第50話 受付嬢はオスもメスもいけちゃうアクトレス

「リントさまー! やっと見つけましたよー!」


 ローズ通りのど真ん中で恥も外聞もなく叫ぶ女性。


「今そっちに行くんで! 待っててくださーい!」


 必死で僕とキンヒメの方へ駆け寄ってくるこの女性は。


 『冒険者ギルド:王都本部』所属の看板受付嬢であるカリーナさんである。


 いやあ、この人通りの中で美人の妻を横に置いて美人受付嬢に名前を大声で呼ばれるなんてなあ、と周りを見てみるとだねえ。


 ぎゃあ、周りの視線が怖い。

 そして何よりも隣のキンヒメの視線が怖い。


 そして無言で腕を組んでくるのも、普段なら可愛くて仕方ないけど今はこわあい。

「リント?」

「ふぁあい、なんでしょーう?」

「信じていますよ?」

「……うん」


 二人だけに届くくらいの小声での会話をしているその間に、カリーナさんは息を切らして僕らの目の前に立っていた。


「は、ハアハア、リント様、やっ、と見つけたあ、良かっ、たあ。ほんとに良かったあ、ハアア」

「か、カリーナさん落ち着いてくださいよう。僕はダンジョンにこもるって言ってあったじゃないですかあ」

「いや、ハア、普通なら、別に構わないので、ハア、すけど」

 ローズ通りを全力ダッシュしたせいか、カリーナさんの息が荒い。


「そんなに息が切れるほどって何があったんですかあ?」

 僕の問いにカリーナさんは息を大きく吸って、大きく吐いた。

「フーー、良いですか? リント様、落ち着いて聞いてください」

 なんだよう。

 怖い事言うなよう。

「うん、僕はさっきから落ち着いていますよう」

 落ち着いてないのはカリーナさんの方だよう。

「良いから、聞けえ!」

「は、はあい」

 怒られたわ。こわあ。


「ハニガン様宛に、王城から出頭命令が出ています」

「はあ?」

「聞こえませんでした?」

「いやあ、聞こえたけど意味がわからないんだよう。ちゃんと説明してくれるう?」


 僕が真面目な顔で問いかけると、カリーナさんもまた真面目に説明を始めた。


 曰く。

 僕がダンジョン狸世界に旅立った一月後に、冒険者ギルドへと王城から封書が届いたという。宛先はギルドマスターで差出人は女王だった。内容は冒険者ハニガンへの指名依頼があるため王城へと寄越すようにというものだった。

 しかしハニガンは旅に出ていて行方がしれないため伝える事すら難しい。戻ったらすぐに王城へとご連絡差し上げる。そういった内容を手紙にしたためて返信した。

 普通はこれで終わる。

 だが今回はこれで終わらなかった。


 次は女王からハニガン捕縛のクエスト依頼が発行されたのだ。


 女王からのクエスト依頼。

 名誉と金の両方が一挙に手に入る仕事だ。

 どんな冒険者だってこれを受けたがるだろう。


 しかしギルマスはこれを拒否した。


 こんなクエストを受領して、発行でもした日にはまるで犯罪者を追うかのようにハニガン狩りが始まってしまう。為政者の要望とは強力な反面、人を簡単に狂気に追いやる免罪符になるのだ。

 ギルマスは前回のハニガンへの非礼を本当に反省していたんですよ。


 と、カリーナさんは締めくくった。


「はあ、ギルマス、ありがとう、なの?」

 どうしても僕のイメージだと疑問符はつくねえ。

「ここは本気でありがとうだと思いますよ。それで、なんとか落とし所として、ハニガン様への無期限の出頭命令、及び目撃情報に懸賞金がかかったわけですよ」

 ま、そうか。

 為政者の無茶な要求をちゃんと跳ね除けてくれるんだもんな。ギルマス、ちゃんとギルマスの仕事してる!

 とはいえ。

「ええー、めんどくさいんですけど?」

 そう、面倒なのは変わんない。

「こっちの方が千倍めんどくさかったんです! 大人しく王城に出頭してください!」

 あ、そうですか。

 でもなー。正直さ、人間の都合なんて知らんがな、なんだよなあ。


 あ、そうだ!


「僕、ハニガン、違う、僕、リント、正しい。だから、イカナイ」

 これでどうよ?

「リント様になったのはともかく、なんでカタコトになるんですか!? そんなのあの女王に通ると思ってます? 最近の女王はさらにちょっと怖いんですよ?」

 カリーナさんの冷たい目が刺さる。

 ダメかあ。

 でもなあ、今回はそういうんじゃないんだよなあ。


「でもさあ、僕、新婚旅行で戻ってきただけなんだよねえ」

「え? リント様、結婚されたんですか?」

「うん、隣にいるこちらが僕の妻、キンヒメだよ」

 気づいていなかったのならご紹介しようじゃないか。

 僕はキンヒメの腰に手を回して、軽く前に押し出す。キンヒメはペコリと頭を下げた。


「え? なにそれ! やっば! リント様をやっとの思いで見つけて、逃さないように必死すぎたから気づかなかったけど、この方、可愛すぎません!? ジュルルル」


 カリーナさんの瞳孔が一気に開いて、よだれを啜る音がした。

 ああ、この人、男女関係なく、美しいとか、可愛いとかが好きなんだな。

 美人受付嬢なのに冒険者が群がらないのには理由があるのだなあ。


「うん、僕の妻、かわいすぎ問題」

 ともあれ、僕の大事な妻がほめられるのは嬉しい。

「初めまして、カリーナさん、リントの妻でキンヒメと申します。夫がお世話になっております」

 ほら、喋っても可愛い。

 人間の言葉も完璧だし、人間の挨拶も完璧。

 僕の妻、可愛いだけじゃなくて、マジで天才。

 ただ、リントは私の夫ですって言う圧が言葉に乗ってるけどねえ。

 まあ、若干の圧はご愛嬌って事で。


「あ、ああ、ご丁寧に、ありがとうございます。私は冒険者ギルドで受付嬢をしてます、カリーナって言います。お世話って言っても、リント様とお会いするのって、今日で二、三?回目くらいなんですよ。だからお世話もなにもないですし、今後も多分なにもないですよー。むしろ、キンヒメさんの方に興味がありますー」

 降参のポーズで両手を上げながら、必死で敵意がない事を告げているカリーナさん。

 笑う。

 あ、それと! キンヒメは僕の妻なので、絶対に手を出さないでください。

 百合でもダメです。


「なるほど、そうなのですね。今後とも夫をよろしくお願いします」

 百合の提案は華麗にスルーするキンヒメ。

 可愛い。

「は、はあい。可愛いけど、なんか迫力がありますね、リント様の奥様。リント様、浮気でもしました?」

 コソコソと僕に言っている風でちゃんとキンヒメにもアピールするカリーナさん有能。

「してないよう! 僕はキンヒメ一筋だからあ」

 バカだなあ。

 狸は一夫一妻、基本的に浮気はしないんだよう。

 ましてや僕は前世でも女性と縁なんてなかったんだから、浮気なんてどうやったらいいかわかんないよ。


「ま、なんでも良いですけど。とりあえず王城への出頭だけはお願いします!」


 そんな僕の言葉に納得したのかしてないのか。

 カリーナさんは、面倒ごとを押し付けるような口調で、面倒ごとを押し付けてくるのだった。


 仕方ない、行くかあ。


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