第11話 別たれた頭と胴体、保険は対象外

 風の肉切り包丁は、正確に僕の首を切り裂いた。


「ぎゃああああ」


 僕は叫ぶう。

 哀れ、頭と胴体は生き別れえ。

 さようなら。僕のからだあ。

 さようなら。僕の狸生。

 リントさんの次回の転生先をお楽しみにい。


 そんな感じで離れ離れになった首と胴体を僕は見上げている。

 死んだあ。死んだよう。

 あーもう食らったら完全に死んだよう。カークは殺意高いなあ。

 スッパリと首が切れてるもんなあ。


 あー。

 あぶないあぶない。


 ええ、そうです。

 もちろん僕は死んでいません。

 あんな見え見えの攻撃を食らうわけないんだよねえ。狸忍者をなめすぎだよう。風の肉切り包丁を準備している段階でこっちも小さく印を結んで、口の中で忍術を発動していた。


狸隠神流たぬきいぬがみりゅう忍術 毛玉空蝉けだまうつせみ


 僕がそう唱えると同時に撒き散らした毛が固まり、完璧な僕の身代わりが出来上がった。

 そして僕は瞬時にこれと入れ替わる。


 そう。

 だから、カークの肉切り包丁で切り裂かれたのはこの身代わりってワケよう。そして本物の僕は、といえばあ。撒き散らされた毛の中に隠れているってワケなのだあ。

 ぬははあ。

 もちろん傷ひとつついていないのだあ。


 ドヤア。

 ドヤ狸ドヤア。


 そしてそれに気づいていないカークも上機嫌に語る。


「カカカ! 不敬な化け狸め、その離れた頭で我に対する不敬を悔いるがいい!」

 いや首切られたら後悔もないよう。それにいつの間にかお前への不敬ってなっとるが。どういう事よ。ま、しばらくは言いたいように言わせておこう。

「カークよ! 朕は殺すなと言ったぞ、なぜ殺した!?」

「は、王子があまりにも甘い対応ゆえ……王には厳しさも必要ですぞ」

 暗にお前が頼りないからじゃぼけえ、お前は王に向いてないよ。だってえ。やばあ。こいつみたいなやつ前世でもいたあ。大体野心バリバリキャリアマンだったようねえ。昼の世界でも闇の世界でもどっちにもいたよう。こわこわだねえ。

「そちは朕が王として足らぬと言いたいのか?」

「いいえいいえ。その霊羽さえあれば、誰であれ問題なく王でしょう」

「ほう……羽だけの問題と言うか……不敬はそちの方かものう……」

 ほらあ、冷笑系のカークの言動に、鳳雛さんもバチバチに怒ってるじゃない。


 こうなるよねえ。


 というか、こうなるように仕向けてる向きがあるよねえ。

 さっきまで鳳雛さんの威圧にやられてた奴がなんの目的かねえ。


 嫌な雰囲気しかしないねえ。

 ちなみに鳳王の霊羽とやらはさっき風に飛ばされて僕の毛に紛れていましたので回収済みです。


 無言で睨み合う二羽の鳳。

 周りでイキってた他の鳳は、いつの間にかカークの後ろについている。


 あーそういう事?


 鳳雛さんも察したらしい表情。その上でカークが口を開いた。


「次代の鳳王を決める方法は今代の鳳王が後継を指名して羽を託す事、でしたな?」

「何を今更?」

「鳳王は次代を指名されましたか?」

「していないな」

「ならば次代の王は鳳の総意で決めるべきでは?」

「やはりそう言う事か……」


 クーデター! きましたあ!


 これぞ! ザ! お家! 騒動!

 僕をサクッと殺したのも余計な事を喋られないようにだったんですね、いやあ本当に怖いですねえ。きっと僕が羽を持ってきたのは予想外だったんでしょう。いやいやあ、下手すると僕が会った鳳王さんをあの場所でやったのもカークの仕込みだった可能性まであるよねえ。


 楽しいい。


 これって前世でもよくあったやつう。他所から見てると楽しいんだよねえ。自分が巻き込まれた時は最悪だけどお。


 て事で。

 今は最悪ですねえ。


「ええ、お察し頂いたようで何よりです」

「後ろに並んでいる各氏族の代表はそちの側についたという事だな?」

「もちろんですよ。ここに貴方の味方はいないし、鳥払いもしてある。全員でかからせてもらって、貴方を葬ってからゆっくりと鳳王の霊羽を私がいただきます」


 ぷくく。

 残念、霊羽は僕のおいなりさんの裏に隠してあるからいただけないぞ。ん? こういう事するからキンタが大きくなるのかな?


