第32話 女王の頬が紅潮す

 狸が人間の王族を手玉に取っているこの状況。

 僕は実に満足していた。


 むふーん、楽しかったあ。

 人間の姿になっているとどうにも前世の意識に引き摺られて、ついつい政治的な行動をとっちゃったけど。

 これ位やったらもういいや。

 狸、大満足だよう。

 うひひ。


 という事で。

 まあ、この辺で種明かしをしようっと。


 膠着した室内をさっと一瞥して。


 僕はポンっと手を打った。


 ほんとは狸的に腹鼓を打ちたかったけどねえ。

 あれは場が締まるからねえ。でも今は人間の姿だから腹鼓は打てない。残念。でも手を打った音でも、その音に室内の人間の意識が一斉に僕に向いたのがわかる。

 みんなの視線を受け取った後。

 僕は最後に険しい表情の紅い女王を見つめて。

 口を開く。


「陛下、ご安心を」

 女王だけでなく。

 この室内の人間全員に向かっている言葉。

 忍術ではないけれど人間が安心しやすい声に少し変えている。実際近衛や侍女などから発せられる空気が少し緩んでいるのがわかる。

 でも女王だけは違う。


「……何をどう安心するのだ」

 うわあ顔こわ。

 女王にはいまいち効いてないみたい。それもそっかあ。当事者だもんねえ。


「その「鳳王の霊羽」はホンモンであり、ニセモンでございますう」

「は? 事と次第によらなくても斬首となるぞ」

 うええ顔こわ。

 発言もこわ。ストレート斬首よ、それは。

 もーう。

「待ってくださいよう。実際それは鳳王の霊羽である事には間違いありませんから」

「だが、偽物なのであろう? はよう死ぬが良い」

 顔こわ。

 発言こわ。

 めんどくさくなって殺せば解決とか思ってるでしょう?

 とか考えていると。


 シャラン。


 金属音とともにいつの間にか女王が抜いた細剣が僕の首筋に据えられている。

 あらまあ武闘派女王だあ。もー初めから準備万端斬首だったじゃないのよ。もしかして部屋赤いのってそういう理由? でもねえ死ねと、そう言われてもねえ。僕も簡単にここで死ぬわけにはいかないのでえ。


「それは鳳王から受け取った霊羽ではあるのですよう。ただし、陛下が言っていたような鳳王に代々受け継がれる羽ではなく、王の間に飾られる象徴としての「鳳王の霊羽」なのですよう。だからですねえ。それは歴とした「鳳王の霊羽」なのですう」

 まあ全部ハッタリなんだけどね。

 でもこんなに一生懸命説明したんだから信じてよねえ。


「にわかに信じがたいな。人間が鳳とそこまで友好を築けるとも思えん」

 むう。だめだった。

 狸が鳳と友達になれるんだから人間にだって可能だよう。

 疑り深いなあ、もーう。

「じゃあもういいですよう。陛下が、不要であれば別にいいんですう。ニセモンと言われた物を王家に献上する訳にもいかないんで、これは持って帰りますねえ。でもまあ、そうしたら、一回死んで貴族籍から引っこ抜かれた僕が持ってても無用の長物なんでえ、多分サバラ家に没収されますけどねえ……」

 そしてそれを没収した後にマーティンがそれを持って王配の座に着くのは容易に想像できる未来予想図。

 そんなんは絶対に受け入れられないでしょう女王様?

 僕はわかっているよう、と顔で問いかける。


「いらぬとは言っておらぬ」

「ですが、いるとも聞いてませんねえ」

 女王様の予想通りの答えに狸顔でとぼけますう。

 さらに女王の表情は険しくなる。それでもなお美しさが増すから凄いよねえ。これが表情で美しくなるタイプの女性かあと狸は関係ない事を考え始める位の時間を経過してから。

 女王は渋々と口を開いた。


「……この羽は必要だ……しかしお前とは、いや、誰とも結婚はできぬ。今はまだ……」

 常に強気な女王の表情が少しだけ曇った。

 あら、少しだけ腹を割ってくれましたねえ。

 初めからそう言ってくれればいいのにい。そしたら意地悪しなかったのにねえ。


 じゃあ僕も少しだけ腹をば叩いて。

 ポンっと。


「はいはい。結婚はしなくて大丈夫ですよう。というより、さっきも言った通りですねえ、僕、貴族籍抜けてますんで、陛下とは結婚できないんですよう」

「そんな事……」

 やりようなどいくらでもあろう。と言いかけて女王は口をつぐむ。それは女王にとって都合の悪い事。

「うん、それを……する気は、ないですねえ」

 僕も女王の言外のそれを否定する。確かに王配の座にどうしても座りたければ、貴族籍に戻る方法なんてなんぼでもあるんだろうけどねえ。むしろ養子の引き取り手が手ぐすね引くレベルだろうなあ。


