第五話 「歯車のずれ」

 放課後、アルバイトがあるので楓は先に帰ったらしい。今日は一人で帰るかと善も鞄を持ったところだった。

 

「──おい、麦原。ちょっと付き合えよ」


 進学校といえ、様々な性質の生徒がいる。

 みんなが行儀が良いわけではない。善はその行儀が悪い方の生徒に囲まれて呼び出されてしまった。

 

 

 

 

 ──。

 

 初めて人に殴られた。

 善は体育館裏に呼び出され見事にリンチに見舞われた。巧妙に顔は狙われず、何度も腹部を蹴られてうずくまるはめになってしまう。

 善を囲う男子のリーダー格が善の制服を引っ張り上げて顔を上げさせた。目を合わせるとあまり知らない顔だと思った。違うクラスなのかもしれない。善は他の生徒の顔などあまり覚えていなかった。

 

「お前さ、蒼井サンと最近仲良いらしいじゃん。付き合ってんの?」

 

善が答えないでいると、頭の上に拳が乗せられ、ごりっと削るように擦られた。髪の毛が抜けたかもしれない。

 

「黙ってンなよ、おい。付き合ってんのかどうかどっちでも良いけどさ、蒼井サンと仲良いならちょっと借してくんない? それか適当言って呼び出してくれないかな?」

 

 楓を「借りる」?

 最初、善には意味が分からなかったが、金をいくら払えばだの相場がどうだのと彼らが言っているのでやっと理解が追いついた。そして、堪らなく嫌悪感を催した。

 

「別に……仲は良くない」

 

「ならお前には関係ないよな。蒼井サンと俺らで明日話するわ、じゃあお前もう帰っていいよ」

 

「やめろ!」

 

 彼女を金で買うとでも言うのか。楓はそんなことしない。誇り高い女性だと善は感じていた。金に困っていたってそれを捨てることは絶対にない。それだけに頭にきたとはいえ、自分でも驚くほど大きい声が出て善も驚いた。連中も驚いたらしい。だが状況が好転するわけではなく、善はそのまま背後の壁に押さえつけられた。

 

「でかい声出すなよ。だったらさあ、お前が身代わりになるか?」

 

「み、身代わり?」


聞くと、この連中の交際相手の女子生徒らは以前に校則違反を楓に指摘されたことで謹慎処分となったり大目玉だったらしい。善にも合点がいった。いじめの原因の一つとして逆恨みもあったようだ。

 集団からはみ出ないようにあえて悪事も目を瞑る。それを善は自然に行ってきた。だからそんな話知らなかったうえ気づきもしなかった。だが、正義感が強い楓には見過ごせなかったのかもしれない。

 

「──で、どうすんの? 蒼井サン囲って詰めてもいいけどお前嫌なんだろ? だったらお前が代わりになれってことだよ、誠意見せてくんない?」

 

 

 俺が身代わりに──。

 善の脳裏にはあの友達になった夜の楓の笑顔が浮かんだ。そして、父は言ったはずだ。大事な人を守るためなら無茶をしろ、と。

 楓のためだ、そのためなら。

 

「分かった、俺が身代わりになる」


善は自分の気持ちに従った。まっすぐに決意したのだ。楓を守りたい、と。

 その時、彼らがいやらしく笑ったことなど善には気にならなかった。

 

 

 

 その日、そのまま善は不良生徒たちに連れられて近隣のコンビニを三ヶ所周った。その全てで万引きを行ったのだ。実行したのは善ただ一人、彼らは外で待っているだけだった。

 盗んだ商品を彼らに渡すと、いとも簡単に解散となった。不気味なほどに。



 

──第六話に続く

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