第39話 恋バナに絶好調な暴走モード

 ドナルドはかく語りき。


 好いた雌鳥がいる、と。


 ああ、真理だ。


 これは生物の真理なのだ。


 僕はそう思うよ。


 ねえ、ドナルド?


 僕は友に微笑みかける。


「リントお! そうやってニヤニヤ笑うでないわ! からかう気が透けて見えるだろう」

 おっと失礼。

 そんな気は五割しかないのだ。友よ。

「ごめんってえ。二割くらいしかそんな事思ってないからあ」

 でもそんな気持ちは友達割引しとくよう。

「嘘をつくでない、五割位あるであろうが」

 友達割引、バレてる。

 さすが親友。


「そうですよ、リント。恋とはからかうものではありません。恋とは観測するものなのです」

 おっと。

 妻にまで怒られた。

 そういう妻もキラキラとした目で恋に対する持論を語ってるわあ。ていうかキンヒメって恋バナ、好きだったんだねえ。あんまりそういうイメージなかったなあ。


「で、ドナルド、好きな子ってどんな子なの?」

「ふむ、気が強いな」

 ほう。そういう趣味ですか。

「イイですねえ……堅物男子と勝気女子。ドナルド様、その方はもしや幼馴染では?」

 ちょっとキンヒメサン?

 さっきまでの丁寧な対応はどこへ?

「さすが、リントの妻、よくわかっているな。キンヒメと言ったか? 朕は名前を覚えたぞ。そちにも名誉鳳の称号を与えよう」

「ありがたき幸せです。そうですか、やはり幼馴染。属性は完璧です」

 なにこれ?


「え? ドナルド? これなに教えて?」

 ねえ、教えて、ドナルド?

 ドナルドの大きく太い脚を僕の細っこい前脚でペチペチと叩いてみる。

「うむ、彼女、ディーナというのだが、まあ完璧なのだ。あれほどやさしく強い鳳はこの早贄尖塔の中にはディーナしかおらんのだ。ディーナはな、頭でっかちで堅物だった鳳雛時代の朕を、無理矢理外に連れ出してくれる唯一の鳳であった。朕の知る外の世界は全てディーナと一緒に見た世界だ。だが、当時の朕はそれを迷惑にしか思っていなかったのだが……それでもディーナは色々な世界を見せてくれた。きっとあれは幸せだったのだろうと思う」

 一口で言いきったドナルドはテレテレと照れながら長い首を左右に振っている。


 え? 教えてってドナルドの気持ちじゃあないよう?

 もしかして僕に気づいてない? 僕の事を見てえ。


「そうですか。ついこの間まで迷惑にしか思っていなかったはずなのに……鳳王になって自分の気持ちの変化に気づいたと!? そしてどうしようもなくなってしまっていると!? なんと素晴らしいのでしょう!」

 二本足で立ち、前脚を胸の前に組んだキンヒメが恍惚としている。

 キンヒメ? ねえ、キンヒメ?

 それはもはや観測じゃあなくない? 尋問誘導ではないかい?

 ねえ。ねえ。

 だめだ。誰も答えてくれない。


 僕はドナルドとキンヒメの間を右往左往する間抜けな狸です。


「……さすがだ、キンヒメよ。よくわかったな。そうなのだ。好きな気持ちに気づいた途端に、朕はどうしたらイイのかわからなくなってしまった。どうやってディーナに接すればイイのか……わからなくなってしまったのだ」

 友よ、僕を無視しないでおくれえ。

 僕だってうつむく友を慰めたいんだよう。


「ドナルド様、完璧ですわ!!!」

 キンヒメ吠える。


 えええ? なにがあ!?


「なにがだ?」

 ドナルドが首を傾げる。

 そらそうなるよね。

 夫である僕もそうなってるんだから。

 キンヒメ暴走モードだよう。


「それはもうお互い好きあっております! 告白しましょう!」


 そんな暴走キンヒメは仁王立ちで力強く言った。


「なんと!?」

「なんて!?」


 僕と親友のリアクションがかぶった。


 ◇


 沈む夕日の中。


 早贄尖塔の一番高い宿木。


 そこにドナルドとディーナが留まっている。


 キンヒメに唆されたドナルドがディーナを誘い。


 こうなったわけであるが。


 どうしてこうなった?


 僕とキンヒメは少し離れた所から二人の様子を伺うにとどめている。

 さすがに終生の友とはいえ、人生初の告白を聞く訳にもいかなかろうよう?

 聞きたがるキンヒメをここまで引っ張ってくるのが少し大変だった。


 さて続きは若いお二人にお任せして。


 ◇


「いきなりどうしたんよ? ドナルドから俺を誘うなんて珍しいじゃねえか」

「うむ」

「うむじゃわかんねえんだよ! 相変わらずだな! おめえはよう!」

 ディーナの翼がバサバサとドナルドの背中を叩く。

 鳳雛であった頃であれば、痛くてただ迷惑で、でもそれを止める気にはならない。

 そんな微妙な行為。

 でも今は違った。背中の羽の先の先まで神経が通っているようにディーナの全てを感じたいと考えている。そうやって集中していると、力強いディーナの叩きは彼女の羽の色々な部分が背中に当たるのを感じる。

