第31話 女王に粗相は相応か?

 女王だあ。


 僕が初めてこの国、アークテート王国の女王を見た感想は実に狸的であった。

 だってそれ以上でもそれ以下でもないよねえ。

 狸には国の女王なんて関係ないし。


 そんなワケで僕は女王に謁見している。

 のだけれど、話を進める前にここに至る前の話を少しだけしておこうと思う。


 ◇


 サバラ家に行った後。


 僕は執事、ワイズに任せた仕込みの結果が出るのを王都で待つ事になった。

 つまりはしばらく王都で滞在しなければならないのだけれど、このサバラ家、実に居心地が悪い。

 父親のエイドルはキレるポイントがわからないし、弟のマーティンは親の仇みたいな目で陰から睨みつけてくる。いや、お前の親はそこで元気にキレ散らかしてるだろうよう。母親のドンナもそれにくっついてじとっとした目で睨んでくる。

 いや、僕だってお前の息子だろうがあ、と不満に思っていると、どうやらドンナは後妻でハニガンの母ではないらしい。なるほど、それなら納得。


 という様々な事情により、サバラ家に滞在するのは嫌だったので、ギルマスの紹介で宿をとった。お金はなんか知らないけどギルドカードから引き落としてくれるらしい。すごうい、ギルドカード万能説。

 待っている間、僕はこの国をプラプラと見て回ったり、国の事を少しだけ調べてみたりと、それなりに忙しかった。まあ調べたとは言っても知りたいと思ったら叡智が教えてくれるから狸でも簡単だったけど。

 おかげでこの国の事に少しだけ詳しくなった。


 そして三日後。

 僕は狙い通りに王城から呼び出しを受けた。泊まってる宿にワイズが知らせに来てくれて、そこからサバラ侯爵家に来ていた迎えの馬車に乗り、ガッタンゴットンと揺られ、城に入った後、偉そうな人に王城の中でも奥の方までぐるぐると連れていかれ、なんだか同じような道を行ったり来たりさせられた。


 そんなバッタバッタな道行の挙句にたどり着いたのがここ。

 じゃあ、話を戻そう。


 ◇


 この女王と面会している部屋。

 実に内装が紅い。

 それを不思議に思っていると『女王の紅い喫茶室クィーンクリムゾン』なんて名称らしく、叡智がテロップで教えてくれたんだけど、女王の厨二趣味は別に知りたくなかったなあ。

 先に言った通りに、内装は一言で言えば赤い。赤地に金の装飾が入った壁紙、中央に据えられた大きめの赤い丸テーブル、それを挟むように赤い革張りの座り心地の良さそうな椅子が二脚据えられている。


 その一つに、女王が優雅に腰掛けている。

 実に女王って感じだ。

 赤い髪で苛烈そうな目が特徴的な美しい女性が、僕を値踏みするように視線で刺してくるう。

 はあこわあ。厨二の女王の視線で、狸、気絶しそう。


 部屋の中には。

 女王がいて僕がいて。

 女王はただ見て僕はただ立っている。


 と言うことはですよ。

 つまりはそう。

 僕の目の前には女王がいるのです。


 って、そんなん見りゃあわかりますねえ。

 当たり前の事を言っちゃった。


 では、正確な情報をば。

 目の前の女性は、アークテート王国、第十二代女王、ヤンデ・ローズというらしいです。

 なぜわかるかといえば、叡智が丁寧にも僕にテロップでそう紹介してくれているから。

 エイドル・サバラ侯爵に関しては全くテロップに表示されなかったので、きっと心底僕があの人に興味がなかったのだろうと思う。

 この叡智というスキル、どうやら僕が知りたいなと思った事だけをテロップ表示してくれる便利君らしい。


 そしてそして。何よりも重要なのがですよ。

 この状況に僕がいるという事の意味だよう。


 わかる? わかるかなあ? むふう。

 この状況が表す事、それはつまり、僕が考えた作戦通りに、女王との謁見が叶ったということなのだあ。

 ドヤア。狸ドヤア。


 絶対成功すると思ってたのよう。

 聞きたい? 作戦聞きたい?

