第17話 落ちる心、堕ちる身
暗闇の中。
ドワーフ男、エルフ女、ヒューマン男が、焦り、走り、がなり、逃げる。
誰かが手に持っているのであろう、松明の明かりが走る度に揺れ動き、ひとり、ひとり、代わる、代わるに、光の中へ姿を浮かべては消していく。ただその表情はみな一様に必死である。
背後からは複数の獣の息、爪の音が、唸り、切り裂き、迫り来る。
逃げる。
その中でも一際美しい容姿をしたヒューマン男。
「ゴミどもぉ! 俺様を守って死んで、そっからグールにでもなってからもきちんと俺様を守れぇ! 金はひゃらんぞお!」
所々、音のひっくり返った声で叫んでいる。
この一団は今叫んだ冒険者ハニガンを筆頭にしたパーティである。
パーティ。
とは言っても長年組んできているような間柄ではなく、ドワーフ、エルフの二人はハニガンに金で雇われた冒険者である。
冒険者ハニガン。
とは言ってもこの男、生粋の冒険者ではなく、冒険者歴半年のひよっこであり、そもそも言えば貴族の長男であり、冒険者などをやるような生まれの人間ではない。
ではなぜこんなダンジョンの中で命からがら逃げ惑っているかといえば理由がある。
全ては女王と結婚するため。
◇
ハニガンが生まれた人間の国、アークテート王国は女王、ヤンデ・ローズが治めている。
この女王が近年稀に見るほどの才媛で、物心ついた時から国の行く末を憂い、自分が王になる計画をたて、その計画のままに十八歳で、元々王であった父親を退位させ、他の王族も黙らせて、自分が女王に即位した。
ここまでの計画の中で婚姻は含まれていなかったらしく。
未婚である。
もちろん王の役目の一つとして血を継ぐ事は存在しており、それにはもちろん伴侶が必要である。自身が女王になり、国内がひと段落した段階で、それに気付いたらしい。
有能な割には自分の事が抜けているそんな女王は即座に国内の貴族にお触れをだした。
王が提示した下記の品を国家に納めた者と結婚する。
力を使おうが金を使おうが問わない。
『鳳王の霊羽』
『人魔の王笏』
『ガフィンの膜衣』
この三品のどれか、もしくはより多くを納めた者。
それをアークテート王国の王配とする。
以上。
これが発布されたのがちょうど一年前。
これには貴族は騒然とした。
当然、国内の貴族はこの女王と縁づき、自分の一族から王配を排出する事を狙う。
ハニガンの家、サバラ侯爵家も同様であった。
しかしこの提示された品という条件が難問であった。
『鳳王の霊羽』
『人魔の王笏』
『ガフィンの膜衣』
これら提示された品はどれもこれも聞いた事のない品ばかり。
唯一手がかりのあったのは『鳳王の霊羽』だった。とは言っても、霊羽が何だかわからないがとりあえず鳳王という存在だけは認知されていた。『坩堝の森』の空の支配者として有名である。
そこでハニガン擁するサバラ侯爵家は豊富な資金を使ってまずはここを狙う事とした。
高位の冒険者に金を積んで、鳳の情報を集め、そこでなんとか鳳とコンタクトを取る事に成功し、高価な魔道具の提供や罠などと引き換えに鳳王暗殺計画を実行できるまでに至った。
ここまででお察しかもしれないが、カークと結託して鳳王を弑逆したのがこのハニガン・サバラである。この計画を遂行するために半年前冒険者登録をしたのであった。
そして、ご存知の通り、計画は暗殺までは成功したが、肝心の『鳳王の霊羽』は手に入れられなかった。
失敗である。
そもそも鳳側としては霊羽を渡す気などなく、計画が完全に成功していた場合はその場で人間を喰い殺す気でいたのだから命拾いしたようなものであるが、それは本人らの知る事ではない。
鳳王に吹き飛ばされ後、彼らが意識を取り戻した頃には鳳たちは影も形もなく、流された血と、壊された魔道具だけが、計画の失敗を無慈悲に突きつけてきた。
こうなってしまってはそれを受け入れて帰るしかなく、ハニガンに出来る事は帰路で冒険者に当たり散らす事だけだった。なんの瑕疵もない冒険者としてはたまったものではない。ちなみにここで怒鳴られ蹴られているのは、今一緒に逃げているドワーフの男である。
因果応報。
家に戻ったハニガンは今度は自分の父である、エイドル・サバラに怒鳴られる事となる。
失敗に対する怒号、悲鳴が上がるほどにかかった費用、ハニガンに対する失望。それら全てが言語、物理、問わずに襲い掛かった。
上位者にはへつらうしか対応策を持たないハニガンには背をまるめて耐える事しか出来なかった。
やがてそれらがひと段落した所で、
「坩堝の森にあるドリースダンジョンへ行け、そこに『ガフィンの膜衣』があるという情報だ。次、失敗したら家に戻らんでいい」
父、エイドルはそう冷たく言い放った。
◇
そうして今。
ハニガンはドリースダンジョンの中を命の脅威から少しでも遠ざかるために駆けている。
今回もまあ失敗である。
失敗ではあるが、今回はまだ命があればチャレンジできる。
だからどうしても助からねばならない。
しかし背後にはモンスターの群れが迫っている。
そんな危機的状況でドワーフ男は下階層に向かうルートを見つけたと叫んだ。
「どこだ!」
と、ハニガンは金切り声。
「そこじゃ!」
と、ドワーフの指し示した松明のその先には確かにポッカリと穴が空いている。
「ワシが後方に煙幕を投げる! その間にあのルートを降りるんじゃあ! モンスターどもは階層をまたがん! エルフの、先に入って安全を確保するんじゃあ!」
ハニガンはそこに自分の命を見た。しかしドワーフ男が言っている事が気に入らない。
はじめに! 安全を! 確保するのは! 俺様だろう! と。
ハニガンは安全を確保する、の意味を履き違えているのだ。
「安全は俺様が一番初めだろうがよおお!」
叫び、死力を振り絞り、先を駆けるエルフの肩に手を掛け、強引に押し退けると。
我先にと。
ウロへと身を躍らせた。
我ながら火事場の馬鹿力が出たものだと自分を誇った。
安全地に入った安心に心が解ける。
まるで重力のくびきから解き放たれたよう。
しかしその安心は一瞬。
反転、ハニガンの身体はふたたび重力に囚われた。
そのウロはただのウロ。
下の階層に向かうルートではあるが、正規のルートではない。
したがって階段などはない。
ただの縦穴。
そこに身を投げれば、当然、フリーにフォールする。
エルフが先に入って安全を確保するというのは魔術を持って足場を形成しろという意味であったが、ハニガンはそんな事は知らない。飛び込んだ先にはいつも通りに階段があり、いつも通りに心を休め、たまったストレスをドワーフにぶつけられる。
と、そう思っていた。
しかしそれは叶わない。
心身は闇と重力に囚われ堕ちる。
ぽっかりとしたウロからはもう声すらも聞こえない。
それを確認してドワーフとエルフは駆ける足を止めてお互いを見た。
「ここで指示を聞いてればまだ付き合おうと思ってたんじゃがな。冒険者を舐めすぎじゃあ」
ポッカリと空いたウロを一瞥してドワーフ男は呟き。
「じゃ、さっさとこっちに向かってくるモンスターを適当に片付けて帰りましょう」
エルフは杖を構えてウロを見る事もなかった。
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