第30話 今の私は友の仇か

「僕って、これからどうしたら良いですかあ?」


 そんなアホな僕の問いへのギルマスの答えはこうだった。


「まずはご実家に帰って生存を報告するのが最優先かと」


 なるほど。

 確かに人間社会であれ、狸社会であれ、行方が不明になっていた人間がやる事は変わらない。

 ただいま、と。

 おかえり、だ。

 おやじとママンからのおかえりは嬉しい事だったもんねえ。僕のただいまに二人も喜んでくれていたし、と。

 そんな事を狸云々関係ない感じで抽象的にギルマスに伝えると。


「いやあ、俺が言ってんのは、そういんじゃあねえんですけどねえ」


 などとつぶやき、モニャモニャとどうにも煮え切らない態度だった。

 僕がその態度のワケを問えば、まあ……お帰りになればわかると思います。の一点張りで理由を答える事はなかった。うん、それなら実家に帰ってみようじゃないか。

 と思い、席を立つと、ギルマスからちょっと待ったが入った。


 ん? と首を傾げていると。

 どうやら本人証明の書類をしたためてくれるらしい。

 そんなのがあるのかあ……とアホ狸な表情で僕が立っている間に、ギルマスはサラサラっと紙にペンをはしらせ、それを封筒に入れ、丁寧に封蝋まで施してから手渡してくれた。

 なんと、それと一緒にサバラ侯爵家への地図も添えられていたので、驚いて感謝と疑問を述べると、さっきまでの無礼への詫びだという。


 どうやらギルマスは思っていたよりも良い人だったらしい。正体が判明するまでの間は完全にカタリタカリの人間だと思われていたから扱いが雑だったんだろう。あとは貴族ハニガンが嫌いだったってのもありそう。

 でも普通に接すれば普通に接してくれる。

 むしろ役に立つものまでくれる。

 この地図がいい例だ。これがなければ、僕はサバラ侯爵家への道に迷った挙句、やっと辿り着いたと思ったら、ギルマスとやり合ったホンモンニセモン論を門の前でやらなければならない所だった。

 やーん助かるう。

 再度、丁寧に礼をしてからギルマスとカリーナさんに見送られて、僕はギルドの扉をでてサバラ侯爵家へと向かった。


 ◇


 なるほどう。

 ギルマスの言ってた意味がわかったあ。

 僕は甘かったあ。

 坩堝の森のどんな果実よりも甘かったのだあ。


 貴族というのはここまで凄まじく人間離れしてる生き物だったのかあ。

 そんな感想が僕の身に染みまくっている。


 さてここに至るまでを軽く説明しよう!

 じゃじゃん!


 僕はギルマスのお陰でサバラ侯爵家への道でも迷う事なく無事到着しました。なおかつ本人証明書を番兵に手渡した事により身分を疑われる事もなく実にスムーズに応接室まで通されたのです。

 やったあ。


 うん、ここまではいい。

 でも、ここからはだめ。


 もうねえ。明確に線が引けるくらいダメだよう。サバラ以前、サバラ後だよう。


 まず応接室でたっぷり一時間くらい待たされた。まあ僕は狸だから居眠りしてればいいんだけどさあ。

 てなわけで軽く居眠りしている所へと、やっと一人の男が現れたんだけども登場からしてヒドイ。


 親の仇かと思うほどに、扉を荒々しく開き、ふうふうとした鼻息で、正面のソファに乱暴に腰掛けた。これだけ待たせたという一言の詫びもなく、こちらを一瞥もせず、待つのが当たり前だと言わんばかりの態度。

 見た目は金色の髪のでっぷりとした体格のいかにも悪徳金満貴族といった風貌で、ここまでの態度も実に風貌に似合う行動だった。その髪色だけがかろうじてハニガンとの親子関係をうっすらと語る程度の共通性。それ以外はあまり似ていない。ハニガンは美しい筋肉をしているし、森で試しに変身した時に池の水鏡に写した顔も前世の記憶と照らし合わせて美しいものだった。

 母親に似たのかなあ。

 なあんてぼんやりと考えながらその男を眺めていると。


 男はいきなりキレた。


「なんて目で親を見るんだ!」

 ええええ?

