第4話 四匹揃うて変身もろうて

 一年経った頃には僕も弟妹も立派な若狸になっていた。


 弟妹らは僕主導で毎日狩猟の訓練という名の狸でも使える忍術の実験台になってもらっていたので、いつの間にか軽い忍術なら使えるようになっており、狩猟能力的にはラクーン808やおやの中でも群を抜いている。


 案外、道具を使わない忍術の類は人間よりも動物の方が向いているって事に狸になってから気づいた。

 目からうろこ。

 隠行なんかは体重の軽くて小さい獣の独壇場だし。水遁の基本部分なんかも元々泳げる狸だから自由自在、土遁も穴を掘れる狸にはもってこいだった。流石に火遁は獣には難しいけどそれも努力次第だろう。

 そこへ追加で意識誘導や幻惑なんかを使えるようにした僕たち弟妹が狩りで無双するのは当然だ。


 その結果、虫やどんぐりが主食だった僕らの食生活は一変した。

 動物性タンパク質万歳だ。


 成長期にきちんと栄養を摂取した僕らはテクニックのみならず、フィジカル的にも上の世代とは一線を画すようになった。もちろん狩った獲物は僕らだけで独占せずに群れに分配しているよう。

 僕は転生先のこの狸の群れを思いの外気に入っており、僕らが獲物を分配して、栄養が足りるようになれば、ラクーン808やおやはますます平和になり、何ともボケーっとした雰囲気が加速していく。


 実に狸らしくていい雰囲気だ。


 何をしてもいい。何もしなくてもいい。最高だなあ。何より安眠できるのが素晴らしい。まだ母であるヒメのお腹枕で寝ているのは秘密だよ。


 本当に生まれ変わってよかったと最近はつくづく思う。

 狸万歳。


 ◇


 そんなある日。

 僕ら四兄弟は父親であるリーチに呼ばれて野原に集められていた。


「おやじー、なんのようじゃあ?」


 四兄弟の中でも大柄で力自慢のリキマルが目の前にどすんと座った化け狸、つまりは僕たちの父親であるリーチに問いかけた。


「ほんとうですよう。おやじ様、あたしら蝶々を追いかけるのに忙しいんですよう?」


 紅一点、オリョウ。一歳ちょっとの若いメスなのにやけにあだっぽい雰囲気を纏っている。


「み、みんなあ、おやじの目の前だよお、いちおう、き、きちんとしようよう」


 末っ子のリケイが独特ののんびりした口調ながらも、おどおどと皆を諌める。


 僕は無言でおやじを見つめている。

 うん、キンタマでっかあ。


「おう、お前らは実に狸らしくマイペースで良いな! じゃが今はとりあえず聞くのじゃあ! 今日お前たちを集めたのには理由がある!」


 そっかあ。そうなんだあ。

 それよりもキンタマでっかあ。


 余った皮が草むらに広がっていて敷物みたいになっており、その上に僕らは座っているんだけど。

 実はちょっとブニョブニョして気持ちわるうい。

 前脚でカリカリしてみよう。

 おお、傷もつかないぞ。案外頑丈だなあ。でもダメだわあ、毛穴きっしょ。ほじったらダニ出てきたよ。仕方ないなあ、僕がつぶしたろ。あ、こっちの毛穴にもいる。もう、おやじはダメだなあ。こっちもつぶしたらあ。あーもうダメだ。ちょっと楽しい。この無為な感じ。前世でプチプチを潰している時の感覚に近い。無限に時間が溶けていく。


 おやじが長々となんか喋ってるけど無理。まったく話が入ってこない。


「…………で、だ。変化能力をお前らにも授けようと思うのじゃあ!」

 

 僕がプチプチに夢中になっている間に、結構時間が経っていたらしく。

 こんな言葉でおやじは話をしめた。


 そして、ここで僕は我に帰る。

 今、なんて!?


「変化って!?」

「なんじゃあリント! 人の袋をカリカリしてたかと思ったらいきなり反応しおって!」

「いいから! 変化って何?」


 前世の忍者時代も変身はよくやっていた。僕の十八番だったな。声、雰囲気、色々な部分で他人に変身するのが忍者の変身で自慢じゃないけどバレた事なかったよ。変化ってそれに近いもんかな?


