第9話 8年の歳月
「テンチョー、テンチョーってば……。テンチョー!!」
「うわぁ?!」
ガタガタガタン
突然の女性の声に少年は驚きのあまり、登っていた脚立から滑り落ちてしまった。
傍にいた女性もびっくりして声を出せずにいた。
「いたたたたぁ~。」
「ダイジョーブですか~?」
少年は痛む体をいたわりながら、ゆっくりと体を起こす。
目の前には大きな姿見があり、その中にはびしっとした黒のギャルソンベストに身を包んだリヒテルの姿があった。
「マリアさん、いきなり声をかけないでくださいよ。」
あの事件から、もうすぐ8年の歳月が経とうとしていた。
リヒテルは15歳となり、今では食堂兼酒場の店長を任されるまでになっていた。
身長も大分伸び、今では170cmまで届こうとしている。
これまでの8年の間、リヒテルは
15歳になると、職業は確定されてしまう。
そうなる前に、なんとしても
それまでに別の
リヒテルはその〝例外〟にかけたのだ。
剣術や体術、棒術に槍術。
出来るものはすべてこなした。
どれも道場の師範からお墨付きをもらえるまでに成長するものの、目的の
これは余談だが、どの指導員もなぜあれだけの能力がありながら
これまでの経験上、発現してもおかしくはないレベルにリヒテルはいたからだ。
そしてそれも、あと2週間で終わりを告げる。
2週間後は、リヒテルの15歳の誕生日。
全てが確定するのも目前だった。
リヒテルは心を落ち着けるために店内の磨き上げを行っていたのだった。
「もう、テンチョーはそうやって集中すると周りが見えなくなるんだから。もう少ししっかりしてください!!」
女性の名前はマリア・アルフォート。
リヒテルの同僚であるとともに、この店の副店長でもある。
見た目は少しぽっちゃり気味で、ボブヘアーが良く似合う女性だ。
どうやらもうすぐ開店の時間となるので、リヒテルを呼びに来ていたらしい。
「ごめんごめん。じゃあ、みんなを集めてもらっていい?」
「すでに集まってます。あとはテンチョーだけですからね?」
リヒテルは苦笑いをするしかなかった。
それほど時間を忘れるくらい集中していたらしい。
「それじゃあ今日も笑顔でおもてなしをお願いしますね。」
「「「はい!!」」」
リヒテルのあいさつに店員が元気よく答える。
〝
もともと店名は無かったが、リヒテルがそれだと味気ないと店長へ就任した際に無理言って付けたのだ。
そしてその意味を問われたら必ずこう言っていた。
「
それを聞いた
どうしても
リヒテルの資格が無くとも、
その中でも数人の
リヒテルにとっても、それはとても誇らしい事だった。
これも余談だが、リヒテルが
無理をせず戻ってきた理由を聞くと、リヒテルを見ていると絶対に生きて帰らないとなという思いにかられるのだとか。
そのせいもあって、リヒテルは
とは言え、リヒテル自身
出来る事は全てやる。
それが今のリヒテルの行動理念なのだ。
低く響くウッドベースの重低音と、優しくもあり時折激しくもあるピアノの旋律が店内に流れる。
そんなクラシックなジャズの流れる店内に、シャカシャカとシェイカーを振る音が小気味よく響く。
リヒテルは今日もまた、いつもと同じようにカウンターに立ち、酒の提供をしていた。
「なぁ、マスター。マスターって本当に14歳か?どう見ても肝が据わり過ぎじゃないか?」
そうリヒテルに話しかけてきたのは、30も半ばに入りかけた一人の
「いやいや、嘘ついてどうするんです?俺に何の得もありませんからね?それに飲み過ぎですよ、飯塚さん。」
「俺は飲みすぎちゃいねぇ~からな?それよりも、一昨日だって酔っ払い5人相手に全員制圧するって凄過ぎだからな?それに相手はランク2の
飯塚と呼ばれた
飲兵衛ではあるが、本物のランク3の
パーティーでは切り込み役で、いくつもの中型
しかし今はただの酔っ払いで、飲み始めてからずっとカウンターでグダグダしていた。
「あれは酔っ払いですからね。足元もフラフラだし、バランスさえ崩せれば女性だって可能ですよ。」
「そのバランスを崩さすのが難しいんだって。」
そんなくだらないやり取りを続けていると、突然飯塚は真面目な顔になっていた。
「マスター……リヒテルももうすぐ15歳か……時間が無いな。」
「はい……」
飯塚は、リヒテルの夢を知る人物の一人だ。
事ある毎に相談していた兄貴分でもあった。
二人の表情が途端に曇っていく。
リヒテルにはどこか焦りの表情も伺える。
「なあ、リヒテル。俺の弟子に……」
「ダメですって飯塚さん。それをやったら飯塚さんが禁固刑ですよ。仮にポーターだとしてもです。それは散々話し合ったでしょ?」
飯塚はリヒテルの相談に乗るうちに、強い感情移入を抱くようになっていた。
それは年の離れた兄弟と思わせる関係だ。
しかしリヒテルは、飯塚の申し出を毅然として断る。
それをしてしまったら、飯塚のこれからの汚点になるからだ。
断られる事が分かっていた飯塚は、ふと何かを思い出した。
「そういやもう一つあったな……方法が。」
「
今話題に上がった
それは体内に
後天的に
公安当局の監視付きという但し書きが付くが。
しかし、重度の汚染が発生した場合は話が変わってくる。
ただ死んでしまった場合はまだ良く、最悪の場合
そうなった場合は
それだけリスクが高い行為なのだ。
しかし、そのリスクを背負ってでも
それは
その代表格がスキル【ブラックスミス】。
リヒテルが一番夢見たスキルだ。
この
スキル【ブラックスミス】は
その威力は確認された
「さすがにやらないか……」
「やらないですって。それにそんな金ありませんからね?一回500万とか、ぼったくりもいいところですから。」
「調べたんだな?」
「ノーコメントで。」
そんな二人のやり取りを見ていたマリアは、何とも言えない悲しげな表情を浮かべていた。
マリアもまた、リヒテルの夢を応援していた一人だからだ。
「テンチョー……受けましょう、
そう言うとマリアは胸元で手を組むと祈り始めた。
リヒテルもまた迷ってはいた。
時間がなく、これ以上の修練は実を結ぶとは到底思えなかった。
だから最後の望みにかけてみたい。
そう思えてならなかった。
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