第14話 ぶっちゃけただの悪ふざけだったのよ

 結局。

 僕は一夜を早贄尖塔はやにえせんとうで過ごす事となった。


 初めての外泊。

 しかも無断外泊。

 メスじゃないから平気かな?


 心配ではあったけど、鳳王となったドナルドが今回の礼を兼ねて歓待をしたいと申し出てくれたのだあ。


 もーう、そんな事言われたら断るわけにはいかないでしょう。

 うふふう。

 とても快適でした。ドナルドはきっと色々と気を使ってくれたのだろう。急な代替わりで色々と大変な状況であろうに、それでも至極快適に過ごさせてもらえたのが何よりの証拠だ。

 友となった僕とドナルドはそこでお互いの色々な話をした。

 それぞれの出来る事、失敗話、生い立ち。どれもこれも共感できたし、話のテンポも不思議と合った。


 実に充実した一夜だった。


 しかしただ一つ。ハラハラした事がある。

 それは夕飯の食事として肉が出された時。それが狸の肉ではないかだけは入念に確認させてもらった。さんざん否定されたが、それでも食べながらヒヤヒヤしてしまった。


 そして翌朝。

 僕は自宅に帰るべく、朝焼けの中、早贄尖塔の頂上、ドナルドの私室から空へと飛び立った。

 右手に見える朝日が春霞にけぶってとても美しい。


「友、かあ……」


 人生二度目のフライト、美しい景色。

 坩堝の森の上空を飛びながら、感動が言葉となってあふれてしまう。さらにいえば嘴がにんまりとしてしまうのが抑えられない。


 正直嬉しい!


 自慢じゃないが。

 僕には友達がいない。

 いや、いなかった。今はいるからな! うふふう。


 前世の昼の世界では学校から職場から全時代において、その不健康な見た目からか、死神のように嫌われていたし、夜の世界ではまあ実際文字通りの死神だったし、周りにいた人間は友達というかビジネスパートナーや商売敵的な立場が案件ごとに入れ替わるような感じだったし、どちらの世界でも友達と認識した人間はいなかったなあ。

 今世もおやじのリーチがラクーン808の頭目って事もあって、他の狸の家からは一線引かれてる感じで、兄弟とだけしか接する事がなかったし。なんでかリケイはリーサちゃあんと仲良くしてるみたいだけどね!


 え? もしかして僕のコミュ力低すぎい?


 でもまあね! そんなのはいいの!

 普通の友達をすっ飛ばして、なんだか知らないけど多種族の友達はできたし、結果オーライ!

 鳳の姿に変化すれば同種族だしね。

 そんなの関係なく気心が合う。


 大事にしていこう。


 そんな事を考えて空を飛んでいるとあっという間に早贄尖塔は遠く過ぎ去り、北方寄りのラクーン808が近づいてきた。高く上空から見下ろせば、小さい狸たちがころんと転がっているのが見えた。


 どうやら朝食後のダラダラタイムらしい。


 そんな仲間の姿を見て。

 むくむくといたずら心が湧き上がる。

 これは狸の性分だろうなあ。しっかたないなあ。


 よし、驚かしたろう!


 そう思い立ち、僕は鳳の姿のままでラクーン808の中央広場へと舞い降りた。

 風をはらみ、威圧を放ち、高貴を纏うその姿。

 両翼を大きく広げ、嘴は天を突き、意外にもかわいく丸いお尻をプリッと盛り上げて尾羽を際立たせる。


「クワアアア!」(ただいまああ!)


 帰還を告げる僕の鬨の声。

 はたから聞けばそれは鳳の勝鬨。

 狸にしてみればそれは死の宣告にも等しい音だろう。

 くふふ。驚いとる驚いとる。


 自然とその場にいた大多数の狸は気絶した。ひっくり返って泡を吹いて完全に死んだふりをしている。

 あーこれは。狸に標準装備されている狸寝入りだねえ。

 ……狸寝入り、だよね?

 ま、そこは置いておいて、ごくわずかな腹の座った狸も一目散にこの場から逃げていった。

 逃げの一手は狸の基本だよねえ。


 そんな感じで。


 あっという間に閑散(死屍累々)となった中央広場を僕は眺める。

 さっきまでの安穏で怠惰な雰囲気は恐怖と死の空気に支配されていた。

 うふふ。これ言ってもいいかしら?


 え? いいでしょう!?


 せーの!


「ピュルルルルルルルウ?」(僕、なんかやっちゃいましたああああ?)


 異世界転生した奴が言ってみたいセリフの代表格を言ってみた。うひひ。残念これも鳳の雄叫びにしかならなかったよう。いいんだよいいんだよう。だってみんなにわかるように言ったらちょっと恥ずかしいもんねえ。


 さてどうしようかな? 戻ろうかな? でも兄弟たちにもこの姿見せたいしなあ。 待ってみようかな?


 などと鳳の姿で逡巡していると。


「グウワアアアオ!」


 雄叫びと同時に大虎が目の前に現れた。


 大きさでいえば鳳である僕と同程度のサイズ。必死で威嚇して僕を追い払おうとしているのがわかる。しかし僕は一ミリも怯まない。だって目の前の大虎は虎じゃないのはわかってる。


 はーい、おやじでーす。


 いくら吠えても怯まない僕に対して、なおも一生懸命吠えて威嚇するおやじ。うーん、頭目として立派にやってるんだなあ。と知らない親の一面を見て新鮮な気持ちになる。ちょっと尊敬してあげよう。

 いくら威嚇しても逃げるでもない、攻撃してくるでもない僕に対して、心に余裕が出来たらしく、僕の鳳の姿を見て、何かに気づいたような態度のおやじ。


 動きを止めて。


 口を開く。


 それは鳳の言葉で。


「おい、お前はもしかしてダーク……か?」

 ダークって誰だよう。僕はリントだよ。おやじの息子だよう。

「なあ、お前、ダークだろう!? 俺、俺だよ。友達のリーチだ。ああ、この姿じゃわからないか。今変化を解くから待っててよう」

 なんか話の向きがおかしい? 待って待って! ちょっと鳳の姿でびっくりさせてやるだけのつもりだったんだけども。


 なんだこの流れ?


 この姿は前鳳王の姿なんだけど、なんでおやじがこの姿を知っている? なんで名前を呼んでいる?


 そんな事を考えている間におやじは虎の変化を解除して狸の姿になっていた。

 しかもでっかいキンタをぶら下げた化け狸の姿ではなく。

 普通の狸の、しかも若狸の姿だった。


「ほら、見てくれよう。わかるだろう? 俺だよ、リーチだよ」

 きっとこれはおやじの若かった頃の姿の変化なのだ。

「なんで何も言わないんだ? どうしたんだ?」

 ここまでの話を考えれば、前鳳王とおやじは友達だったのだと、コミュ障気味の僕でもわかる。


 どうしよう。


「おうい、黙ってるなよう。ちょっと会わない間に俺の事を忘れちまったのかあ? じゃあ証拠だあ、ダックっていう本名が嫌だからダークって呼んでくれって頼んできただろう? ほれ、黒歴史じゃあ、思い出したかあ?」


 おやじがとても嬉しそうだ。


「ええーこれだけじゃ足りないかあ? もっとあるぞう。お前が思い出すまで夜通し語れるくらいわなあ。どうする? どうする? 昔みたいに月みながら酒飲む? お前の好きだった狸印の果実酒もあるぞう」


 ああ。

 軽い気持ちだったのに。

 失敗した。

 辛い。

 初めての友達ができた今の僕にはなお辛い。


 これからおやじに告げなければならない事がある。


 後悔にまみれながら、僕は変化を解いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る