第19話 人智と叡智とロイヤルレイディ

「いやあ収穫収穫!」


 僕はホクホク顔で歩いている。

 しかし、辺りに光はなく、真の暗闇に包まれているため、その顔は誰にも見えない。

 光がなければ視界がない。視界がなければ歩けない。


 でもね、大丈夫。


 僕、夜目が利く狸だから。

 全部見えてます。

 全く光源なしで見えてるって事は光を増幅しているというよりかは別の何かを見ているんだろうけど……今日入ったばかりだから詳しい事はわからないなあ。ここも研究対象だなあ。むふふ。うれしいうれしい。


 あっと。


 ちなみにここはドリースダンジョンの五階。

 この間のドナルドとの話ででたダンジョンがどうしても気になって、おやじに確認して、今日はここにやってきたのだあ。


 もちろん変化の対象を増やして、使える魔法やスキルを増やすためだよう。


 あ、そういえば。

 またおやじになんで魔法やスキルが使えるようになるのか聞くの忘れてた。

 ま、いいか。


 とにもかくにも、僕のファーストダンジョンアタックは順調である。入る前は狸がこんなとこに来るのは苦労するかなと思ってたけど、どうにも僕の想像とは違ったらしい。


 なにが違うかって。


 どうやらこのダンジョン。人間が主食だと思われる。

 だから狸はモンスターに襲われる事は少なかった。こちらから攻撃の意思を見せない限り、みーんなスルーしてくれる。だから、楽々ダンジョンアタックだった。


 ダンジョンの主食が人間とは?


 と、なるだろうけどねえ。どうもこのダンジョン、無機物であるが生きているっぽい。

 ここに来るまでの間に人間の冒険者が何組もダンジョンアタックをしているのを見た。そこでここの大体のルールを把握した。


 ・行きはほぼモンスターは出ない。

  でても貴重な素材になるようなお得モンスターばかりのボーナスステージ。

 ・奥に入れば入るほどレアな宝箱があったり、レアな鉱石が産出される。

 ・ダンジョンには順路が決まっている。

  そこを通る限りは安全性が高い。

 ・戻る、順路を外れる。

  この二つをした時に強力なモンスターが襲いかかってくる。

 ・順路以外の道では宝箱や鉱石などは出現しない。


 もうね。誘ってるやん。

 ハニトラもびっくりなくらいに誘ってるやん。

 行きはよいよい帰りは怖い、の典型だよねえ。そしてこれらは人間だけが対象らしい。だから、狸の僕が逆走したり、順路を外れたりしても別に変わり映えしなかった。


 これらから僕は結論づけた。


「このダンジョンは人間が主食で、人間を誘って食べている!!!」

「なんだってー!」


 <ナンダッテー

 <ナンダッテー


 サンキュウ、やまびこ。ダンジョン内はよく声が響くぜえ。


 ドヤア。

 狸の浅知恵、ドヤア。


 ああ、楽しい。

 今日もテンション変ですね。そうですね。


 でもね。むふふ。


 いっぱい変化の対象を獲得できたから仕方ないよねえ。

 なにとったか聞きたい? 聞きたい? ねえ? 聞きたい?

 仕方ないなあ。教えてあげるよう!


 まずはねえ。


 大蜘蛛からゲットした「粘糸」でしょう、オイルバットからは「油生成」、これに相性が良さそうな「火魔法」はサラマンダーからゲットしたし、これ以外にも……


「ぎゃああああああああああ」


 あれ? 折角のいい所に上の方から悲鳴が?

 ん? 真上? 空の上? ここ洞窟だよ?


「親方あ! 上から人間があ!」


 ってふざけてないで助けるべき?

 でもなあ……えー? ここのダンジョンで叫んでるって事はどうせ人間でしょう?

 どうしよう? どうしようかなあ。


 うー……


 ドシャああ「ぴぎゃあああ」


 ん。って、ああ、悩んでる間に落ちちゃった。


 ま、いいか。


「死んだかな?」

「痛えええええええええええ! くそがあああああああ!」


 残念。生きてた。


 隠れて様子を見ようっと。

 幸い僕の独り言の声は聞こえていなかったらしいし。

 暗闇でもがくその姿をようく観察する。


 どうやら運よく?運悪く?足から落ちたらしい。


「くそがクソがクそひゃあ。あいつら絶対もどっタラ殺す。お父様に言って殺してもらう。騙しやがって、なにが安全だ。どこが下に向かう階段だ。嘘つきやがった。俺様をハメやがった。くそくそくそがあああ! いてええええんんだヒョオオおお」


 やっばああ。俺様だって。

 どうやら発言から聞くに結構なクズ人間みたいだなあ。助けなくて良かった。


 なんと驚くことに、ここからもしばらくクズ男はずっと呪詛じみた言葉を吐き続けた。


 元気だよねえ。


 でもねえ。本人は見えてないけど僕には見えてるよう。脚、形を成してないよ? 戻ったらとかなんとか言ってるけど、多分無理だよねえ。

 今は怒りのアドレナリンで痛みが麻痺してるんだろうけどねえ。

 そう、長くは保たないねえ。


 そんな僕の予想通りに、男の呪詛は段々と泣き言に変わり、泣き言は啜り泣きに変わり、啜り泣きは荒く浅い呼吸音に変わった。

 きっともう意識はないかなあ?


