第38話 鳳の最上階で可愛い妻をご紹介

「くわあ」


 鳳の姿で空を飛び、緑の海と、青の天に挟まれて、僕はあくびをしている。


 なんだか眠い。


 久しぶりにしっかりと眠れなかった。

 何か悪い夢を見た気がする。

 でも覚えていない。でも悪い夢だったのは覚えている。


 キンヒメと添い寝するようになってから初めての悪夢だった。

 一人寝してた頃にはたまに悪夢を見ていたけれど。


 うーん、なんだったんだろうなあ。

 気になるなあ。


 って! ダメダメ!

 空を飛んでる時に、変な事考えたら危ないよう。


 特に今日はしっかりしないと。

 そんな事を考えて、気を引き締め直していると、何かを察したのか背中から声がした。


「ねえ、リント。今日はどこに行くの?」

 きっと背中の上にいるキンヒメの首は、今頃コロンと傾げられていて、とても魅力的だろう。


 が、僕には見えない。

 見えないのがくやしいよう。でもさすがに背中に目がない限り、物理的に背中にいるキンヒメを見る事はできないのですう。ざんねえん。


 あ! 一部だけ大蜘蛛に変化して目だけ増やしたら見えるかも!

 ってアホう!

 そんな事やったら、大蜘蛛に殺されかけたキンヒメのトラウマを抉る可能性が高いじゃないかあ!

 だめだあ!

 でもなあ、見たいなあ。いや……ダメダメ、やらない、やらないよう。


 そんな気持ちを悟られないようにつとめて普通に今日の目的を説明する。


「うんとねえ。今日は僕の友達に、キンヒメを紹介しに行こうかと思って」


 というワケなのです。


 だから僕は鳳の姿になり、キンヒメを背中に乗せて、早贄尖塔はやにえせんとうを目指しているというわけだあ。それはつまりは空を飛んでいるわけだが、背中の上のキンヒメは完全にリラックスしている。


 少し意外だった。


 最初に背中に乗せてラクーン18GLDワンエイトまで飛んだ時には、ずうっと背中の上でプルプルと震えて可愛らしかったキンヒメが、今回は僕と普通に会話ができている。

 これは空に慣れたのか。僕に対しての信頼度が上がったのか。


 後者だとうれしいなあ。


「ねえリントの友達って? ラクーン808の外にいるの?」

 うん、当然の疑問だねえ。

 僕に友達がいない事はオリョウ経由でキンヒメにもバレているからねえ。

 そんなただでさえ友達のいない僕に、狸世界のラクーン外に友達がいるなんてとても信じられない話だろう。けれどもここでリントに友達なんていたの? と聞かないのはキンヒメはとても慈悲深く優しい妻だなあ。

 くすん。

「……うん、鳳の友達なんだよう」

「鳳の!?」

 背中でキンヒメが軽くはねた感触がある。

 そりゃ、驚くよねえ。

「ああ、安心して。この姿をもらった時に友達になった鳳で、彼は今は鳳王になってるから、友達の僕は食べられたり襲われたりしないから!」

「わ、私も大丈夫かしら?」

 どう言われても心配だろうねえ。何せ相手は絶対的捕食者の鳳なんだから。

 でもね!

「もちろん大丈夫さあ。ドナルドにはあらかじめ婚約者を連れて行くって伝えてあるからねえ! 安心してよう」

「そう、よかったわあ。新婚でパクリ食べられたら悲しいもの」


「うふふふう、流石にそんな事はないよう」


「そうよね。ふふふ」


 あんしんあんしん。


 ◇


 だが。


 フラグとは回収するものである。


 早贄尖塔について早々。

 顔見知りの鳳にあったので、妻であるキンヒメを紹介しようと。


「この狸、僕の」妻になったキンヒメです。よろしくねえ。

 って言おうと思ったら。

 食い気味に。

「あ、手土産ですね。ご丁寧にありがとうございます」

 と遮られた挙句に、秒で嘴でつままれた。


 は?

 待ってえ! カークの時も思ったけども! 話聞かない事にかけては狸といい勝負だなあ!


「ちょちょちょーーい! ペクールさん! 何してんのう!? やめて離して離してえ!」

 焦りやら怒りやら困りやら。

 もう何だかわかんない感情が叫びとなる。


 ドナルドに話をしてあるから大丈夫。

 そう思っていたのは幻想でした。


 あっという間につままれて食糧庫に運ばれそうですう。


 哀れ風前の灯火、そんな僕の妻であるキンヒメをつまんでいるのは、ペクールさんという最近ドナルドの側近になった鳳でして。


 そんな彼に。

 妻がつままれています。

 って言ってる場合かあ!


「え? 離す? 何をです?」

 僕の剣幕に理解が追いついていない様子のペクールさん。

「いや、何をって! その嘴でつまんでる狸! それ僕の妻だからああ!」

 首をつままれて完全に死を覚悟してるその可愛い狸は僕の妻なのだあ。

「え? 狸ですよ?」

「ぼ! く! も! 狸! です!」

「あ」

 どうやら思い出したらしい。

 嘴がパカっと大きく開いた。

 その拍子につままれていたキンヒメも解放されて、モフッと地面に落ちた。


 瞬間。

 風のような速さで一目散に僕の方へと逃げて背中に隠れたキンヒメ。

 ナイス逃走。僕の妻、かわいすぎん?


