第3話

「6時にダンジョン集合ね」


 そう言って、伊都峰いとみねさんは教室に戻っていく。


 一方的だったけれども、せわしなく働く委員長はなかなか捕まらない。


 僕にだってヴィジランテとしての仕事があったりするんだけど。


 でも、だからって伊都峰さんのことをほったらかしになんてできないし……。


 悶々としてるうちに、放課後になり、約束の時間になった。






 約束の十分前からスタンバっていたら、伊都峰さんがけてくる。見慣れた制服姿ではなく、浴衣のネコ女姿でもない。


 ふわっとしたブラウスにジーンズのジャケット、黒のパンツにスニーカー。


 黒ぶちメガネだけ、いつもと見慣れていた委員長の名残を残していた。


「もしかして見惚みとれちゃった?」


「ち、違いますけど。あの姿じゃないんだって思って」


「まっさか。ヴィジランテと一緒にいるのに、あんな姿できないってば。竹束くんを悪者にはできないしねー」


 僕は、私服姿の伊都峰さんをじっと見つめる。


 ニコニコと満面の笑みを浮かべる彼女は、心底楽しそう。


「にしても動きやすい恰好かっこうとか――」


あわれな犠牲者なんだから、場違いなくらいがいいの」


「あわれな……?」


 伊都峰さんの服装は、ダンジョン攻略には向かない。それをネコ女である彼女が知らないわけがない。


 僕はすぐに真意を理解した。


 おとりだ。伊都峰さんは自分をエサにして、偽物をおびき寄せようとしてるんだ。


 口を開こうとしたら、伊都峰さんの指が伸びてきた。


「しぃー。もしかしたら偽物が聞いてるかも」


「……危険です」


「ダンジョン内で危険じゃないことなんてないよ」


 ぺろりと伊都峰さんはくちびるめる。むしろ、望むところだとばかりに。


 指が離れていく。


 かと思ったら、伊都峰さんが腕に抱きついてくる。


 ギュッと、ヤドリギのようにきつく。


「私とデートできるなんて竹束くんは幸せ者だなあ」


「で、デート!?」


「ほら行くよ。時間ないんだからさ」






 伊都峰さんが教えてくれたのは、未探索エリア付近であった。


 ダンジョンには3種類ある。


 安全が確保されたエリア、探索が終了したエリア、探索が終わっていないエリア。


 安全エリアでは、人々は地上と同じように行き来ができる。開発も行われており、ホテルやら店やらがあった。


 残り二つは安全ではない。モンスターが出現し、トラップが存在する危険地帯だ。それでも、探索完了エリアは比較的安全と言える。デストラップやモンスターに初見殺しされないから。


 そして、未探索エリアはどこまでも広がっている。


 探索完了エリアと未探索エリアの境目。ここは、犯罪の温床となっていた。


 そこ目指して、僕らは歩いている。


「伊都峰さんはどうしてダンジョンに?」


「エリでいいよ」


「…………」


「呼んでくれないの? かなしーなあ」


「え、エリさん」


 隣からくすくす笑い声が響いてくる。伊都――エリさんはどうしてそんなに僕のことをからかってくるんだろう。


 それとも、これが、エリさんの本当の姿ってやつなのかな。


「前も言ったけど、ストレス発散だよ。暴れるとすっきりするでしょ。物に八つ当たりしたり、ゲームで人を撃ったり……それと一緒だよ」


「別にダンジョンじゃなくても」


「ここなら、誰にも見られないから」


 エリさんの横顔はどこか悲し気だった。


 でも、それは照れたような笑みに覆い隠されていった。


竹束たけたばくんには見つかっちゃったけどね」


「こんなことはずっと……?」


「ダンジョン自体は小学生の頃だよ。決闘けっとうを吹っかけはじめたのは高校に入ってからかなあ」


 道理で強いわけだよ。なりふり構わず突っ込んでくるところなんて歴戦の探索者だ。


「強いでいったら竹束くんだって。はじめてだよ、負けたの」


「これでもヴィジランテなんで」


「それにしては強かったけれど、何かやってたんじゃないの?」


 と、エリさんの視線が僕を向いた。


 疑うような視線だ。


 僕は腰にぶら下げたままの電磁警棒に手をわせる。


 別に、大したことはやってない。


 世界を守る特殊部隊の一員ってわけでも、超能力があるわけでもない――僕はそんなことを言った。


「ま、いいよ。調べたらすぐわかるだろうし」


「……?」


「ほら、もうすぐ予定の場所につくから準備する」


 するりと腕から離れたエリさんは、委員長らしい声音でそう言った。

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