第60話 いよいよ楽しい手の平の匂いよ
くわあ。
何だか昨日はやな夢を見たなあ。
今までの嫌な夢の中で一番ムカついた気がする。
僕はどうにもムウとする気分を直すために、ベッドにごろんと寝転んで、目の前でソワソワワクワクとしているキンヒメを眺めることにした。
ああ、かわいい。
見るだけで気分が癒される。あっという間に上機嫌だ。
なにせ今日のキンヒメは着ている服も相まっていつもより千倍は可愛い。
「おー、お嬢さん、めかしこんじゃって、今日はどうした?」
そんなキンヒメを見て、向こうの牢から王が問う。
正確には前王のガッチさんではあるけれど。
「ふふ、ガッチさん、お気づきになりまして?」
スカートの裾を軽くつまんで一回転してから、キンヒメが上機嫌におどけて答える。
くるっと狸一回転。いまは人間姿ですが。
「むふん、今日はデートなんですよう」
僕もベッドの上から起き上がって、上機嫌でガッチさんに答える。
名前呼びはさすがに失礼通り越して不敬とか言われるかと思ってたけど、本人が所詮はただの牢名主だから普通に呼んでくれというので、それに従っている形だ。
「牢獄から王都にデートとは……なんというか、自由だな」
ガッチさんはそう言って、呆れたように座っているソファの背もたれに体を伸ばした。
ガッチさんの言う通り。
僕らは収監された貴族牢を王都滞在中の定宿にしている。
無罪放免となった後に、王都の宿屋へ移動しようかとも考えたが、どうにもこの貴族牢の住み心地が良すぎて、離れる気になれなかったからだ。
正体に関していえば、夜中になればどうせ真っ暗になるから狸姿に戻っても王様に見られることはないし、布団さえ被って中に入っていれば大丈夫だ。
それが通る自由を僕は女王からもらっている。
その女王は、といえば。
一応、僕が言った事に従って女王としての仕事はおろそかにしていないように見えた。
抜き打ちで行ってもちゃんと仕事してたしね。
念のため。
「偏在している概念の僕が仕事をおろそかにしていないか、いつだって、君を、見ているからね」
と耳元で囁いたら、軽くビクビクっと痙攣した後に、よだれを垂らさんばかりに喜んで返事してたから、多分大丈夫だと思う。
よし、アークテート王国は安泰だ。
安泰か?
ま、というわけで、今日は王都滞在三日目。
僕とキンヒメは王都でデートすることになった。
デートスポットはユーリさんに聞いて前日に下見してある。
デート、である。
人生初、である。
狸生初、でもある。
さあ。
準備は万端、いざデートだ!
◇
「リント、今日はどこに行くのですか?」
王城から出て、王都のメインストリートであるローズ通りを歩きながらキンヒメが僕に問いかけた。
今日のキンヒメはとても可愛らしい。
前日に僕が(正確にはユーリさんに見立ててもらって)王都のメゾンでキンヒメに似合いそうなプレタを買ってきた。代金は女王が払ってくれるらしいので見ない事にした。
狸には貨幣経済とかよくわかりません。
元人間だけどもわかりません。
とりあえず数字らしき文字がいっぱい並んでいて、ちゃんと「叡智」が僕にわかるようにテロップを出してくれたけれど、狸はちょっと目が悪くなったのか見えませんでした。
オートクチュールだといくらになるんだろう?
それを考えると、魔獣よりこわかった。
思いだすと、ぶるると全身が震えた。
「リント? どうしました?」
挙動のおかしい僕をキンヒメが心配そうに覗き込んできた。
はああ。
かわあああ。
純白のワンピースに金色の髪の毛と肌に差した桃色がアクセントになって芸術品だなあ。
「ごめん、キンヒメが可愛すぎて、意識が飛んでたよう」
正直に答える。決して服の金額に意識が飛んでいたわけではない。
「もう、リント!」
褒められたキンヒメは言葉にならなかったようで、僕にぽふんと抱きついてきた。
やらかあい。
僕はキンヒメを軽く抱きしめ返してから、今日の予定を話した。
まずは二人でお揃いの宝石を買おうと思っている。
できれば魔法的な効果がのった品がいい。
二人の絆と。
それを守る魔法。
二つを示すにふさわしいアイテムがいいだろう。
だから目的地は魔道具店だ。
◇
ドーン魔道具店。
そう書かれた扉を開けた。
まずはキンヒメを、その後に僕が入った。
レデーファーストっていうらしい。前世の自称モテる男が別の同僚にしきりに言っていた。でも僕は彼がモテてる所を見た事がない。
「あれえ?」
入った店内には受付だけがあってその受付には人がいない。
一応、店内には何点か品物が陳列されているが、どうにも売ろうという気が見えない。
おかしいなあ、ユーリさんおすすめの店だったはずなんだけど?
店間違えたかなあ?
「すみません、どなたかおりませんか?」
キンヒメが丁寧な物言いで店の奥に声をかけた。
すると、奥からゴソゴソと物音がした。
その音はしばらく続き、音がおさまったタイミングで、カウンターの奥の部屋から一人の女性?が現れた。多分女性だと思う。多分ってのはその見た目からだ。なにせ、髪はボサボサの蓬髪でアフロヘヤーと言っても問題ないレベル、顔には大きなゴーグルが乗っかっていてほぼ見えないし、着ている服はオーバーオールだ。見ただけじゃ性別は判断がつかない。この状態でそれでも女性だと判じる事ができる理由は、そのオーバーオールからこぼれ出しそうな二つの生肉である。うーん。これは……キンヒメより大きいかもしれない。
ぎゃ。
僕がそこを見ているのがバレたらしく、キンヒメが目を覆ってきた。
そんな僕らに構う事なく出てきた女性が口を開いた。
「ごめんごめん、お客さん。ちょっと昨日まですっげえ貴重な品の加工をやってたから、寝ちまってたわあ」
声しか聞こえないが、女性である。多分ね。僕には見えないんだよう。
「こちらこそ、ご都合も伺わずに来てしまってごめんなさい。来てしまって大丈夫でした?」
僕の目を塞いだまま、キンヒメが出てきた女性と会話を進めていく。
さすが僕の妻、有能だなあ。
「ああ、大丈夫だよ! 大仕事はもう片付いたからね!」
その状態で大丈夫?
本当にい? 来たのが、僕みたいな善良な狸じゃなくて、荒々しい人間の冒険者だったら、やばくない?
「その、言いにくいのですが、服とかは、それで大丈夫なのですか? 胸がこぼれそうになっていますが?」
キンヒメが言いにくそうに指摘した事実。
これがデフォルトだったら大概やべえやつだよなあ。
「服? 胸? おお! やっべ! 暑くてインナー脱いじゃってたんだ!」
自分の胸元を確認したのか。
慌てた様子である。でも僕には何も見えないなあ。
でもどうやらデフォルトじゃなかったらしい。
良かった。
「ちょちょ、ちょっと、服着てくるからよう! お客さん待っててくれよな!」
そう言って再びカウンターの奥に消えていった女性の後ろ姿を僕とキンヒメは見送った。
僕に見えているのはキンヒメの手のひらだけれども。
あれよ、キンヒメの手のひらっていい匂いするんだよ。
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