第10話 もう老いし鳳王の遺志
そうですか。
やっと来ましたか。
僕のターン!
壁際で丸まっていた僕はちょこんと二本足で立ち上がり、とてとてと可愛いあんよで鳳雛と名乗った鳳の前まで進み出る。
ふぁあ、でっかあ。
狸から見たら鳳とはなんと大きいのだろうか。この姿をもらった鳳さんは死にかけでその大きさをあまり実感しなかったが、こうやって羽を広げ、光を背にして立つ鳳はやはり空の王者たる風格で、一種の崇高さまで感じる。
ついつい一介の狸の頭は下がってしまいます。
それを見て僕の会話の準備が整ったと判断したのか、鳳雛さんは口を開いた。
「して、そこの狸よ。何故、鳳王の姿を奪い、空を飛んでおった?」
まず誤解だなあ。あの鳳さん羽を持っていけば全部わかってもらえるだなんて嘘じゃないか。
まずはそれを訂正するべきだなあ。
「奪ってはいないですねえ。僕は鳳王さんの頼み事を叶えにここに来たのです」
「頼み、とは?」
「これを届けろ、と」
僕はお腹の柔らかいお肉の間に挟んでおいた大きな羽を取り出して見せる。
それを見た鳳たちが一斉に息を飲んだ。
正面に立っている鳳雛さんの羽すらも少し震えている。
え? 何これ怖い。
「狸、よ。これをどこで手に入れた?」
「ここより北方、我らラクーン
託された。と続け、そこからさらに説明しようとした僕の言葉は遮られた。
「……そこで……鳳王を……殺して奪ったか」
横から口を挟んできたのは鳳雛に威圧されて言葉を無くしていたカークという鳳だった。
おい、カーク! 何してん!
「は?」
横から何を余計な事言ってくれてんのう!
たかが化け狸風情にそんな事できるわけないでしょう!
えー僕そんな事できませんよう? ってな感じで無実を主張するすっとぼけた顔で周りを見てみる。だけど場の鳳たちは完全に有罪と判断したらしく、一斉に羽を開き、カチカチと嘴を鳴らしている。
おわたあ。やっばあ。圧倒的にさっきよりやっばあ。
何を余計な事言ってくれてんだよう! 馬鹿鳥!
「いやいやいや、僕のような化け狸風情に鳳の王様を殺せるわけないでしょう!?」
さっきのように助けてくれるかと期待して鳳雛さんに訴えてみる。
「父は代替わりの間近で弱っておった。罠にハメればあるいは……」
はい! ダメえ!
鳳雛さんも疑ってますう。頼みの綱切れてるう。
「ほんっと待ってくださいって! 無実ですって! じゃなかったらわざわざこんなおっかない所に来ませんよう! 羽を見せればみんなに感謝されるって言われたのにい!」
やっぱり来なければよかったあ。初めての変身ハイでおかしくなってたんだよなあ。帰りたいい。
もう狸生が終わるのかあ。
「黙れ! 狸が! 誇り高い鳳王が狸なぞに頼るわけがないだろうが!」
カークは完全に僕を悪者にする気満々です。
ちょっともう黙ってええ! 感情で会話しないでえ!
「僕が鳳王に会った時にはもうボロボロの血だらけで動けない状態だったんですよう! この羽を渡せば全部わかってもらえるって言うから来たのにい! 羽に遺志なんてないじゃないかあ! 恩知らずの鳳どもめえ!」
僕はひっくり返ってふかふかの腹を見せながら喚き散らす。同時に暴れ回ってるから毛も撒き散らす。
もうやけくそじゃあ。お前らの嫌がる事をしてやるう。
キレたるわあ。狸のキレ芸を見るのだあ。
「狸」
そんな僕を鳳雛さんが静かに呼んだ。
「なんですかあ!」
どんなに威圧されても止まる気はないぞう! お前らが僕を喰う気がなくなるまで毛を撒き散らしてやるう!
大量のモフモフとした毛が舞い上がる。ふふふ。狸の最後っぺじゃあ。部屋を狸の毛で穢してやるう。
「父が、その羽に遺志がこもっていると言ったのか?」
「言いましたよう! それがどうしたんですかあ!」
「なら話は別だ。その羽を朕にさせば全てが明らかになる」
「どういう事ですう?」
何だか話の方向性が変わってきたぞう。と僕は撒き散らした毛の中で立ち上がる。
「父が儚くなった後に残った羽をお主が持ってきたという事でいいのか?」
「だからそう言ってるじゃあないですかあ!」
言ったかな? 言ったよね? 言ってない?
まあいいか。
「それは鳳王の霊羽だ。代々、鳳王が受け継ぐ、そこには我ら鳳の全ての記憶が受け継がれている。だからその羽を朕が受け取ればお主の罪も詳になろう」
「だから何もやってませんって」
「うむ、それも全てわかる」
鳳雛さんはそう言って床に置かれた羽を嘴でつまもうと首を伸ばす。
しかし羽は突如吹いた突風に飛ばされて鳳雛さんの嘴は届かなかった。
「なりません! 王子! 霊羽の相続は厳かに行われるべき儀式、たかが狸の罪を詳にするために行うべきではありません! このような狸、我が今この場で首を刎ね落として見せましょう!」
なんだこいつ、さっきから話の腰ばっかり折りやがってと、怪訝な視線を向けると、それを受けたカークはニヤリと笑って羽を開き、その嘴で『エアーチョッパー!』と叫んだ。
途端にカークの羽の前に風が渦を巻いて回転し、それは空間をも断裂させんとする風の肉切り包丁となる。
「神聖なこの場を狸の血で汚す不敬をその血で詫びよ!」
意味のわからない理論と同時に、カークの羽は大きく羽ばたき、そこから放たれた風の肉切り包丁はまっすぐに飛ぶ。
そう。
もちろん向かってくるのは僕の方。
それを見て僕は思う。
あ、魔法だ。と。
そりゃ思うでしょう?
魔法だよ魔法。初めて見たあ。すっごいよう! 前世ではなかったもんなあ。もちろん忍術の風遁で似たような事はできたけど、どうなんだろうな? 別物かな? 同じような物かな? 気になるな。気になるな。太い尻尾も思わず揺れちゃうなあ。ん? そう言えば僕も変身した時に風魔法を覚えましたってなった気がする。え? って事はもしかして今世でも風遁が使えるようになってる感じ?
とは言え。
このエアーチョッパーとやらを何とかしないと僕死ぬよねえ。そうだよねえ。
え?
どうしよう?
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