第4話

 内海が連れてこられたのは都内の一等地の豪邸だった。

「ここ、ですか?」

「はい、ここだけの話ですが、団体の長はダイノウの館林社長なんです」

「えっ、ダイノウって……」

「内海さんが想像しておられるあの会社です」

 ダイノウは日本国内を代表する、教育業界のリーディングカンパニーだった。娘の紗枝もダイノウが運営するアビリティ個別指導に中学生のあいだ通塾させていた。

 月に一回、個別指導アビリティの小冊子が届き、そこに館林の顔とメッセージが添えられていた。内海は仕事帰り、テーブルにそのままになっている小冊子を何となく見ているうちに顔と名前を覚えていた。そのことを話すと沖元はまた相好を崩した。

「館林は人権剥奪に強い憤りを覚えています。しかし、憲法で人非人の保護をすると罰則が加わると明記されている関係で表立って活動することはできません。ですから館林はこの豪邸をシェルター代わりにしたんです」

「でも、こんな場所、すぐにばれるんでは……」

「街で人非人を見かけたら標的にされますが、ここまで追ってくる執念深い人はまずなかなかいません。それに、ここは護衛もつけておりますのでまずご安心ください」

 建物の中はまるでホールのような大きさだった。至るところに人間がおり、内海と同じように人非人を額に刻まれた人々も多くいた。

「あの、奥の部屋は?」

 『処置中』という文字がドアの上に光っている妙な部屋があった。まさか人非人の人間を拷問するのではないか、やはり騙されたのではないかという疑念が渦巻いた。

「ああ、あれ、ご安心ください」

 沖元は「ご安心ください」が口癖のようだった。沖元は目じりに皺を生んで言葉を続けた。

「あそこは人非人の入れ墨を除去する処置室です」

「除去? そんなことができるんですか?」

「もちろん、ほら、タトゥー除去だって一般の人でもやってますよね。もちろん、施術の回数を重ねる必要はありますが、それを耐えればこのコンシーラーを塗らなくても堂々と街中を歩けるようになりますよ。あ、安達くん、ちょっと」

 安達と呼ばれた若い男は駆け足で沖元の隣まで来た。

「この安達くんもかつては内海さんと同じように人非人と額に刻まれていました。でも、ここで施術を繰り返すことによって、ほら、これ、今は何も塗っていないんですよ」

 安達の額には何も書かれていなかった。目を近づけると微かに黒い輪郭がわかった程度だった。

「僕はここに来る前はもう自暴自棄で死んでしまおうと思っていました。でも沖元さんに連れられてここにきて施術を繰り返していると額の人非人が消えるにつれ、やっぱ人間でいていいんだって思えたんです。確かに僕は悪いことをしましたが、せっかく消してくれた機会を与えてくれたので、今は自分と同じような苦しみを味わっている人々の力になりたくてこの団体に所属しました」

「安達くんは団体に所属してくれましたが、人非人の入れ墨除去したあとの人生はその方それぞれのものです。内海さんにも絶対に団体に入ってもらうというわけではありませんのでご安心ください。さあ、お腹が空いたでしょう。ちょうどお昼の時間なので食堂に向かいましょう」

 沖元は食堂のあると思われる方へ腕を伸ばした。ここにいれば人非人が消える、もう一度人権が甦る。黒く濁った闇に微かな光が差し込んでいた。

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