第13話 鳳王の記憶、風匂う、感謝をしよう 後編

「ここからはお主も知っておる話じゃな」

「そうですねえ」

 僕は上の空。

 狸寝入りからしっかりと目が覚めて。

 話を聞き始めたのだが。周りの景色が凄すぎてそれどころではないのだけれどう。

「うむ、ではこれで説明は終わりじゃな。残るは部屋の後片付けだけじゃ!」

「いやあ……そうですねえ。これは後片付け、大変そうですわあ」


 鳳王さんの言葉通り、部屋の中は散らかっている。これは散らかっているという次元?

 なんだかもー。はー。すっごう。って感想しか出てこない。

 鳳王さんを追い詰めていた彼ら。

 どうなったと思う?

 なんというかまあ、惨状です。彼ら全員、哀れ、首と胴体、死に別れ。ですよ。


 十の首と。

 十の体が。

 朱と羽の海に沈んでいるわけですが。


 なんというか、これは血の池?

 もーさー。起きたらこうなってたんだよねえ。終わったら起こしてえ、とは言ったものの、起こされたらこの状況。寝てる間に何があったんだよう。いや、大体はわかるけどさあ。怖いよう怖いよう。この後片付けはどうするんだよう? 死体の処理が一番大変なんだぞう。ベタベタするし臭いしさあ。

 僕? 僕はやだよう。今世はこういう血腥いやつはごめんだよう。


「安心せい、こやつらの首は早贄尖塔へ朽ちるまで並べておくだけじゃ、体はそうじゃな。羽を欲しがっとったし、父を殺した人間の屋敷にでも放り込んでやるか? 後は十氏族の代表の首を文字通りすげ替えれば解決じゃ! ははは!」

 いやあ、わろうとる。

 修羅の道を語りながらわろうとるよ。

 こわあ。

 不肖、狸。気絶しそうです。

 とは言ってもこんな所で気絶するのもアレなんで。となると。

「ま、何はともあれ、全部解決したようで、よかったですよう。じゃ、僕は帰りますねえ」

 三十六計逃げるが勝ち。

 これは狸の基本戦略だよねえ。

 僕は二本足でトコトコと羽と朱の海を踏まないように歩いて逃げ……。


 あれ? あれあれ? おかしいなあ、足が地面につかないよ。あれ? ほんとに進まないよう。

 後ろを振り向くと鳳王さんがニンマリと嘴を歪めていた。どうやら風魔法で宙に浮かされているようです。あー、鳥類でも笑顔ってわかるんですねえ。


「まあ、そう急ぐでない。少し話をしようではないか」

「え゛ー?」

「なんじゃ、そのあからさまに嫌そうな顔は?」

「……だってえ、僕を喰う気でしょ?」

 黒歴史の証拠隠滅する気でしょう?

「喰わんわ! 命の恩人を喰うわけないじゃろう!? お主は朕を修羅だとでも思っておるのか」

「……割と、思ってますよう。実際、僕の兄弟も何人か鳳にパクリと喰われてますしねえ」

「ん……それは……すまんかった……じゃがのう、そこは森の掟じゃしな」

「ええ……だから喰う気でしょって思うわけですよう」

「いやいや! お主は特別じゃあ! 今後一切、鳳はお主を襲わん!」

 なんと破格な! ならばここは!

 狸隠神流交渉術! 倍プッシュ!

「そ、それは嬉しいです……できれば一族全部がいいですけど……」

「それは無理じゃな、坩堝の森の掟に背く事になる」

「ですよねえ」


 残念。

 でも仕方ない。無理筋の要望だからね。


 だって。この森は弱肉強食が基本だから。これは絶対。

 そのルールのお陰で森の中の魔物たちは強くあろうとするし、実際そうやって強くなる。

 その生態系は、一種、蠱毒のような状態になっている。ま、流石にバトルロイヤルはしないけどね。

 蠱毒染みているといえども中にいる分には快適である。

 何せ森の実りは豊かで。季節を問わず、そこで暮らす魔物が食べるに十分な実りを与えてくれる。

 それらを食べて増えた草食や雑食の魔物を肉食の魔物が捕食して数を減らしてバランスを保っている。もちろん被食者側の魔物も食べられたくはないから、僕ら狸のように群れを作ったりと色々な対策をとる。

 その結果、全体的に生物としての強度を増していく。

 そうやって強くなった魔物たちは森から実りを際限なく奪い取ろうとする外敵を排除し森を守る。


 これが坩堝の森の掟だ。


 だから鳳が狸を襲わなくなるっていうのは、回り回れば全部に対して悪影響を為す事になる。

 森のバランスは崩せない。

 崩れればどうなるか。きっと今回起こった前鳳王の死のように何かの歪みが出る。


 今回の人間の襲来なんかも、本来であれば鳳と熊や虎なんかが協力して排除する案件なんだったと思う。

 それをカークの企みで鳳王を暗殺するために侵略者の人間と手を組み、鳳の種族だけで事にあたろうとした。結果、鳳王は死に、人間は森の侵略が可能であると認識してしまった。きっとあいつらはこのままでは終わらないだろう。

 むう。何とも狸を悩ませるなあ。


「のう、狸。どうした、狸のくせに難しい顔をしおって」

 むほう、狸のくせにって、なんだよう。確かに狸は間抜け面だけどさあ。そこが可愛かろう?

「いやあ、人間が今回の件で味をしめないといいなあって思いましてねえ」

「そこは安心するが良い。そういった外敵対処は朕たちのような捕食者の役目だ。きちんとケジメはつけるさ」

「ケジメえ」

 こわあ。前世思い出すう。

「しかし、狸の癖にそんな事を気にするとは変わった狸じゃのう。お主、名はなんという?」

「僕ですか? リント、と言いますよう」

「うむ、リントか。良い名じゃ。朕の名前はドナルドという。名で呼ぶ事を許すぞ」

「それはごめんこうむりたいですねえ? 仮に鳳王さんが良いって言っても、絶対に周りが許さない感じのヤツですよう、それ」

 ここに来た時の二の舞はごめんだよ?

 あれ? 鳳王さん? 顔が怖いですけど? どうしました?

「……朕は……鳳王さんではない」

 あー、名前で呼ばないと納得しない感じですか?

 仕方ない。

「えー、っと……ドナルドさん、で良いですかあ? 二人の時だけですよう」

「うむ、それでも良いぞ! よしよしこれで朕とリントは友である!」

 話聞いてたあ? 思わず僕は鳳王、もといドナルドの顔を見つめてしまう。

 うん。

 鳥類の満面の笑み。

 実に嬉しそうですねえ。

 いやあこんな笑顔をされたら、なんだか僕まで嬉しくなってくるけどさあ。

 でもなあ。友、は無理じゃね? 気持ちは嬉しいけど。

「えっと……? それは流石に無理では? 僕らは喰う者と喰われる者ですよう?」

「大丈夫じゃ! 前例がある! 鳳王の霊羽を受け取って父の記憶も同時に受け取ったがな、さっきも言ったように、父には狸の友がいたようなのじゃ。だからな、朕とリントも友になれるぞ!」

「本当にい?」

「ああ、今日から朕とリントは終生の友じゃ!」


 なんだかちょっとさっきよりもグレードがアップしていて、向かってくる感情が重いですけども。

 どうやら鳳と狸の友情がここに生まれたようです。


 ……実は……ちょっと嬉しい。


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