魔王様 と プラモデル

十壽 魅

第1話『魔王様 プラモを作る!』



 中庭の庭園――白を基調としたパーゴラドームの下で、魔王はプラモデルの説明書を手にしていた。そしてパーツと説明書を、交互に見つめ、溜息を吐く。




「なんてこと……組み間違えちゃった」




 魔王の手にしているプラモデルは、リアルロボット系アニメに登場する、主人公が乗り込む機体。そのスナップフィットキットである。



 戦艦や飛行機のプラモデルとは違い、接着剤を必要としない。そのため子供でも作ることができる、安全性が高いキットである。そして組んでしまった部分を外し、元のパーツ状態へ戻すことも、メーカー推奨ではないものの、概ね可能ではある。



だがしかし、スナップフィットタイプのプラモデルには、初心者には留意すべき点があった――




「ん! んんッ!? 嘘でしょ! ……――ふんッ! ……ふんぐッ! んぎぎぎ! か、固い!!」




 接着剤は使っていなくとも、一度組んでしまえば、外すことが困難なほどガッチリと、固定されてしまう点である。



 魔王は指に渾身の力を入れ、パーツを無理やり外そうとするが、ビクともしない。




「ど、どうしよう。異世界の貴重な品なのに……」




 困り果てている魔王に、救いの手が差し伸べられる。



 その人物は「陛下、失礼します」という言葉と共に、パーゴラドームに現れた。



 魔王は、長年離れ離れだった恩師に出逢えたような眼差しで、勇者を歓迎し、迎え入れる。



「勇者様!!」


「陛下、どうか『 勇者様 』はおやめください。できることなら、私のことはヴォロナとお呼びください」


「あ、ごめんなさい。まだ名を呼ぶのが慣れませんね……えっと、ヴォロナ?」



 ヴォロナと名を呼ばれた男は、『ありがとうございます』という意味を込めた、優しい笑顔を見せる。




「陛下、見たところ……お困りでしょうか?」



「ええそうなの。困ったわ……パーツを間違って組み立ててしまって――」



「ご安心ください。壊れたわけではないので、なんの問題もありません。こういう時はですねぇ、パーツオープナーか、それに代わるものを使って、パーツを外すのが吉です」



 彼はそう言いながら、腰のポーチから工具セットを取り出し、その中からラッピングワイヤーを引き抜く。



 もともとラッピングワイヤーは、プレゼント用の装飾梱包具であるが、パーツオープナーよりもプラスチックを傷つけにくく、使い方によっては抜群の効果を発揮する、隠れたツールだった。



 ヴォロナはパーツとパーツの隙間に、ラッピングワイヤーのフィルム部分を入れる。そしてワイヤーを折り曲げて取っ手を作り、ゆっくりと慎重に、こじ開け始めた。



「陛下、こういう時に重要なのは……焦らないこと。まぁ、まつりごとと一緒ですね。


 一つの場所だけ見るのではなく、全体を把握し、中のダボやダボ穴に亀裂が入らないよう注意しながら、ゆっくり、ゆっくりと開けます。


 ここまで開いたら、今度は金属製パーツオープナーの出番。


 あとはプラが傷つかないよう、隙間にオープナーを差し込み、こうして一周すれば――」


 

 ヴォロナは、外れたパーツを陛下に差し出す。



「ね? 簡単でしょ?」



 魔王はそれを受取りつつ、「とっても器用なのね」と称賛する。



「いえいえ、不器用ですよ。失敗に失敗を重ねて、今の私があります。これは持論なのですが、プラモデルとは、失敗をどうリカバリーするのかが最大の肝――と心得ております」


 

「私、プラモデルを作ってみて痛感しました。プラモデルとは、高尚で高貴な趣味なのですね。大袈裟と笑われてしまうかもしれませんが、人生観が変わります。そしてこれほどまでに、造形物としてここまで優れ、精密なものは見たことがありません」



