魔王様 と プラモデル
十壽 魅
第1話『魔王様 プラモを作る!』
中庭の庭園――白を基調としたパーゴラドームの下で、魔王はプラモデルの説明書を手にしていた。そしてパーツと説明書を、交互に見つめ、溜息を吐く。
「なんてこと……組み間違えちゃった」
魔王の手にしているプラモデルは、リアルロボット系アニメに登場する、主人公が乗り込む機体。そのスナップフィットキットである。
戦艦や飛行機のプラモデルとは違い、接着剤を必要としない。そのため子供でも作ることができる、安全性が高いキットである。そして組んでしまった部分を外し、元のパーツ状態へ戻すことも、メーカー推奨ではないものの、概ね可能ではある。
だがしかし、スナップフィットタイプのプラモデルには、初心者には留意すべき点があった――
「ん! んんッ!? 嘘でしょ! ……――ふんッ! ……ふんぐッ! んぎぎぎ! か、固い!!」
接着剤は使っていなくとも、一度組んでしまえば、外すことが困難なほどガッチリと、固定されてしまう点である。
魔王は指に渾身の力を入れ、パーツを無理やり外そうとするが、ビクともしない。
「ど、どうしよう。異世界の貴重な品なのに……」
困り果てている魔王に、救いの手が差し伸べられる。
その人物は「陛下、失礼します」という言葉と共に、パーゴラドームに現れた。
魔王は、長年離れ離れだった恩師に出逢えたような眼差しで、勇者を歓迎し、迎え入れる。
「勇者様!!」
「陛下、どうか『 勇者様 』はおやめください。できることなら、私のことはヴォロナとお呼びください」
「あ、ごめんなさい。まだ名を呼ぶのが慣れませんね……えっと、ヴォロナ?」
ヴォロナと名を呼ばれた男は、『ありがとうございます』という意味を込めた、優しい笑顔を見せる。
「陛下、見たところ……お困りでしょうか?」
「ええそうなの。困ったわ……パーツを間違って組み立ててしまって――」
「ご安心ください。壊れたわけではないので、なんの問題もありません。こういう時はですねぇ、パーツオープナーか、それに代わるものを使って、パーツを外すのが吉です」
彼はそう言いながら、腰のポーチから工具セットを取り出し、その中からラッピングワイヤーを引き抜く。
もともとラッピングワイヤーは、プレゼント用の装飾梱包具であるが、パーツオープナーよりもプラスチックを傷つけにくく、使い方によっては抜群の効果を発揮する、隠れたツールだった。
ヴォロナはパーツとパーツの隙間に、ラッピングワイヤーのフィルム部分を入れる。そしてワイヤーを折り曲げて取っ手を作り、ゆっくりと慎重に、こじ開け始めた。
「陛下、こういう時に重要なのは……焦らないこと。まぁ、
一つの場所だけ見るのではなく、全体を把握し、中のダボやダボ穴に亀裂が入らないよう注意しながら、ゆっくり、ゆっくりと開けます。
ここまで開いたら、今度は金属製パーツオープナーの出番。
あとはプラが傷つかないよう、隙間にオープナーを差し込み、こうして一周すれば――」
ヴォロナは、外れたパーツを陛下に差し出す。
「ね? 簡単でしょ?」
魔王はそれを受取りつつ、「とっても器用なのね」と称賛する。
「いえいえ、不器用ですよ。失敗に失敗を重ねて、今の私があります。これは持論なのですが、プラモデルとは、失敗をどうリカバリーするのかが最大の肝――と心得ております」
「私、プラモデルを作ってみて痛感しました。プラモデルとは、高尚で高貴な趣味なのですね。大袈裟と笑われてしまうかもしれませんが、人生観が変わります。そしてこれほどまでに、造形物としてここまで優れ、精密なものは見たことがありません」
