第43話 最低発言、屋上案件

 決起集会の後。

 つまりは今。

 ラクーンDZVダザブの頭目、ダンチンロウと合戦場の端と端で向かい合っている状況。


 僕の左には弟のリキマル、右には妻のキンヒメが控えている。

 うん! ぼく、総大将!


 ラクーン808、ラクーンDZV、それぞれの背後には郎党というか軍団というか軍隊がずらりと並んでいて、戦争する気満々でやってきた武闘派ラクーンDZVの連中はもちろんみな壮観で戦慣れしているため落ち着き払っている。


 だけど!

 今の808 狸小隊プラクーンだって、強化されてみんなやる気満々だ!


 決して負けていない。

 いや!

 むしろ勝っているのだあ!


「おい! 野蛮狸ども! 最後に聞くぞ! 本気で俺らと戦争する気か! 見てわかる通り、今の俺らは強いぞ」

 808狸小隊の隊長であり、僕のかわいい弟であるリキマルが横で問う。

 ほんとほんと。これで尻尾を丸めて帰ってくれると助かるう。


 でもそうはいかない。

 わかってる。


「戦争上等! あったりまえじゃあ! てめえらの様な軟弱な盗狸ぬすったぬきどもは根切りじゃあ! さっさとキンヒメをこっちに返せば苦しまずに全滅させちゃあぞ! ガハッハアアア」

 なにわろてる。

 ラクーン丸ごと全滅させるとか笑いながら言う事じゃないんだよう。

 こわあ。

 殺意たかあ。

 そんな奴らにキンヒメを渡すわけないじゃない。


「キンヒメは僕の大事な妻だから渡せないよう。だけど帰ってえ」

 僕の言葉に右手側にいるキンヒメがギュッと抱きついてきた。

 やらかあい。


「あああ!? 誰じゃてめえ! キンヒメはわいのもんじゃあ!」

「いや、僕の妻ですよう? ね、キンヒメ?」

「ええ、もちろん私はリントの妻です」

「違うわあ! キンヒメは生まれた時からわいの女じゃあ!」

 いや、違わないよ。

 キンヒメ本人が言ってんだから。

 なんだよ、生まれた時からわいの女って。

「えー、この野蛮狸こわあ。言ってる意味がわかんない」

「うるせえわあ! こちとらてめえにわかってほしいなんて思っちょらんのじゃ! キンヒメも素直になれえ、わいの方がええにきまっちょろうがあ!」 

「え? 絶対無理ですけど?」

「はあ!?」

「キンヒメがこう言ってるけど?」

「あああああ! うるせえええ! 勝って奪えば全部わいのもんじゃあああ!!!」

 キレたのを見て。

 僕は、あ、はじまるな。と察した。


 だったらこっちも大声で応えてやろう!


「こっちも負けないよう!」

 と思ったけど、やっぱダメだ。どうしても気がぬけた感じになっちゃうなあ。


「始祖ダブルロック様の名にかけて! キンヒメを差し出さぬ愚かな狸を! 我らが岩となって全てを破壊し尽くしたらあ!」


 戦争じゃああ!


 この言葉を皮切りにラクーンDZVの狸が襲い掛かってきた。

 手慣れている。


 数数えきれないほどの狸が、四足で、波の様にこちらに押し寄せてくる。


 その一匹一匹が異様。

 その頭、背が、岩の様に硬質化、中にはクロガネの様に黒光りしている個体もいる。そしてその硬質化した部分からは棘の様なモノが何本も生えていて、どうやら体当たりでこの棘を敵に突き刺す戦闘スタイルらしい。

 こわあ。

 僕らなんてキンタでかくなるくらいしかできないのに。


 ここから察するに、ダンチンロウの言葉、「我らが岩のようになって」という様に、このラクーンの狸の変化は身体の物質化らしい。ムッキムキに鍛えた身体能力と物質化した部分で相手をぶん殴るのが彼らのスタンス。