 別に普通に見てただけだよう。

 逆にいきなり怒鳴らないでえ、ノーマル狸ならここで気絶してるう。

 というあまりにあまりな展開の驚きにショックを受けて、ここではっとギルマスとの会話を思い出した。

「俺があんな視線を向けりゃあ、その瞬間に金切り声が飛んでくらあ」ってのは冗談じゃなかったのねえ。このおじさんもハニガンも、見たらキレてくるのは一緒なのかあ。田舎ヤンキーじゃないかあ。でもまあ、そっかあ、見た目はあまり似てないけど、性格はそっくりだったのねえ。

 うん、納得いったよう。


 んで、ここからずっと貴族のターン。

 おかえり。ただいま。なんて暖かいのは夢の世界だったねえ。なんだかなあ……こういう理不尽な感じはどうにも前世の親を思い出すなあ。

 あれだよねえ。とりあえずこんな相手には言うだけ言わせておくのが最良なのを僕は前世の経験で知っているからとりあえず黙っているんだけど。

 ほっといたらほっといたで続くわ続くわ、どこまでも音が溢れてくる。

 目の前でずうっと太ったおじさんがギャギャアと喚き散らしている状況。

 現状だともうすでになんて言っているかわからないけれど、最初に言っていた事はおおむねこんな感じだった。


「無駄飯喰らいが!」

「今まで育ててやった恩を仇で返しおって」

「無能が」

「死に損ないめ、もう一回死んでこい」

「戻るのであればせめて女王の望む品の一つくらい持ち帰って来れば役に立ったものを」

「すでにお前は次期侯爵ではない」

「弟のマーティンのお披露目も済んでいる」


 ここ位まではなんとか聞き取れたんだけど、もうここから先は内容がなんだか世の中全てへの呪詛へと変わり、すでに言葉の体を成していない。うーん、ひすてりい。

 そんな太ったおじさんの隣にいつの間にか老紳士が立っていて、太っちょおじさんの金切り声が掠れはじめた位のタイミングで、優しく寄り添うようにして声をかけた。


「エイドル様、これ以上はお体に障ります。ハニガン様もエイドル様のご心配は身に染みたご様子。一度お部屋でお休みください」

 あらなにこの有能老紳士。

 太っちょおじさんもこの紳士を信頼しているのか金切り声で叫ぶのをやめた。

 なんだか毒素を吐き出して満足したかのようにニンマリと汚らしい笑顔を浮かべて口を開いた。

「うむ、ここまで言えば流石に無能なハニガンでも理解できたであろう。我が渾身の言葉に深く感謝するがよい」

 うーん。確かに渾身。これ以上やったら血管切れて死にそうな位の渾身だったもんねえ。

 むしろ僕が血管切ってやるまであったよう。あそこで紳士が止めたのって、もしかして僕の殺気が漏れてたかしら? ていうか今更だけど、このおじさんはエイドルさんって言うんだあ。

「それでハニガン様も宜しいですね? 記憶喪失との事ですので、続きは私、ワイズからご説明させて頂きますので」

 うん。

「大丈夫ですよう」

 そもそも説明なんてエイドルさんから一ミリも受けてないしね。

「では一旦失礼いたします」

 僕の首肯を確認して、ワイズさんはエイドルさんを支えるように部屋を出ていった。 


 ◇


「お待たせしました」

 老紳士は部屋を出てから、あっという間に戻ってきた。

 ほええ。はやあ。

「全然待ってませんよう」

 そう言った僕の言葉に、ワイズさんは驚いて一瞬表情を崩したが、すぐに元の渋いロマンスグレー顔に戻った。


「ハニガン様は、変わられましたね」

 なにが、とは言わないが、大体お察しです。ハニガンさんはきっとエイドルさんそっくりで、人間として終わっていたのでしょう。さっきの驚きの表情の理由はこれなんだねえ。

 エイドルさんそっくりの性格だったって事は、相当にヒステリックで傲慢なテンプレートな悪役貴族だった人間が記憶喪失で帰ってきてみれば、のんびり狸みたいな性格に変わってればそりゃあ誰でも驚くかあ。