「いえいえ、プラモデルとは貴族が楽しむ趣味というよりは、我々平民が楽しむ大衆的な娯楽です。なにせこのプラモデルだって、対象年齢が8歳からですから」
その言葉に、魔王は愕然とする。
「え?! このプラモデルが、た、大衆の娯楽?! これだけ精密な造形物を、8歳の子供も手にしているというのですか?!」
「ええ、そうです。かくいう私も子供の頃に、目を輝かせ、小遣い握りしめて買いにいったものです」
魔王は愕然とする。
プラモデルとは、高位かつ地位と財力のある者のために作られた、嗜好品だと思っていたからだ。
魔王は益々、ヴォロナが元いた世界がどのようなものなのかが、わからなくなってしまった。
これだけの逸品が誰でも手に入れられる世界。
ヴォロナ曰く『魔法の有無という差異はあれど、こちらの世界と、根本的な部分は変わらない』と言ってはいたが、どう考えても技術や文化レベルは向こう側が遥かに上。――魔王はそう感じずにはいられなかった。
ヴォロナは白いテーブルの上に置かれていた、プラモデルを手に取る。それらは魔王が、説明書とにらめっこしながら組み立てたもの。腕や脚といった主要箇所は組み立てられていたが、まだバラバラの状態だった。
ヴォロナは「初めてにしてはとても良く組み立てられていますね! 素晴らしいですよ!」と言いながら、キットに付属していたシールを、プラモデルに貼り付け始めた。
そして胴体部に腕や脚を装着し、最後に頭部をハメ込んで完成させる。
ポリキャップが関節部に馴染んでいるのかを確認しつつ、魔王に完成したプラモデルを差し出した。
それを受け取った魔王は、驚きと共に、目を輝かせながらまじまじと凝視する。
「これが……プラモデル! 目が光っているし、関節部が動いてポーズもとれる!」
「目の部分はホイルシールで、光に反射するんですよ。関節はポリキャップで、適度に動き、ポージングができるよう設計されています」
「ぽり……きゃっぷ?」
「陛下、組み立てている中で、比較的やわらかいパーツがあったはずです。あれが、ポリキャップです」
「ああ、あの ふにゃふにゃ したあれが、ポリキャップだったのね。本当に素晴らしいわ! ほら! ご覧になって? この紙箱に描かれていた総天然色の絵画と、このプラモデルはまったく一緒よ! 信じられる?!」
「パッケージに描かれいるイラストと、出来上がったプラモデルに違いがあると、お客様からクレームが入るんですよ。だから『パッケージと商品は多少異なります』という前書きがあるにしても、なるべく違いがないよう、細心の配慮がなされているのです」
ヴォロナは優しく説明しながら、パーゴラドームから出る。陽の光に照らされながら、魔王に向かって振り向く。そして彼女に向かって手を差し出しつつ。こう言った。
「では、始めましょうか?」
魔王は頷きつつ、プラモデルを胸に抱えたまま、勇者ヴォロナの手をとる。
彼に導かれるまま、庭園を離れ、近くの空き地へと赴いた。その場所は植林用の苗木を置く一時保管場所で、今は使われていない場所だった。
ヴォロナは周囲を見渡しつつ、「これだけの広さがあれば…… うん、充分ですね」と呟く。そして一枚の紋符を広げ、その上にプラモデルを置いた。
――すると、紋符の上に光る魔法陣が現れる。その光はプラモデルを包み込むと、そのまま極大化し、七色の光の柱となって天へと伸びた。
天と地を繋ぐ光の線。
この世のものとは思えない 美しき輝きは、一瞬で終わってしまう。
光が止み、その後に現れたモノ――それは魔王が組み立てた 1/144 スケールのプラモデルが、1/1 の実物大スケールの
童話を題材にした模造品―――それが、現実の兵器として魔王の前に聳えている。
ファンタジーの世界にはありえない、リアル系ロボットアニメに登場する、人型戦闘兵器。