 風切羽などは硬くて痛いのだが、たまに当たる綿羽の部分が柔らかくて心地いいのを感じる。

 そこまでわかるドナルドはプロである。


 リントがこの場にいたらなんのプロだよう! と鼻を鳴らしているだろう。


「お、おい。黙ってるなよ? ほんとに痛かったか? 大丈夫か?」

 自分の羽の感触を楽しんでいるとは思いもよらないディーナは本気でドナルドを心配している。

「いや、痛くない。逆だ。心地良い」

「それはそれでキモいな」

「はは、そうだな。言葉を間違った、懐かしいと思っておった」

「ああ、そっか。それならまあいいぞ。色々あったもんな」

「ああ、色々あったな」


 カークの裏切り。ダークの死。ドナルドの即位。十氏族代表の交代。

 バタバタであった。


「俺の羽で少しは元気が出るなら、いくらでも叩いてやるぞ」

「……助かる」

「お、マジか? おめえは俺の事が苦手だと思ってたわ」

「気づいておったか?」

「ったりまえだろうが。そこまで空気が読めない女じゃねえよ」

「じゃあ、なんで朕を誘ってくれた?」


「え」

 ディーナが口ごもる。


「なんだ? 言えない事でもあるのか?」

「いや、ねえよ? でもそんなのはまあイイじゃねえかよ! 誘いたかったから誘ってたんだよ!」

 ごまかすように羽をバサバサとふった。

 ディーナの綿羽がドナルドの視界に舞い踊る。


「そうか。ディーナになにか事情があったとて……朕がそれに救われたのは変わらないのだ。礼を言わせてくれ」

「いやいや! んだよ! 急に改まってんじゃねえよ!」

「いや、言わせてくれ。朕は鳳王になって気づいたのだ。鳳雛であった頃の朕の矮小さを。それを救ってくれたディーナの偉大さを」

「へ、へへえ?」

「朕は鳳王の記憶を全て受け継いだ。この世界を、特に坩堝の森に関しては誰よりも深く知っているだろう。だがそれは朕の実体験ではない。本当なら鳳雛の頃に外に出て広く世界を体で知り、霊羽を受け継いだ時に、体で知った世界へと重層的に知識を得るのだろう。実際鳳雛の多くはそうやっている。だが朕はそれを自らしなかった。しかし朕にはディーナがいた。そちが世界を教えてくれた。そちが世界に連れ出してくれた。だから朕はいま鳳王をやれている。だから!」


 ありがとう。


 と、締めくくった言葉は実に真摯な言葉だった。


「おう、でもよ。俺はそこまで深く考えてなかったんだぜ。ただおめえと遊びたくてよ。嫌がるお前を外に連れ出すのが好きでよ。ただそれだけだったんだぜ。礼を言われる事じゃねえよ」


「だがな、それでも全部そちのおかげだ」


「そ、そうかよ?」


「そうなのだ」


 ここでぴたりと会話が止まった。

 ドナルドは言いたい事を言い切り、ディーナはそれを受け入れた。

 二人は割と満足していた。


 太陽は遠く海に沈みかけている。

 そして二羽の鳳がそれを黙って眺めている。


 沈む日と、受け入れる海と、それを内包する心地良い沈黙。


「の、のう、ディーナ」


 陽が沈みきったタイミングでドナルドが口を開いた。


「な、なんだよ、ドナルド」


 世界に浸りきっていたディーナは少し慌てて答えた。


 話はここで終わりではない事をドナルドは思い出した。

 キンヒメの言葉。


 告白しちゃいましょう!


 これをやっていなかった事に気づいたのだった。

 言いたい事言って満足するだけが目的ではなかったのだ。


 ドナルドは意を決したように一息ついて。


 沈んだ太陽からディーナに視線を移動させ。


 真っ直ぐにディーナを見つめる。


「朕は、そちが、好きなのだ」


 言った。

 頭でっかちで不器用なドナルドの頭の中には色々な言葉が候補にあがったが。

 どれも違った。

 そして残った言葉はこれだった。


「おう」


 その真っ直ぐな視線。その真っ直ぐな言葉。その全てを。その覚悟を。

 ディーナは全て受け入れている。

 その覚悟が向かい合う視線に宿っている。


 ドナルドは、ディーナとの長年の付き合いから。


 その視線と。


 おう、のただ一言で。


 告白が肯定されたとドナルドは理解した。

 そのあまりの嬉しさに尾羽の先がピンと立ち、フルフルと震えている。

 告白がシンプルだった分の余った言葉が口からこぼれる。


「そち以外は考えられないんだ。鳳王になって気づいたのだ。こんな気持ちは初めてだった。よかった。断られたらどうしようかと思っていた。そちが誰かに言われていやいや朕を誘っていたらと思うと羽が抜ける思いだった」


「おう、バカめ。気づくのおせえよ。俺なんてさ、子供の頃からおめえが好きだからな! なんでお前を無理やり誘ったかって? は、好きだったからだよ! 聞くなよ! そして言わせんなよ恥ずかしい!」


「それは、そちの……初恋か?」

 やや無粋にも聞こえる問い。


「そうだよ、悪いか?」

 フンッと拗ねたふりをするディーナ。


「いや、悪くない。悪くないぞ! むしろ嬉しい! それに奇遇だな、朕も、初恋だ」

 そう言いながら、大きな羽を広げ、そっぽを向いたディーナの嘴を優しく戻す。


「ふふ、お互い初恋か、時期はずれてるけど、そうだな……奇遇だな」

 戻ったディーナの表情は、沈んだ太陽がそこに宿ったのではないかと思わんばかりに喜びに満ちていた。


 宿木の上の二羽の影は距離を縮める。


 日の沈んだ世界の主役には月がとって変わっており。


 二人の影が重なった頃には、今度はそれが二人の世界を照らすのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る