最終話


 2つの道が交錯する場所は、ぼんやりとした光に照らされて、ステージのようになっていた。


「ここ、いかがわしいやり取りに用いられるそうなの」


「それをどこで?」


 エリさんがにこやかに笑う。教えてはくれないらしい。


「ここでネコ女を待ってるってネットに書き込んだの。通り魔がいるとしたら、願ってもない状況じゃない?」


 スポットライトのような光の中で、エリさんはおどるように動きながら言う。


 よくもまあ呑気に言える。昨日、傷害事件を起こしたネコ女(偽)は、偽物とはいえ日本刀を所持している。


 対して、エリさんは武器どころか何も持っていない。まったくの無力だ。


「私だってそれなりには戦えるんだよ?」


 エリさんが近づいてきて、僕の手をぎゅっと握ってくる。


竹束たけたばくんが助けてくれるって信じてるから」


「え……」


 エリさんを見れば、じっとこちらを見つめている。


 その目は、水の星みたいにうるうるとうるんでいた。


 これじゃなんだか、キスする直前みたいじゃないか――。


 僕が動けなくなっていると、エリさんがプッときだした。


「なーんて冗談だよ。ほらほら隠れて」


 言われるがままに、僕は物陰ものかげへと押し込められる。


 その間にも、エリさんの表情が頭の中でちらつく。


 光の中で所在しょざいなさげなふりをして、偽物を待ち受けるエリさんを見ている間も、そのことばかり考えていた。


 なんで、委員長に付きまとわれてるんだろう。


 最初はネコ女を捕まえるためだったんだけどなあ。どうして、僕はエリさんをかげから見守ることになってるんだろうか。


 思わせぶりなことを言うし、かと思ったら、いつもの委員長に戻るし。


 委員長のことがわかんないよ、もう。


 そんなことを考えながら無意味に悶々もんもんとしていたら。


 カランコロン。


 下駄げたの音が遠く響いてくる。


 足音とともに現れたのは、どこからどう見たってネコ女だ。


 ネコのお面をかぶり、緋鯉ひごいの浴衣を着崩し、その手には日本刀、下駄を高らかに鳴らしながらやってくるのはまさしくネコ女。


 でも――違和感がある。まちがいがあるとわかってるに気づけない間違い探しみたいなそんなもどかしい気持ち。


 光の中のエリさんも相手に気がついた。


 笑った。自分がおそわれるとわかっていながら、笑ってる。


 ネコ女(偽)が日本刀を切っ先をエリさんへ向けると、駆け出した。


 その動きは素早い。あっという間に近づいて、刀を最上段に構える。


 刀が振り下ろされる。


 エリさんは狂ったように笑いながら、スッと避けた。


 返す刀でやってきた刃をバックステップで回避。その動きにはよどみがない。


 もしかして、僕いらないんじゃないかな。


 なんて思っていたら、ネコ女(偽)が日本刀をやたらめったら振りまわしはじめた。


 武器もポーチさえも持っていないエリさんは困っているようだ。


「あっ」


 エリさんが転ぶ。


 キャッと声を上げ、転がるエリさん。その体にネコ女(偽)がまたがり、日本刀を振り上げた――。


 僕は物陰から飛び出す。


「ヴィジランテだ。大人しく――」


 ネコ女(偽)と目が合う。


 仮面の向こうの目が泳いだ。


 振り上げられた日本刀がさまよい、逃げ出そうとそいつは身をひるがえす。


 まずい。


 せっかくエリさんが身をていして偽物をおびき寄せたっていうのに、このままじゃ――。


 電磁警棒を見、手を見る。


 手は不思議なくらいに震えていなかった。


 僕は柄を握りしめ、ネコ女(偽)へと向けて、駆けだす。


「どうっっっ!」


 警棒を振るいながら放った声に、ネコ女(偽)が怯えたように身をすくめる。


 警棒が当たる直前、力を抜く。


 寸止め。


 ぴたりと止めて、即スイッチを入れる。


 バチバチと電撃が走り、ネコ女(偽)が悲鳴を上げた。


 そのデスボイスは、5キロ先の安全エリアにまで届かんほどの声量だった。