魔王はそれをまざまざと見せつけられ、畏怖の念と共に呟いた。心の中の言葉のはずが、眼の前に広がった常識外れな光景に、口から漏れ出てしまったのだ。
「こ、これが勇者ヴォロナの力?! 紛争に介入し、争いの矛を収めさせたという功績。なるほど……誇張や虚言、戯言と重鎮たちは嘲笑っていたが、見当違いも甚だしい」
実はヴォロナの耳に、魔王の呟きは届いていた。だが聞こえなかったフリをしながら、彼女を優しくエスコートする。
「さぁ陛下、コックピットへ。この機体で、空へ行きましょう!」
◇
プラモデルが空を飛ぶ。――いや、厳密にはそれはもうプラモデルではなかった。装甲だけではなく、アビオニクスや武装、火器管制装置、スラスターに至る ありとあらゆるすべてのものが、“ 本物 ” と化していた。
もっとも、本物と言っても、ヴォロナの世界に実在する兵器ではない。
アニメの世界に登場する、あくまで
つまりは
この人型戦闘兵器の名は、
『ヱクゼリヲン 八九式 六四甲型・改弐』
斥候、奇襲、強襲、ヘイロー降下、超遠距離狙撃―――マルチパーパスサイロと兵装交換によって、多種多様なバトルスタイルを披露する、マルチファイターである。
早期警戒とフライトユニットを装着したヱクゼリヲンは、大空を悠然と飛翔していた。
コックピットは球体型全天空モニターで、タンデムシートタイプ。魔王が前のシートに座り、後部シートにいるヴォロナが、機体を操作している。
ヴォロナは眼下の景色を見下ろした後に、前部シートにいる魔王に視線を移し、こう言った。
「ここなら、侍女や近衛兵に聞かれる心配はないな」
突然ヴォロナの口調が変わる。まさかの事態に魔王は驚き、『なにかの冗談なの?』と、思わず聞き返してしまう。
「え? それはどういう……意味?」
「貴女は
魔王の口調も変わる。警戒心を帯びた口調で、たった一言のみ、疑問を投げかける。
「根拠は?」
「根拠……ですか。 山ほどあるけど、まずは侍女の数が少なく、それでいて近衛兵の警戒心が希薄だ。本来なら陛下の周囲には、常に駐在しているべき存在が居ないこと。――そもそもそれ以前に、いくらプライベートとはいえ、俺と陛下がワンツーワンで気安く謁見できる存在ではない。やんごとなき御方にして、行政のトップ・オブ・トップ――マブ
もはや取り繕っても無駄だ。
この男はすでに真実へと辿り着いてしまっている。誤魔化したとしても、さらに否定しようのない “ 真実 ” を突きつけてくるだろう……。
魔王の影武者は『詰めが甘かったか』と後悔しつつ、魔王としての仮面を、そっと脱いだ。
「勇者ヴォロナ、狙いは? 魔王の首?」
「まさかとんでもない! 陛下の命を奪おうなどと! 不敬にも程があります!!」
「この際ハッキリさせたいのだけど、まさか貴方、本当に我々魔族の味方なの?」
「じゃなきゃ、見限ってこちら側に居ませんよ」
「向こうへ戻る気は? ないの?」
「笑えないジョークだ。少なくとも魔族には、騎士道と道徳観がある。しかし向こう連中には……それがなかった。『魔族の士気を削ぐため奴らの女・子供たちを虐殺しろ』――そんな命令をしてくる連中の巣窟に、帰れと? 冗談じゃない……」
勇者ヴォロナは表向きは冷静だが、内心、腸が煮えくり返っていた。
彼の元いた世界でも虐殺やホロコースト、おぞましい行いは実在する。しかしそれは身近なものではなく、手の届かい世界での出来事だった。
――しかし、このファンタジーの世界では違う。
戦争も、狂気も、死も、あまりに身近だった。
人間性を試される世界。
発狂か? 廃人か? 嗚咽か?
それとも理性ある狂人として、人の道から逸脱し、おぞましい蛮行の限りを尽くすのか?
