第59話 現世.象、犀、牛、虎、キメラとなりて、夢を喰う
「よう、哲人」
誰かが僕を呼んでいる。
いつもの夢か。
これが夢なのか。
現実なのか。
リントとしても哲人としても。
わからない。
「聞こえてんだろう?」
聞こえてる。
でも馬鹿みたいに答えてやる義理はない。
それに聞こえてはいるけど身体は動かないし目も開かない。
手が出せないなら狸寝入りするしかない。
「情けねえな、化け物の分際でよ」
失礼だよう。
確かに色々な変化を一身に集めてキメラになれるから化け物になれるのは間違っていないけどね、僕は常に普通の狸でありたいと……って、これ前世の人間だった頃も思ってたなあ。
普通の人間でありたい。
普通の社会人でありたい。
みんなと普通を分かち合いたい。
無理だったけどねえ。
きっと狸世でも無理だとは思うよねえ。
でもねえ、それでも今世では親も兄弟も妻もいる、あまつさえ友までできた。
こっちとは違うんだよう?
なあ、灰司?
前世で唯一僕を見てくれた人間。
僕の弟。
見てくれたと言っても敵視バリバリだったけど。
それでも僕を化け物だからと無視はしないでくれていた。日々つっかかられて、忍法研究の成果を盗まれて、食事も盗んでいって毒入りだから体調崩した挙句に、僕に毒を盛られたと被害を訴えられたりしたけど。
排除されるよりは良かった。
いや、良かったかな? ちょっとわかんないけど。
やられてる時は嫌いだったしなあ。
それにしてもついにここまでやるとはなあ。
「ハハッ、お前を実験体にして、お前の研究所を乗っ取って、お前を異世界に転生させて、お前の魂が通った道から魔力を吸い出してやったぜ」
あ、なるほど。
そういう事してたのね? わざわざペラペラと説明ありがとう。
とは言っても大体予想通りだったけどねえ。
僕が人間だった頃に、お前が提唱してた「並列世界間のエネルギー論、それによる忍法の進化」って論文を読んだ時にはお兄ちゃんぶったまげたけども、本当だったんだなあ。
てっきり遅れてきた厨二病だと思ってたよう。
周りの人間も多分そう思ってたと思うよ。僕友達とかいないから感想は聞いてないけど。読心術使うまでもなく顔見たらわかったよう。
「論文通り、俺は忍法を進化させた。その功を以って、俺は
ま、そうだろうねえ。
僕が現役時代からそういう派閥もあったしさ。僕がこんなんなら尚更そういう意見も出るだろうねえ。
やりたくなかった僕が頭目をやるよりは絶対に灰司がやった方がいいってのはずっと言ってたけどさ、父親と母親が認めなかっただけじゃんか。何回その提案したと思ってるのよ。その度にお前はお情けで頭目を譲ろうとしている! だとか、俺を見下してやがる! だとか言って僕に意地悪して来たくせに。
知ってんだよ! 僕の悪口を昼の世界、夜の世界、問わずに言いふらしてたのがお前だって!
ああ、思い出したら腹立ってきたよう!
「て事でよ、お前は用済みだ」
そんなのはわかってるよう。
僕は今世で楽しくやってくからさ、すっぱりとこっちの世界との縁は切ってくれよう。
いちいち夢みたいな感じで前世の話を聞かされるこっちの身にもなってよう。
しかも向こうに帰ったら全くこの話は覚えてないしさ。ほんとにもう! なんなのさ! スタンド攻撃じゃないんだからやめてよねえ。デスサーテーン。
「肉体を殺せば、お前の精神の帰る場所はなくなる」
うん、わかったわかった。
スッパリとやっておくれよう。
僕も散々と人の命を散らしてきたんだ。いつだって覚悟はできてる。
ただちょっと人より死にずらかっただけでさ。てかほんとに殺せる?
「はずだったのによ! んで! てめえの! 身体は! 死なねえんだよ!」
ぎゃ。
悲鳴のような金属音が僕にまで届いてくる。
どうやら灰司が苛立ち紛れに僕のベッドを蹴ったようだ。
て、やっぱりかあ。
僕の肉体って突然変異でねえ。
死なないのよ。
煮ても、焼いても、切っても、すり潰しても。
死なない。
「こっちはよ! 心臓突き刺してんだよ! なあ! なんでその横から心臓が生えてきてんだ! 化け物が!」
そらそうよ。
なあ、灰司さ、人魚の肉を食べて死ねなくなった女って知ってる?
その人、八百比丘尼っていうんだけどね。
あの人魚の肉って実は特殊なプラナリアの肉なんだよね。プラナリアって知ってるかな? 切っても切っても死なない所か増えてくやつ。すごいよねえ。ま、その特殊なプラナリアの肉の細胞ってのがさ、これまた不死で、食べられた所で死なないのよ。死なない所か、逆に捕食者の細胞に置き換わろうとするんだ。
そして、身体を食い尽くすまで、増殖する。
普通は脳細胞までもその細胞に置き換わって、思考なんてできる状態じゃなくなるんだよ。
江戸時代に駿府城に現れた肉人なんかがそれだねえ。
権力者ってのは常に不老不死を求めるからさ。仕方ないねえ。
「どうすればお前が死ぬのか、俺は考えに考えたよ」
ありがと。
僕もずっと考えてきたけど、それわかんなかった。
脳みそまでプラナリアの僕にはそれがわかんなかったよ。
人の殺し方はわかっても、人との付き合い方はわからない。
忍法の研究はできても、恋愛の研究はできない。
覚えた事は忘れないけど、トラウマも忘れられない。
そりゃあ、いろんな恐怖症で寝られなくもなるよねえ。
だからさ、早く死に方を教えてよ。
「くく、肉体が死なないならよ、魂を殺せば良いんだよ」
ああ、なるほど。
僕もそれは仮定していた。
この肉体でも思考を失わない理由として、魂の強さが原因なのではないか。
でも魂の存在もその分離方法も研究はできなかった。
だって予算つかないんだもん。
「この『
おお! 灰司すごい! 僕が実用的な研究をしている間にコソッと予算もらってやがったな!
僕だってそういうの研究したかったんだぞ!
「だがな、お前の魂はいまや異世界だ」
確かにい。
僕の魂の本質はここにはない。
ここにいる僕は多分、転生した魂の澱みたいなものだろう。
こっちの世界に魔力を吸い出す時に一緒に流れてきてたまった魂の澱。
僕の魂を殺すには異世界に来ないと殺せないって事になる。
そっかあ、だめじゃーん、灰司だめじゃーん、考え直しー。
「俺がそっちまで行ってお前の魂を殺す」
うえ、マジで?
灰司、こっち来んの? 帰れなくなるよ?
「そのために分け御霊の儀式までやった! こっちの魂は一時的に弱まるが! それは時間で回復する!」
あー良いなー。
灰司、ずっとそういう厨二な研究してきたんでしょー!
僕もしたかったー!
「そっちに行って、お前を殺して、ついでに異世界を侵略してやるよ、首を洗って待ってろや!」
は?
異世界侵略?
僕の世界を? やっとできた僕の世界を? 奪うの?
そんな事をしたら。
「コ、ロス……ゾ」
僕の不死身の肉体。
なんとか肺と喉と舌を動かす。
「くく! やっぱり聞いてやがったあ! おうおう! こっちこそすぐに殺しに行ってやっからよ! 帰って怯えて震えてろ!」
ピピっと電子音が聞こえた途端。
急に耳が聞こえづらくなった。
あ。
いつもの薬を増やし……やが。
あ、だ、めだ……意識が……チル。
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