第24話 貴方に身を任せ家族と顔合わせ

 やっぱりいないなあ。


 僕は大蜘蛛を焼き尽くした後、キンヒメさんを連れながら少しだけ大蜘蛛の通った道を戻った。

 それはもちろんキンヒメさんの従者や護衛を探すために。

 でもやっぱりダメだった。

 しかしダメである事を言葉に出すのは憚られる。


 どうしようかなあ。


「リント様、もう、大丈夫です。ありがとうございます」

 あ、わかってらっしゃる。

「へえ? なんですかあ? 僕ちょっと道に迷っちゃってすみません。アホ狸なんですよう」

 探していた事に責任を感じさせてはいけないだろうし。従者がいない事に責任を感じさせてはいけない気がするよう。やっぱり自分を守って他者が死ぬってのは辛い事だし。

「お気遣いは嬉しいですが、やはりこれは私が背負わなければいけない事だと思います。私を守るために彼らは森の掟に従ったのですから」

 そう言ったキンヒメさんの表情は可愛らしさの中に強い意志が宿っていた。

 すごいなあ。

 可愛いだけじゃなくて芯がある。

 普通の狸なら、ほー自分が生き残ってラッキーくらいにしか思わないよねえ。


「わかりました。こちらこそ変な事言ってしまってすみません」

「いいえ……リント様の気持ち、とても嬉しかったんです。だからこそ、私は正しくある事ができました」

 そう言ったキンヒメさんの表情は凛とした中に悲しみとそれを乗り越える強さがあって。

 なんというか。

 はえーかわいいなあ。

「そ、それなら良かったですよう。じゃ、じゃあラクーン808まで案内します。また捕食者が出ると困りますから、ぼ、僕から離れないようにだけ、お願いします」

「はい。リント様と一緒でしたら安心ですね」

 そう言ってキンヒメさんは僕の身体にピッタリ寄り添ってきた。

 ぎゃあ。

「ち、ちかか」

 毛皮越しにキンヒメさんの体温がしっかりと伝わる距離。

「すみません、近すぎましたか?」

 すっと離れそうになる艶やかな毛並みとその少しだけ意地悪な表情に僕の心臓は軽くはねた。

 離れてほしくないですう。

「いえ、いいえいいえ! これくらい近いと安心です」

「そうですか。では失礼しますね」

 そう言って再び身体を寄せ、にっこりと笑う笑顔は、今までで見た誰の笑顔よりも僕をドキドキさせた。


 と、同時に。

 キンヒメさんの身体がすこしだけ、震えているのを感じた。

 やっぱり怖かったんだよねえ。

 僕をからかっているように見せながらも、実際はまだ恐ろしいのだなあ。それも当然かあ。護衛も従者も全滅して、さらに本人もさっきまで死ぬ寸前だったんだもんなあ。


 これを役得と思ってしまう僕は、やはり暢気な狸なのだろうなあ。


 なんだか複雑な気持ちで僕はキンヒメさんを連れてラクーン808への帰路を辿った。


 ◇


「さて、ここがラクーン808やおやですよう」

「はい、リント様」

 ナワバリについた事で少しだけ安心したのか、キンヒメさんの震えは止まっていた。

 相変わらず身体は寄り添っているから、もう後は楽しいだけだよねえ。

 それにしても、リント『様』ってなあ。


「ねえ、キンヒメさん。僕の名前に様をつけるのやめない?」

「お嫌ですか?」

「うんそうだねえ。僕は所詮狸だからねえ。様をつけられるほど偉くないからなんか変な感じがするねえ」

「そうですか……ですが命の恩人であり、良人であるリント様を呼び捨てにはできないのですが……」

 えー命の恩人はともかく、夫は違くない?

