第26話 現世.胡蝶が見る夢か?胡蝶で見る夢か?

哲人てつとの様子はどうだ?」


 誰かが、誰かに、聞いている。


 僕に、じゃない事は確かだ。


 だって。


 僕はリントだ。

 哲人じゃないよう。


「ぐっすりさ」


 ほら僕にじゃない。僕はいま夢見てる。声が聞こえてる。ぐっすりじゃない。

 うーん。僕の話じゃないなら、じゃあ寝ててもいいだろう。


 ぐう。


「よくあれを寝かしつけられたな。俺が若い下忍の頃、こいつが子供の頃から、毒や薬なんてしこたま飲ませてあるから、睡眠薬やら何やらは全部効かないはずだが?」


 って……あれ? 寝れないなあ。

 ま、いいか。じゃあうとうとだらだらしてよっと。


 そうそう、哲人に毒が効かない話だっけ? そうさ、すごいだろう?


 それに。

 どれだけ命を救われて。

 どれだけ心を殺されたか。


「そこはな、この新薬の出番だよ。てか、お前いまだに下忍だろうがよ、今は違うみたいに言うな」


 新薬。そっか。

 哲人が寝られるような薬ができたんだねえ。


「うるせえ、二十年近く中忍試験に受かんねんだよ。ほっとけ。それに新薬っておめーが言うそれだけどよ、猛毒の間違いだろうが!」

「おまえも大概わかってねえな。毒も薬も効果だけの差だよ。俺らだって殺される側から見れば毒だし、殺す側から見れば薬だろうが。忍者倫理の試験で出る話だろうがよ」

「あー、まー、うーん。でる、よな? 中忍試験で、見たわー。確かにな、それもそうか。他人には毒でも哲人にとって、こいつは薬って話、でいんだよな?」

「おうよ。なーんかお前が中忍試験受かんない原因が分かった気がするけどいいや。なんにせよ、この薬はよ、神経毒でな。神経伝達物質を徹底的に阻害するんだよ。そういう薬だ。しっかしそれにしてもなんでこいつ生きてんだろな? 普通の人間だったら自律神経系までに影響が出るから不随意筋の運動すら停止するはずなんだよ」

「不随意筋ってなんだよ? 知らねえよ! それだけこいつがやべーんだろ? こいつはよ、生まれた時からバケモンだからな。何しても死なねえし、殺しも天才だ。俺が毒盛ってる頃なんだがよ、確かありゃあ……こいつが生後一ヶ月の頃だったかな? 冗談で殺意を向けた同僚の下忍バイトの目玉えぐったんだからよ。やべー以外の何者でもねーよ」

「うわ、マジか。そりゃあ頭目候補にもなるわな。それがいいか、わりーかは知らんが」


 えー、哲人、そんな事してたのう? こわーい。

 初耳だよう。


「ま、いくら強くてもよ、心がぶっ壊れちまったらしゃーないわな」

「いやいや、しゃーなくはないんだぜ。こいつのお陰でこの忍法の実験ができてんだから」

「あーそれは確かになー。こいつの体が何しても死なねえお陰でこんな実験できんだもんな」

「見ろよ、この顔。にっこり笑ってんぜ。いい夢見てんだろうよ」

「そうだろうなあ。まーこいつにとっちゃ現実だけどな」

「それもそうだな、あっちで死んだら、こっちでも死ぬしな」


 何の話だろう?

 僕は何の話を聞かされいるんだろう。


 哲人の話か。

 リントの話か。


「おい! お前ら! 無駄話してねえで! ちゃんとバイタルの確認と転送データの確認しろや!」

 二人以外の人間の怒鳴り声が聞こえる。


 というかこれは夢なんだよな。

 声しか聞こえない夢。

 映像が一切見えない夢。


 ん?


 いや、何だかぼんやりと霞んだ映像が見えるようになってきた気がする。


 薄暗い部屋。


 たくさんの機械。


 点灯する赤い光と。


 所々、手元を照らすオレンジ色の光。


 リノリウム。


 ガラス張りの窓?


 その先にいる人間。


 同室にいる白衣の男、二人。

 こいつらがさっきから無駄話してるやつらかあ。


 そのうちの一人の男が、偉そうな男の言葉に従って、僕の脇に来て手元の計器を覗き込んだ。


「へーへー、バイタルバイタルうっと……」

「サービスサービスうみたいに言うなよ」

 片方の男が相棒の馬鹿な発言に眉をしかめている。

 その横で。


「……は?」

 馬鹿な発言から一転、間抜け面な男。口がぽかーんとあいている。あーこの奥歯は義歯だなー。それに虫歯だらけー。歯医者いけよー。


 うふふ。

 それにしてもさ、なんだよ、その変な顔。

 困った時のおやじでもそんな顔しないよう。


「どうしたよ?」

「いや……見間違いかな?」


 白い服の男が目をパチパチしてる。


「何がだよ?」

「……見てくれよ、これ。俺の見間違いじゃねえよな?」

「は? 何がだよ意味わかんねえ……って! おいこの数値! 覚醒寸前じゃねえかよ!」


 もう一人の男が覗き込んできて、相棒と同じような間抜け面をしてる。

 狸より間抜けな顔だねえ。


「やべえ! やべえって! このまま起きられたら実験が失敗しちまう!」


 実験?


「おい! 急げ急げ! リィーンカーン薬液の投与量を倍にしろ!」


 薬?


「ざっけんな! もうこの薬の抵抗をつけやがったのかよ! クソッタレだなあ!」


 すごいでしょう?

 ちょっと自慢なんだあ。


「おい! 投与量を倍にしたぞ!」


 あ、なんだこれ。

 思考が。

 ほど、ける。


「よし! 応援もきたな! じゃあ全員で陣を組め! 追発動させるぞ!」


 なん、だ。

 これ。

 よ、くわかん、ないけ、ど。


 もう少しで手が動きそうなんだよ。

 邪魔すんな!


 僕は手元にあった計器をつかみ。

 白い服の男の一人に投げつけようと手を動かした。


「「「「「────忍法! 異世界転生!」」」」」


 その声を最後に。

 僕の手は動かなくなったし。

 僕の意識は消えた。


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