「鳳雛である朕に束になってかかった程度で勝てるとも?」

「所詮、鳳雛、ですよ。霊羽を得た鳳王ならまだしもたかがヒナ、ここにいる各氏族代表の十羽にかかられたら分が悪い事は貴方もよくお分かりでしょう」

「くぅ」


 ぢりぢりと鳳雛さんを囲むように距離を詰めていく十羽の鳳。すでに僕には意識が向いておらず、僕を跨いで鳳雛さんに近づいている。

 多分このままじゃ鳳雛さんは勝てない。

 カークもそう言ってたし、鳳雛さんもそう考えている。

 鳳雛では勝てない。でもそれは逆説的に鳳王になったら勝てるって事ですかね?


 鳳王かあ。


 僕の頭に死に際の鳳王さんの言葉が響いた。


『ああ……息子よ……立派な王に』


 そう言ってたよねえ。


 きっと息子ってのは王子と呼ばれていた鳳雛さんだよねえ。なんか、鳳王さんには騙された感じでここまでやらされたけどさ。


 なんでだろう。


 このめんどくさい性分。ほんとにやだ。最期の言葉ってヤツをどうにも聞き届けたくなっちゃうんだよねえ。

 前世からそうなの。

 夜に紛れていっぱいの、数数えきれないほどの人を死へと誘ってきたけどさ。


 その中には悪人もいて善人もいて普通の人もいて。


 そのどの人たちにも最期の思いがあって。

 命を刈り取るモノの役目として、可能な限りそれを聞いてきたんだよねえ。

 悪癖だよね。仲間にもよく言われた。

 実際それが悪癖を超えて性分にまでなっちゃって、それも一緒に異世界に転生してるってね。


 あほかーいらんわー!


 んで、まあ。今回もそれが原因で、ここまで来ちゃったワケで。

 それが。悪癖だって。余計な事だって。

 自分でもわかってるんだけど、さ。


 でもさ。


 どうにかしたいじゃない。

 もー! 僕だって怠惰に生きたいのよ! こんなめんどくさい事したくないのよう!


 僕のばかあ!


狸隠神流たぬきいぬがみりゅう忍術! 壁身隠かべみかくし!』


 床に散らばった狸の毛を薄布のように変化させる。

 化け狸細胞でできている毛は色味を変化させる事ができるから床や壁の色を再現しつつ、それを身にまとってカークたちにバレないように鳳雛さんの背後まで移動する。

 幸い鳳たちの視線と意識は鳳雛さんに向かっているから雑に動いてもバレやしない。


 その化け布の裏でおいなりさんの後ろに隠してあった霊羽を取り出す。


 さて。

 ここからが肝心。


狸隠神流たぬきいぬがみりゅう忍術! 風棒手裏剣かぜぼうしゅりけん!』


 忍術とともにその霊羽を手裏剣に見立て、鳳雛さんに向けて放った。


 これには鳳王さんに変身した時に獲得したって言われた風魔法を使っている。


 使い方なんてわかんなかったけど。

 とりあえず使ってみた!

 使えた!

 ラッキー! 結果オーライ。


 使ってみたけどさ。この風魔法ってヤツいいよねえ。

 前世の風遁的な使い方ができるやつだあ。前世ではさあ、道具とか使って風を起こしてたんだけど、そういうのなしで風を使える。


 魔法すげえ。


 いやあカークが魔法を見せてくれていて良かったよう。でもやっぱり初めて使った僕の魔法は全然だなあ。魔法の熟練度で言えばやっぱりカークはすごい。


 今の僕にはこの風棒手裏剣を鳳雛さんに向けて飛ばすくらいしかできない。


 でもね。

 逆を言えば。

 これが出来れば多分こっちの勝ちなんだよなあ!


 行け! 鳳王の霊羽! 飛んで! 刺され!


 ぷすり。


「いたあ!」


 それは見事、僕の狙い通りに鳳雛さんのお尻に刺さって、鳳雛さんが場の空気に似合わぬ悲鳴をあげた。そして鳳王の霊羽とやらは、鳳雛さんのお尻にささると、他の羽に混ざってあっという間に消えてしまった。


 あれま。

 これでよかったのかしら?


 と、成否を心配して、羽の刺さったお尻を見ながら、僕が思ったのは、案外鳳雛さんのお尻ってまるっとしてて可愛いなあ。なんて事だった。

 あれなら狸のお尻には負けるとも、劣等レッサーパンダ程度なら圧勝なのではないかなどと益体もない事を考えていると。


 羽の刺さった鳳雛さんに異変があった。


 光。光光光光光光光。

 圧倒的光量で光っている。身隠しのための布の裏にいる僕ですら眩しくて目がやられそうになった。

 なのだから、鳳雛さんの一挙一動に注目していた、カークをはじめとした鳳たちの目などひとたまりもなかろう。


「朕! 鳳王! 成り!」


 光ながらなんか叫んでいる。

 内容的にどうやら無事に鳳王になれたらしい。


 て事で。

 とりあえず、ここまでで僕の仕事は終了になりますう。

 後は新鳳王さんにお任せして。


狸隠神流たぬきいぬがみりゅう忍術! 狸寝入り!』


 んじゃ。

 終わったら起こしてえ。


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