「いえいえ、プラモデルとは貴族が楽しむ趣味というよりは、我々平民が楽しむ大衆的な娯楽です。なにせこのプラモデルだって、対象年齢が8歳からですから」




 その言葉に、魔王は愕然とする。




「え?! このプラモデルが、た、大衆の娯楽?! これだけ精密な造形物を、8歳の子供も手にしているというのですか?!」

 

「ええ、そうです。かくいう私も子供の頃に、目を輝かせ、小遣い握りしめて買いにいったものです」



 魔王は愕然とする。


 プラモデルとは、高位かつ地位と財力のある者のために作られた、嗜好品だと思っていたからだ。


 魔王は益々、ヴォロナが元いた世界がどのようなものなのかが、わからなくなってしまった。


 これだけの逸品が誰でも手に入れられる世界。


 ヴォロナ曰く『魔法の有無という差異はあれど、こちらの世界と、根本的な部分は変わらない』と言ってはいたが、どう考えても技術や文化レベルは向こう側が遥かに上。――魔王はそう感じずにはいられなかった。


 

 ヴォロナは白いテーブルの上に置かれていた、プラモデルを手に取る。それらは魔王が、説明書とにらめっこしながら組み立てたもの。腕や脚といった主要箇所は組み立てられていたが、まだバラバラの状態だった。



 ヴォロナは「初めてにしてはとても良く組み立てられていますね! 素晴らしいですよ!」と言いながら、キットに付属していたシールを、プラモデルに貼り付け始めた。



 そして胴体部に腕や脚を装着し、最後に頭部をハメ込んで完成させる。


 ポリキャップが関節部に馴染んでいるのかを確認しつつ、魔王に完成したプラモデルを差し出した。



 それを受け取った魔王は、驚きと共に、目を輝かせながらまじまじと凝視する。



「これが……プラモデル! 目が光っているし、関節部が動いてポーズもとれる!」



「目の部分はホイルシールで、光に反射するんですよ。関節はポリキャップで、適度に動き、ポージングができるよう設計されています」



「ぽり……きゃっぷ?」



「陛下、組み立てている中で、比較的やわらかいパーツがあったはずです。あれが、ポリキャップです」



「ああ、あの ふにゃふにゃ したあれが、ポリキャップだったのね。本当に素晴らしいわ! ほら! ご覧になって? この紙箱に描かれていた総天然色の絵画と、このプラモデルはまったく一緒よ! 信じられる?!」



「パッケージに描かれいるイラストと、出来上がったプラモデルに違いがあると、お客様からクレームが入るんですよ。だから『パッケージと商品は多少異なります』という前書きがあるにしても、なるべく違いがないよう、細心の配慮がなされているのです」



 ヴォロナは優しく説明しながら、パーゴラドームから出る。陽の光に照らされながら、魔王に向かって振り向く。そして彼女に向かって手を差し出しつつ。こう言った。



「では、始めましょうか?」



 魔王は頷きつつ、プラモデルを胸に抱えたまま、勇者ヴォロナの手をとる。


 彼に導かれるまま、庭園を離れ、近くの空き地へと赴いた。その場所は植林用の苗木を置く一時保管場所で、今は使われていない場所だった。



 ヴォロナは周囲を見渡しつつ、「これだけの広さがあれば…… うん、充分ですね」と呟く。そして一枚の紋符を広げ、その上にプラモデルを置いた。




――すると、紋符の上に光る魔法陣が現れる。その光はプラモデルを包み込むと、そのまま極大化し、七色の光の柱となって天へと伸びた。




 天と地を繋ぐ光の線。



 この世のものとは思えない 美しき輝きは、一瞬で終わってしまう。




 光が止み、その後に現れたモノ――それは魔王が組み立てた 1/144 スケールのプラモデルが、1/1 の実物大スケールの 本物として顕現、、、、、、、 している光景だった。




