第29話 うざったい疑いはお互いためにならない

「どうぞこちらへ!!」


 怒りで我を忘れた受付のお姉さんの荒々しい案内で、僕はギルマスの部屋へと通された。

 中に居たのは、禿頭に筋骨隆々で顔にはいくつかの傷があるという、いかにもギルマスぅといった風貌の年配冒険者風の男だった。

 受付のお姉さんといえば、プリプリと怒って部屋を出ていってしまった。兎にも角にも責任の所在がお姉さんでなくなってよかったねえ。ちゃんと責任は責任者に取らせるよう。


「失礼しまあす」

 開いた扉の先へ、のんびりと、かつしっかりと、部屋の中を確認しながら僕は入室する。

 そんな僕をギルマスが険のある視線でじっくりと眺めてくる。上から下まで舐めるように、ニセモンである証拠を探っているんだろう。

 たっぷりと十秒以上もそんな視線と沈黙に晒されながら、僕はぼけえと立っている。

 目の前には座り心地の良さそうなソファがあるけれど、座れとも何とも言われてないしなあ。


「確かに見た目はよく化けてんな」

 ギルマスはふうとため息をついて、機嫌悪そうにこぼした。

 と、いう事は見ただけではニセモンの証拠を掴めなかったのねえ。

「化けてなんていないですよう」

 本当は化けてますけど。

 でもそれを馬鹿正直にいうほど、僕はバカ狸じゃあないんだよう。


「だがよう。中身は全くできてねえなあ。ホンモンのハニガンであればよう、そんなとこでつっ立ってねえで、さっさと偉そうにソファにふんぞりかえるし、俺があんな視線を向けりゃあ、その瞬間に金切り声が飛んでくらあ」

 うええ。なにそれえ、ただのやべえ奴じゃん。

 この人、ハニガンがこんなに嫌われてるのは理由があったんだねえ。きっといやあな貴族の典型で、それが金と権力を振りかざして、場違いな場所に割り込んできて、普通なら爪弾きにされるような状況だけど、それもできずにみんなのストレスになってるって感じい?

 中身が全然違うと言われても、僕この人の事何にも知らないし、嫌な人のフリするのも無理だもんねえ。

 やっぱこの手で通すしかないなあ。


「と、言われても、記憶喪失なもので……自分が何者かすらよくわかってないんですよう」

 秘技! 記憶喪失!

 これ言っとけば大概の不自然は回避できるんだぜえ。

「ちっ! 諦めてさっさとゲロっとけよ!」

「ゲロって、汚いですよう」

「うるせえ、モノの例えだよ、バカが! 次は身体検査するからな! 服を脱げ! 嫌なら良いんだぜ、拒否すればその段階でニセモンって事にできるからよう。貴族を騙った奴はその場で死刑にしてもいい事になってるからな。こっちとしてはホンモンでもニセモンでも好都合だぜ」

「えええ」

 なんて理不尽な事を言ってるのだろうか。ホンモンだったとしてもニセモンって事にして殺してしまえば後腐れないって事だよねえ。こわあ、こわあ。


 と怖がりながらも、僕はポンポンと服を脱いでいって、既に真っ裸ですよう。

 前世人間とはいえ、なんせ狸生活が長いですからねえ。

 裸に抵抗はないんですよう。


 マッハでマッパだあ!


「クソが! 脱ぐのが早えんだよ! 少しはためらいやがれ!」

「もー自分で脱げって言っといて理不尽ですよう」

 不機嫌な言葉とは反対に、ギルマスの頬が少しだけ赤い。

 何だよう。そっちの気があるのかよう。と思ってみたが、どうやら原因は僕の身体にあるようだ。そう気づいて、マジマジと変化した身体を眺めて見るが、これがまた実に均整のとれた良い筋肉をしている。実際身体を動かした時にはそれほど優れた筋肉だとは感じなかったから、きっとこれは魅せるに特化した筋肉の付け方なんだろうなあ。だからオスのギルマスすらも魅了するんだなあ。

 中性的でありながら色気をふりまく良い身体だ。

 狸の時はいかにもオスって感じだからこれはこれで嬉しいなあ。


「理不尽じゃねえよ! ごちゃごちゃうるせえ、さっさとこっちにこいや! 魔道具使ってお前の正体をチェックするからよ! おい! カリーナ! 扉のとこで覗き見してねえで、さっさと鑑定魔道具持ってこいや!」

 ギルマスの言葉に扉の外でガタンと音がした。

 さっきの受付のお姉さん、こっそりと覗き見してたんだねえ。自分の責任にされないか心配だったのかな?

 じゃあ、おわびがてらに軽くポーズを取って筋肉を見せつけてあげよう。

 どうだい? 形よく膨らんだ広背筋から流れる大臀筋までの流れは?

