第3話
「あなたは、人非人とされた方ですね」
誰もいなかったはずの背後からしゃがれた声が聞こえた。振り向くと、内海よりも頭一つ背の高い男が朗らかな笑みを蓄えていた。男は内海よりも年上であることは明白だったが豊富な銀色の髪は几帳面にオールバックに撫でつけており、肌や光がさしていないせいか黒く感じた。ほうれい線がうっすらと鼻から走っていた。
「あ、あんたは?」
「私は、人権保護管理団体『セーブ・ザ・ライツ』の沖元忠です」
沖元は名刺を差し出してきた。沖元の紹介した団体名が書かれている。
「人権無視の法律によって迫害されたあなたのような人々を救うための団体です。私はあなたの味方なので、ご安心ください」
薄汚い狭いビルの間にはそぐわない朗らかな口調だった。
「俺を、助けてくださるんですか?」
「はい」
「俺は三十人以上に誹謗中傷を送りつけたんですよ。それでも助けてくれるんですか?」
内海は言った瞬間、唇を噛んだ。そんなことを言ってしまえば再び見捨てられるかもしれない。しかし沖元の笑みは崩れなかった。
「どんな人間でもやり直しの機会は与えるべきだと私は考えています。とにかく、ここは居心地が悪いのでシェルターにご案内します」
「シェルター?」
「額に人非人の入れ墨を彫られては外にいると目立ってすぐに迫害の標的になります。我々が会社名義で借りているところがありますので、そこへいきましょう」
沖元は歩き出した途端、すぐに立ち止まった。
「そのままではすぐに見つかってしまいますね。ちょっと失礼」
沖元はポケットから手のひらサイズの丸い入れ物を取り出した。キャップを捻って開けると指先にクリームを載せた。
「これは肌の色に近いファンデーションコンシーラーです。濃い入れ墨でもバレにくいように団体で極秘開発しました。日常生活で使用しても問題ありません」
沖元は指先を額に近づけると優しく塗り広げていった。塗り終わると、沖元は指先を濡れティッシュで拭き取り、スマートフォンのインカメラを起動し、内海に向けてきた。額に黒々と主張していた人非人の文字は目を凝らさないとわからないほど隠れていた。前髪があれば完璧に隠れていただろう。薄毛だったことが恨めしかった。だが、すれ違う程度ではわからないはずだった。
「ではいきましょうか」
沖元の背中は実に頼りがいのある男のように見えた。すでに内海は沖元へ全幅の信頼を置いており、すぐについていった。
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