第6話
翌日、作業服に着替えようと袖を通すと、沖元がやってきて、「昨日の私服に着替えてください」と言った。何度も地面に転がり、人から殴られて蹴られたので穴が開き、至るところに砂が付着している。
「むしろそういう服の方がわかりやすいので」と沖元は言った。
連れて行かされたのはどう見ても工場ではなかった。
「ここはダイノウの個別指導塾です。ダイノウは抱える生徒数が多いので偏差値でクラスをまとめています。これから内海さんが行くところは偏差値が最底辺のクラスです」
内海はこれから授業をするのかと思った。確かに、勉強は得意で国立大学に現役で合格した。大学時代は塾講師のアルバイトもしていたので教え方も一定の自信がある。懸念点と言えば、何十年も経っているので授業で扱う内容が変わっていて、自分が習っていないことが出てくるのではないかと言うことと、そもそも学習内容を忘れているのかもしれないということだった。
教室の中を覗くと、見たことのある顔が教壇に立っていた。ダイノウの社長である館林だった。生徒に目を移すと、社長を前にしてペン回しに熱中している者やスマホを触っている者、隣同士と私語を交わしている者ばかりで館林の方を向いている生徒は誰もいない。これは本当に塾なのかと内海は思った。
「お前ら、そうやって舐めた態度取れんのも今日までやぞ」
館林が語気を荒げた。内海は心臓が握られるような痛みを伴った。生徒らも一斉に館林を見た。
「俺はな、お前らの父ちゃん母ちゃんの金をもらってんねん。いつまでもこんな糞みたいなクラスにぶち込んでたらな、もらってる金をドブに捨てるようなもんやねん。俺はもらった金より圧倒的に高いサービスを提供するのが信条やねん。だからな、お前らをもっと勉強できるようにせなあかん。ただお前らみたいなアホな連中、何遍言うてもわからんやろ、だからな。今日はお前らのなれの果て連れてきたから、それで目を覚ませ、沖元」
「はい」
えっ、と戸惑う内海の腕を引っ張って沖元は教室に入った。抵抗しようとものすごい力で引っ張られ、なすすべがない。
内海は沖元から館林に引き渡されると後ろの首根っこを掴まれた。まるで子猫のような扱いだった。生徒は館林から内海に視線が移っている。口元は今にも笑いだしそうに、歯がわずかに覗いていた。
「笑いごとちゃうぞ」
内海の気持ちを代弁したのは館林だった。そうだ、俺は国立大学に合格し、大企業にも就職できた。どちらかと言えばエリートだ。誹謗中傷で道を誤ってしまったが、こいつらとはわけが違う。
「こいつにはな、人権がない。それはこのデコ見たらわかるやろ」
生徒の顔からは嘲る表情が徐々に消えている。生々しいものを見た顔つきだった。
「こいつは国立大学に行った。大企業にも就職できた。そこまではええ、でもな、三十人以上に誹謗中傷のDMを送り付けよった。究極のアホや。それで人権を失いよった。ええかお前ら、こいつは勉強できるのに人権を失った。勉強もでけへんお前らはどうなんねん。人権ない奴よりも哀れで惨めな存在や。こいつを馬鹿にする権利なんかないんやぞ、一度だけ聞く、お前ら、こいつみたいに、こいつ未満になりたいか? そういう奴は手ぇ挙げろ。俺が父ちゃん母ちゃんに土下座して今までの分、全額返金するわ」
教室は静まり返った。内海は怒りが込み上げてきた。いくら何でもいいすぎだ。よりによって反面教師の材料になんかしやがって。
「ふざけんな館林っ」
腕を振り上げた瞬間、鳩尾に拳をねじ込まされた。内海をその場で跪いて黄色い吐瀉物を嘔吐した。
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