第48話 一人の旅立ちはたちまち二人の旅立ちへ

「くわあ」


 草原の上、キンヒメのキラキラもふもふの上に顔を乗っけた僕は大きなあくびをした。


 眠い。

 昨晩も、なんだか嫌な夢をみた気がする。今回は普段とは違う感じのイヤさだ。僕が嫌ってよりは、うーん……なんだろう、近いのはドナルドが嫌な目にあってるって感じかな? いや、違うかな? よくわかんないな。夢の内容も覚えてないしな。それでも残る夢の後味がそんな感触だったかなあ。


 ま、いいか。

 ラクーン問題も解決して、今は平和な日々だし、キンヒメの枕で昼寝もできるし、もう一回寝ようかな。

 ぐう。


「あら、リント。私の上でさっきまですうすう寝ていたのに、まだ眠いのですか?」

 いとしのキンヒメも昼寝から目覚めたようで、もう一度寝ようとする僕に声をかけてきた。


「くわあ、キンヒメも起きたのう?」

「ええ、起きましたよ。どうします? もう一度お昼寝します?」

 いやあ、平和だなあ。

 昼寝の二度寝とか。前世では考えられない贅沢だよう。


「いや、実に幸せな提案で、それに乗っかりたい気持ちもあるけど、起きようかな。ちょっとキンヒメに相談したい事もあるしねえ」

「相談、ですか?」

 うん。

 そう、相談。

「ちょっとまた人間の世界に行こうと思ってるんだけど、良いかな?」

「人間、ですか? それはなぜ?」

 ん、なんだかキンヒメの声が心なしか怖い気がするよ。

 でも顔はニコニコしているし、毛並みも暖かい、でも声だけ身体を刺す氷みたいだなあ。

 なんでえ?

「ええっと……まずは、こないだ狸同士で合戦になったでしょ? 合戦なんてやりたくないんだけどさ。でも合戦になった。なんで合戦になるかといえば弱いからなんだよね」

 端的に言えば舐められてるから喧嘩を売られるわけだ。

「そうですね、ダンチンロウも私たちが強いと知っていれば合戦という考えには至らなかったでしょうね」

 そうそう、キンヒメはやっぱり察しがいいねえ。

「実際強い必要はないんだけどね。弱いと思われないようにはしておきたいなと思って」

「それは分かりましたけど、それがなぜ人間の世界へ行く事に?」

 声が怖い。

 人間世界なんて関係ないでしょう感がすごい。

 僕は身に走った震えを払うように一度大きく体を自分で振るわせてから、キンヒメの身体から顔を上げて、とことことキンヒメの正面に周り、その可愛らしい瞳を見つめた。


「人間って弱いけどさ、群れると強いんだよ」

「そう、なのですか?」

 そうなの。

 単体なら猿にだって負ける。下手したら猫にだって負けるかもしれない。

 でも強い。そんな矛盾した存在。


「うん、僕ら狸と違ってさ、欲が深いんだ。その欲を満たすために頑張るんだよ」

「それは狸の考えとは相容れませんね」

 そうなんだよねえ。

 前世が人間である僕ですら相容れないなと思うよう。むしろ僕は人間の頃から相容れなかったけども。


「そうなんだよねえ。狸は頑張るくらいなら逃げて別の場所で適当に暮らすしねえ。だからこそね、人間にやられたら僕らなんておしまいなんだよね」

「それは……いやですね」

 キンヒメの視線が下がる。死を、想像したのだろう。死を、思い出したのだろう。


「だから僕はキンヒメを守るために人間の世界に対応できるようにしておきたいんだ」

「だから、人間の世界に行きたいんですね。分かりました」

 下がった視線を戻し、僕の目を力強く見つめて、納得してくれた。

 良かった。僕の妻、かわいい。


「わかってくれてうれしい。じゃあちょっと行ってくるね」

 狸は気まぐれなので思いついたら行動するんですよう。

 では行ってきます。

 と、告げた言葉に返ってきたキンヒメの言葉は予想外だった。


「待って、リント。それ、私も行きます」


 ふえ?


 気まぐれ狸は僕だけじゃなかった。

 妻も気まぐれ。


 というわけで二度目の人間世界への旅は。

 狸夫婦の新婚旅行となりました。


 では、いってきまーす。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る