 もーしょうがないなあ。


 僕は有能老執事、ワイズに手紙の準備と王家への発送を頼んだ。もちろん、記憶喪失(たぬき)の僕は手紙の書き方なんて覚えてないからねえ。全部ワイズに任せたよう。

 その内容は、というと。


『ハニガン・サバラが鳳王の霊羽を手に入れたから女王に献上したい』


 こんな感じの内容を実に貴族的に迂遠でもって回った表現で書いてもらった。

 文の最後に、『ハニガンは記憶喪失であり、貴族の礼儀やマナーを覚えていないため、可能であれば公式ではなく、非公式にお茶をしながらでも……』と書き添えてもらった。

 実はここが一番のミソね。


 これを書けば王家は、いや王女は、確実に乗ってくるだろうと思っていたよう。

 建前的には僕側の都合でお願いしているけど、これって絶対に女王にとって都合がいいんだよねえ。

 だって女王にとって一番困るのは僕が「鳳王の霊羽」を手に入れて女王に献上する事を公にされる事なんだもん。乗らないワケがないし、乗らざるを得ないし、実際乗ってきた。


 なんで公にされたくないかと言えばさ。

 女王の望む品を見てから、僕の中で一つ確信があった。

 それは「この女王が王配を求めてない」って事だ。これは僕の推測なんだけど多分あってる。


 だってあの品のラインナップみたあ?

 絶対に手に入れさせる気ないよ。わずかに可能性があるのが「鳳王の霊羽」でそれ以外はもう絶対に無理だよ。つまり、女王は絶対に結婚なんてしたくないと推測できるわけだ。

 んで、あの品の中で、「鳳王の霊羽」だけが持って来られる可能性がある品で、それを公式でお披露目されてしまうと女王に都合が悪いわけだあ。そこへ女王とのお茶会での確認依頼。

 乗らないワケがなあい。

 ちなみに僕も別に女王と結婚したいわけじゃないから、これはウィンウィンの提案になるわけだ。


 目論見通りに進む展開に、ついついむふふとほくそ笑んでしまう。


 そんな僕に、冷たく女王が命ずる。


「ハニガン、笑っておらんで席につけ」

 あ、すみませぬ。女王を忘れていました。

 あっ思い出した。

 最初にこれはちゃんと伝えとかないと。


「女王陛下、着席前に一つだけお願いしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「僕、一度死んで、記憶喪失になって、貴族籍も抜かれてるんで、名前をハニガン・サバラから冒険者リントに変えております。ですので呼称もリントでお願いします」

「……ああ、そうか。わかった。なんでも良いから座るが良い」

 どうでも良さそうな感じで了承してくれた女王に、僕はにこりと微笑みかける。

「はあい、じゃあ失礼しまあす」

 もふんと椅子に座る僕へと、室内の人間から一斉に視線が向く。近衛、侍女、執事、色々な人間がいるけれど、全員いい感情じゃないだろう。

 そりゃあねえ、死人が戻ってきて、王配の座に手を伸ばしているのだ。

 しかもそれが無能で有名なサバラ家の中でもさらに無能で有名な元ハニガンで、現状は得体の知れない冒険者リントなんだから、そりゃあこの場の全員、もちろんいい気分ではなかろうね。

 でもねえ、大丈夫、安心してえ、僕は王配にはならないよう。


「茶の前に、早速本題じゃ」

 あら女王様、僕にお茶すら飲ます気がない?

「えーお茶、楽しみだったんですけどう?」

「黙れ! 無礼者!」

 あ、近衛がキレた。

「安心せい、羽をわらわに渡せば、それを見ている間に茶を用意する。はよう、渡すのだ」

「えーしょうがないなあ。陛下がそう仰るのであれば従いますう」

 そう言って、渋々と、僕は懐から一枚の羽を取り出し、二本の指で羽の尖った部分を摘み、クルクルと回転させて見せる。

 回転にあわせてキラキラと光を反射させて羽が光り輝く。


 おお、と室内に感嘆が溢れた。


 むふう、すごかろう。


 僕はスッと立ち上がって女王の側にまわりこむ。

 そんな不審な行動を僕がとっても、本来はそれを取り押さえる筈の近衛すら、羽の美しさに飲み込まれて反応できない。

 ダメだよう、そんなんじゃあ女王様が暗殺されちゃうよう。

 無能な近衛をチラッと横目に見ながら、この場の全員に羽を見せびらかすよう、一旦天に掲げてから女王の前にスッと跪き、それを恭しくかつ大仰に女王へと捧げた。


 羽に魅せられた女王は、受け取るために手を羽に伸ばす。しかし、その美しさが怖いのか、触れるのを躊躇うように手前で一旦手を止めた。

 これを受け取るべきか否か。

 判断に迷っている。

 そんな顔だ。

 そうだよねえ。わかるわかる。僕なんかと結婚したくないもんねえ。

 でもさ、それでもさ。明らかに神々しいこの品に手を伸ばさずにはいられないだろう?

