第55話 胸がつぶやく女王の告白

 僕が衛兵に連れられて移動した先。


 そこは赤い部屋。


 あー、久しぶりの『女王の紅い喫茶室クィーンクリムゾン』ですねえ。

 相変わらず室内真っ赤かで目が痛くなりそう。

 そんな室内で。

 女王と僕は向かい合って座っている。これも前回と変わらない。

 うーん、前回と違うとこは室内の人数の差くらいかな? 前回は人がいっぱいだったけど、今回は女王と僕と侍女の三人だけ。


 なんでじゃろ?


 犯罪者と面会するんだからむしろ今回の方が人がいっぱいじゃないとダメじゃない? と思って女王の顔を見ると、なんか知らんけど顔真っ赤である。

 もしかしてこの女王の顔色って赤がデフォルトなのかな?


 そんな女王が話し始める。


「り、リンリン、リントよ!」

 いきなり噛んでいる。

 はいはい、僕はソーセージでもハムでもない、狸で忍者なんだよう。

「はあい」

 一応、のんき、げんき、たぬき、な返事をしておく。

 意味はない。

「なぜこの部屋に呼ばれたのかわかるか!?」

 はあ? わかるわけないでしょう? 呼ばれた理由もわからないし、捕まった理由もわからないんだよう。

「うーん、わかりませんねえ。僕、何かしちゃいました?」

 このシチュでは言いたくない言葉だよね?

「なぜわからぬのだ!」

 ふぁああ、怒ったあ。

 ええ? わかるわけなくなあい?

「すみません、ちょっと僕、記憶喪失だから色々と察しが悪いんですよう」

 秘技! 記憶喪失!

 これで大体どうにかなるし。

「そ、そうか……そうだったな。そ、そうか! 記憶を失っているから、あんな女とけけけ、けっこ、ゔんん、なんぞしたのだな!?」

 どうにかなった。

 けどね、それは違う。

「いえ、結婚は記憶喪失関係なく、普通にしました」

「ああん!?」

「ひえ」

 また怒らせた。

 誰だよ、女王に感情ないとか言った奴、ほんとに父親失格だよ?

 うーん、にしても、怒ってばっかで、埒が開かないなあ。

 と思っていると、横から女が現れた。

 侍女服でなんでそんなボディラインが出るのかな? って女だった。


「おひいさま、そんなに怒ってばかりではリント様が困ってしまいますよ?」

 女は笑って言った。

「う、むう、しかし、リントが妾の意図を解さぬゆえな……」

 割と失礼な物言いなはずなのに、女王は怒らない。なぜ僕だけ怒られる。解せぬ。

 というか、女王の意図なんてわかりませんよ。確かに忍者の中には読心術が使えるやつもいたよ? でもね、忍者だからってみんな心が読めると思うなよう。こちとらコミュ障忍者だったんだ。

「ほほ、それはそうですよ、人間は他人の心なんて読めませんよ、一部を除いてね?」

 女はツヤツヤの厚いくちびるで放ったそんな言葉尻を、なぜか僕に投げかけてきた。

 んー。

 もしかして、そういう事?


「それも、そうだな。妾にも他人の心は難しい。特にこのリントという男はわからぬ」

「そうですかねえ?」

 僕はわかりやすいと思うんですけどねえ。

 ねえ、ダイナマイトボディの侍女さん?

「そうですねえ、でもねえ? わかりあう以前に、おひいさまはまだ肝心の要望をリント様に伝えてないんですから、まずはそれからでは?」

 そうそう、ちゃんとしてよね。

「そ、そうか。そうであったな。さすが妾のアドバイザアじゃ」

「光栄です」

 頭を下げた女のピンクブロンドが揺れて、そこから戻した視線が僕を見つめている。

 ふーん。念のため叡知発動っと。

 お察し。


「では言うぞ! 冒険者リントよ!」

 はいはい。そう言う事ね。

「はあい」


「妾は冒険者リントを王配として迎える! 妻、キンヒメとは別れ、このままこの王城で暮らすがよい!」

 そう言い切った女王の顔は真っ赤に染まり、頭から湯気でも出そうなくらいだった。

 横で侍女が恍惚とした表情で女王のその顔を見つめている。

 うーん、正体は分かったけど、狙いが読めないやつだなあ。

 それはともかく、まずは女王の対処かなあ?


