第34話 運命憂いたランナウェイ
あまりに美しい風景に。
俺は見惚れていた。
きったねえスラムの空に真っ赤な華が咲いたんだ。見惚れねえワケがねえ。
それは永遠の美しさのように見えて。
その実、一瞬の美しさで。
咲いた華はすぐに散ろうとして、その花弁は辺りに舞い散った。
あれ? 俺は何してんだ?
えっと。
胡散くせえ奴の話を聞いてて……あれは……依頼だったか?
そうだそうだ。あの胡散くせえうぜえ奴は貴族だったんだ。貴族からの依頼だったんだ。
それで……依頼なんだっけかあ……ああ、そうだ。
いけすかねえ元貴族をヤるだけの簡単なお仕事だったんだ。
元貴族だから不敬になる事もねえし、そいつは弱くて評判だ。貴族だった頃は王都最強の『
そのくせ報酬は破格。
こんな仕事受けねえワケがねえだろうが。ついこないだ組織から独立したばかりのフリーランス暗殺者である俺は、一も二もなくこの依頼に乗っかったってわけだ。うまくいけば依頼元の貴族のお抱えになれるかもしれねえしな。そしたら暗部の親方だぜ。使い捨ての構成員とは稼ぎも安全度も段違いだ。ここから俺はのしあがる。夢はどこまでも広がるぜえ。
そうそう。
そうだったな。
ちょろい仕事だと判断した俺は、依頼を受けてから若い暗殺者や昔馴染みの半端者暗殺者なんかに声をかけた。できれば経費は安いにこしたことはねえからなあ。十人も集めりゃあ十分だろう。最悪囲んでやっちまえばいいだけだ。十人に日当払っても三流暗殺者一人の契約金にも満たねえしな。
理想通りに進んでいた、よな?
ここからは。
あーん、と。
とりあえず一日中ターゲットに張り付いて隙を探してたが、これがなかなか隙を見せやがらねえ。このまま日をまたいじまったら超過分の日当を払わなきゃならんくなるじゃないかと苛立ち始めた頃に。
やっとターゲットが隙を見せやがった。
ちくしょうめ、もったいぶりやがって。
なんて悪態をつきながら、俺は初動隊へとゴーの指令を出したんだよな。
そこも順調。ちょっと初動隊が調子に乗って二番隊と三番隊を呼びよせやがったのが気に入らなかったが、あいつらも任務の成功をチーム全員で共有したいんだろうと思って咎めなかった。これができるリーダーの資質だろうな。まあ俺は成功体験なんかよりも成功報酬がいいけどな。
そんな中。
突然。
夜空に咲いた華。
まるで俺の未来を祝福するかのようだった。
それに見惚れて今、か。
んで、何がどうしたんだっけか?
なんでこんな綺麗な華が咲いてんだ?
どうだったっけ?
と、かしげた首の上にある顔に。
ぺっしゃり。
ターゲットから離れた建屋の屋根の上にいた俺。
粘度をもった水が跳ねた音とともに。
その足元から頬へと跳ね返ってきた生暖かい液体。
ああ。
俺は我に帰った。
そうだよ!
俺は任務中だったんだじゃねえか!
「ていうか! なんだよこれ!?」
頬についた液体を親指で軽く拭う。
月明かりに照らされた指先。
朱黒い。
血だ。
だが、俺のじゃない。
てことは?
「はあ!? これターゲットの血か? バカが! あいつら派手にやりやがって! 掃除屋への依頼料はお前ら全員のギャラよりも高えんだぞ!」
流石にこれは叱責もんだぞ! ギャラから引くぞ! 馬鹿野郎どもが!
怒りを込めて視線を下に落とすと。
散った華の中に。
ターゲットが一人立っていた。
「ええ? なんで?」
思わず声が漏らしながら、目を凝らしてターゲットを確認する。
俺は暗殺者としての出来はそこそこだったが、幸いと訓練の中で夜目と遠目は利くようになっていた。これだけは誇れる俺の武器だ。だから遠距離からターゲットを見張る事ができるし、部下に指示も出せる。
そんな俺の自慢の、俺だけの武器の。
視線が。
ぶつかった。
は? と、思った瞬間。
一気に肌が粟立つ。
ターゲットが俺を見ている?
俺は気づかれている?
こんなに離れているのに!?
馬鹿な!
気のせいじゃないか!?
そらした視線を再度ターゲットに向ける。
違う。
気のせいじゃない。
それを。ハンドサインで、わざわざこっちに伝えてきてやがる。
人差し指と中指で自分の目を示し、それを俺に向けてきてる。
それは。
オマエヲミテイル、のサイン。
「ぎゃあああ」
あの華は部下どもの血だ。
血の華だ。
よく見れば、あいつの足元には、花を刈られた九本の茎が倒れてやがる!
あまりの恐怖に尻餅をつきそうになる。
でもダメだ! ここでヘタれたら終わりだ! 俺も花弁の一枚にされちまう! そんな気持ちで足腰を無理やり奮い立たせる。
逃走だ!
地位も金も好きだが、俺は何より自分の命が大好きだ!!
だから!
ランナウェイ! 逃げるんだ!
