第25話 斯くも強い覚悟は尊い
大好きい。
この感情がずっと私を支配している。
すんでの所で命を救われた。
圧倒的捕食者である大蜘蛛を瞬殺した。
私の従者が生き残っていないかを私に悟られないように探してくれた。
優しくラクーン808までエスコートしてくれた。
家族に対してこっそりと私の現状を伝えてくれて、極力あの時の事を思い出させないようにしてくれた。
この最中、ずっとリントへの好きが溢れていた。
そして。
さらに嬉しい事に、リントは月の下で夫婦となる事を誓ってくれた。
言葉では、今後ともよろしくね。だけだったけど、その前に夫婦となるための価値観のすり合わせをしているのだ。リント様、いいえ、リントもきっとそのつもりでいてくれているだろう。
私? もちろん、望む所だ。
この縁談、本当に断らなくてよかった。
父から嫌だったら断っていいと言われたラクーン808の頭目候補との縁談。
話を聞いた時は、正直気が乗らなかった。
生まれてからずっと、私の考えはオスと合わないと思っていた。
というよりも狸と考え方が合わないと言うのが正確かもしれない。
狸は、怠惰で、臆病で、なあなあで、適当だ。でもきっとそれは狸という生き物のいい所だと思う。思うのだけれど、私にはその生き方は合わない。私はまっすぐ生きたい。役目や使命というものが欲しい。狸の生活を改善したい。
生まれてから数年かかって、数匹だけ考え方の似たような仲間を手に入れたが、今回の件で全員大蜘蛛に皆食べられてしまった。職務や使命に忠実であるが故に、私を守って死んでしまった。
そして私も死に襲われた。
気が乗らなかった婚約はオスの匂いを嗅いだ時に一気に変わった。なんでかはわからないけどこのオスの所へ行くのが私の運命だと思った。だからここまで来たのだが。
やっぱり自分はオスとは縁がない運命なのだと覚悟を決めた。
せめて死をもたらす相手を見据えていようと思っていた。
私へむかった死神のその手は、私に届くあと一歩でバッサリと切られた。
ぽとりと目の前に落ちたその手は、死神から送られた文字通りの手切れだった。
同時に。
風に乗って薫るオスの香り。
強くて優しい声。
名前通りに凛とした立ち姿。
運命がそこに立っていたのだ。
そこからはさっき思い出した通りの流れで。
彼はずっと優しかった。
そして何よりもうれしかったのが、月夜の下で少しだけ話をした後だ。
リントは私の疲れを察したのか、寝所まで案内してくれた。
寝所の前で私たちは立ち止まり、見つめあった。
お互い離れがたかったのだと思いたい。
そこで私は、寝所まで優しく連れてきてくれたリントを、無理矢理寝所に引っ張り込んだ。少しはしたなかっただろうか。でも繁殖期ではないのだから問題ないでしょう。
逆に繁殖期でもないのにこんな気持ちにさせるのが悪いのです。
リントと私は寄り添って寝た。
そしてラクーン808で一晩が開けて。
その運命は今でも私に寄り添ってくれている。
暖かい。
少ししてリントが起き、照れくさそうな顔で朝食に誘ってくれた。
朝食という習慣がない私は素直にリントに着いて行く事にした。
昨夜宴をしたのと同じ場所にはすでに全員集合していて、目の前には母となるヒメ様が支度してくれた朝ご飯が並んでいる。
どんぐりや果物などのさっぱりした物と、猪や小鳥の肉などのガッツリした物と二種類がある。
昨夜の歓迎の宴でも思ったが食事の質がラクーン
そもそも新鮮な猪の肉などどうやって入手するのだろう。狸に猪は狩れないと思うのだけれど。
「どうしたの? キンヒメ? 好きな食べ物なかった?」
私が朝食を目の前にして固まっているのを見てリントが気遣わしげに声をかけてくれる。
やさしいなあ。
「いいえ、食事が豪華で驚いているの。私のラクーンではそもそも朝ごはんなんてないから……」
「グハハ、そうだろうのう! うちのラクーンでもリントが兄弟を鍛えて餌をとるようになる前はそっちとおんなじじゃったわあ」
そう言って父となるリーチさんが豪快に笑った。
ラクーン808の頭目であり、将来の父であるリーチさん。どことなく実家の父に似ている。どこのラクーンでも頭目というのはこういう雰囲気になるのだろうかと思って少し面白くなった。
つい。ふふ、と笑いがこぼれてしまう。
「リーチさん、キンヒメさんが気をつかって笑ってくれているわあ」
将来の母、ヒメ様がリーチさんを揶揄う。
「ほわ! ヒメ! 俺は面白いじゃろう!」
「私にはねえ。でも他の方はそうじゃないわあ」
そう言ってツンツンと鼻先で父、リーチの腹をつついている。
仲が良い。
私もリントとこういう夫婦になりたいなあ。
「リーチお父様は面白いのはもちろんですが、さっき笑ったのはどうにも雰囲気が実家のコンゴウお父様に似ていて、つい笑ってしまったのです。失礼しました」
