第28話 死人にもっと誠意をもって
『冒険者ギルド:王都本部』
叡智によってテロップ表示された建物が目の間に聳え立っている。
石造りの三階建てだろうか、その入り口には重厚な木の扉が鎮座していた。
「はえー威圧感こわー」
三階建ての割には見上げていると首が痛くなる高さがある。
怖いし面倒そうな感じしかしないけど、ここに入らん事には話が進まんもんなあ。本当なら狸の本能の従って回れ右してラクーン808に戻るのが一番いいんだろうけどねえ。どうにも僕の性分がまだ治ってないからここで帰ってもむずむずしちゃうだけなんだよねえ。
仕方ないなあ。
僕は重い扉に手をかけ、押し開けると、中に入った。
中に入った途端に感じる視線。
視線視線視線。
場違いな人間が入ってきたと思われているのかなあ。でも進まん事にはどうしようもないからなあ。
正面にある受付らしきカウンターに向かって僕はゆっくりと足を進めた。
一歩ごとに視線の感情が変化するのがわかる。
余所者を見る視線から。
厄介者を見る視線から。
最終的にはそれを越えて、この世ならざる者を見る視線へと変化した。
なんでえ?
ヒソヒソと声がする。
なんて事ない顔しながら聞き耳を立ててみると。
「なんであいつ生きてんだ」
「死んだんだろ?」
「ダンジョンの縦穴に身を投げたって聞いたぜ」
「『
「じゃあ正しいだろうが、あいつら王都唯一の金級冒険者だぞ」
「て事はあれか? 今見えてんのは幽霊か?」
「だからみんな騒いでんだろうが。てかまたあいつの我儘に振り回されんのか?」
「そうなるなあ。こりゃあもう本格的に拠点移すしかねえな……」
「さらば王都の華やかなりし日々よ……ってか」
「華やかなのは店の姉ちゃん位だったろうが」
あー。
そういうことー?
この人死んだ事になってんだあ。まあ実際死んでるしなあ。認識としては正しいよねえ。しかも嫌われ者っぽいしなあ。やっぱりここは記憶喪失ってことで押し通そうっと。
そう決意を固めて僕は冒険者証を受付カウンターに差し出した。
カウンターには椅子に座った受付のお姉さんがいる。
それはとても綺麗なお姉さんで。おずおずとそれを受け取ってから、表を見て、裏を見て、もう一度、ライトみたいなので表裏を照らしながら確認して、クソでかため息をついてから、僕の顔を見上げた。
「は、ハニガン様、ご無事のご帰還……何よりでごじゃい、ました。本日はどにょような……」
受付のお姉さんも土下座しないまでもさっきの町娘のお姉さんと同じように緊張から呂律が回っていない。
あー、僕ってめんどくさい系の人間確定ですねえ。
「あのう。僕、記憶がないんです」
「は?」
ポカンとお姉さんの口があく。綺麗な顔って間が抜けてても綺麗なんだねえ。
「え? 記憶って知らないですか?」
「いえ、いいえ。勿論、記憶は存じております。ですが、その、えっと……記憶がないとは……その……ハニガン様の記憶がないという事、でしょうか?」
「はい。ダンジョンの中で目が覚めて、真っ暗の中を手探りで地上まで逃げてきて、唯一持ってたこの冒険者証を頼りにここまで帰ってきたんです」
ダンジョンの中を彷徨って、そこからこの街まで戻ってくる期間的にも大体あってるだろう? この人、ハニガンさんかな?が死んでから結構日数経ってるしねえ。
どう? 僕の説明? 納得してくれた? と確認のために受付のお姉さんの顔を見る。
「そ、そうですか。それはぁ……大変、でした……ね」
あーあからさまに残念そうな顔してるよう、お姉さん。
死んでればよかったのにって心から思ってるのがそのまま顔に出てるんだよう。
それは出したらダメなやつだよう。
僕だからいいけど、本人だったら泣いてると思うよう。
「で、僕ってどうしたらいいんでしょう?」
