第12話 鳳王の記憶、風匂う、感謝をしよう 前編

 くしゅん。


 鼻をくすぐるふわふわにくしゃみがこみ上げた。

 なんだ。快適に寝ていたのに。

 僕を起こす声。


「おい、狸。起きるが良い、狸よ」


 誰が狸や。

 僕は忍者だ。人間だ。夜が怖くて寝れない僕がこんなにもぐっすり眠っているんだ。起こすなよ。というか寝れない僕が寝れているって事はこれは夢だな。夢の中でもう一度寝てやろう。そして夢を見よう。

 夢の中で夢を見て、その夢の中で夢を見て、その夢の中で米を見て、米の中で夢を見よう。

 どこから米が?


「狸! さっさと起きねば喰ろうてしまうぞ!」

「あ!」


 そっか。僕は狸だ。狸で忍者だ。

 いっけなあい。狸寝入りのはずが本当に寝ちゃった。てへ。

 僕はモフとした丸い体をむくりと起こした。


「やっと起きたか、狸よ」

「おはようございます。鳳、王? さま?」

 眩し。起き抜けに光り輝いた鳳さんが目に痛い。

「ああ、朕が鳳王じゃ。なぜわかった」

 なぜも何もそれだけ光り輝いてたら、前後の文脈から見ただけでわかるでしょう。

「ああ、まあ……何ていうか。朕! 鳳王! 成り! って仰ってたんで」

「おいやめろ恥ずかしい」

 鳳王さまが思いっきり照れて羽をばたつかせている。

 ああ、あれって恥ずかしいんだね。わかるわかる。進化時のおかしなテンションね。僕も初変化のおかしなテンションでここまで来たようなもんだし、同志だよね。

「お気持ちはわかりますよ。僕も初変化のテンションでおかしくなってここまで来た口ですから、同志ですね」

「わかってくれるか。あの万能感には抗えんかった」

「カッコよかったです、よう?」

「同志の癖にイジってくるでない。しかしお主が変なテンションでここまで来てくれたのは僥倖であった。父の導きに感謝せねばならん」

「ああ、お父様に関してはお悔やみを。決して僕がやったわけではないので……そこだけはご理解を」

「わかっておる。お主が朕に鳳王の霊羽を刺してくれたお陰で、父の記憶から始まり、歴代の鳳王の記憶を朕は受け継いでおるゆえ、全てわかっておるわ」

「へえ、そうなんですねえ」

 前鳳王さんの言っていた事はあながち嘘ではなかったんだなあ。絶対に嘘つかれたんだと思ってたよう。

「うむ、お主には迷惑をかけた分、ここに至るまでの、我ら鳳一族の恥を説明させてほしい」

「はあ」

 あまり聞きたくないなあ。むしろ帰りたいなあ。狸は話を聞くのが嫌いなんだよう。


 なんていう僕の内心とは無関係に、元鳳雛、現鳳王は事の顛末を語りはじめた。


 今回の件は、全てカークの計画だったらしい。

 元鳳王があんな人間界に近い場所にいた理由からしてカークの進言だった。カークは引退を目前にした鳳王に対して相談を持ちかけた。

「最近人間が空の領域を侵そうとしている。鳳王よ、空の王者として芽は早く摘むべきではないか? 王子の代に問題を残さないためにも、是非行動を」

 こんないかにも鳳王と鳳雛を思っているかのような提案。

 もちろん鳳王は了承した。

 カークの怪しい動きは承知していたが、有能であるし、次の御代でも息子をサポートしてもらいたいと考えた上の承諾。しかし鳳王は過信していた。自分の力を。カークの忠誠を。