「うーん。変わったとは言われても記憶がないのでどうにもわからないんですよねえ」

「冒険者ギルドのギルドマスターからの手紙にも書いてありましたが……記憶がないというのは本当なのですね」

「そうですねえ。唯一残っている記憶が女王と結婚したかったという思いだけで……他はすっからかんですねえ」

 これだけは知ってる。

 ハニガンさんが死の間際に思った最期の願い。この願いのためにここまでやってきたのだ。

「……ハニガン様……本気だったのですね」

「どういう事? この思いだけが残ってて、なんで女王と結婚したかったのかとか分かってないんだよね」

「……全ては、お家のためにございます」


 執事ワイズが語ったサバラ侯爵家の事情。


 貴族であるハニガンが冒険者になった理由。

 それは同時にハニガンが死んだ理由。

 女王との結婚などという大それた思いを抱いた理由。

 これら全ては女王の「望む品を納めた者を王配として迎える」という一言によって始まった。


 当主のエイドルがあんな様子であり、下には感情でキレる、上には意味のわからない媚びを売る。という一貫した無能ムーブで、貴族界でもこのサバラ侯爵家は重要視されておらず、また息子のハニガンも親にそっくりでそれがまた次代への期待も失われている状況。

 エイドル、ハニガン共に忸怩たる思いを抱えていた。


 そこへ降って湧いたさっきの女王の言葉。


「女王の望む品を納めた者を王配として迎える」


 これによってこの冒険者騒動が始まった、との事だった。


 ここまでの説明の中で「女王の望む品」がわからなかった僕はワイズに問うと。


『鳳王の霊羽』

『人魔の王笏』

『ガフィンの膜衣』

 この三品だという。

 僕は『鳳王の霊羽』という単語に反応しそこに言及すると、ワイズが悔しそうな顔で答えた。


「惜しかったですね。あそこであれを手に入れられていたらハニガン様が記憶を失う事などなかったのに……」

 心底悔しそうな表情だった。

 もしや。

「僕は鳳王を手にかけた、の?」

 カークは人間と組んでいたと。

 ドナルドから聞いた。

 もしや。

「本当にあと一手でしたな」


 そうか。ハニガンだったのか。


「……貴方も一緒にいたの」

 言葉の温度が下がる。

「い、いい、いえ、私には戦闘能力はありませんので、ハニガン様のお話を、聞いただけです」

 下がった温度に戸惑い、ワイズの言葉が詰まる。

「そう」

 ふう。良かった。良かったね。手を出していたらここで終わってたよう。

 折角の情報源、ここで殺したらめんどくさいもんねえ。

 ハニガンの所業を聞いてもなお、こいつの最期の言葉を叶えないといられない自分の性分が憎い。気持ち的にはダークさんを手にかけた人間なんて許せないのにさあ。あー関わった人間許せないなあ。僕の親友のドナルドを悲しませた奴らが許せないなあ。


「がっふ……は、はあはあ」

 あ。いけないけない。

 僕の殺気にあてられたワイズさんの息が止まりそうになってる。

 ごめんごめん。

「おお、急にどうしたのう? 大丈夫?」

 白々しく心配なんてしてみちゃったりして。

 僕って狸ぃ。

「は……は、はい。大丈夫です」

 殺気がおさまった事で何とか息ができるようになったワイズさん。

 よかったねえ。


「そっか、なら良かったよう。ワイズさんのお陰で女王様に会う方法を思いついたし、ワイズさんに体調崩されたら困るよう」

「え? 女王様にお会いになる方法? なぜ?」

 ワイズは戸惑う。

 侯爵子息といえど、普通は女王になんて会えないし、会う理由もないし、会う理由は女王が決める。

 それでもこれなら会える。

「うん、女王に会いたいっていうのだけが、僕の唯一の記憶だからさ。もしかしたらこの願いを埋めれば記憶が戻るかと思ってねえ」

 嘘も方便とはよく言ったもので。

「それはどのように?」

 見事騙されたワイズはハニガンの顔を見る。


 僕はニヤリと笑って、女王に会う、その方法をワイズさんに告げ、王宮に話を通してもらうようにお願いした。


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