とりあえず女王様に会う努力だけはしないといけないので、何かとっかかりを下さいお姉さん。
「どう、とは?」
「いや、僕って、記憶がなくて、家も、家族も、友達も、誰も何もわからないんです。ここまでは何とか戻ってこれましたが、これから生きていくにはどこに行ったらいいかわかりませんか?」
「え……っと……少々、お待ちいただけますか? 上の者と相談してきますので……」
そう言って受付のお姉さんは受付から飛び出し、中央階段を駆け登って、その正面にある大きな部屋へ飛び込んだ。
そこからしばらく間があき、部屋の中から怒号が飛んだ。そこからギルドの上の人と受付のお姉さんが言い合う音が聞こえてくる。
うん。
音として怒ってるのはわかるけど、ギルド内の音がザワザワしすぎて流石に内容までは聞き取れん。
こういう時はですねえ。
「
はい、これ。雑音を消して、聞きたい音だけを残す忍術です。
本当は道具を使うんですが、ダンジョンで変化対象にしたオイルバットさんが持ってた音波スキルで代用してます。代用っていうか上位互換だよねえ。
ギルド内のざわつきをキャンセルして上司と女子のやり取りだけが聞こえるように調整っと。
「ざ……だ……ばか……っ……だから何度も言わせんな! あれが生きてるわけねえだろうがよ! 騙り集りに決まってんだろうが!」
お、聞こえてきたあ。
ああ、僕って信用されてなあい。まあそれもそうかあ。実際にニセモンだしねえ。たかりはしないけどねえ。
「ですが、あれは確かにハニガンですよ。その場にいた冒険者の全員がハニガンだと認識してざわついているんですから!」
「んなもん! あったりまえだろうがよ! 貴族を騙ろうって人間が一目でバレるような変装するわきゃあねえだろうが! いいからさっさと追い返せやあ!」
あ、僕って、貴族なんだ。
いやあ……もしかしなくても結構めんどくさい感じ? うーん。めんどくさい感じだよねえ。てか、それもそうかあ。女王と結婚したかったなんて夢物語、平民の今際の際の言葉になるわけないもんねえ。
「イヤですよ! それで本物だった時は私の責任になるじゃあないですか! 絶対無理です! サバラ家に睨まれたらあたしなんてあっという間に奴隷落ちですよ!」
「バカがッ! ニセモンなんだから問題ねえよ!」
「だったらギルマスが見て偽物だと判断してくださいよ! そしたらあたしの責任じゃなくてギルマスの責任になるんですから! それが責任者ってやつでしょうよ!」
お、正論。ギルマスってギルドマスターでしょう? て事はギルドで一番偉いんでしょう?
じゃあ責任は取らないとねえ。責任取らない責任者なんて存在が矛盾したバグ野郎なんだよう。
おっと、つい前世の記憶が。
「んがあ!? 正論やめろや! くっそ、忙しいってのによう……こんな騙り野郎に手間かけたくねえんだが……があ! わかった! 連れてこいや! その代わり! ニセモンだったらおめえは減給にするかんなあ!」
「ふざけないで! なんで減給なんですか!? これはギルマスの仕事です! 仕事しろ!」
そんな怒りのこもった捨て台詞と同時に、ギルマスの部屋の扉が荒々しく開いた。
ドガアン!
ってもはや開閉音っていうより破壊音と呼ぶにふさわしい音が聞金を使ってた僕の耳を攻撃してきた。
いたあい。耳痛あい。
もー完全に受付のお姉さんがブチギレてるじゃないかあ。
綺麗な顔が起こると本当に怖い。もー怖いんだよう。
「ハニガン様! こちらの部屋へどうぞ!」
さっきまでの僕への怯えはどこへ行ったのか、僕を呼ぶのは天井を超えたブチギレ声だった。
うへえ、八つ当たりだけはやめておくれよう。
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