「おう、そうかそうか。似ていたかあ。父だと思ってくれるとうれしいのじゃあ。キンヒメさんもここを実家だと思って安心すると良いのじゃあ。しっかし、ラクーン18GLDのコンゴウに似ているかのう? どうじゃあ、ヒメ?」
「そうですねえ。見た目はそこまで似てませんが、化け狸になると雰囲気が似るのかもしれませんねえ」
化け狸。
そうだ、重要な事を聞かなければ。
「化け狸、といえば。リント、一つ聞いても良いですか?」
「うん、良いよう」
親のイチャイチャを少しいやあな顔で見ていた婚約者に私は質問した。
「リントは化け狸ですね?」
「うん、そうだよう。そこにいるリキマルもこないだ化け狸になったし、おやじはもちろんそうだねえ。リキマルの派閥の狸も何匹かなってるんだっけ?」
「おう、覚悟を持った精鋭の五匹だけが化け狸になってるな」
黙々と小鳥の肉を摘んでいたリキマルと呼ばれたリントの兄弟が顔を上げて答えた。
「そうですか。実家のラクーンと比べると、化け狸の数が多いのですが、このラクーンでは化け狸になるのが普通なのですか?」
「いやあ、僕らだけだよう。普通の狸は化け狸になるのを嫌がるからねえ。キンタがでっかくなるし……って! ああ、僕は大丈夫だよう。おやじみたいにならないように対策しているから! 嫌いにならないでねえ!」
リントが必死で釈明している。
安心してください。見た目はどうあろうとリントは私の運命ですから。
「大丈夫ですよ、どうなってもリントは私の大事な夫ですから」
「うへへ、そう? 嬉しい」
「私も嬉しいですよ」
照れ照れしてるリント可愛い。
こんな可愛いリントが化け狸になっているのであれば。
私も覚悟を決めなければ。
「で? 化け狸がどうしたの?」
「来てすぐで申し訳ないのですが、私、一旦実家に帰らせていただきます」
私の爆弾発言に朝食の場がざわっとなった。
「おにい! 来て早々お嫁さんに酷い事したの!? キンヒメさん、メスじゃないとわかんないような不満があるなら私に言って! これはおにいのラストチャンスなのよう! もう紹介するメスいないんだから……」
リントの妹であり、私の将来の妹である、オリョウが私の言葉に素早く反応した。
派手な見た目と違ってメスとして気をつかってくれる辺りきっと優しい性分なのだろう。仲良くなれるだろう。ありがたい。
そんなオリョウの言葉にリントも反応する。
「ええ!? してない! 多分、してないよう!? え? 僕鈍感で気づかなかったけど、ラクーン808で気に入らない所あった? オリョウが言うように不満があるなら改善するよう?」
慌てるリントもかわいい。
大好き。
私も本当は離れたくなんてない。
でもね。
「いえいえ、違います。不満などあるはずもありません。単純に私に足りない部分を補いたいのです」
リントの一家全員に向かう。
「足りない?」
「ええ、リントが化け狸なのであれば、私も化け狸にならねばなりません」
父に散々言われてきたが必要性を感じなかったから断ってきた。
でも今こそ私は化け狸にならなければならない。
「え? 化け狸になるだけならおやじにでも……って、やっぱやだな無理無理。おやじの臭い口でキンヒメにチュウされたくないよう」
「なんじゃとう!」
リントの軽口でリーチお父様が怒っているが、どちらも本気ではなさそうだ。
きっとこれが親子のコミュニケーションなのだろう。
「リーチお父様にお願いするのはとても光栄なのですが、実家のコンゴウお父様にも散々化け狸を継ぐように言われていたので、今回は実家の父を優先させていただきたいのです。それに化け狸の化けの手法も各ラクーンで異なっていますので、私は実家の化けを継承する義務を負っています。すみません、リーチお父様」
「おうおう、確かにそうじゃったのう。ラクーン18GLDは想像で化けるんじゃったか?」
「ええ、そうなのです」
「すごいい。じゃあわざわざ変化対象にチュウしなくても良いんだ?」
化けの話になった途端にリントがキラキラした目でこっちを見つめる。
オスらしさの中に好奇心が輝いていてとても可愛い。
「その分、しばらく修行が必要でして、とは言っても遅くてもふた月ほどでは戻れますので、許可をいただけますか?」
「うんうん、もちろんだよう。せっかく仲良くなって離れるのは寂しいけど、実家に帰るのに許可なんていらないよう」
「ありがとうございます、リント。私きっと立派な化け狸になって帰ってきますわ」
そして。
私はリントと末永く幸せになるのです。
待っていてね。
私の運命。
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