第49話 浮気の芽は昏き感情が砕きます
鳳の姿でひとっとび。
というわけで。
もちろん僕らは化け狸だから変化ができる。僕はハニガンの姿を取得しているから人間の姿に化けられるのはもちろん、キンヒメも人間の姿に化ける事ができた。
前にも話に出たけど、ラクーン808とラクーン18GLDの変化の術は根本的に違う。
僕の変化術は、狸の約束によって生体情報を抜き出し、それを基に自分の生体情報を変化させる。この世界だからはっきりとした事は言えないけど、遺伝子情報や血液までも変化対象のそれに変わっているだろう。
でもキンヒメの変化方法は違う。
想像して、変化する。
必要なのは想像だけ。
人間とは目が二つついていて鼻が伸びておらず口には唇があり、直立歩行で、服を着ていて、一部にしか毛が生えておらず、尻尾もない。
そんな基礎知識を基にして、自分らしい人間に変化する。なんなら服までコミで変化するから僕のように変化したら真っ裸って事もない。これぞ変化って感じ。
その反面、外見だけ化けている状態で、中身は狸そのままだったりする。
例えるなら。
僕は3Dプリンターで、キンヒメは絵描きだろうか。
僕は設計図があるものにしかなれないけど、精巧なフェイク。
キンヒメは知っているものになら何にでもなれるけど、正確さに欠けるオリジナル。
全然違う。
どちらが良いってわけじゃない。みんな違ってみんな良いと思う。ラクーンDZVの変化術も僕ら二人とは全く違ったしね。いっぱい種類があれば、用途によって使い分ければ良いんだよ。全部を否定しないのが多様性だと思うよう。
そんな事よりも!
もっと大事な事があるよ!
何って?
人間姿のキンヒメが予想以上にかわいいって事だよ!
もふっとした金色の毛並みは、ボリューム感のある金色の頭髪に。
小柄でふくよかだった身体は、小柄でメリハリの効いた身体に。
素朴で可愛らしかった顔は、そのまま素朴で可愛らしかった顔に。
なんというか。
かわいすぎん?
思わず見惚れてしまう。
おかげでさっきから何回か壁に顔を擦りそうになっている。
ほら、今も!
「あっぶな!」
急に眼前に現れたレンガをすんでの所で避けた。狸忍者の面目躍如ですよ。いや、そもそも忍者が壁にぶつかりそうになるなって話は、断固として聞かないよう。
「もうリント、さっきからずっとこっちを見て歩いてるから危ないですよ?」
「いやー、だってさー。こればっかりはキンヒメが悪いよう?」
そうだよ。キンヒメが悪いよう。可愛すぎるんだよう。なんか髪から薫る香りだけで脳が溶けそうになるくらいかわいい。僕って狸になって毒とか薬とか効くような体質に戻ってるのかな?
「ええ? 私ですか?」
僕の言葉が予想外だったようでキンヒメが大袈裟に驚く。
「うん」
そうですよう。
「私の変化、何か悪かったですか? しっぽ出てます?」
そう言いながら、自分のお尻を確認するためにクルクルとキンヒメが回った。
金色の毛が揺れて匂いを放ち。
ふわりとしたスカートが揺れて清楚を放ち。
大きな胸が揺れて魅了を放った。
美の同時多発テロですか?
ここは王都のローズ通り。
メインストリートである。つまりは人通りも多く。男も多く。キンヒメの動きにやられる人間が多いって事だ。すでに何人かが顔を真っ赤にして鼻血を出しながらうずくまっている。
これは止めねば。
「いやいや、ぎゃくぎゃく! 止まって止まって! 死人がでるからあ。もー、今の言葉は、キンヒメの変化が完璧で可愛すぎるって話だよう」
「え、何をそんな急に? そうですか? 完璧なのは嬉しいですが……私、かわいいですか?」
もう、なんだろう? この狸は無自覚可愛いの暴力で王都のメインストリートをぶん殴っている。
私、何かやっちゃいました状態だよう。もしやキンヒメも転生者なのでは?
