山での初仕事⑤
カラスがどこかで鳴いている。おばあさんが貸してくれた軍手で雑草を引き抜きながら、あたしは夕闇に染まり出した空を仰いだ。
そのままぐるりと周囲を見渡せば、山もりのごみ袋が四つ。五つ目がちょうど八割ほど草で埋まったところだった。
――こ、腰が痛い。
慣れない態勢で長時間かがんでいたのだ。明日は筋肉痛になること間違いなしだ。憂鬱を覚えながら、ぷつりと草を抜く。雑草を抜くときは根っこから。おばあちゃんの教えを忠実に守りながら、あたしはもくもくと作業に取り掛かる。
もれそうになった溜息は寸前のところで呑み込んだ。
溜息のひとつくらい許されたい気もするけれど、あの先輩が文句ひとつ言わず雑草をぶちぶち引っこ抜いているのだ。あたしが愚痴なんぞ言えるわけがない。
そんなわけで、あたしは無言で草むしりをする先輩の近くで、ずっと草をむしり続けていたのだった。
五個目の袋が満杯になったところで、やっと先輩が立ち上がった。つなぎをぱんぱんと払っている。
「お、終わり、ですか?」
「おお」
あたしを見ようともせず、先輩が膨らんだごみ袋を四つ持って歩き出す。終わりだと確信して、あたしも放置されたラストひとつのごみ袋を手に先輩を追いかけた。
というか、一個でもそれなりに重いのに、すごいな。先輩。
三対二でもなく四対一の割合にしてくれたあたり、女の子扱いしてくれているのだろうか。
いや、ないな。一瞬であたしは自分の考えを否定した。ない。自分で持てる限界が四つだっただけだ。
「おい、ばあさん。終わったから帰るからな」
先輩が開いたままの玄関から室内へ声をかけた。返事はない。だが、先輩は気にした様子もなく踵を返そうとする。
「あ、あの。先輩」
「なんだよ」
「これ、どうしましょう。中にいらっしゃるなら、ちょっとあたしご挨拶してきてもいいですか?」
外したばかりの軍手を掲げると、先輩が面倒くさそうに唸った。それから溜息。
申し訳なくなって謝ろうとしたものの、それより先に軍手を取り上げられてしまった。先輩が框の上に投げ置く。
「せ、先輩……」
「おい、ばあさん。ここに軍手も置いてくからな!」
やはり中からの返事はない。けれど、先輩はこれでいいだろと言わんばかりだった。玄関を閉めて歩き出す。
「あ、あの」
「あのばあさんの家に入るのは駄目なんだ。まぁ、声は届いてるから問題ねぇよ」
「……そうですか」
先輩が言うのだから、その判断が正しいのだと納得することにした。求められているのは常識的な判断ではなく、その人に合わせた対応ということなのだ、きっと。
獣道を下って、公用車の後部座席にごみ袋を詰め込む。これで運転席から後ろがちゃんと見えるのか不安になって、あたしは最後に思い切り押し込んだ。
「おい、こら、新人。袋が破れたら面倒なんだ。やめろ」
「さては先輩、前にやらかしましたね」
「……」
「すみません。気をつけます」
無言の圧力にあっさりとあたしは屈した。押し込むことを諦めて、なるべく高くならないよう工夫して詰め込んでいく。気分はテトリスだ。
どうですかと振り返ると、満足そうに先輩が頷いた。よしと内心でガッツポーズをして助手席に滑り込む。
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