第33話 暗殺者、観察者、大根役者
「さあてと、帰るかあ」
女王との謁見を終えた僕は帰り支度をする事にした。
色々と用事があったとはいえ、考えていたよりも滞在日数が長くなっちゃった。
これはもう絶対にママンが心配しているから早く帰らなくっちゃ。
という事で。
まずは宿を引き払い、冒険者ギルドの受付に行って挨拶をした。今後はとりあえずダンジョンに篭りながら冒険者として生活していくからしばらく姿が見えなくなるだろうと告げた。
あえてみんなに聞こえるように大きな声で。
これで厄介者がいなくなるよう。
途中から出てきたギルドマスターにギルマス部屋に案内され、改めてこの前の非礼を詫びられた。あのような態度の理由としては、犯罪者相手に舐められないようにだってえ。
ふーん?
それでもカリーナさんに責任をなすりつけようとしたりするのは良くないと思うよう。と告げるとドアの外から「そうだそうだ」とカリーナさんの声が聞こえた。
もう。今日は裸にはならないから覗いちゃあダメだよう。
こんな感じで、なんやかんやしばらくアークテート王国や、この王都に関する雑談という名の情報収集をして、冒険者ギルドを出る頃には、日はすっかりと暮れて、時刻はいつの間にか夜になっていた。
ふむう。
まだかなあ?
ギルドで時間を潰したから、外に出たら来るかと思ってたけど、うーん、来ないなあ。
仕方ないなあ。
このまま帰るわけにはいかないし、ちょっと人間世界でお酒を飲んで待ってみるかあ。
というわけで、僕は王都の中でもうらぶれた酒場でお酒を何杯かひっかけた。
あまり期待していなかったけどこれが案外美味かったので何本かお土産にしてもらった。
おやじとママンが喜ぶかなあ?
「ぽんぽんぽこぽん」
僕は上機嫌に腹鼓を打ちながら、王都の裏路地を歩いていく。
もちろん人間(ハニガン)の姿だからそこまでいい音が鳴るわけではないけれども。
やっぱり狸の上機嫌といえばこれでしょう。
並ぶ建物に灯る明かりもない。
下水を通り越して汚水どころか直に汚物の匂いがする。
そんな裏路地。
そんな周りの風景からは明らかに小綺麗な僕の姿は浮いているわけですが、それもそのはず、ここはいわゆるスラム街の、その中でも一等治安が悪そうな地域。三歩進めば道端に人か倒れているし、それが生きてるのか死んでいるのか定かではない。そもそもヒト一人死んだ所で誰も騒がない地域だ。
こわあいこわいそんな場所。
なんでそんなとこにいるの? 危ないよ?
という問いには。
あったり前でしょう? 誘ってんのよ!?
とお答えしましょう。
そう。
誘っています。誘っているのです。
もーさー。王城を出てからずっとなのよう。ずっと付き纏ってくるのよう。
全員明らかに暗殺者。
いやいや、そもそも気配で暗殺者ってバレちゃダメでしょうよう。
っていう程度の暗殺者がずっと付き纏ってくる。
さっさと仕掛けてきてくれれば楽なんだけどこれがまた慎重なのか臆病なのか全く仕掛けてこない。
宿に入っても着いてくるし、冒険者ギルドではわかりやすく王都から出ていくよと教えてあげたのにそれでも離れないし、じゃあ夜になったから人のいない路地に行けば狙ってくるかと思えばちょっと距離が縮まっただけ、もー仕方ないなってお酒を飲んで酔ってれば仕掛けてくるかと思って酒場から出て。
今です。
ほうら、ふらふら狸だよう。狸の姿じゃあないけれど。
もうふらふらで殺り頃だよう。酔ったふりして。ドサリと道に座り込んでみたりしてえ。
ほうら、据え膳だよう。
あ、やっと殺気が向いた。
誘っといてなんですが、殺気わかりやすすぎませんかねえ。
ま、いいやあ。ほうらおいでえ。
眉間も目も心臓も足もお腹も狙いたい放題だよう。刺しにおいでえ。
おっと、来た来た。
けど、飛んでくる暗器がなんかヘロヘロなんですが?