 童話を題材にした模造品―――それが、現実の兵器として魔王の前に聳えている。



 ファンタジーの世界にはありえない、リアル系ロボットアニメに登場する、人型戦闘兵器。



 魔王はそれをまざまざと見せつけられ、畏怖の念と共に呟いた。心の中の言葉のはずが、眼の前に広がった常識外れな光景に、口から漏れ出てしまったのだ。




「こ、これが勇者ヴォロナの力?! 紛争に介入し、争いの矛を収めさせたという功績。なるほど……誇張や虚言、戯言と重鎮たちは嘲笑っていたが、見当違いも甚だしい」




 実はヴォロナの耳に、魔王の呟きは届いていた。だが聞こえなかったフリをしながら、彼女を優しくエスコートする。


「さぁ陛下、コックピットへ。この機体で、空へ行きましょう!」




           ◇




 プラモデルが空を飛ぶ。――いや、厳密にはそれはもうプラモデルではなかった。装甲だけではなく、アビオニクスや武装、火器管制装置、スラスターに至る ありとあらゆるすべてのものが、“ 本物 ” と化していた。



 もっとも、本物と言っても、ヴォロナの世界に実在する兵器ではない。



 アニメの世界に登場する、あくまで架空フィクションの人型戦闘兵器である。



 つまりはフィクション架空であるはずの設定が、このファンタジーの世界で、そのまま具現化してしまったのだ。



 この人型戦闘兵器の名は、


『ヱクゼリヲン 八九式 六四甲型・改弐』


 斥候、奇襲、強襲、ヘイロー降下、超遠距離狙撃―――マルチパーパスサイロと兵装交換によって、多種多様なバトルスタイルを披露する、マルチファイターである。


 早期警戒とフライトユニットを装着したヱクゼリヲンは、大空を悠然と飛翔していた。


 コックピットは球体型全天空モニターで、タンデムシートタイプ。魔王が前のシートに座り、後部シートにいるヴォロナが、機体を操作している。



 ヴォロナは眼下の景色を見下ろした後に、前部シートにいる魔王に視線を移し、こう言った。



「ここなら、侍女や近衛兵に聞かれる心配はないな」



 突然ヴォロナの口調が変わる。まさかの事態に魔王は驚き、『なにかの冗談なの?』と、思わず聞き返してしまう。



「え? それはどういう……意味?」



「貴女は影武者ボディ・ダブルなんでしょ? ――魔王様の ね。もうとっくの昔にバレてるんだから、演技なんてする必要はないよ。そもそもここじゃ、他の誰にも聞かれる心配なんてないし」



 魔王の口調も変わる。警戒心を帯びた口調で、たった一言のみ、疑問を投げかける。




「根拠は?」




「根拠……ですか。 山ほどあるけど、まずは侍女の数が少なく、それでいて近衛兵の警戒心が希薄だ。本来なら陛下の周囲には、常に駐在しているべき存在が居ないこと。――そもそもそれ以前に、いくらプライベートとはいえ、俺と陛下がワンツーワンで気安く謁見できる存在ではない。やんごとなき御方にして、行政のトップ・オブ・トップ――マブ友達ダチじゃあるまいし」



 もはや取り繕っても無駄だ。



 この男はすでに真実へと辿り着いてしまっている。誤魔化したとしても、さらに否定しようのない “ 真実 ” を突きつけてくるだろう……。



 魔王の影武者は『詰めが甘かったか』と後悔しつつ、魔王としての仮面を、そっと脱いだ。




「勇者ヴォロナ、狙いは? 魔王の首?」


「まさかとんでもない! 陛下の命を奪おうなどと! 不敬にも程があります!!」


「この際ハッキリさせたいのだけど、まさか貴方、本当に我々魔族の味方なの?」


「じゃなきゃ、見限ってこちら側に居ませんよ」



「向こうへ戻る気は? ないの?」



「笑えないジョークだ。少なくとも魔族には、騎士道と道徳観がある。しかし向こう連中には……それがなかった。『魔族の士気を削ぐため奴らの女・子供たちを虐殺しろ』――そんな命令をしてくる連中の巣窟に、帰れと? 冗談じゃない……」