ふざけるな。
ならば自分は勇者である前に、一人の人して、正しく生きよう――だからこそヴォロナは自らの判断で、魔族の側に立ち、彼ら、彼女たちの力になろうと考えていた。
しかし魔族側も、そう易々と受け入れてくれる者たちばかりでない。魔王の影武者のように、むしろ、警戒感を全面に押し出しているのが普通だった。
ヴォロナは話を本題へ戻そうとしたのだが―――。
「――ッ?! 望遠モニターが……なにかを捕らえた!」
球体型全天候モニターが、自動で飛翔体をズームアップする。
拡大したモニター画面には、所属不明の竜騎兵が映っていた。それは海側から魔族領へ侵入を試みようとしている。その数24騎
魔王の影武者が、訝しげにモニターを凝視する。
「あの竜騎兵、脚に木製の牽引ラックを? そこに樽を積載している? ―――ッ?! ヴォロナ! あれは!!」
「――爆装している! 今日魔族はそんな演習をする予定はないはずだ!」
「あれは敵よ! どうやったか知らないけど、海からの奇襲を許してしまった!」
「領空侵犯騎を迎撃します! よろしいですね陛下!!」
魔王の影武者は、再び魔王としての仮面を付けると、下知をくだす。
「よしなに!」
ヱクゼリヲンのアスターバーナーが青白い火を吹く。
竜騎兵の最高速度は、時速150キロ――
そして侵入騎の進路を塞ぐ形で布陣し、撤退を促すため威嚇射撃を実行する。本来なら無線で呼びかけてから行うのだが、ファンタジーの世界にそんな便利なものはない。
とにかく今は、奇襲が失敗したことを知らしめるのが先決だ。うまく行けば、撤退してくれるかもしれない。
機関砲の発砲音が木霊し、曳光弾によって空にオレンジ色の軌跡が刻まれる。
しかし敵は撤退するどころか、ヱクゼリヲンを迎撃しようと戦闘布陣へ移行した。
航空優位をとるため、竜騎兵は上昇し、高度を取り始める。
ヴォロナは予想と反する結果に、舌打ちし、眼の前の光景に悪態をつく。
「そうまでして、お前らは! 人殺しをしたいのか!!」
もはや戦うしか選択肢は残されていなかった。
ヴォロナは操縦桿のセレクトレバーで武装を選択。すでにロックオン状態だった敵騎へミサイルを解き放った。
――ボタン戦争 ここに極まれり
ヱクゼリヲンから射出された筒状の猟犬が、竜騎兵を喰らい尽くしていく。その間、わずか数秒……
しかし戦争は終わっていない。
ミサイルが叩き落としたのは、あくまで護衛の竜騎士だ。
可燃物を満載した爆撃騎が、雲の中へ逃れ、ヱクゼリヲンを振り切ろうとしている。
護衛の竜騎兵を喪失した場合、概ね展開は決まっていた。ドラゴンから積載物を投棄し、身を軽くしつつ戦線離脱――これがセオリーだった。
荷を積載したまま戦うことは可能ではあるが、無駄に鈍重な獲物が、狩人を相手にして、戦えるはずがない。
むしろ逃げの一手に絞らなければ、ただ無意味に狩り尽くされ、命を落とすだけなのだ。
生還など、ゆめのまた夢。
しかし爆装した竜騎兵に、荷を投棄するような仕草は微塵もない。
諦めの悪い――いや、殺意と嗜虐心に取り憑かれた執念なのか? それとも完遂しなければいけない確固たる重要な理由が?
敵の置かれている状況は不明だが、そんな爆撃騎の群れに、思わず魔王が怒鳴ってしまう。
「こんな状況に追い込まれても、まだ爆撃する気なの?! あいつらは!!」
「陛下! そんなことはさせません! 加速しますので噛まないよう、舌を引っ込めてください!」
それを合図に、再びヱクゼリヲンは加速した。凄まじいGが二人を襲い、コックピットシートに押し付けられる。
瞬時に射程圏内へ突入し、ロックオンの電子音が響き渡った。
「君たちが望んだ結末だ! 恨むのなら、自らの愚かさを恨め!!!」
爆装したすべての竜騎兵に向け、ヱクゼリヲン
先のミサイルを皮切りに、対空・対人機関砲、ロングレンジライフル、開放バレル式レールガン……―――。
瞬時に殲滅するため、ありとあらゆる圧倒的火力が、竜騎兵へと注がれていく。