 ほれえ、サービスサービスだよう。

 ポーズと同時に、扉の外で「ぶほう」と聞こえてはいけない音がした気がする。


 そこから十分くらいして。

 カリーナと呼ばれた受付のお姉さんが言われたモノを持って入室してきた。

 カリーナさん、運んでくる最中にも視線は僕の筋肉の虜で、何度かつまづきそうになっていたのは秘密にしておいてあげる。もちろん噴き出す鼻血をおさえながら持ってきてくれた事も。


 さてそんなこんなで運ばれてきた魔道具は、真っ裸の僕の前に置かれている。

 見えちゃいけない所はちゃんと葉っぱで隠してるよ。よかった念の為大きな葉っぱ持ってきてて。

 話を戻すと、目の前に置かれたそれは装飾のほどこされた豪華な木箱で、蓋を開けると、その中には拳大の水晶と、すり鉢状のくぼみが横並びで配置されていた。


「おう、ニセモン! その手に持ってるギルドカードをここに差し込め」

 ぶっきらぼうなギルマスの指示に従って箱の側面を見ると、水晶の下あたりにカードを差し込むスリットがあったので、僕はそこにカードを差し込んだ。

 で?

「入れましたよう?」

「おう、じゃあすり鉢の中にあるこの針に指を刺せ」」

 視線を木箱の中のすり鉢状に移動すると、言うとおり確かにすり鉢の中央に小さく飛び出した針がある。これに指を刺せとギルマスは言っているのだろうか。

 これに? と指差しと視線で確認するとギルマスは顎で肯定する。

 えええ。


「これ痛そうだよう。血が出るじゃあん」

「ったりめえだろうが、血を出して、ギルドカードに登録してある生体情報と照合すんだよ」

 何それハイテク? 魔法?

「え? すごう! そんな事できんの?」

 これがあったら他のチェックいらなくない?

 んー? 僕が裸になった意味とは?

 ま、深く考えなくてもいいか。どうせ僕は、雄一匹、裸一貫、狸旅だしね。

 なんだそれ?


「滅多に使わねえがな! 貴族を騙る野郎なんかにはうってつけだろう」

 確かにすごい!

 けど、でもこれえ……よくよく考えると、ちょっとまずいかもねえ。

 生体情報かあ……。

 僕の変化ってどこまで生体情報をコピーできてるんだろう?

 うーん。でもここでこれを拒否した所でニセモンって事になって、この場で処分だろうしなあ。まあ、やって見るしかないっかなあ。通れば僕の変化最高って事で、失敗すれば……まあ忍術で何とでもなるだろうし。

 ようし!


「僕、やりまあす」

「おう、ニセモンなら、この水晶が赤く光るからよ。そうなるのを期待してるぜえ。気に入らねえハニガンにそっくりなヤツをぶった斬れるんだ。少しはストレス解消になんだろうよ」

 うわ、こわあ。やばあん。


 僕は意を決して人差し指を小さな針に刺した。


 つぷりと。

 音がして指先から赤い液体が流れ出し、それは針を伝って、するりとすり鉢の下に吸い込まれていった。


 直後、水晶は緑色に光る。

 うわまぶし。


 これなんだこれ? 赤がダメってのは聞いたけど? 緑は?


 結果の如何を確認するために、顔を上げてギルマスを見ると、とても複雑な表情をしている。

 悔しさ、憎しみ、やってしまった感、怒り、不安。

 ぐっちゃぐっちゃだ。

 この表情から察するにギルマスの期待する結果ではなかったようだ。


「ねえ、これってどういう結果?」

 大体わかってるけどあえて聞いてみる。

 散々酷い事言われたからこれ位の意地悪はいいよねえ。

「整合……だ。いや……整合、です」

 言葉遣いも変わっとるよ。

「と、いう事は?」

「ハニガン・サバラ様、ご本人に間違いありません」


 ふふーん。

 思わず鼻が鳴っちゃうねえ。


 僕の変化すごうい! 魔道具のチェックがどの程度の精度かわかんないけど、ここまで完璧に変化できてるんだよう。

 真っ裸でえっへん。

 ってそういえば、僕真っ裸だった。どうりで背後から僕の臀部に視線を感じるわけだあ。ちらっと後を見るとやっぱりカリーナさんだった。カリーナさん覗きすぎだよう。それだけこの見た目は魅力的なんだろうなあ。

 ま、減るもんでないし、見られてもいっかあ。

 そう思って、背後から正面に視線を戻すと。


「し、失礼いたしましたあ!」

 いつの間にかギルマスが禿頭を深々と下げていた。

 まさに平身低頭。

 そだよねえ。貴族にあそこまで失礼な態度をとったんだもんねえ。まあそうなるよねえ。きっとハニガン本人だったらきっと激怒してるんだろうけど。でもほら、僕は記憶喪失だからさあ。

 許そうじゃないかあ。


「良いですよう。必要なチェックだったんでしょう? それにチェックしないでニセモンを貴族の所へ通す方がよほど問題になりますよう」

「そう、言っていただけると、とてもありがたく存じます」

「ところで、もう服を着て良いですかあ? さっきから背後でカリーナさんの視線が痛いんでえ」

「は? カリーナ?」

 ギルマスの視線が扉に向かった途端に外でドタドタと音がして人間が逃げる音がした。


「あ、逃げましたねえ」

「重ね重ね失礼いたしました。後で処分しておきますので、服はどうぞ着てください」

「ありがとう。カリーナさんにも特に処罰はいらないですよう」

「ありがとうございます。本当に失礼いたしました」

 まあお尻見られただけだしねえ。狸なら見られるどころかスンスン嗅がれてるし。


 って、そんな事はどうでも良いのです。

 ホンモンだと判断されたのなら、僕にはまだやらねばならない事があるのです。

 この人、女王に会って結婚したかったらしいので。


「えっとぉ……僕って、これからどうしたら良いですかあ?」


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