第54話 親子の事情はこの際だから無視しよう

 は?


 娘が女王って事は、女王が娘って事でしょ? って事はおじさんの娘が女王で、女王はおじさんの娘って事?


 はあ?


 親子揃って、僕に、は? って言わせるってどう言う事?

 いやいや、むしろあれでしょ? そう思い込んでるおじさんでしょ? そういう病気でしょ? あー納得う! 前世でもいたね。きっと王族の縁者で、座敷牢的なここに押し込められてると。前世の中世辺りでもあったって言うしね。そっかそっか。


 念のため、叡智発動っと。


『アークテート王国前王:ガッチ・ローズ 状態:監禁 職業:牢名主』


 あー。


 ほんもんだあ。

 しかも職業、牢名主ってなんだよ。一国の前王が牢獄で新人教育してるってなんなのよう!


「リント、どうしました?」

 絶句している僕にキンヒメが小声で問いかけてくる。

「いやーちょっとおかしくなったおじさんかと思ったらほんもんの前王だったからさ、ちょっとびっくりしちゃった」

 僕も小声で答える。


「お、信じたのか? 牢獄の中の変なおっさんの話なんて真に受けるもんじゃねえぞ」

 自分で言ってらあ。

 でも、さ。


「ほんと、なんでしょう?」

「……おう、その確信ある感じ、お前、なんかのスキル持ちか」

「まーねー」

「なるほどな、ヤンデに恋を教えるだけの事はあんな」

「全くそんな気ないんだけどねえ……」

「その気がなくても罪は罪ですよ、リント?」

 あ、やめてキンヒメ、へそはやめてえ。


 キンヒメの気がすむまでへそへそされてから、僕はおじさんに向き直った。


「ねえ、おじさん」

「なんだ?」

「こっからどうやったら穏便に出られると思う?」

「俺が知ってると思うか? 知ってたらとっくに出てるだろうが」

 おじさんはおどけるように両手を広げて無理だと示した。

 だけどさ。


「えー、腐っても前の王様で、腐っても女王の父親でしょう? なんか知らないの?」

 部屋の抜け道とか、女王のうまい転がし方とかさ。

 知ってるでしょう?


「いや、知らないんだよな。俺はよ、腐った王で、父親失格だったからこうなってんだ」

 おどけた表情に翳りがさした。

 あらま。

 言葉のチョイス間違ったわ。


「ごめ、なんか変な傷えぐっちゃった?」

「いや、構わんよ。その罪を償うために、俺はここから出ない事にしてるからな。これも償いのうちだ」

「ふーん」

 出ない事にしてるって事は、出る方法はあるし、知っているって事ねえ。

 でも、ただ出るだけじゃあ僕もおじさんも解決はしないのよねえ。


 ここでおじさんと僕の会話は終わった。


 さて、どうしたもんかねえ。

 いつの間にかお昼寝を始めたキンヒメのふあふあな髪の毛を撫でながら思案していると。


 ガチャリ、と。

 鉄格子が音を立てた。


「だあれ?」

 静かにして、キンヒメが起きちゃうよう?


「冒険者、リント。女王が呼んでいる! 外に出ろ!!!」

 おっきな声だなあ。

 仕方ない。

「はあい、わかりましたあ」

 僕が立ち上がろうとすると、それを止める手。


 キンヒメだ。


 無言で僕を見つめている。

 寝起きで潤んだ瞳、寝癖のついた金色の髪、鼻の代わりにしっとりと湿った唇。

 その全てで僕を心配している。


「大丈夫だよ、キンヒメ。僕はキンヒメだけの僕だし、そう簡単にやられたりしない」

「知ってます」

 上目遣いで僕を見つめる妻。

「だったら平気でしょう?」

「はい、ただ……私が離れたくないだけです」

 なにそれえ。

 はーきゃわわ。

 僕も離れたくなあい。

 よし。

「うん、僕もだよう。じゃあ行くのやめよっか?」

 これでいい気がしてきた。

「ふふ、冗談ですよ。きっとリントが行って帰ってきたらきっと全部解決しているのでしょう?」

 えー冗談なのう? ちょっと本気にしちゃったよう。

 でもキンヒメは僕を信頼してくれているんだねえ。

 嬉しい。


「うん、そうなるように頑張ってくるよう」

 キンヒメの期待には応えたい。


「じゃあ、いってらっしゃい」

 キンヒメはそう言って、つかんでいた僕の脚から手を離した。


「いってきます」

 僕はその手を名残惜しく感じながらもすっくと立ち上がる。


 キンヒメの信頼を背中に負って牢を出た。


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