 ほら、ゆっくりと手が伸びる。あらあら、もう指先が羽に触れちゃうよ。

 気持ちはわかるよう。

 ほうら、もう耐えられない。


 女王の朱く塗られた爪と、神にも等しい羽が、口づけた。

 瞬間に。

 女王の表情は妖艶に蕩けた。


 うん。そう、そうそう。

 欲望に素直になって、持っていっていいんだよう。


 羽は僕の指先から女王の手に移り、僕はその羽をもう一度しっかり見つめる。


『鳳王の霊羽ーレプリカ』


 そこにはテロップが表示されている。


 そうレプリカですう。どこから持ってきたかといえば、もちろん僕のお尻から。

 プチ、痛ぁいって。引っこ抜きました。

 狸のお尻でもなく人間のお尻でもなく変化した鳳の姿の僕のお尻から。

 いたかったー。


 この間、執事のワイズと話している時に、僕、気づいちゃったんだよねえ。

 何気に僕って鳳王の変化だからお尻から羽引っこ抜けば『鳳王の霊羽』になるんじゃないかって。

 もちろん、鳳の中で連綿と受け継がれる概念的な『鳳王の霊羽』はドナルドに受け継がれているから、ホンモンにはなり得ないのだけれど、見た目だけならなんとかなるんじゃないかって。

 そして人間相手ならそれで十分なのではないかって。


 案の定、女王を筆頭に室内の人間は全員羽に見惚れている。


 でもねえ。

 残念ながら女王はこれをホンモンだとは絶対に認められないだろうけどねえ。


「こ、れは……偽物だな。本物の『鳳王の霊羽』では、ない」

 ほらやっぱり。

 苦々しげに、うめくような否定の言葉。

 それは羽を否定しているのか、己の言葉を否定しているのか。判断に難しい表情。

 腹の中では絶対にホンモンだと思ってるでしょう?


「陛下、それはあまりに説得力のない言葉ですよう?」

「……うるさい……これが、本物であるはずがないのだ」

「へえ、それはなんで?」

「これがここにあるワケがないからだ。存在しえないモノは偽物に決まっておる」

 あらま、意味深。

 もうぶっちゃける気?


 入手不可能なものを条件に出して王配を募集したって事を。


 女王の表情を見るに、どうやら今回の秘密を明かす、その気であるらしく覚悟を決めているように見える。

 秘密を明かした後に殺すから関係ないって顔だねえ。周りの人間もそんな感じだ。


 ふーん。

 そっちがその気ならば僕が呼び水となってあげますよう。


「えー、なんで存在し得ないんですかあ?」

 ほうら、すっとぼけた顔で聞いてあげるよう。

 害意はないよう。

 死刑になる予定の馬鹿なリントに話してごらんなさあい。


「『鳳王の霊羽』とは代々鳳王の体の一部となる羽だ。基本的には単体では存在しえない。例外的に代替わりの時に羽単体となるが、鳳王はついこの間代替わりしたばかりだ。そしてその新鳳王が死んだなどという報告は受けていない。現状では霊羽はその新鳳王と不可分だ。だからここにある筈がないのだ」

 おお詳しい。

 ここまで詳しいって事は、まだ鳳とつながってる人間がいたんだねえ。人間と繋がってる鳳も……これはドナルドに報告しとこ。

 それはさておき、やっぱ女王は確信犯だねえ。仮にハニガンが先代の鳳王ダークさんから霊羽を奪っていたとしてもどこかで邪魔する気だったんだろうか。

 きっと他のお宝も同様に入手不可能になってるんでしょうよう。


 でもねえ。


「お詳しいんですねえ。でもね。それがニセモンに見えますかあ?」

「ぐう」


 誰かの喉が鳴った。

 女王か。それとも室内の誰かか。

 だけど。

 それが誰でも関係ない。

 僕の言葉に女王を筆頭とした部屋の中にいる人間の誰も答える事ができないのはこの場に横たわる事実。


 だって目の前にある霊羽はホンモンだから。

 存在力、美しさ、威厳、存在の全部で、これがスペシャルな羽だと、無言で物語っている。

 誰にもニセモンだなんて言わせない。


 そしてこれを持ってきたのは僕。


 つまり。


 この段階でこの場は僕が完全に支配しているのだあ。

 むふう。


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