◇
「さあて、っと。暗殺者くん、こっから、どうしようっか?」
僕はとびっきりの狸スマイルで、捕らえた暗殺者に笑いかけた。
今は見た目だけは良いハニガンの姿だ。
さぞ、魅力的だろう。
それはさておき。
まあねえ。
逃げられたとて、ですよう。
この程度の小物暗殺者逃すワケがないんですねえ。
むしろあまりの逃げ足の遅さに囮でもやってるのかと思ったくらい。
とりあえず屋根の上を追っかけて粘糸を足に引っ掛けてやったら簡単にすっ転んでそのまま屋根から落ちていった。二階程度から落ちたとて簡単には死なないだろうけど、保険をかけて頭だけは粘糸を巻きつけてガードしておいてあげた。
んで。
今は適当な空き家に押し込んである。
手足を粘糸で縛り、床に転がして。
さあてここから厳しい尋問の始まりだぜえ、ひゃっはあ。
のはず。
なんだけど。
「なあ! おい! 貴族の坊ちゃん! 聞いてくれよ! なんでも話す! なんでも話すからよ! 殺すのだけは勘弁してください! おなしゃーす!!」
これですよう。
暗殺者への尋問ってこんなんだっけえ?
僕の前世とは違うなあ。あの忍者時代ってば、捕まったら奥歯の毒噛んで死ねって言われてたし、捉えた側もそれを警戒して猿轡からの、尋問前に大体奥歯引っこ抜いておいたけどねえ。
現代忍者の奥歯なんて義歯が基本だし、奥歯なくてもしゃべれるからねえ。たまに全部義歯ってやつもいるからそういうやつは全部引っこ抜いてやるとフガフガしてて何言ってるかわからなくなるけど。
ま、いいや。
とりあえず、何でも話すって言ってるから、喋らせてみるよう?
「じゃあ、まずさ、依頼主は誰え?」
これは答えられないだろうけどね。
この程度の末端の暗殺者は依頼主を直接は知らない。自分に影響がないレベルまで遠回りしてから暗殺を依頼するからねえ。
まあ、ジャブだよね。
これが答えられない。
なんでも話すって言ってただろうが?
だって知らねえんだ。
そうか、じゃあ直接依頼してきたのは?
なあんて色々と聞きながら指示系統のブロックを特定して依頼主に辿り着くわけなんだけど。
「侯爵家! 依頼主は侯爵家だよ!」
おい!
待って。
僕のさっきまでの思考を返して? 無駄になっちゃったよう! なんか玄人ぶっちゃってちょっと恥ずかしいしさあ。もうなんなんだよう。いきなりでっかいとこ出すなよう!
てかさ。
それよりもさ。侯爵家が暗殺者と直取引するのう? しかもこのレベルとお?
正気?
いや。
正気か?
「……えっとう、一応聞くけど、それってどこの侯爵う?」
きっとこう問いかける僕の目は若干白目気味になってるだろう。
というのも、なんか聞かなくても、大体どこの侯爵家かもわかる気がするんだよねえ。
「サバラだよ! あんたの実家だ!」
だよねえ。
うーん。
やっぱりそうだよねえ?
ねえ、やばくない? ハニガンの実家やばくない?
「じゃあさ、サバラのどっちい?」
父か、弟か?
「若い方だ! おやじの方は自前の暗部を持ってるから俺みたいなフリーランスに依頼は回ってこねえ!」
おとうとー!
いくら自前の部隊がないからって、ダメだよう、こんな低レベルの暗殺者雇ったらあ!
「その証拠は?」
信憑性は高そうだけど、根拠なしで信用もできないよねえ。
「俺の胸ポケットを探ってくれ! そこに証拠が入ってる!」
お、これは!?
胸ポケットを探らせてその隙にボカンする気かな? ここまでの会話は全部ブラフで、ここからが本番か?
えー暗殺者こわあい。
じゃあ、念のため、口を粘糸で綴じて、身体の拘束も強めて、胸ポケットだけは探れるようにっと。
「むぎゃあああ」
お口を綴じたから男が叫ぶ。
ふふふう。現代忍術、お口無限ミッ○ィーだよ。和綴の方がよかったかな?
ま、いいや。
胸のポケット胸のポケット。
まずはポンポンと胸を叩いてみて危険物がないか確認。
なし。
ならば、と。開いた胸襟をごそごそと探る。
するとそこには一枚の封書があった。
封蝋はハニガンの着ていた服に刺繍されている家紋と同じ。
中身の書面はといえば、一行の僕の暗殺指令と便箋二枚にわたる僕への罵詈雑言。
おおむね、鳳王の霊羽をサバラ家によこさなかった事への恨み言だった。
いや、これいる?
しかも便箋二枚。この世界って紙ってそこそこ貴重じゃないの?
でもまあ。
とりあえず、黒幕は確定した。
うーん。
えー。
前世ならさあ。
色々報復とかを考えたけどさあ。
でも今世はそういうのいいかなあ? 飽き飽きだしねえ。
うん。
とりあえず、今回は暗殺未遂初回サービスって事で、ハニガン弟には何もしないであげる。
手紙と一緒にこのお口を綴じた暗殺者をお家のお庭に転がして。
これは警告。もう絡まないでねって。
よし。
僕は森に帰るよう。
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