 その様子を見て、やっと事態を理解したのか。

 ペクールさんの顔に驚愕が疾る。


 うん。ドナルドから聞いてたでしょう? 僕が妻を連れてくるって。


「大変失礼いたしました!!!」

 自分のやらかした事の大きさに気づいたペクールさん。


 即座に羽を大きく広げて身をかがめて地に伏した。

 空の王者たる鳳が地に広がるというこの行為は、鳳にとっての最上級の謝罪となる。


 それもそうで。

 鳳王の友人である僕の妻を食べようとしたのだ。

 妻のつまみ食いだって? やかましいわ。


「ここにいる時は大体鳳の姿でいるから仕方ないですけど、狸の姿だって見た事あるじゃないですかあ」

「はい! もちろんでございます!」

「ほんと! 気をつけてくださいよ!」

「はい!」

 声が震えている。

 それだけドナルドが恐ろしいのだろう。

 最近、十氏族の代表の首を物理的にすげ替えたからなあ。

 その記憶も新しいんだろうなあ。


「とりあえず、ドナルドには言わないからそんなに震えなくても大丈夫ですよう。でも次やったら僕も怒りますからねえ。くれぐれも気をつけて下さい! 他の鳳さんにも伝えてくださいね」

「は! 承知いたしました!」

「じゃあ、僕らはドナルドのとこに行きますから、ほんとにお願いしますよう!」

「はい! 誠に失礼いたしました!」


 深く身をかがめているペクールさんを置いて僕とキンヒメは早贄尖塔の中を進んでいった。


 ◇


 早贄尖塔は円錐状の巨大な真っ白い岩で出来ていて、その円錐のあちらこちらから棘のような岩が生えている。それらは鳳の宿木になっていて、そこで休んだり、仲の良い鳳で話をしたりする。

 基本ルールとして上部へ行けば行くほど、上位の鳳の場所となっていて、そこらへんは種族の本能として徹底されているらしい。


 そして内部はといえば、この白い塔のあちらこちらをくり抜かれ、まるで天に向かって伸びるアリの巣のような様相で、役割的にも鳳の寝床だったり、食糧庫だったりと、アリのそれと同様になっているらしい。

 こちらも外部のルール同様、上部に行けば行くほど上位の鳳の場所となる。


 という事はつまり、鳳王であるドナルドの居室は最上階という事になる。

 僕は何度も来ているがとても見渡しがいいし、ここから飛び立った時には空と自分しか存在しない特別な快感が得られる。


 鳳王と一部の許可されたモノしか立ち入る事ができない場所で実に特別感があるのも特筆すべきだろう。

 ドヤア狸ドヤア。


 鳳に扉という概念はないから入り口はポッカリと開いた穴になっている。

 僕とキンヒメは穴からドナルドの居室に入った。


「ドナルド、久しぶりい!」

「やっと顔を出したか! リントよ! 待ちわびていたぞ」

 お互いで羽を広げて、バサバサとその羽を触れ合わせる。

 これが鳳の挨拶。

 しかも特に仲の良い間柄で交わされる挨拶なのだあ。僕とドナルドは仲がいいんだぞう。


 僕らがこんな感じに親友の挨拶をしている間、キンヒメは黙って微笑みながら待ってくれていた。


 天の頂に在り、その光を浴びた金色の毛並みがツヤツヤと発光している。

 その姿は福々としながらも楚々としていて待っているだけで美しい。


 僕の自慢の妻。

 並ぶ時は僕も狸の姿であるべきだろう。


 鳳からの変化を解き、狸の姿に戻る。


「ドナルド! 紹介させてもらうよ、僕の妻のキンヒメだ」

 二匹の化け狸が並び、二足歩行で立ち、二つの頭をペコリと下がる。


 僕らは二匹で一匹になる事を誓った。

 頭を上げて。

 キンヒメが口を開く。


「キンヒメと申します。鳳王様への拝謁至極にございます。獣の卑賎な身ではありますがお見知り置きいただけますよう、お願い申し上げます」

 美しい鳳の言葉だった。

 いつの間に勉強していたのだろう。

「ほう、これほどに美しく我らの言葉を狸が話すか……のう……リント、一言良いか?」

「なあに?」

 僕は自分の妻のあまりの素晴らしさに夢中でドナルドの言葉は半分以下しか入ってこない。

 今なら何言われても平気。

 どんとこおい!


「リントにはもったいない妻では?」

 おうい! 身も蓋もない事言うなー! 僕とキンヒメは愛し合ってるんだぞう。キンヒメは僕の事が大好きで、それよりもっと僕はキンヒメの事が好きなんぞう。

 とはいえー!

「それな!」

 自分でも自分にはもったいないのではないか? ちょっとそう思ってるぞう!

 今回の流暢な鳳言語でさらにそう思った。

 ほんとにいつの間に? 僕の妻は天才か?

 可愛い上に天才か?


「まあ、それは冗談だ。並び立つとお似合いの二人だよ」

「そう? ありがとう。ドナルドにそう言ってもらえると一番嬉しいよ」

 友からの祝福の言葉は何より嬉しい。

「……正直、朕は羨ましいぞ」

 ドナルドの首がシュンと下がった。

 お、どうしたどうした? 悩み事かいドナルドくん?


 ならば、聞こうじゃないか。


 狸の姿に戻っている僕はスルスルっとドナルドのそばまで駆け寄り、ピョンっとその肩の上に飛び乗った。

 下がったドナルドの顔がこちらを向く。


「なんだいなんだい、ドナルドくん? やけに意味深なニュアンスじゃあないか? お悩み事かい? 終生の友である僕が話を聞こうじゃないか」

 もしや。

 もしやもしやだ。

 僕の言葉にドナルドは瞼をパチパチと数度瞬かせる。

「うむ、リントの考えている通り、悩みがある」

 うふふ。予想通り。そして僕とキンヒメの姿を見てその悩みが発露すると言う事は?

「恋、ですね?」

「……そうだ」


 恋バナきたあああ!


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