 ガクガク震えていたネコ女(偽)が倒れる。


 その拍子に、プスプスと煙を上げる髪の毛が、お面とともに抜け落ちた。


「え」


 抜けたんじゃない。そもそも、髪の毛は地毛じゃなくてウィッグ。


 短く刈りあげられた髪。


 ネコのお面に覆われていた顔は、ごつごつとしている。


 そいつは女装した男だった。






 僕が警察にネコ女(偽)を連れて行けば、事件は解決した。


 それ以来、ネコ女による被害は出ていない。


 いや、一人にだけは出てるんだけど、世に出ていないだけ。


 そんな不幸なやつは――まことに遺憾いかんなことに――僕であった。






「なんで伊都峰いせみねさんがいるの?」


 ここはヴィジランテ第444分署。ダンジョンの安全エリアの一角に用意された、こぢんまりとした部屋だ。


 いつもは一人なんだけど、今日はエリさんがいる。


「もう言ったよね? 私のことはえりって呼んでって」


「だって、学校で呼んだらぶちぎれるじゃん……」


 1、2度、僕はエリさんのことを名前で呼んだ。そしたら、どうなったと思う?


 1度目は足を蹴られて、2度目はシャーペンで刺された。


 そんな悪魔みたいな女の子はコロコロ笑っている。


「だって、噂されたくないんだもん」


「噂なんてそんな」


「私ってこれでも学校のみんなに好かれてるんだよ? 学校で一番好かれてるって言っても間違いない。だから、刺されないよう秘密にしてあげてるってわけ」


 わかった? とペンを指揮棒のように動かしながら、エリさんが言う。


 放課後からずっとエリさんは上機嫌だ。


 今のエリさんは、いつもの制服姿。でも、その腰には日本刀が輝いている。

 

 でも、浴衣に下駄じゃない。


 仮面もかぶっていなかった。


「あれのことならもういらないの」


「え、なんで。もしかしてストレスがなくなりましたか」


 僕は現在進行形で、ストレスに対する耐性をチェックされてる気分なんだけど。


 エリさんが首を振る。


「ここに配属になったから」


「は……?」


「だからね」


 エリさんが隣にやってきて、もたれかかってくる。


 熱っぽい吐息が耳にかかってくすぐったい。。


 強烈にイヤな予感がする。予感に首を絞められて、今にも窒息しそうだ。


「相棒になったんだよ、私」


 僕は、エリさんを見る。


 満面の笑みが返ってきた。


「マジですか」


「どうして嘘をつかなくちゃいけないの?」


「だって忙しいんじゃ」


「忙しいけど……ここなら、合法的に暴れられるって聞いたからさあ」


 唖然あぜんとしてしまって、僕は何も言えない。


 エリさんがにっこりと笑いかけてくる。


「これから、よろしくね」


「こちらこそ」


 僕は辛うじてそう返せば、パチンとエリさんが手を叩く。


「そうと決まれば、ダンジョンに行こうよ」


「単にストレス発散したいだけじゃ……」


「いやいやいや。そうじゃなくて、相棒の腕を知りたいなーって。剣道の全国一さん?」


 エリさんがニヤリと笑って、肩を抱いてくる。


 彼女に抱きつかれているとか、押し付けられた胸の温かさとかまったく感じない。


「なんでそれを」


 確かに僕は中学生の頃、たまたま全国大会で優勝した。


 その時のことは誰にも話したことがなかったのに。


「調べたからねー。ほら、戦おうよ」


 ぺろりと舌を出すエリさんを見ていると、さっきの予感が的中したことを確信した。


 そして、なすすべがないことも。


 差しだされた手をつかめば、ぎゅっと握られる。


 これが、僕と伊都峰さんの出会い。


 僕を振りまわしまくる相棒との運命の出会いだ。

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ダンジョンにソロで来るやつにロクなのはいない 藤原くう @erevestakiba

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