 女王は僕の狙いがすっかりとわからなくなってしまっている様子。


「では……では、何が望みだ」

 えー? 望みとかはあ。

「うーん、ないですねえ」

 もうめんどくさいからそのまま言っちゃう。

「……ない? ないワケがないだろう。この様な貴重な品を持ち込んでおいて!」

 ガタンと椅子が音を鳴らした。

 同時に女王の眉間には今日一番に深い皺がよる。

 明らかに僕を疑っているし、後ろに控えている近衛の手が剣の柄にかかっている。

 確かにねえ。王配の座を狙っている人間なら対処方法も考えてあるけど、それに興味がない人間、しかもその裏にある狙いがわからない人間なんて脅威以外の何者でもないよねえ。最悪他国からの侵略の可能性だってあるわけだもんね。


 でもねえ。


「ほんとにないんですよねえ」

 僕はにへらと狸顔で困ったように笑ってみせ、それにあわせて精いっぱい毒気のない声で答える。


 だって本当にないんですもん。


「……では、なぜこのような貴重な品を持ってきた? 売ろうと思えば、王配の座を狙う貴族がいくらでも金を積んだだろう……」

 少し落ち着いた様子で女王が椅子に座り直した。

 それと同時に首筋にあてられていた細剣も鞘に納まってくれた。

 よかったよかった。

 どうやら僕の毒気のない態度と言葉に、少し気勢が削がれたようだね。

 狙い通りい。


 細剣の冷たい温度がいなくなった事で、室内の空気感が少しだけほんわりとしたものに変わった。


 そんな中の再びの女王の問いかけ。

 感情が行ったり来たり、上がったり下がったりして、声に勢いもなく、表情もなんだか弱々しいものに変わっている。どうやらこっちが女王の素のように見えるなあ。

 そんな女王を見ていたら。

 僕じゃない、ハニガンの思いのような言葉が、頭にに浮かんでくる。


 えーなにこれえ。

 わけわかんないけど。うーん。でも悪い言葉じゃないなあ。

 まあ、答えはこれでいっかあ。


 めんどくさくなった僕はそれをそのまま口にしてみる事にした。


「えっとお……ですねえ。この貴重な品を持ってきた理由は、ですねえ……陛下にさよならを言いたくて……ですかね?」

「は? はあ? 妾にさよなら!? お前は何を言っておるのだ!?」

 予想外の言葉に慌てた女王の動き。それにあわせて椅子がガタタと鳴る。

 そりゃそうだよねえ。国宝級のお宝を一言のために使うなんて正気じゃない。

 でもねえ。


「陛下、落ち着いて。ま、話を聞いてください。良いです? うん。……話を続けますとね……あんまり、というか、全く覚えてないんですけど、僕って死にかけたんですよう。んでえ、記憶も全くなくなったんですね」

「そ、そう……聞いているな」

 弱々しい音から柔らかい音へと変わった女王の声。


「でもですねえ。一つだけ残っていた記憶があったんですよう」

「……それはよかったな。何が残っていたんだ?」

「陛下に会いたいっていう強い記憶、というか思いですねえ」

「は……なッ! ん!?」

 僕(ハニガン)の真っ直ぐな強い言葉。

 それをまともにくらった女王の顔は、その紅い髪に負けず劣らず朱く染まる。

 ああ、きっとハニガンはこうしたかったんだな。

 なんか喜んでる気がする。よかったよかった。これで最期の願いは叶えられたんだろう。


「でもね。僕は記憶もないし、もう貴族でもない。だからせめて陛下に一目会ってさようならを言うためだけに、今回この羽を献上させてもらおうと思ったんですよう」

「な、な……な……そのためだけ、に? この霊羽を?」

 うん。多分そう。ハニガンも家のためとか色々あったんだろうけど、腹の一番底の部分では、シンプルに女王と結婚したいっていう思いがあったんだと思う。

 だからこんな言葉が自然と出てくる。


 ハニガンは満足しているけれど、一方的にストレートな言葉と感情を投げつけられた女王はといえば。

 完全に混乱している。

 ワタワタとしている。最初の威厳はどこいった。近衛も侍女も落ち着かせろよう。

 ま、僕には関係ないか。

 ハニガンの最期の願いも叶えたし。

 そろそろ帰ろ。

 おやじもママンも心配しているだろうし。


「ええ、陛下。今日はお会いできて嬉しかったですよう。きっともうお会いできる事はないと思います。だから……最後にお手に口づける栄誉だけ……いただけますか?」

「あ、ああ、ああああ、ああああああ」

 適当につけたRPGの主人公名みたいな音を口走りながら、女王は僕に手を差し出してくれる。

 僕はその手を優しく受け取り。


「ありがたき栄誉です」

 そこに狸の約束を落とす。

 チュウ。


 長い長い、別れの口づけ。

 二度と会う事はないでしょう。

 ハニガンの想いが天に昇っていくのがわかる。


 そして。

 閉じた瞼の裏にテロップが浮かんだ。


『統率を取得しました』


 おお、ラッキー。

 ハニガンの最期の願いも叶えられたし、新しいスキルもゲットできたし。

 今回はいい事尽くめだったなあ。


 と瞳を閉じたまま、内心で喜んでいた僕は気づかなかったのだ。


 目の前にいる女王の目が、ヤンデレの目に変わっていた事に。


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