第四話 「新しい生活」
友達になったあの夜から、楓はわざとなのか、学校で積極的に善に声をかけるようになった。
「麦原、一緒にお昼食べようよ」
「次は移動教室だって、置いてくよ」
「ねえ、一緒に帰ろうよ」
「麦原、勉強教えてあげるよ」
善としては内心、飛び上がりたいほど嬉しかった。あの彼女が、自分に、つきっきりで構っている。みんな羨ましがることだろう。そして実際にそうだった。クラスの男子は本当はみんな心のどこかで楓と仲良くなりたいと思っていたので大変羨望の眼差しを善に向けていた。
そして、女子たちもあの楓が「麦原善」という地味で目立たない男に声をかけ始めたことで様子を伺っているところだった。
一週間も立たず、善と楓は交際しているのではという噂が当然広がっていった。
しかし、その頃には再び楓へのいじめも再開されていた。
◯
善は楓の下駄箱に詰められた落ち葉をゴミ袋に入れながら口を尖らせた。
「なあ、先生に言ったほうが良いよ。これは普通にいじめだろ」
善が言うと、楓は何てことないかのように答える。
「言ったよ、何度もね。でもまともに取り合ってもらえなかった。ここ名門進学校じゃん? あんま大事にしてほしくないんじゃないの。私だって表立っていじめ受けてたとか言われたくないし」
「そういう問題じゃあ……」
「なら麦原、あんたの親は仕事なにしてんの?」
「え、俺の親? なんかデカい商社のナントカ部長とかだったかな」
善が言うと、楓は寂しそうにため息をついた。それに少し違和感を覚える。
「私のお母さんはね、小さい事務所の弁護士だったの。でも今は休職中。つまり実質無職。麦原の家はすごいね、他の人たちの親もきっとすごい。ここは、そういう学校。奨学金なんて言葉知らないんじゃない? うちが騒いでも意味ないよ」
楓は家族の社会的な地位のことを言っているのだろうか? 中世ならまだしもこの令和に身分差別を説くというのか。善は何だか悔しくなった。
「分かった、じゃあもういい」
「そ、じゃあこの話はおしまいね。私はいじめなんかに負けないから、それで終わり」
「そ、そうじゃなくてさ、はあ……。俺が、俺も、あ、蒼井を……助けるよ」
善は深呼吸をして、思ったことをどうにか伝えることができた。これは本心だ。本当に楓のことが好きになってしまっているのだ。彼女を守ってやりたい、その一心だった。
すると、楓も落ち葉を拾う手を止めて、静かに善と向き合った。
「ありがと、麦原。いいやつだね」
「あ、う、その」
「早く片付けて帰ろ」
「あ、うん」
二人はそのまま黙って落ち葉を拾い切ると、一緒に下校した。
──。
その日の夜、珍しく家族全員で食卓を囲んだ善は、つい、ぽろりと言ってしまった。
「女子ってさ、何が喜ぶと思う?」
がちゃんっ、と母が茶碗にぶつけて箸を落っことしてしまった。父も食事の手を止めて、動揺の色を浮かべながら箸を置いた。
「まさか善、好きな子でもできた?」
「別に」
「そうか、お前がな」
「違うって」
母の質問を否定したのに父の中では既に意中の子がいる前提で処理されたようだ。実際、間違いではない。善はとりあえず否定も肯定も辞めた。
「友達だよ、その子は少し、クラスと上手くいってないんだ。だから俺が相談に乗ってる。で、なんか上手くいかないかなって思っただけだよ」
「あらあらまあまあ、善がついにねえ」
「茶化すならもう話さない」
「そうねえ、私が思うにねェ──」
既に母は善を無視して自分の話をし始めた。相変わらずマイペースだ。父はそれを黙って聞いている。
「──助けて欲しい時に、助ける。これが結構大事。いい? 女は強いの、男より。だから大体はやっつけられる。けどね、本当に助けて欲しい時、弱味を見せたくなった時、そんな時がきっとあって、そこで助けてあげるの。わかる?」
「いや分からん」
「分かるわよお、そのタイミングがどっかでくるよ」
質問の答えになっていないが母は話して満足したらしく再び箸を持った。いまいち参考にならないが潮時か。善も食事を再開しようとした。しかし、先に父が口を開いた。
「その子が大事なら恐れるな、自分が傷ついたとしても、それでも助けてやりなさい。人間はそうそう死んだりせん。だから、大事な人なら無茶をしろ。大丈夫だ、お前なら。俺に似てわりと頑丈に出来てる」
「──あ、ああ。そうだね、分かったよ」
善は目を丸くして驚いた。父はこういった話題には疎いのだと思っていた。というより、息子に対して興味がないのだと。
お前なら大丈夫だ、と父は言った。励ましてくれてるのだろうか。期待してくれてるのだろうか。善は少しだけ勇気をもらった。
楓と出会ってからだ。人生が変わった気がする。まるで見るもの全ての景色が鮮やかになったようだ。家族とこんな話をしたのも初めてだった。
明日からもきっと少しずつ良い方向に進んでいくのだと、善は疑ってもいなかった。
──第五話に続く
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