 勇者ヴォロナは表向きは冷静だが、内心、腸が煮えくり返っていた。


 彼の元いた世界でも虐殺やホロコースト、おぞましい行いは実在する。しかしそれは身近なものではなく、手の届かい世界での出来事だった。



――しかし、このファンタジーの世界では違う。



 戦争も、狂気も、死も、あまりに身近だった。


 人間性を試される世界。


 発狂か? 廃人か? 嗚咽か?


 それとも理性ある狂人として、人の道から逸脱し、おぞましい蛮行の限りを尽くすのか?


 ふざけるな。


 ならば自分は勇者である前に、一人の人して、正しく生きよう――だからこそヴォロナは自らの判断で、魔族の側に立ち、彼ら、彼女たちの力になろうと考えていた。


 しかし魔族側も、そう易々と受け入れてくれる者たちばかりでない。魔王の影武者のように、むしろ、警戒感を全面に押し出しているのが普通だった。



 ヴォロナは話を本題へ戻そうとしたのだが―――。




「――ッ?! 望遠モニターが……なにかを捕らえた!」




 球体型全天候モニターが、自動で飛翔体をズームアップする。


 拡大したモニター画面には、所属不明の竜騎兵が映っていた。それは海側から魔族領へ侵入を試みようとしている。その数24騎



 魔王の影武者が、訝しげにモニターを凝視する。



「あの竜騎兵、脚に木製の牽引ラックを? そこに樽を積載している? ―――ッ?! ヴォロナ! あれは!!」



「――爆装している! 今日魔族はそんな演習をする予定はないはずだ!」



「あれは敵よ! どうやったか知らないけど、海からの奇襲を許してしまった!」



「領空侵犯騎を迎撃します! よろしいですね陛下!!」



 魔王の影武者は、再び魔王としての仮面を付けると、下知をくだす。



「よしなに!」



 ヱクゼリヲンのアスターバーナーが青白い火を吹く。


 竜騎兵の最高速度は、時速150キロ――戦闘機エアクラフトとドッグファイトも熟すヱクゼリヲンにとって、追いつくのは容易いものだった。


 そして侵入騎の進路を塞ぐ形で布陣し、撤退を促すため威嚇射撃を実行する。本来なら無線で呼びかけてから行うのだが、ファンタジーの世界にそんな便利なものはない。


 とにかく今は、奇襲が失敗したことを知らしめるのが先決だ。うまく行けば、撤退してくれるかもしれない。



 機関砲の発砲音が木霊し、曳光弾によって空にオレンジ色の軌跡が刻まれる。



 しかし敵は撤退するどころか、ヱクゼリヲンを迎撃しようと戦闘布陣へ移行した。



 航空優位をとるため、竜騎兵は上昇し、高度を取り始める。



 ヴォロナは予想と反する結果に、舌打ちし、眼の前の光景に悪態をつく。




「そうまでして、お前らは! 人殺しをしたいのか!!」




 もはや戦うしか選択肢は残されていなかった。


 ヴォロナは操縦桿のセレクトレバーで武装を選択。すでにロックオン状態だった敵騎へミサイルを解き放った。



――ボタン戦争 ここに極まれり



 ヱクゼリヲンから射出された筒状の猟犬が、竜騎兵を喰らい尽くしていく。その間、わずか数秒……




 しかし戦争は終わっていない。



 ミサイルが叩き落としたのは、あくまで護衛の竜騎士だ。


 可燃物を満載した爆撃騎が、雲の中へ逃れ、ヱクゼリヲンを振り切ろうとしている。


 護衛の竜騎兵を喪失した場合、概ね展開は決まっていた。ドラゴンから積載物を投棄し、身を軽くしつつ戦線離脱――これがセオリーだった。


 荷を積載したまま戦うことは可能ではあるが、無駄に鈍重な獲物が、狩人を相手にして、戦えるはずがない。


 むしろ逃げの一手に絞らなければ、ただ無意味に狩り尽くされ、命を落とすだけなのだ。



 生還など、ゆめのまた夢。



