第18話 聞きたい気持ちは陽だまりの匂い
抜ける青い空の下と。
深い緑に染まった森の海の上の。
その間を。
僕は超速かつ低空飛行で行く。
「フォおおおおおおお」
興奮に思わず声が漏れてしまった。
みなさん、僕は今、空を泳いでいます。
泳いでいる。
本当にその感覚に等しいんだよなあ。
鳳の姿になってドナルドと何度となく遊んでいるうちに飛び方になれ、より速度のでる飛び方を理解し、羽の一枚一枚への神経の配り方がわかってからは、空がそれまでとは別物になった。
風魔法の上達で風の流れを視認できるようになったのも大きいと思う。
見える風は例えるならまるで波のようで、僕はそれを乗りこなすサーファーだよう。
緑の海の上を舞い踊るのだあ。
興奮でテンションおかしくなってるなあ。
我ながらそう思うけども仕方ない。
だって僕は今友達と遊んでいるのだから。
友達と遊ぶってだけでも楽しいのに、それに加えてこの遊び、『坩堝の森の
ブリッツレースってなんだ?
はい! 説明しよう!
ブリッツレースとは鳳一族の中で連綿と続くスピードレースであるう!
ただのスピードレースではないい! 決められたコースの中にある難所をどれだけ美しく速く飛び抜けられるかを魅せ、なおかつ誰よりも早く早贄尖塔に戻ってくるスピードを競う、芸術は速さである! そういうレースである! ひかえおろう! なに言ってんだ、僕?
まあいいや。
とにかく早贄尖塔をスタート地点とし、そこからまっすぐ南下、緑豊かな坩堝の森を抜けようかという頃合いに現れるのが坩堝の森と絶望海峡を天を高く隔てる断罪連峰。
第一ポイントは、これに向かってチキンレースさながら、ぎりぎりのスピードで飛び込み、己の限界で急上昇する。どれだけギリギリの速度、ギリギリの位置で上昇できたのかに加点が入る。毎年何羽かここに追突して死ぬ鳳がでるクレイジースポットだあ。
昇ったらどうなる?
そう降る。
はいキタよ。
すぐにここから第二ポイント。天を突くような断罪連峰を超える高さまで上昇した君の眼前にはきっと全てを呑み込むように深く青い絶望海峡が広がっているだろう。そう! 今度はそこへレッツ急降下だ! もちろんそのまま海に突っ込んだら衝撃でみる影なくバラバラになってさながらチキンボーンのようになっちまうのさあヒャッハア。ここももちろんギリギリのタイミングでV字急上昇をキメるのさあ! だがここは第一ポイントの急上昇なんて目じゃねえぜえ! なんせ落下の重力が飛ぶ速度に加わるんだあ! どの段階でどの角度でどれくらいのスピードでV字を決められたのか加点が入るぜえ。チキったやつはU字野郎って呼ばれるぜえ。
こっから反転して早贄尖塔に戻るまでがこのレースの内容だあ!
飛ぶ軌道が電撃のようだからブリッツレースって言うんだぜえ! フォオオ!
……はあ、疲れた。僕のテンションおかしいよう。
でも実際飛んだらこのテンションになるのよう。鳳の本能なのかなあ。脳から汁がドバッドバ出てくるんだよねえ。こわいこわい。
んで、このレース。鳳の中では一大イベントで年間王者になったブリッツキングは鳳王に次いで尊敬されるんだって。まあ基本は歴代鳳王の記憶を持っている鳳王が王者だから同義にはなるらしいけどねえ。チートじゃない? ねえ、ドナルド? 今年? もちろん鳳王の記憶を受け継いだドナルドがブリッツキングだけど? ドナルド? 僕の目を見てみなよう?
そんなこんなで、今日の僕はドナルドと遊ぶ日で、一緒にブリッツレースの練習をしていたんだけど、ちょっと飛び疲れたので、今は一休み中。
早贄尖塔の頂上に二人で並んで停まっている。
天に近いせいか空の色が濃いし、空気もカラッとしている。
羽を揺らす風が気持ちいい。
「楽しいのう、リント」
「うん、楽しいねえ、ドナルド」
笑いかけてくるドナルドに僕も笑顔を返す。
本当に楽しい。友達と遊ぶってのはこんなに楽しかったんだなあ。勝っても負けてもきっと楽しい。
そう思ってドナルドに小さくうなずきかけると、ドナルドは小さくうなずき返し、こう言った。
「朕の全勝ちである」
おっと。名言化するとそれはそれで僕の負けず嫌いも発揮されるけどう?