「いやあ、夫婦になるのであれば、それは家族になる事だから、なおさら様呼びはやめようよう。僕は家族に様なんてつけないよう」


 僕はもっとキンヒメさんと距離を詰めたいんだ。


 そういうとさっきよりももっとキンヒメさんが僕に寄り添ってきたあ。

 ぎゃあ。いい匂いい。柔らかいい。物理的距離はもういっぱいい。僕が言っているのは精神的な距離い。


「ちょお、キンヒメさん! 嬉しいけど、近いよう! 僕が言ってたのは心の距離のことだよう!」

 前世、今世通じて、女性、メスと接点のない僕はどうしてもあたふたとしてしまう。原因のキンヒメさんを見ると、なんとイタズラっぽく笑っていた。

 あーからかってるう。

「ふふ、それはわかってますよ」

 僕の表情をみて、からかわれている事に気付いたと察したのだろう。

 元の距離に戻ってからキンヒメはそう言ってニコリと優しく笑った。

 この距離でも十分にドキドキするんですがねえ。


「ま、命の恩人云々に関しても、僕らは夫婦になるんだから助け合うのは当然だし、キンヒメさんが危険だったらこれからも助けますよう」

 そんな僕の言葉にキンヒメさんは嬉しそうに頷いた。

「そうですね。私も貴方を精一杯支えます。では、その……リント……と呼んでも?」

「ええ、もちろん。僕もキンヒメと呼ばせてもらいますねえ」

「ふふ、嬉しいです」

「僕も、です」


 二人は笑い合った。

 僕の言った通りに心の距離が縮まった気がした。


 幸せだなあ。婚約ってこんなに幸せだったのかあ。と感動に浸っている所へ。


 無粋な声が響く。


「なんじゃあリントお、遅いと思ったらもうイチャイチャしとるのかあ。むっつりめえ」

 ああ、おやじである。

「おやじい! 気楽な事言ってえ! こっちは大変だったんだぞう!」

 詳しい事をいうと、キンヒメの恐怖がフラッシュバックすると困るから言わないけどさあ。

「そっかそっかあ。すまんかったなあ。とりあえずこっちで歓迎の宴の準備が出来とるからのう。はよくるんじゃあ」

 ダメだこのおやじ。準備の段階ですでに酔ってるだろ。

 後でママンに事情を伝えて気を遣ってもらおう。


 ◇


 おやじに言われた通りに宴の場に行くと家族が勢揃いしていた。

 料理はリキマルが取ってきてくれた猪やウサギの肉が並び、酒も上等な一級狸印が並んでいた。


 おう、なんだか歓迎の度合いがすごい。


 場所はいつもの月が見える丘。

 僕らがラクーン808についた頃にはすでにほぼほぼ日が傾いており、全員が席について食事を始める頃には、天にまんまるな月が輝いていた。

 そこからはもういつもの狸の宴。


 肉、酒、肉、酒、肉肉、酒酒。

 深まった酔いへ、おやじの腹鼓、オリョウの踊り、リケイの調子はずれな手拍子。

 リキマルとママンはそれを見て楽しそうに笑いながら酒盃を舐めている。

 今はそこに僕とキンヒメも加わっている。

 ママンにこっそりとここに来るまでの経緯を説明してくれたら、きっちりと気を遣ってくれているらしく、おやじの無神経な発言などもなく、一人でここに来ている事や、ここに来るまでの話を振ってくる事はなかった。

 さすがママン。


 それよりも凄いのはキンヒメだ。

 あんな大変な事があった後だというのに気丈に僕の家族とコミュニケーションをとってくれている。

 うーん、いまだコミュ障気味の僕にはできない芸当だなあ。

 よりキンヒメへの尊敬が深まった気がするよう。


 そんな楽しい宴もある程度で終わる。

 気まぐれな狸の性分か、食って飲んで自分が満足すると、それぞれ適当に解散する。

 リキマルは派閥の仲間と飲みに出かけ、オリョウはオスズと呼んでいるオスの取り巻きとの会合へ行き、リケイはリーサちゃあんの所へ行った。

 おやじだけがしつこく最後までちびちび飲んでいたが、ママンにでべそを咬まれて悲鳴を上げて帰っていった。


 そして。

 今は僕とキンヒメの二人で月の見える丘に残り酒盃を傾けている。

 まあ。

 いわゆる一つの、あとはお若い二人に任せてってやつだ。


「あらためて、今後ともよろしくね、キンヒメ」

 美しい月を見つめて僕は小さく呟く。


「こちらこそ」

 そう言ってニコリと笑ったキンヒメを月が明るく照らす。


 横目で見るその笑顔は可愛らしく。

 それに何よりもその毛並みが、月に照らされ、名前の通り金色に輝いていて。


 思わず僕は見惚れてしまって、その後に継ぐ言葉が全く出てこなくなったのだった。


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