え? これこのままだと地面にペヒョンと落ちて、威嚇にもならないよう? それじゃあ困るんだよう。弱ったと思わせて全員で出てきてもらわないと、面倒なんだよう。
うーん、まあ良いか。しょうがない、刺さったフリをしよう。
「
指先から飛ばした粘糸を、今にも落ちそうな暗器にペとっと貼り付けて僕の方まで誘導する。狙うは太腿! そのまま先端に粘糸を纏わせ、僕のかわいいあんよへと接着!
ヨシ。
刺さったフリ完了。
「ぎゃああいたあいなにこれえはじめてえ」
なんか違う気がするけどまあ良いか。
いたいいたあいと叫びながら、ゴロゴロと転がってみる。
あ、きたきた。
えっとお、十人かあ。
僕は痛がるフリをしながら周辺の気配を探る。狸の姿よりも索敵範囲は狭まってるけど、この程度の相手なら大丈夫でしょう。
うんっと……前に三人、後に二人、左右の屋根の上に二人ずつ、残りの一人はリーダーかな? そこそこ強めの気配が少し離れて俯瞰で確認してる感じ。
まず正面の三人が近づいてくる。
月明かりに照らされた姿は普通。
普通の服を着て、普通の髪型をして、普通の顔をしている。酒場やメインストリートで見たような王都の民の平均的な感じ。パッとみれば暗殺者だなんて思わないだろう。
でも気配は違う。目は死んでいるし、表情も死んでいる。
そんな三人が道を塞ぐように立ち塞がった。
「ああ、なんかこれが急に刺さって、痛いんですよう。助け、助けてえ」
ヨタヨタとよろけながら三人に助けを求める感じで近づいてみる。
そんな僕を三人の男が冷たく見下してくる。
その中の中央の男が口を開く。
『「
その声はなんだかブレて聞こえた。
それと同時に身体が少しだけ重くなる。動けなくなるわけじゃないけどなんか水の中に潜った時のような感じ。
きっと魔法かなんかかな?
よし、じゃあこれも効いてるフリしてみようっと。
「うあーなんだこれーぐええ動けなあい」
叫びながら、立ち上がっている状態から大袈裟に膝をついてみる。
うん我ながら大根だなあ。
それでもそんな僕の姿を見た三人の男はお互いに軽く頷き合って僕の正面に立った。
ヨシ、油断いただきましたあ。
正面の三人が近づいてきた所へ粘糸で身体の自由を奪い、口もふさいどく。
むーむーとすらいわせないぜえ。赤ちゃん狸よりも声が出ないようにしてるんだよう。
さて、後のヤツと屋根の上にヤツを呼び寄せよっと。
「
「おー、もう大丈夫だ。こいつはビビって何もできねえぞ。来てくれ」
飛声で、止まれと言った男の声を真似して声を飛ばす。
瞬時に僕の背後と横から六人の男が現れた。
やっぱりリーダーだけは来ないかあ。
残念。
でもまあそれが普通だよねえ。ターゲットの始末もしてない状況で、いくら呼ばれたからって後詰がホイホイ来ていいわけないんだよう。
そんな間抜けな六人も粘糸で縛り上げて直立させておく。
これで残るは離れた所で様子を見ているリーダーだ。
これを逃してしまったら意味がない。
さてとりあえずこの九人の始末をしたらリーダーがどうでるかなあ?
うーん? 逃げるかなあ? 本人が出張ってくるかなあ? この程度のグループのリーダーだったら逃げるだろうなあ。まあ逃げられてもすぐに追いつけるだろうしねえ。
よっしゃ! 狸一匹! どんと派手にやってみよう!
「
僕を囲むは、九本の椿。
その花はどれも大ぶりで美しいがすでに時期は過ぎた。
僕の
花を刈られた椿の幹から、こんこんと湧き出でる命。
これを風魔法で上空へ散らす。
そこに咲くのは餞の彼岸花。
これが
敵に囲まれた時に使う。本当は暗器でやるんだけど、魔法って本当に便利。
ポトリと落ちた椿の花から、夜空に咲いた彼岸花。
ねえ? 綺麗でしょう?
そう。
問いかけるように離れた所にいるリーダーへと視線を飛ばす。
気づいているよって。ちゃんとハンドサインで教えてあげる。
優しくニコッと微笑みを添えて。
って!
ああ、やっぱり逃げちゃったよう。
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