「おう、それをいう?」
羽をバサつかせるよう。
「カカカ、冗談じゃ冗談じゃ。リントは鳳に成り立ててで朕について来られるのは凄いぞ」
おい急に褒めるな。
「ぬふん、そうかなあ?」
照れるだろうが。僕もそう思うけどさあ。
僕だってドナルドに内緒の練習でラクーン808の近くを飛んでたりするもんねえ。
あ、練習で飛んでたと言えば。
「そういえばさあ、練習で家の近くを飛んでる時に坩堝の森の際の辺りで人間たちがうろちょろしてたんだけど、ドナルド知ってる?」
空を飛んで坩堝の森のパトロールをするのも鳳の役目だからな。ドナルドが知らなかったら報告しとかないと。
「んー? それは森と人間界の境あたりにある『誘惑小道』を入っていった辺りか?」
「あ、そうそう! そこそこ!」
知ってるのかな?
「あそこはダンジョンがあるからのう。人間が入っても放置してある所だのう」
ダンジョン?
「ダンジョン! あるの!?」
「おう、あるぞ。狸の一族でも知っとるはずだがのう?」
「あ、狸ってそういうの興味ないからさ、情報共有しないんだよ」
そっか。
ダンジョンか。
ダンジョンかああ。
ハイハイハイハイ! ダンジョンといえばモンスター! モンスターといえば変化の対象! 変化の対象といえばスーキール! スキルといえば研究! 研究といえば楽しい!
そうだ、ダンジョン行こう。
楽しそうだなあ。どんなモンスターに変化出来るかなあ。どんなスキルあるかなあ。
モニョモニョと色々考えていると、ふとドナルドの視線を感じた。
「お、ごめんドナルド。妄想の世界にいっちゃった」
「いや、構わんよ。朕もリントの姿に見入ってしまっていた」
「僕?」
「いや、正確には父上だな」
「ダークさんか」
「リントの父にはそう呼ばれていたんだったか」
「うん、奇遇だよね。親子にわたって友達になるなんて」
「ああ、本当に……幸運だ」
僕もそう思うよ、ドナルド。
でもさ僕は気になっているよ。いい機会だから聞かせてもらおう。
「……このダークさんの姿さ……ドナルドは見て辛くなったりしないか?」
これ聞きたかったんんだよな。
死んだ父親の偽物が目の前でうろうろしていて、それは果たして気持ちのいいものなのだろうかって。
「そう、だな……中身がリントだから……嬉しい、かのう?」
「僕だから?」
「そうだな、これが中身がカークで父上を殺した挙句にその姿を奪った、とかならきっとこの場でその姿を引きちぎるだろうがな。父の最期を看取り、朕の命を救い、鳳の尊厳を守ってくれた、リントだからのう。そうだな……やっぱり、嬉しいな」
「そっか……嬉しいか……」
良かった。
故人の尊厳を踏み躙るような事になっていたら嫌だもんな。
「朕はな、鳳雛であった頃はどうにも頭でっかちでな、このブリッツレースもまともにやった事がなかったんだ。朕が死んだら鳳王の血筋が……とか理由をつけてな」
「確かにー! 初めて会った時のドナルドそんな感じだったー!」
「カカ、そうだのう。だから朕は父と空を飛んだ事がなかったんだ。だが、リントのお陰で朕は父と一緒に飛ぶ事ができる。本当に幸せだ。ありがとうな」
「もう! よせやい! 照れるじゃないかよう。友達だろう。これからも一緒に飛ぼう」
僕は照れてバサバサと羽を羽ばたかせてドナルドの顔を扇ぐ。
「そうだな。リントの姿は父上だが、速度や技術はまだまだ父上には及ばないからのう。練習が必要だのう」
そういうドナルドの顔を見ると照れたように笑っていた。
「なにおう! 僕は伸び代しかないんだ! すぐに追いつくよう!」
僕も怒ったふりして羽を広げる。
そんなお互いのおかしな態度に。
僕らは二人で笑い合った。
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