 カークが指定した、人間がいるという場所まで飛んでいくと、そこには十氏族からの刺客が待ち構えていた。

 普段ならば何羽いようと勝負にならない、鳳王の圧勝のはずであった。

 しかしそこには人間がいた。

 冒険者と呼ばれている人間だという事は見た感じでわかる。この種類の人間たちは魔法を使い、道具を使い、頭を使い、ダンジョンに潜り、魔物を狩る。

 そいつらが一斉に鳳王に向けて、網を射出してきた。

 それを見て鳳王は思った。

 たかが網、風魔法で一瞬で破れる。簡単だと。鳳王は侮っていた。


 おそらくここが分水嶺だったのだろう。


 その網には魔力封じが込められていた。

「人間が新規に開発した魔道具だ! 鳥頭風情には思いつきもしないだろう! クファファ!」

 金色の髪をした美しい人間の男が、醜い感情で表情を歪めながら笑った。

 そして、その言葉通り、風の魔法を封じ込められ、さらに網によって体の自由を奪われた。

 鳳王にはなす術がなかった。


 人間の武器と。


 同胞の嘴が。


 王たる身を苛む。


 このままでは殺されて残った鳳王の霊羽は刺客が持ち帰り、そのままカークに奪われるだろう。

 それだけはあってはならない。

 しかしそんな思いとは裏腹に。

 一方的に攻撃されて、傷つく体と、消えゆく生命の炎。薄れゆく意識の中で走馬灯が流れる。

 その中の一つ。昔、まだ自分が鳳雛であった頃に、出会った狸の事を思い出した。

 臆病だがひょうきんな馬鹿狸だった。

 自分に出会うとすぐに驚いて死んだふりをする間抜けな狸。

 その滑稽さにはじめは食ってやろうと思って近づいたのだがそんな気がなくなり、たまに会って話すようになって、いつの間にかかけがえのない友になっていた。

 そんな関係性で教わった一つの技を鳳王は思い出した。

 狸寝入り。

 死んだふりをして相手の油断を誘う、それと同時に体力の急速回復をはかれる。

「便利だよう」と、狸は言っていた。

 鳳王は息を極限まで搾り、心臓の鼓動までも体力の回復に回した。

 そうやって仮死状態に至る。

「ふう、やっと死んだか?」

 一羽の鳳が、動かなくなった鳳王を見てつぶやいた。

 鳳の言葉はわからないが攻撃をやめた嘴から漏れる鳴き声に、人間側も攻撃をやめて鳳に確認する。

「鳥さんよ、終わりか? 魔道具を渡したし、討伐も手伝ったんだから、約束は守ってくれよ」

「わかっておる。好きにするがいい」

 リーダーらしき鳳は人間の言葉で答えた。

「うっしゃ! こいつの羽は貰ってくぜ。女王と結婚するためにこいつの羽が必要なんだよ! お前らさっさと網を外せ! 羽を毟るぜ!」

 人間のリーダーの指示で魔力封じの網を外した。


 鳳王はこれを待っていた。

 残った力を。この数瞬で回復した力を。

 全て込めた。

 身体を鳳王の力で発光させ、全力の風魔法を放った。


 油断していた鳳たち。剥ぎ取りモードの人間たち。

 諸共、視覚を奪い、身体を吹き飛ばした。


 しかしそれ以上の攻撃は今の鳳王には不可能で。

 幸いな事に鳳たちも人間たちも意識を失っている。

 後は逃げるだけ。

 体力のある内にできるだけ遠くに逃げようと考えた鳳王。しばらく行ってもまだ追手は来ない。計画失敗の報告を優先したのだろうか。まだ目が覚めていないだけだろうか? どの道、首謀者であろうカークが報告を聞けば、すぐに追手を差し向けてくるし、奴らの目が覚めていないだけでも目が覚めたら血痕を追って来るだろう。

 そこで鳳王は思い出した。ここは若かりし頃、友人だった狸の集落に近いと。奇しくも間一髪で命を救ってくれた狸寝入りを教えてくれた昔馴染みの狸がいる集落だ。そこに助けを求めようと、もはや飛ぶ事の出来ない、傷ついた身体に鞭打ちながら必死で森の中を歩いた。

 しかし残念ながら、それも限界があった。すぐに鳳王の体力は尽きて、途中で動けなくなったのだ。

 逃げなければいけないのはわかっている。もうすぐ狸の集落だというのもわかっている。

 だがどうにも身体が動かない。血が流れすぎている。傷つきすぎている。段々と身体が冷たくなっていくのを感じる。わかる。限界だ。


 そんな状況で草むらが揺れる音がした。


 ついに追手に追いつかれたのだと鳳王は覚悟を決めた。鳳王の霊羽を奪われたとしてもそれが息子に渡る万が一の可能性に賭けるしかないと腹を括った。

 しかし。

 そこに現れたのは狸。

 間抜け面の、友だった狸によく似た顔をした狸だった。


 そう、僕だよ。


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