 と、言う事で。


「お断りします」


「そうか、そんなに嬉しいか。やはりリントは妾の夫となる運命なのだな。では早速教会に行って婚約の契約魔法をしようではないか」

 すっごいベタな感じに聞いてなあい。

 僕は立ち上がって女王のそばに歩みよった。


「ねえ、女王? 聞いてます?」

 のぞきこむように顔を見ると。


 僕からそらされた目も顔も真っ赤っかだった。

 瞳なんて潤みきって、今にも泣き出しそう? 怒り出しそう? どっちかな?


「ほれほれ、リントよ、早く行かねば教会がしまってしまう。まあ、妾は教会に多額の寄付をしておるゆえな、閉まってしまっても特別に開けさせる事など容易だがな、しかしそんな無理を通すのは女王として正しくないからな、できれば決まった時間に行きたいのだ」

 決して僕の方を見る事なく。

 僕の腕を握って立ち上がり、引っ張って、部屋を出ようとする。


 でもそれはできない。

 頑として僕は引かれた手には従わない。


「リント、早く、早く、行くのだ……」

 僕は手を引いて部屋を出ようとする女王の手を逆に引いて正面を向かせる。

 か弱く、ほぼ手応えもなく、女王は僕の方へと向き直った。


 うつむき、髪も顔も肌も赤く染まっている女王。

 小さく肩が震えている。

 僕はそんな肩を両手で掴んだ。


「聞いてください、女王。僕は行けない」

 小さな背でうつむいた女王のつむじからは反応はうかがえない。

 返ってきたのは小さな呟き。


「妾はお前が好きなのじゃ」

 さっきまでとは違う。

 感情のある言葉。


「それはわかりました……でも僕には妻がいます」

 ピクリと女王が震える。

 う、とか、あ、とか。何度か言葉を発するか迷っている。


 ふー、と長く息を吐き出し。


 女王は意を決して言葉を吐き出した。


「……妾は女王じゃ、お前の妻をどうとでもできるぞ」

 さっきまでの弱々しい女の声ではない。

 確かな権力者の声だった。


「ええ、知ってますよ。でもね、僕はそれをされたらきっとこの国を滅ぼさなければならない」

 僕の愛する妻に手を出すのなら。

 あなたの愛する国を殺すだけ。


「そんな事が……できるわけが……なかろう。この国は妾が愛し、手塩にかけて育ててきた。強い」

 自信に満ちた言葉だった。

 でもね、それは過信ですよ。現状ですら、僕とそこの侍女と二匹も獅子身中の虫を抱えているんだ。

 二匹見たら千匹はいると思った方がいい。


 それにね、国なんて滅ぼそうと思えばいくらでも、さ。


「できますよ。ここであなたを殺すだけでも十分だ」

 試しに殺気を放ってあげる。


「が、ガガア、嗚呼嗚呼」

 女王は突如あてられた殺気に、息が出来なくなり、喉をかく。

 しばらくそのままにしておくと。

 赤かった顔色は、青に変わり、赤く染まっていた瞳は、グルンと回って白目に変わった。

 

 女王は糸が切れたように地面へと崩れ落ちた。


 あらま、気絶しちゃった。

 殺気が強すぎたかなあ。自分で思ってるよりもキンヒメに手を出すって言葉が頭に来てたらしい。

 失敗失敗。テヘヘ。


 一応生きているか確認しとこっと。

 叡知発動っと。


『アークテート王国女王:ヤンデ・ローズ 状態:気絶、扇動 職業:女王、乙女』


 よしよし生きてるっと。


 さて、残るはダイナマイトボデエ侍女さんだけだねえ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る