第47話 現世.小鬼が来たりて枕を返す
今日は何だか遠くから声がする。
はっきりとは聞こえない。
でもこれはきっとまた前世を見ているんだろう。
僕は夢の中で声がする場所を探す。
意識だけを動かそう。
この意識を他人に乗せる。
他人の目と耳を使うんだ。
あ、見つけた。
◇
「説明しろ」
御簾の後ろから声がする。
わかるぜ。これ怒っているやつだ。
俗に言う、ボスがお怒りだ。ってやつだな。
二回も連続で半覚醒に至った原因を聞いてるんだろうけどよう。ついこないだまでバイトだった忍者に答えられるわけないだろうが。でも答えないわけにはいかねえよなあ。
非常にまじいよ。
俺はせっかく得た正規雇用の忍者って立場を失うかもしれねえ。
苦節三十年。この家、
安月給にも負けず、健康無保険で病院にも行けず、国民年金を滞納し続けた日々。
あれ? 影で生きる人間なのに、税金や福利厚生で悩むって、どうなってんだこれ。
とは言え、それでも俺はこの家で働かざるをえなかった。
なんでかって?
だってかっこいいじゃん。本家で働いてんだぜえ、俺! って言えるじゃん。
若い頃は忍者学校の同期によく褒められたもんだぜ。年取ってからはまだお前バイトなのかよ? って驚かれて就職先紹介されたけど、いやいや、神農流の本家だぜ、やめるワケねえじゃん、それに来年には正規雇用になるかもしれねえしなって言って断って、そこからまた五年くらい経ったっけ?
そういえばあれからあいつに会ってねえな。
まあよ、確かに今となっては別な所にちゃんと就職してた方が良かったかもな、なんて考える事もあるし、何度か本家をやめようと思ったタイミングだってあったさ。
何より本家の仕事はマジで意味わかんねえくらい辛かったしな。
だってよ、生まれたての赤ん坊を本気で殺そうとしなきゃいかんのだぜ。
しかもその赤ん坊が化け物でちょっと油断したやつを簡単に殺すんだよ。マジで二重にやべえよ。何人か同じバイト忍者が死んでったわ。俺が生き残ってるのは、多分運がよかっただけだ。ずっと運だけで生き残ってる。おかげでバイトリーダー生活二十年だぜ。
それでこないだやっと正規忍者になれて。
今、だ。
御簾の向こうではイライラしながら俺の答えを待っているのがわかる。
なんなら殺気飛んできてる。成人までの二十年近く、毎晩殺しあってたあいつの殺気によく似てる。血縁なんだよなあ。でもあいつの殺気の方がカラッとしてて好みだな。こっちのはねっとりしすぎてら。
ま、答えるか。
もー全部どうだっていいや。
「すんません。わかんねえっす」
言ったぜえ。
御簾の向こうだけじゃなく、脇を固める奴らからも殺気が溢れかえるのがわかる。向こう側の偉いさんは現場をわかってねえから、俺の返答にブチギレるのもわかるけどよ、脇の奴らはおめえらだって原因なんてわかってねえだろうが、わかってねえ事をわかんねえって答えたらキレられるってどんな事だよ。研究者失格じゃねえか。
「我に、わからん、と申すか?」
怒りだけで人を殺せそうな気配を漂わせている。
「そっすね。直前までバイタル正常、薬効も十分、忍法の動作も正常、陣に異常も見られない。そこで突然あいつは半覚醒に至り、攻撃まで仕掛けてきます。原因はわかりません。薬に耐性がついた事が直接の原因でしょうが、それならそのまま覚醒してもおかしくない状況、ですがやつは完全覚醒には至らない。原因はわかんねえとしか言えねえっす」
もうぶっちゃけるわ。
そもそも哲人を常識で測ろうとか思う方がおかしいんだって。あいつは異常者だよ。生まれながらの頭目候補なんだからよ。そんなあいつをハメて、実験体にして、自分が頭目になろうなんて、そんな事をやって、挙句に不測の事態を現場の責任にしようなんて考えてたら、そらうまくはいかんだろうよ。
「覚悟は、できてるようだな……」
あーこりゃあ死の覚悟だね。
「そりゃあ、もう。自分が十五の歳に、生まれたばかりの赤ん坊を殺そうとした時から、覚悟はしてますよ」
俺の運命、多分決まってたんだろう。
いいさ、哲人がこうなった段階で俺に出世の目なんてねえんだ。この実験室に配属されたのだって、哲人担当のバイトリーダーだったからだし。あいつが頭目になってたら、哲人はわしが育てた。ってやって幅も利かせられたろうけどな……この状況じゃあ無理だろう。どの道、あいつも死ぬ。
ならばここで俺も終わったって良いだろうさ。
どうせ吹けば飛ぶような命だ。
さあ、風よ吹け。
いつ死んだって、俺は地獄行きなのさ。
◇
あ、キレた。
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