クジラの国で会いましょう
藤泉都理
クジラの国で会いましょう
鯨肉と軟骨は食用、髭と歯は将棋の駒や櫛などの細工、毛は網、皮は鯨油、筋は弓弦などの武具、鯨骨は鯨油や肥料、血は薬用、糞は香料に用いられるなど、捨てるところがないと言われるほどに利用する方法が様々に存在する鯨。
その鯨を守護する役目を担う魔法使いが居た。
名前は
動物、特に人間が乱獲せぬように細心の注意を払って、任務に当たっていたわけだが。
この頃妙な人間の男が一人、頻繁に或る一匹の鯨の前へと出現するようになった。
人間の男の名前は、
声高々に自ら鯨に向かって名乗っていた。
生物の中で一番強いおまえと闘って勝って俺は生物の頂点に立つ。
前代未聞の莫迦が出現してしまった。
季里斗は開いた口が塞がらないままに、さっさと伊織を追い払おうとしたのだが、あろう事か、伊織が勝負を挑んだ、名前を
暇つぶしなのか、生物で一番強いと言われて気分をよくしたのか、もしくは人間如きが勝てると思うなと怒ってしまったのか。
後で季里斗が問うてみたところ、季里斗が挙げた理由もあれば、それ以外もあると言われたが、克明には教えてはもらえなかった。
「陸上の人間が海中の、しかも鯨に勝てるわけがないだろうに」
魔法の箒に乗って、季里斗は眺めていた。
小さな小さな伊織と大きな大きな夛汽の闘いを、いや、闘いとは言えぬだろう。
ブリーチ。ブロウ。スパイホップ。ペッグスラップ。テールスラップ。ペダンクルアーチ。リング。フリッパーフロップ。フルークアップダイブ。
ただ夛汽の動きに、あわれ巻き込まれる伊織の姿があるだけ。
闘いともいえぬし、戯れともいわないだろう。
「おい、おまえ」
「あ?何だよ?」
陸で休んでいた伊織に、箒から下りて砂に降り立った季里斗は話しかけた。
戯れだった。
「好いている人間に己の能力を見せて結婚にありつきたいのか?」
「はあ?なんじゃそりゃ?俺に好いている人間なんかいねえし。結婚なんか全然考えてねえし」
「では何故夛汽に勝負を挑む?」
「夛汽?ああ。あのでっけえ鯨の名前か。そりゃあ、あいつが生物の中で一番強いから闘ってみたかった。見ろよ。夛汽のあの巨躯。純白に輝いてやがる。俺の里では真っ白くて、これでもかってでかい動物が生物の中で一番強いって聞かされてきたんだ。生物で一番強いやつと闘いたい。だからあいつに勝負を挑んだ。それだけの話だ」
「夛汽は本気を出していないどころか、戯れすらいない。虚しくならないのか?」
「全然。今のところ俺がそれだけの人間ってだけだろ。相手をしてくれるだけまだましだと思うわ。まあ、相手にされなくても、相手にされるように毎日毎日挑み続けるだけだけどな」
季里斗は意気揚々と笑って見せた伊織に、君が一生を懸けても戯れすらしてくれないだろうなと言っては、魔法の箒に乗って魔法の塔へと向かった。
今日もまた、夛汽と伊織の闘いを、いや、些細な巻き込み事故を報告する為に。
(あとは………海水温の上昇。か。近頃は急激に上昇しては、海中の生物が死に絶えてきている。食べる物が減少してきて、人間がまた、鯨に目を向け始めた。今迄は一か国だけだったが、今は。三十か国。まだ増え続けては、いずれ。全世界が。そうなれば、私は鯨を守るために、人間たちと戦う。これも運命といえば、運命だが)
海面上に尾びれを出し、水しぶきと共に大きな音を立てながら海面に打ち付ける、テールステップを行っている夛汽の頭上を横切ろうとした時だった。季里斗は夛汽に話しかけられては、伊織の伝言を預かったのであった。
「はあ?祖国に帰る?仲間たちと共に?俺との闘いはどうなるんだよ!?」
「喚くな噛みつくな前のめりになるな」
伊織が夛汽に闘いを挑んで十年が経った頃であった。
魔法の箒に乗ったままの季里斗は、陸で休んでいた伊織に夛汽からの伝言を届けると、掴みにかかる勢いであったので、魔法の箒を動かして颯爽と躱しては涼やかな顔で対応した。
「海水温の上昇と人間の乱獲の再開により命が脅かされそうになるも、これも鯨の運命かと受け入れようと思ったが、仲間たちが祖国に帰ろうと躍起になって誘うので、一緒に帰る事にした。なので、闘いたかったら来い。だそうだ」
「はあ?どこだよ?」
季里斗は海を指差した。
伊織は季里斗の指差す方向に身体を向ければそこに見えるのは、最近馴染みになった大中小の船が無数に漂う海。ではなく。
「………鯨って鳥類だったのか?」
「哺乳類だ」
大海原をすべて持って行きそうなほどに迫力のある鯨たちの飛翔であった。
数多の鯨たちは、上へ上へとゆっくりゆっくりと、粛々と、優雅に蛇行しながら上って行っていた。
あんぐりと、伊織は口を大きく開けて、季里斗は絶景だなと微笑んだ。
「え?え?つまり。何だ?空へ来いって?」
「まあ。そういう事だな。頑張って探せよ」
伊織は鯨を追うように飛翔した季里斗の魔法の箒の穂先を掴んでは、足を踏ん張って制止させた。
「離せ」
「俺も連れていけ」
無言で視線を交わし合う事、たっぷり十秒間。
季里斗はうっそりと微笑み、伊織は満面の笑みを浮かべた。
その刹那。
誰が連れて行くかとすげなく言うと、穂先から痺れ粉を振り撒いては、魔法の箒を動かして伊織の手を振り解いた。
「て。てんめえっ」
「じゃあな。運がよければ、私とも会えたらいいな。楽しみにしている。まあ。一生ないだろうがな」
砂浜に奇妙な格好で仰向けになって転がる伊織に一笑を付したのち、季里斗は鯨たちの後を追って天空へと飛翔していったのであった。
「て。てめえ。てめえら………」
絶対に行くから待っていろよ。
痺れ粉を大量に浴びたにもかかわらず、大気を大きく揺らすほどの咆哮を放った伊織に、季里斗と夛汽は声を揃えて言ったのであった。
クジラの国で会いましょう。
(2024.12.5)
クジラの国で会いましょう 藤泉都理 @fujitori
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