そんな冗談はさておき。
「うん、だって見てみなよう。すれ違う街の男がキンヒメに見惚れてみんな後ろでコケてるよう?」
うずくまっていると言うのが正確だけどもねえ。
しかしそんな事象はキンヒメには嬉しくないようで顔を顰める。
「うーん、それは嬉しくないですね。人間っていうのは年中発情期っていうのは本当だったのですね」
顰めた顔ですら可愛い。
可愛いのテンペストだよ。
「僕はキンヒメが可愛くて嬉しいけどねえ。僕も見惚れちゃうよう」
「ふふ、そっちは嬉しいですね。私はリントだけの私なので。リントを夢中にさせられるのは幸せです。ですが……リントの変化した人間の姿も人間を魅了するようですね?」
あれ、キンヒメの様子がおかしいぞ。
なんだか可愛いけど怖いぞ。
「そ、そう、かな? た、確かに前回こっちに来た時に、裸になったらカリーナさんが喜んでたねえ。どうも筋肉が良い、らしいよう?」
あれ、なんか言わんで良い事を言っている気がする。自白剤を飲んでも効かない僕だよ?
「カリーナ……初耳、ですね」
空気が凍った。
「うへ、こあいよキンヒメ?」
舌の根が凍りそうだ。
「ごめんなさいね、リント。それはそれとして、カリーナとは?」
聞いてくれねえ。
仕方なく僕は凍った舌の根でなんとか説明する。
「えー、冒険者ギルドの受付嬢さんだよう。冒険者ギルド、わかる?」
わかるかな?
「ええ、人間たちがダンジョンに挑む際の互助組織だと認識しています」
わかるのね。
「く、詳しいねえ」
「ええ、人間の世界に来る前に勉強しましたから」
い、いつの間に。
鳳の言葉といい。人間の世界の事といい。色々と僕の妻が天才すぎるんですけども。下手したら「叡智」のスキルでも持ってる僕より凄いんじゃないの?
そんな僕の戸惑いを察したようにキンヒメが言葉を継いだ。
「ふふ、ラクーン18GLDにいた頃に比べて食料確保の時間がなくなりましたからね。色々と学ぶ時間が増えたおかげですよ」
良かった。少しだけ雰囲気が暖かくなったよう。
どうも人間界の話をするとキンヒメは怖くなるんだよなあ。
「そ、そうなの? それにしてもすごいと思うよ、キンヒメは僕にもったいない位の妻だよねえ」
ほめちぎっとこ。これ本心だからね。心の底から思ってるからね。いつも思ってるからね。
ほんとだよ!
「いいえ、リントが一番凄いのですよ。食糧事情の改善もリントのおかげでしょう? この人間世界に来る計画もリントがいなければ成り立ちません。そもそもリントがいなかったら私は化け狸にすらならずに一生を終えていたでしょう。リント、貴方がいたから全てがあるのですよ」
「お、おん、すっごい嬉しい」
氷のような怒りから反転、熱がすっごう。
王都の中心でリスペクトを語られているわあ。
うれし。
「ありがとう、キンヒメ。僕の君を尊敬しているし、愛しているよう」
僕の本心だ。
狸は一夫一妻の生き物だからこれからもよろしくねえ。
「ええ。して、カリーナとは?」
お、おう。返しは塩だった。そしてカリーナさんの事、忘れてなかったのね。
なんでもないんだけどなあ。
どう説明したら良いかなあ?
などと悩んでいると。
遠くから人を呼ぶ声。
「ハニガンさまー! あ、今はリントさまか! リントさまー!」
噂をすれば影がさす。
ローズ通りの先の方からカリーナさんが僕を呼びながら駆け寄ってきた。
よし本人に説明してもらお。
まるなげまるなげ。
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