「変化は変化じゃあ。実際やってみせるのが早かろう?」

「え? 見れるの!?」

「おうよ! ちょいと待ってろう!」


 おやじがそう言って、身体を一つ震わせると、僕らの足元にあったおやじの玉袋が急速に縮んだ。


 足元をとられそうになったので軽くジャンプして脱出する。他の弟妹も流石で、同じように飛び跳ねて脱出し、転んではいな……い……いやぁ、リケイだけはコロコロと転がって草むらに伸びている。もふもふがにょろーんとツチノコ状に伸びているのは可愛らしい。可愛らしいんだけれども。リケイは頭は良いけどちょっと鈍臭いんだよな。お兄ちゃんちょっと心配。


 そんなリケイに気を取られ、おやじから視線がそれた一瞬。

 その一瞬で。

 おやじは狸から虎になっていた。

 元々、狸としては巨大で、全長三メートルくらいの巨体だったが、今はその比ではない。この森で実際の虎を見た事がないが、少なくとも前世の虎よりも遥かに大きい。


 おおお! これが変化か!


「おやじすっごい!」

「ぐわう! すごかろう!」


 僕の心底からの感心におやじは嬉しそうに吠えた。

 大きな体躯から鳴り響く雷のような喜びの声はまさしく虎の咆哮だった。


「すげえ」

「おやじ様を初めて、尊敬したわあ……」

「…………こわあい」


 弟妹たちも三者三様ながら変身した姿に驚いて遠巻きに見ている。全員毛がボフンと膨らんでいるのでおやじだとわかっていながらも本能的に戦闘態勢に移っているらしい。しかし完全にびびっているため近づこうとはしない。


 でも、僕は違う。

 今世でも変身が使えるのなら使いたい。


「おやじおやじ! 触ってみてもいいか?」

「ぐおうぐおう、良かろう! リントだけは怯えておらんな。さすがじゃあ!」

「うん、見たい!」


 許可を得て、その前脚に触れてみる。予想とは異なり、意外にも実体があった。試しに毛を一本抜いてみる。

「いてえ」と父が吠えた。

 どうやら本当に幻ではないようだ。

 念には念を入れて、自分の爪で軽く自分を傷つけてみる。

 幻術であれば大体これで消えるはずだが、やはり眼前の虎は狸に戻る事はない。という事はやはり幻術ではないのかあ。前世の記憶で言えば狸の変身などは幻術に近いイメージがあったのだけど、この変身は実際に体組織を変化させるタイプのようだ。


 興味深い。


 しばらく父の体の毛を引っ張ったりしてくまなく様子を観察してみる。

 しかしどれだけ見ても興味は尽きない。

 あの狸の肉体からどうやって虎の形に変わるのだろうか。肉や骨を変化させている? 体積の変化はどうやっているのだろう? おやじのでっかいあの袋が縮んでいったのがタネな気がするが。

 わからないなあ。

 もっと調べたいなあ。


 ああ。

 — —バラしたい、なあ。


 僕の狸口が無意識に深く裂ける。

 前世ではよくやった。敵対勢力で訳のわからない能力を使う奴がいっぱいいた。そんな時は必ず、必ず、その力の源を探った。バラしてでも。流石におやじにはやったらダメだろうな。わかってるわかってる。でもでもでもでも。そんなのそんなのそんなの関係ねえ……そんな剣呑な気持ちを抱きつつ、一心不乱で体を調べている僕に、何やら感じ取ったのかおやじの体がブルッと震えた。


「おい、もう元に戻るから調べるのは自分で覚えてからにせい」

「おお、ごめんね、おやじ。つい夢中になっちゃったよう」


 そういうと、急速におやじの体は縮み、あっという間に元の化け狸の姿に戻っていた。


「ああ」


 名残惜しい。

 後少しあれば、ちょっと切ってみて内部組織を見れたのに。

 その気配がバレてしまったのだろう。ダマで切る気だったからな。さすが群れの頭目。危機察知能力が高い。


「リント、わしを見る目が怖いのじゃが?」

「ん? だいじょぶだいじょぶ。気にしないで、おやじ」


 あぶないあぶない。

 前世の僕が顔を出してしまった。


 僕の言葉に納得したのかしていないのか、おやじは、ふうと息を吐き。


「お前だけは本当に狸らしくないな」


 と、自分に言っているのか僕に言っているのかわからないような感じの言葉をこぼした。


 まあ、気持ちはわかるよ。僕、中身狸じゃないし。


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