第42話 統率とれた狸の恍惚
リキマルは一度、戦闘員である808
二十匹程度の狸が整然と並んでいる。
しかし、その整然さとは裏腹に、狸たちはみんなびびっていた。
どうにもへっぴり腰である。なんなら軽く漏らしてる狸もいる。
ま、それもそうだろうなあ。
僕やリキマルと違って、彼らが変身できるのは姿だけの狼であり、身体能力としてはただの怠惰な狸である。
そんな張子の虎ならぬ張子の狼が、今から戦争をすると言われているのだから、怯えるのは当然だ。
しかも戦う相手は、武闘派で鳴らし、日頃から体を鍛えているであろうラクーン
自分達とは全く違う。
兵の質でも量でも明らかに負けている。このままぶつかれば必ず負ける。
彼らはそれを確信している。
うふふう。
でもねえ。僕には勝ち目があるんだよなあ。
何かって? コレコレ、この間人間世界に行った時に入手したスキル。
『統率』
これが実はとんでもなく強力だった。
女王からもらって、しばらく放置してたんだけどさあ。だってさ「統率」って狸らしくなくない? 自由が狸の本分でしょうなんて思ってたんだけど。あ、そういえば見てなかったなあなんて感じで、ついこの間思い出して、まあ見てみるかって「叡智」を使ってこれの内容を確認したらちょっとびっくりしたよ。
なんと!
スキル使用者の能力に比例して群れの能力を底上げできるんだって!
しかも数の制限なし。無限数のバフだよう?
チートじゃね?
女王ってばそりゃあこんなの持ってたら女王になるよねえ。
それにしても今回のケースにはうってつけのスキルだよなあ。そりゃあ使わない手はないって事で、今回使用するつもりなんだよう。だけどそのままじゃあ狸忍者っぽくないので、ちょっと僕流に改造してあるんだあ。やっぱ狸は忍術にしてこそだよねえ。
と言う事で。
彼らに忍術をかけるために、808
「みな! 聞けえ!」
わあ、びっくりしたあ。
隣でいきなりの大声出さないでえ、驚くからあ。
僕を驚かせたそれは、聴衆を静まらせるためのリキマルの大音声で、その一声で見事にピタリとざわめきが消えた。
へえ、すごいじゃんリキマル。
お兄ちゃん負けてらんないなあ。僕もがんばろっと。
印を結んで。
丹田に力を込めて。
この聴衆全員に声が届くように。
「
統率を使った忍術の名前はこれにした。
かっこよかろ?
ヨシ。みんな今の声が届いたみたいねえ。
これで忍術発動完了。
念のため、全員にバフがかかっている事を「叡智」で確認する。
なんか「叡智」を使って見ると小隊のバフ状態まで見れた。まじ便利。
これで僕の仕事は終わりい。
全部終わったら起こしてえ。
って感じで。
ほんとはこれでおいとましたいんだけど!
リキマルがそれを許してくれない。
なんか知らんけど、小隊を言葉でも鼓舞するように言われている。でもなあ……こういうの狸のガラじゃないんだよなあ。リキマルにも考えがあって言ってるんだろうから仕方ないからやるけどなあ。やりたくないなあ。
そんな僕を横からリキマルが突いてくる。
わかったよう。
「えっとお……僕はリキマルの兄で、おやじから次期頭目と指名されているリントです。注目してくださあい」
二十匹程度の化け狸はそんな僕の呼びかけに戸惑っている。
そりゃそうだろう。彼らは僕ではなくリキマルにスカウトされてここにいるからだ。
そんな小隊のメンバーを見てリキマルは眉を顰めながら口を開いた。
「みんな、聞け! 俺はここにいるアニキのリントに鍛えられてここまで強くなった。そしてアニキは俺より強い! そんなアニキが今回の戦いに勝利するための秘訣を今から話す! 聞けえ!」
自分達のリーダーの檄に場にいる狸の空気感が一気に締まった。
あらあ、リキマル、ナイスう。やっぱリキマルが鼓舞した方がいいんでない?
だめ? あ、そう?
仕方ないかあ。まあとにかく全員が話を聞いてくれる体制に入ったからやって見るかあ。
「みんなさあ、ちょっと自分の身体の調子どうだか確認してくれるう?」
僕の言葉に小隊のメンバーは戸惑いながら、口をカチカチと鳴らしたり、軽くその場で飛び跳ねたりしている。そしてみな一様に心なしか普段と違う自分の身体の動きに首を傾げている。
まあそれだけじゃあ、わかんないよねえ。
「多分変化してから、動いた方がわかりやすいと思うから、狼に変化して軽く走ったりしてもいいよ」
そう急に言われても、パッと動ける狸ではない。
誰も動かないのをみて、リキマルが横から口を開いた。
「全員では収拾がつかんからな。伍長の四匹、リック、リーゼン、リガイ、リールが試してみろ!」
リキマルの指示に四匹の狸が飛び出した。
名指しされたら動くのよね。
彼らが小隊の中央に移動すると、自然とそこにポッカリとスペースができて、そこを狼に変化した四匹がクルクルと走り飛び回る。
見ただけでわかる違い。
その速度、力強さ、機動性に周りの狸からため息が漏れる。
それもそうだろう。
すでに士気高揚陣は発動しているし、身体能力は段違いに上がっている。本物の狼よりも身体能力としては上になっているだろう。
「リキマルさま! すごいっす!」
伍長のうちの一匹が喜びの声を上げた。
「これがアニキの能力だ! アニキを尊敬し! アニキに礼を言うのだ!」
え? やめて……そういうのやめてえ。
「リントさま! ありがとうございます!」
「すごいです! リントさま!」
「リントさま! さすが次期頭目!」
伍長が口々に僕をほめそやす。
あーやめてええ。恥ずかしいい。
でもうれしいい。
「よかったな、アニキ! アニキがみんなに認められて俺もうれしいぜ」
照れている僕の横からリキマルが肩に軽くグーパンしてきた。
なにこの弟、すっごくかわいいい。
「うん、ありがと、リキマル」
「おう、じゃあよ、最後にアニキの言葉でシメて、ラクーン
うん。
お兄ちゃんがんばる。
「もう君たちはすでに強くなっている! その身体の底から湧き上がってくる力があればどうなる?」
そんな問いに返ってくるのは二十匹とは思えぬ程の大音声。
みな勝ちを確信している。
「そうだ! 僕らはすでに勝利している! 臆する事なく行くぞう!」
「おおおおおおおお!!!」
「俺らの大将はリントのアニキだ! アニキがいれば負ける事はない!」
「リント! リント! リント! リント!」
みなが僕の名を叫びながら、戦の場へと赴くのだった。
恥ずかしいけどうれしい。
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