 防御と攻撃を兼ね備えている、前世でいう所のハリネズミとラーテルを合わせたみたいな戦闘スタイルだ。

 無敵のムテキチスタイル。そりゃ強いわな。


 でも僕らも負けてないよ。


「808狸小隊! 迎え撃て!」


 僕の号令で、リキマルを筆頭に、一瞬で狼姿に変化した二十匹の狸が駆ける。


 ほどなくして合戦場の中央で両軍がぶつかった。


 ラクーンDZV軍は予想通りに硬質化した状態で波状になり体当たりを仕掛けてくる。

 普通の狸や魔物や獣ならこれで蹂躙できるだろう。


 しかし、だ。

 そんなの当たらなければどうという事はない。


 士気高揚陣で能力が跳ね上がった我ら808狸小隊はそれを器用に避ける。

 避けて避けて。

 遊撃しつつ、物質化していない部分を爪で切り裂き、牙で食い破る。


 これを繰り返せば絶対に勝てる。


 それに加えて。


 驚いた事に狼のスキルまで使えるようになっている個体もいたのだ。

 これは全く予想外だったのだが、リキマルを筆頭とした伍長と呼ばれていた四匹がそれだ。

 僕の能力によって強化するって事だから、僕が変化対象のスキルを使える所も分け与えられるって事かな?


 「叡智」が教えてくれた彼らが新たに得たスキル。

 「餓狼爪」は岩をも切り裂き、「餓狼牙」は金属すらも噛み砕く。

 どうやらこのスキルを使用すれば、ラクーンDZV一味の物質に変化した部分までも破壊できるらしい。


 自慢の防御とて、それを上回る攻撃で破ればよかろうなのだ。

 くはははあ。

 あ、今のなんか悪狸っぽくてカッコよくなかった?


 そんなワケであるから。当然のごとく、あっという間に僕らが優勢になる。ラクーンDZVの狸は当初の勢いは何処へやら、自慢の変化部分である岩や金属を破られた段階で、狸の本性を表していた。

 臆病で怠惰で争いが嫌いな本性が表に出るという事は?

 気絶するか、狸寝入りするか、逃げるか。

 これらのどれかだ。


 そうやって気づけば。

 ラクーンDZV軍で残っているのは頭目のダンチンロウだけだった。


 ポツンとダンチンロウだ。


「なんでじゃああ!」

 味方の敗走を受け入れられないダンチンロウは叫んだ。


「いや、何でって……負けたからじゃないかなあ?」

 正論の刃を突き刺してあげよう。


「負け……?」

「そう、そっちの負け」

「わいの、負け?」

「そう、君の負け」


 ダンチンロウはプルプルと震えている。

 あ、泣いちゃう?


「ふざけええええ! わいはあああああ! 負けとらんじゃろうがあああああ!!!」


 違った。

 キレてた。


「えええ、負けてるよう。大将一人しか残ってないんだから負けでしょーよう」

 こっちは怪我した狸すらいないんだよう?


「うるせえうるせええ! 大将戦じゃああ! 一騎打ちじゃあああ! 勝った方がキンヒメを手に入れるんじゃああ! 女なんぞ、賞品じゃあ! 景品じゃあ! 賭けろ賭けろ! これが国取り! 嫁取りじゃあ!」


 あ?

 いまなんつった?


「ふざけるな! 勝負は決した! 命まではとらん! 早くラクーンに帰れ!」

 いつの間にか戦から戻ってきたリキマルが僕の隣でダンチンロウを叱咤した。

「いいよ、リキマル」

 そんなリキマルを僕は手で制する。


「アニキ……どうした」

 僕の普段と違った様子にリキマルの声が戸惑っている。

「リント……?」

 キンヒメも同様に隣にきて僕の腕をさすってくれる。


 でもねえ。

 ダメだよう。怒りがあふれ出して止まらないんだよう。


 あのさー、キンヒメはさあ。

 モノじゃないんだよなあ。


 怒りで身体が震える。


「なんじゃあ! 震えおってええ! わいにビビったかあ! 大将とは名ばかりかあ!」

「どこまで無礼か! 野蛮狸め!」

「いいよ、リキマル。こいつはダメだ。わからせてやらなきゃいけないよ」

「アニキ! やるのか?」

「うん、やるよう」


 僕は怒りをぽんぽこお腹に渦巻かせながら一歩前に出た。


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