 しかし爆装した竜騎兵に、荷を投棄するような仕草は微塵もない。



 諦めの悪い――いや、殺意と嗜虐心に取り憑かれた執念なのか? それとも完遂しなければいけない確固たる重要な理由が? 


 敵の置かれている状況は不明だが、そんな爆撃騎の群れに、思わず魔王が怒鳴ってしまう。



「こんな状況に追い込まれても、まだ爆撃する気なの?! あいつらは!!」



「陛下! そんなことはさせません! 加速しますので噛まないよう、舌を引っ込めてください!」




 それを合図に、再びヱクゼリヲンは加速した。凄まじいGが二人を襲い、コックピットシートに押し付けられる。


 瞬時に射程圏内へ突入し、ロックオンの電子音が響き渡った。


 



「君たちが望んだ結末だ! 恨むのなら、自らの愚かさを恨め!!!」





 爆装したすべての竜騎兵に向け、ヱクゼリヲンの全兵装が吠えるオールウェポン・フリー


 先のミサイルを皮切りに、対空・対人機関砲、ロングレンジライフル、開放バレル式レールガン……―――。



 瞬時に殲滅するため、ありとあらゆる圧倒的火力が、竜騎兵へと注がれていく。



 中には積載していた可燃物に引火し、大規模な爆発を引き起こすものまでいた。



 どうやら特殊な薬剤を利用した爆薬だったのだろう。誘爆が誘爆を生み、連鎖的に巨大な爆炎が生じてしまう。



 たった数秒で、敵勢力は全滅する。



 後に残されたのは、先程までの戦慄が嘘のような、不気味で空虚な静寂だけだった。




「周囲に侵入騎ストレンジャーなし、対空警戒を解除します。よろしいですね? 陛下」




「ふぅ、一時はどうなることかと……――って、もう私のこと陛下って呼ばなくていいわ。とくに、こうして誰もいない時は、ね」



「ではなんと? 名前を聞いていないんだ。君の本当の名を」



「そっか、そうよね。私は陛下の命により、あなたの監査役として脅威査定を命じられた 複―――」




 それはあまりに唐突だった。アラートがコックピット内に響く。




 ヱクゼリヲンは急加速し、自身が置かれている状況把握を最優先する。



 ヴォロナはディスプレイに表示されていた警報に、愕然とし、まさかの事態に思わず叫んでしまった。




「み、ミサイルアラートだと?!!」




 ヱクゼリヲンはミサイルを避けるため、フレアを展開してセンサーを欺く。ヱクゼリヲンから大量の火球が射出され、その煙が天使の翼を形作る―――属に言う『エンジェルフレア』だ。


 ミサイルはフレアによって欺かれ、目的を完遂することなく、明後日の方向へと通り過ぎていった。


 しかしミサイルの第二波が到来する。ヱクゼリヲンは再びフレアを展開しつつ急旋回し、胴体部の機関砲で弾幕を展開し、ミサイルを迎撃する。


 直撃コースだったミサイル2発を迎撃。ヴォロナは敵機の所在を探りつつ、第三波に備えようとした、その時だった――



「レーダーに機影! 後ろよ!! 急速接近!!」



 魔王の言葉に、ヴォロナは自分が致命的なミスを犯していた事に気付く。ミサイルは囮――ヱクゼリヲンの死角へ回り込む事が本命だった。




「そう来るなら!!!」



 ヴォロナはマイクロミサイルコンテナをパージし、それを、ロングレンジライフルで狙撃する。


 コンテナは爆発し、その破片が散弾となって敵機を襲った。


 しかしヱクゼリヲンも無傷ではない。機体左側全面とライフルに、ミサイルやコンテナの破片が突き刺さっていた。



 ヴォロナは使い物にならなくなったライフルを投棄しつつ、爆炎の奥に居るであろう敵の姿を睨む。




「ダメージは与えたはず。だがこれで、『墜ちました』とはなんないよな。さぁ、次はどう出るよ?」


 