中には積載していた可燃物に引火し、大規模な爆発を引き起こすものまでいた。
どうやら特殊な薬剤を利用した爆薬だったのだろう。誘爆が誘爆を生み、連鎖的に巨大な爆炎が生じてしまう。
たった数秒で、敵勢力は全滅する。
後に残されたのは、先程までの戦慄が嘘のような、不気味で空虚な静寂だけだった。
「周囲に
「ふぅ、一時はどうなることかと……――って、もう私のこと陛下って呼ばなくていいわ。とくに、こうして誰もいない時は、ね」
「ではなんと? 名前を聞いていないんだ。君の本当の名を」
「そっか、そうよね。私は陛下の命により、あなたの監査役として脅威査定を命じられた 複―――」
それはあまりに唐突だった。アラートがコックピット内に響く。
ヱクゼリヲンは急加速し、自身が置かれている状況把握を最優先する。
ヴォロナはディスプレイに表示されていた警報に、愕然とし、まさかの事態に思わず叫んでしまった。
「み、ミサイルアラートだと?!!」
ヱクゼリヲンはミサイルを避けるため、フレアを展開してセンサーを欺く。ヱクゼリヲンから大量の火球が射出され、その煙が天使の翼を形作る―――属に言う『エンジェルフレア』だ。
ミサイルはフレアによって欺かれ、目的を完遂することなく、明後日の方向へと通り過ぎていった。
しかしミサイルの第二波が到来する。ヱクゼリヲンは再びフレアを展開しつつ急旋回し、胴体部の機関砲で弾幕を展開し、ミサイルを迎撃する。
直撃コースだったミサイル2発を迎撃。ヴォロナは敵機の所在を探りつつ、第三波に備えようとした、その時だった――
「レーダーに機影! 後ろよ!! 急速接近!!」
魔王の言葉に、ヴォロナは自分が致命的なミスを犯していた事に気付く。ミサイルは囮――ヱクゼリヲンの死角へ回り込む事が本命だった。
「そう来るなら!!!」
ヴォロナはマイクロミサイルコンテナをパージし、それを、ロングレンジライフルで狙撃する。
コンテナは爆発し、その破片が散弾となって敵機を襲った。
しかしヱクゼリヲンも無傷ではない。機体左側全面とライフルに、ミサイルやコンテナの破片が突き刺さっていた。
ヴォロナは使い物にならなくなったライフルを投棄しつつ、爆炎の奥に居るであろう敵の姿を睨む。
「ダメージは与えたはず。だがこれで、『墜ちました』とはなんないよな。さぁ、次はどう出るよ?」
爆炎が潮風によって流れ、奇襲者の姿が顕になる――それはあろうことか、少女だった。
それも、ただの少女ではない。
まるで素肌にボディペイントをしたかのような、薄地のインナーに身を包んでいる。
異質な部分はそれだけではない――脚部に大型のスラスターユニットを装着し、バックパックにも無骨で流線フォルムが印象的な、ブースターモジュールとフレキシブルシールド(?)らしきモノを装備していた。
それを目撃したヴォロナは、最悪のシナリオが頭を過ってしまう。
まさか、プラモデルを現実化する能力が漏洩したのか?
だとしたら最悪だ。この世界の軍事バランスが、根底から覆ってしまう。
それも最悪だが、どこかの勢力が召喚した勇者という危険性もある。
前者と比べればいくぶんマシだが、それでも最悪には変わりない。
意図せず、互いに出方を警戒し、静かな睨み合いが続いてしまう。
だが突然、ヴォロナと魔王の視界が漆黒に堕ちる。
「――ッ?!」「なに?! なんなの!?」
二人は喫驚しつつ、真っ暗なコックピット内で機体を操縦し、戦闘エリアからの離脱を試みる。しかし機体の操縦が効かない――なにものかが、機体の操縦機能を乗っ取ってしまったのだ。
ヴォロナは原因を推測したが、時、すでに遅しだった。
「クッ! まさか
ヱクゼリヲンが下降していく。そして地面へ接触する前にスラスターが作動し、無事にランディングする。
着地した直後、突如としてコックピット内に光が差し込む――外部からハッチが強制開放されたのだ。
―― “ ヤツ ”だ!