 それにしても……


「人間かあ」


 つい心の声が漏れてしまった。

 でもそれだけこの迷い大事。変化できるようにしておいた方が良い、よなあ。それはわかってる。

 僕の前世の種族。正確には前世の人間とこの世界の人間が同一かはわからないけど。前世の人間にも今世の人間にも良いイメージはない。でも人間は強い。生物としての強さは並以下だが群れとなれば強い。

 先代の鳳王のダークさんを魔道具でハメ殺す事ができるのだ。


 人間の世界を見ておくという観点からも変化できるようになった方が良いだろう。

 狸生活が正直快適だからあまり人間に関わりたくないけど仕方ないなあ。


 ようし。やったるか。


 僕は意を決して死にかけの人間に近づいて口をその頬に寄せた。


「ヒュウヒュウ」


 僕の耳に人間の息が隙間風のような音で聞こえてくる。

 それを無視して、キュッと飛び出した狸口から人間の生体情報を吸い込む。

 それを体中の化け狸細胞で構成認識しているのがわかる。

 そうやって隅々まで行き渡ったと感じた時。


『変身情報に人間が追加されました。同時に人智を習得しました』


 この文字もはじめはびっくりしたけどもうなれた。

 はい、しゅーりょー。

 きゅぽんと人間の頬から口を離す。


「人智、ねえ? 僕は前世が人間だから既に持っててもおかしくなさそだ……ガガッ! いったあ! 痛い痛い痛い痛い!!!」


 いきなり頭を割られたかのような痛みが疾った。

 因果応報!? 痛がってる人間をほっといて眺めてたからあ!?


 痛みと同時に目の前を文字が溢れる。


『エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー』


 視界は赤と黒のこの文字に埋め尽くされた。


「な……に……が……エ、ラ……ギャアアアア! いたあい!!!」


『『人智』の領域に別の『人智』を確認しました。『人智』の領域に別の『人智』を確認しました。『人智』の領域に別の『人智』を確認しました。『人智』の領域に別の『人智』を確認しました』


 そういう事かああ。やっぱり元々持ってたのねえ。

 でも痛いのいやああああん。

 どうすんんおおおお? どうにかしてええええ。


「なん……と……か、して……むはああああああ! イタタタた痛い痛いよう!!」


 どうにかしてと願ったら。

 さっきの数倍の痛みがやってきた。

 なんて罰ゲームう!?


 しかし幸運な事に、その最大限の痛みをピークにしてズキンズキンとした痛みの波は徐々に収まっていった。


 そして。

 痛みが完全になくなった段階で、目の前にはこんな文字が浮かんだ。


『応急処置として『人智』を『叡智』に更新して対応しました』


 と、言われましても。

 正直、それどころではない。

 もー痛いの嫌いだよう。ふうふうと息が漏れてしまう。


「痛かったよう。何だってんだよう」


 帰ったらママンにお尻嗅いでもらってから、頭を舐めてもらわないとダメだな。

 ふうう。

 ままーん。


「お、お前も……」

「わああ! びっくりしたあ!」

 ママンに思いを馳せていた僕に横から声がかけられた。

 油断してた。まだ生きとったんかあ、ワレエ。

「お、前も……お、ちて……きたのか」

 僕の事人間だと思ってる? 僕が痛がっているから同じように穴から落ちてきたと思ってるのか? って事は僕の叫び声を聞いて理解できたのか?

 狸語を?

 いや違うか。そっか、変身対象に人間が加わったから言葉が通じるようになったのかも。

 それを試すために、人間の問いに答えてみる。

「う、うん……」

「そう、か……俺様……と同じ、だな」

 やっぱり言葉が通じている。人智とか叡智とかその辺の影響だな。

 それにしてもさ、今際の際に一人称俺様って凄くね?

「そ、だねえ。頑張って帰らないとねえ」

 適当に話を合わせておく。

「ギャ、ヒャヤ……か、エる? 帰れるわけ、ねえ……だ、ろ」

「そう?」

 お前はなあ。僕は帰るよう。

「で、も……帰る……かあ。かえ、りたか、ったな……」

「そうだねえ」

「なあ……最期にさ、聞いてくれよ」

 おいやめろ。その流れやめろ。

「え、待って」

「おれ、さ。ここ、から帰って、……女、王と……結婚……したか……った……」

 待ってくれなあい!

 僕はその死に際の言葉に弱いんだよう。絶対面倒になるよう!

「おい、やめろよう。死ぬな、死ぬなよう!」

 でも。

 僕の必死の呼びかけに死にかけの男が応える事はなかった。

 人間が燃え尽きる前に一度生命力が返ってくるっていうアレだったのだろう。

 もう、息はない。

 そんな男の最期の願い。

 人間の国に帰って女王と結婚したかった。

 ですって。

 お伽噺かな?

 でもなあ。この言葉を聞いてしまったからにはある程度は叶えないともう僕むずむずしていてもたってもいられないからなあ。はああ、仕方ない。


「でもなあ。流石に女王とは結婚できないよなあ……てか女王って会えるのう?」


 暗闇の中で僕は頭を抱えた。


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