 爆炎が潮風によって流れ、奇襲者の姿が顕になる――それはあろうことか、少女だった。



 それも、ただの少女ではない。


 まるで素肌にボディペイントをしたかのような、薄地のインナーに身を包んでいる。


 異質な部分はそれだけではない――脚部に大型のスラスターユニットを装着し、バックパックにも無骨で流線フォルムが印象的な、ブースターモジュールとフレキシブルシールド(?)らしきモノを装備していた。







 それを目撃したヴォロナは、最悪のシナリオが頭を過ってしまう。



 まさか、プラモデルを現実化する能力が漏洩したのか?



 だとしたら最悪だ。この世界の軍事バランスが、根底から覆ってしまう。



 それも最悪だが、どこかの勢力が召喚した勇者という危険性もある。



 前者と比べればいくぶんマシだが、それでも最悪には変わりない。





 意図せず、互いに出方を警戒し、静かな睨み合いが続いてしまう。



 だが突然、ヴォロナと魔王の視界が漆黒に堕ちる。




「――ッ?!」「なに?! なんなの!?」




 二人は喫驚しつつ、真っ暗なコックピット内で機体を操縦し、戦闘エリアからの離脱を試みる。しかし機体の操縦が効かない――なにものかが、機体の操縦機能を乗っ取ってしまったのだ。



 ヴォロナは原因を推測したが、時、すでに遅しだった。



「クッ! まさか電子戦ECMか?!」




 ヱクゼリヲンが下降していく。そして地面へ接触する前にスラスターが作動し、無事にランディングする。


 着地した直後、突如としてコックピット内に光が差し込む――外部からハッチが強制開放されたのだ。



―― “ ヤツ ”だ!



 ヴォロナはハンドガンをホルスターを引き抜き、光に向かって銃口を向ける。



 太陽の光を背にしているため、シルエットしか見えない――だがあまりに特徴的なシルエットゆえ、一目で 彼女、、 だと分かった。

  


 こちらがハンドガンを構えているにも関わらず、少女は狼狽えることも、攻撃することもなく、ヴォロナと魔王を見つめている。そして――



「私の出力する言語は分かるな? 民間人がなぜ、アビエントに乗り込んでいる? いや、そもそもジオフロントから、どうやって戦闘エリアまで逃げ果せた? そもそも…… ココは――」



ヴォロナはハンドガンをホルスターに戻す。そして彼女の言おうとしていた言葉を奪った。



「――どこ? でしょ? ここは魔族領リアラック。ついでに言わせてもらえば、沿岸部にあったのはモフトロ漁村でサーモンの養殖場がある。絶品の味ですよ」



「まぞくりょう? リアラック? モフトロ……漁村?」



 聞いたことのない単語の羅列に、少女はポーカーフェイスを維持したまま硬直してしまう。自身が置かれている現状を把握しきれていない様子だ。



 “ アビエント ”


 “ ジオフロント ”



 ヴォロナもまた、彼女の言い放ったこれらの単語を、この世界で聞いたことはない。


 つまり彼女は、自分と同じだ。


 ファンタジーの世界に迷い込んだ存在――――漂流者。



 それを確信したヴォロナは、ひとまず最も最悪なシナリオを回避できたと安心し、ホッと胸を撫で下ろす。そして彼女が、別世界からの迷い人であると仮定し、対話の主導権を握る。