ヴォロナはハンドガンをホルスターを引き抜き、光に向かって銃口を向ける。
太陽の光を背にしているため、シルエットしか見えない――だがあまりに特徴的なシルエットゆえ、一目で
こちらがハンドガンを構えているにも関わらず、少女は狼狽えることも、攻撃することもなく、ヴォロナと魔王を見つめている。そして――
「私の出力する言語は分かるな? 民間人がなぜ、アビエントに乗り込んでいる? いや、そもそもジオフロントから、どうやって戦闘エリアまで逃げ果せた? そもそも…… ココは――」
ヴォロナはハンドガンをホルスターに戻す。そして彼女の言おうとしていた言葉を奪った。
「――どこ? でしょ? ここは魔族領リアラック。ついでに言わせてもらえば、沿岸部にあったのはモフトロ漁村でサーモンの養殖場がある。絶品の味ですよ」
「まぞくりょう? リアラック? モフトロ……漁村?」
聞いたことのない単語の羅列に、少女はポーカーフェイスを維持したまま硬直してしまう。自身が置かれている現状を把握しきれていない様子だ。
“ アビエント ”
“ ジオフロント ”
ヴォロナもまた、彼女の言い放ったこれらの単語を、この世界で聞いたことはない。
つまり彼女は、自分と同じだ。
ファンタジーの世界に迷い込んだ存在――――漂流者。
それを確信したヴォロナは、ひとまず最も最悪なシナリオを回避できたと安心し、ホッと胸を撫で下ろす。そして彼女が、別世界からの迷い人であると仮定し、対話の主導権を握る。
「推論するに、私と貴女には誤解があり、それらの齟齬と乖離が、結果として、無用なトラブル……いいえ、戦闘行為を招いてしまったと感じます。どうでしょう? ここは互いに矛を収め、状況把握に専念してみては?」
「それはつまり、私と君が協力関係を構築し、セントラル帰還のため助力してくれる――ということか?」
ヴォロナは即答する。とにかく彼女をこのままファンタジーの世界に解き放つのは、あまりにも危険すぎる。この世界にとっても、魔族にとっても、災厄な存在になるのは明白だ。
だからなんとしてでも、彼女を手元に置いておきたかった。
「ええもちろん、善処することをここにお約束します。よろしいですね? 陛下?」
まさか、自分に話がふられると思っていなかった魔王。彼女は思わず「ふぇっ?!」という、妙に間の抜けた声を上げてしまう。そしてヴォロナの襟を掴むと、彼の耳に囁いた。
「正気か! こやつは、ヱクゼリヲンを無力化させるような、とんでもないバケモノだぞ!」
ヴォロナも魔王の襟を掴み、耳をこちらに手繰り寄せて強めに囁く。
「だからです。そんな彼女の力が、他の勢力に渡ってもよろしいのですか? 彼女がその気になれば、この世界は未曾有の大戦と混乱に陥りますよ」
それを聞いた魔王は青褪めつつ、「そ、それだけは……避けなければ」と呟きつつ、顔を縦に振り、ヴォロナの提案を仕方なく承諾した。
得体の知れない――それも、ヴォロナ以上に素性の分からぬ強者を引き入れる。魔族側も混乱は必須、正直に言ってしまえば大反対だ。だがしかし、彼女が敵側に着くのだけは、阻止しなければならなかった。
「陛下の慈悲深き計らいを得ました。私の名はヴォロナ。貴女の名は?」
「CVX-55705 パーソナルネームはレグレスだ」
「レグレス! とても良い名前だ! 陛下、こ――うおっ!? ちょ、ちょっ!」
魔王が再びヴォロナの襟を掴むと、彼の耳を自分の唇まで寄せ、レグレスに聞こえないよう耳打ちする。
「私の本当の名は、リィン。リィン・リーンフォースだ。誰にもこの名を広めるな。私と君との秘密だ、いいな?」
そう言うとリィンは、
「コホンッ! 私は、魔族を治める女王ヴィーラ・ヴィジランテ。世俗の方々には魔王と呼ばれております。
レグレス。先程
お互いの誤解によって生じたものであり、幸い、誰にも被害は出ておりませんから」
そして魔王ヴィーラは、淑女かつ、慈悲深き笑みを浮かべながら、レグレスに手を差し伸べる。
「レグレス……迷い人である貴女を、客人として快く迎え入れますわ。どうかセントラルに帰る手立てが見つかるまで、我が国で、その美しき翼をお休めなさい」
「心遣いに感謝する。ヴィーラ陛下……」
――――…………
―――………
――……
◇
「―――というのが、一連の経緯です」
『それは大変だったわね。ヴォロナがいなかったら、より恐ろしい事態になっていたはずよ』
リィンは薄暗い寝室で、ある人物へ報告を行っていた。彼女は化粧台に座り、鏡に映し出された少女に向かって、語りかける。
「陛下……計画の一環とはいえ、本当に大丈夫なのですか?」
『こっちの心配は無用よ。とは言っても、勇者御一行の中に紛れ込んで、一緒に旅をしているのだから、心配はされて当然だろうけど』
「ほんとですよ! もう!」
『フフッ、ごめんごめん。じゃあリィン、また明日』
「それではお休みなさい、陛下。よい夢を」
魔王様 と プラモデル 十壽 魅 @mitaryuuji
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