ! 割り込んで迷惑かけて、どうしようもない愚かな私を! 笑いなさいよぉ!」

 涙であふれる瞳をまっすぐにカナタに向けるレジーナ。一息ついてカナタが言う。

「生き残れた。今はそれを喜ぶべきだ。それが冒険者だろ? だから言う…無事でよかったな」

「…なによ…それ… 生き残れただけじゃない…それじゃ…」

「それで良いんだよ。生き残ることが大事。そうですよねギルドマスター」

 話をいきなり振られ少し戸惑うベンドリック。しかし、フウと深く息を吐き改めて彼は言った。

「そうじゃな。生き残ることは冒険者にとって最も大事なことじゃ。レジーナよ。よく生き残った」

「う、う、ううううわあああああん!」

 レジーナの泣き声が暗い第八階層に響いた。


 明日、ダンジョンにいた全員がギルドマスターの部屋に集まるということで解散し、カナタは教会に戻ってきた。

「おかえりなさい。カナタ」

「ただいま、ボニー」

 流石に疲れたのか、カナタは外套も取らずに椅子に深く座り込んだ。

「見てたわよ、大変だったわね」

「うん。それで相談があるんだけど…」

「なに?」

「経験値を僕のレベル上げに使っても良いかな」

 いままでレベル1でやってきたが、自分一人で戦うならともかく、人を救うとなるとやはり肉体の強化は必要だと思い抱いていた。

「良いと思うわよ」

「ホントに?」

「うん。いくらレベル1でも負けないからって経験値を稼ぐには限界があるでしょ? それにレベルを上げた方が効率良いと思うわよ」

 ボニーは自分の解放が先の延ばしにされることに対しては何も苦言を呈さなかった。

「やっぱり女神だね。ボニーは」

「何言っているの? 当たり前じゃない! このボニー様の加護を受けているカナタはホント幸せ者ってことよね!」

 いつもの軽口にカナタは安堵する。明日、ギルドに行ったら初めてのレベルアップをしようとそう心に決め彼はそのまま椅子で寝落ちしてしまった。

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