「推論するに、私と貴女には誤解があり、それらの齟齬と乖離が、結果として、無用なトラブル……いいえ、戦闘行為を招いてしまったと感じます。どうでしょう? ここは互いに矛を収め、状況把握に専念してみては?」



「それはつまり、私と君が協力関係を構築し、セントラル帰還のため助力してくれる――ということか?」



 ヴォロナは即答する。とにかく彼女をこのままファンタジーの世界に解き放つのは、あまりにも危険すぎる。この世界にとっても、魔族にとっても、災厄な存在になるのは明白だ。


 だからなんとしてでも、彼女を手元に置いておきたかった。




「ええもちろん、善処することをここにお約束します。よろしいですね? 陛下?」




 まさか、自分に話がふられると思っていなかった魔王。彼女は思わず「ふぇっ?!」という、妙に間の抜けた声を上げてしまう。そしてヴォロナの襟を掴むと、彼の耳に囁いた。




「正気か! こやつは、ヱクゼリヲンを無力化させるような、とんでもないバケモノだぞ!」



 ヴォロナも魔王の襟を掴み、耳をこちらに手繰り寄せて強めに囁く。



「だからです。そんな彼女の力が、他の勢力に渡ってもよろしいのですか?  彼女がその気になれば、この世界は未曾有の大戦と混乱に陥りますよ」



 それを聞いた魔王は青褪めつつ、「そ、それだけは……避けなければ」と呟きつつ、顔を縦に振り、ヴォロナの提案を仕方なく承諾した。


 得体の知れない――それも、ヴォロナ以上に素性の分からぬ強者を引き入れる。魔族側も混乱は必須、正直に言ってしまえば大反対だ。だがしかし、彼女が敵側に着くのだけは、阻止しなければならなかった。




「陛下の慈悲深き計らいを得ました。私の名はヴォロナ。貴女の名は?」


「CVX-55705 パーソナルネームはレグレスだ」


「レグレス! とても良い名前だ! 陛下、こ――うおっ!? ちょ、ちょっ!」



 魔王が再びヴォロナの襟を掴むと、彼の耳を自分の唇まで寄せ、レグレスに聞こえないよう耳打ちする。



「私の本当の名は、リィン。リィン・リーンフォースだ。誰にもこの名を広めるな。私と君との秘密だ、いいな?」



 そう言うとリィンは、猫を被る、、、、ならぬ魔王の皮、、、、を被り、コックピットのシートから立ち上がる。そしてレグレスに、自らが何者であるのかを告げた。



「コホンッ! 私は、魔族を治める女王ヴィーラ・ヴィジランテ。世俗の方々には魔王と呼ばれております。


 レグレス。先程 貴女あなたが行使してしまった戦闘行為は、私の権限で、一時的に不問に付します。


 お互いの誤解によって生じたものであり、幸い、誰にも被害は出ておりませんから」



 そして魔王ヴィーラは、淑女かつ、慈悲深き笑みを浮かべながら、レグレスに手を差し伸べる。



「レグレス……迷い人である貴女を、客人として快く迎え入れますわ。どうかセントラルに帰る手立てが見つかるまで、我が国で、その美しき翼をお休めなさい」



「心遣いに感謝する。ヴィーラ陛下……」



――――…………


―――………


――……


           ◇



「―――というのが、一連の経緯です」


『それは大変だったわね。ヴォロナがいなかったら、より恐ろしい事態になっていたはずよ』



 リィンは薄暗い寝室で、ある人物へ報告を行っていた。彼女は化粧台に座り、鏡に映し出された少女に向かって、語りかける。



「陛下……計画の一環とはいえ、本当に大丈夫なのですか?」


『こっちの心配は無用よ。とは言っても、勇者御一行の中に紛れ込んで、一緒に旅をしているのだから、心配はされて当然だろうけど』


「ほんとですよ! もう!」


『フフッ、ごめんごめん。じゃあリィン、また明日』


「それではお休みなさい、陛下。よい夢を」

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