第3話 こんな僕らは楽々ラクーンドッグ
あれからしばらくは同じような生活が続いた。
寝て。飲んで。甘やかされて。寝る。
そんなライフサイクルで、何日経ったか。何十日経ったか。
段々とまぶたが開いて、目がしっかりと見えるようになって、手足も動くようになって。現状が理解できるようになった。正直最初の頃から薄々と勘づいてはいた。ただ現実を直視する気にならなかっただけだ。だって気づいてしまったらまた寝れなくなってしまうかもしれないじゃない。
食べる物が甘露から固形物に変わって、穴蔵に光が差し込み、柔らかい枕が自分の母である事を認識して、甘露が母乳である事を知った上で、自分の手とは言えないような毛むくじゃら、つまりは前脚を見た時に僕は現実を受け入れた。
そう、僕は人間ではなくなっていたのだ。
吾輩は狸である。名前はある。
リントと言います。ついこの間転生してきました、新人狸です。みなさんよろしくお願いします。優しくしてね。
にしてもなんで狸だ、おい?
転生は稀によくあると聞く。忍者の世界でもたまに聞いた事があるよ? 忍法魔○転生とか。でもこれは昨今のトレンドの転生とは違うし、僕の置かれているこの転生ともちょっと違う気がするけどね。
それでも僕だって転生ってのは知ってる。
だからあっさりとこの状況を受け入れたよ?
でもさ、起きたら狸って少しひどくないかな? やっぱ人がいいよね。人が。チートとかもろてね。なんもないのよ。狸語しか使えないの。
まーねえ、人生で初めてしっかりと安眠できたのは嬉しいよう? しかも狸には仕事もないし? 森の餌が豊富だから適当にどんぐりやら野鼠やらを食べて水飲んであとは寝るだけだし。さらに言えば月夜には満月を肴に古狸の腹鼓で踊るのも楽しい。
あれ?
僕、幸せじゃない? 人間の頃よりも幸せじゃない?
人じゃなくてよかったまであるかも?
ええっと、ま、まあそれはともかく。
どうやら僕は地球の忍者から、異世界の狸に転生したって事らしい。
そう、異世界。
狭い穴蔵からこれまた狭い狸の世界にでただけでも異世界とわかった。
理由は色々あるけれど。
まず、父狸が化け狸だった。
地球には化け狸はいないし、狸の群れにラクーン
そんなわけでここが異世界だと僕は認識したわけだ。
ではここらへんで僕が置かれている状況を整理がてら考えていこう。
父親はさっきも言った通り化け狸で名前はリーチと言う。
姿は前世で見たような信楽焼の狸をでっかくして、毛むくじゃらになった感じだ。
きんたまでっかああ。
母親は普通の狸であった。みんなからヒメ、ヒメと呼ばれている。その名に恥じぬ美しさであり、子供の僕から見ても美狸である。とても美しい鼻筋に左右均等で大きく末広がりな目の隈取り。毛並みは輝くように美しくふっくらとしている。この毛並みと肉感を枕にしていたのだ、それは安眠もするだろうよ。ままぁん。
もちろんあの穴蔵で母の腹肉と毛皮を枕にすくすくと育ったのは僕だけではない。兄弟がいる。
ぶらざあ。
名前はリキマル、オリョウ、リケイの三頭だ。
元々は僕を含めて七頭いたんだけれど。今は自然の摂理によって四頭になった。お察し下さい。我ら狸も自然の捕食者から見ればただの餌である。虫や野鼠を僕らが食べるように、捕食者も僕らを食べる。さようならあ。
死んだ兄弟はため糞の上を歩いた足で僕を踏んでくる以外は割といいやつだった。
鬱蒼とした森の中、ポッカリと空が抜けた一角で、土をほじほじして虫を食べていたら、空から僕らの三倍以上はあろうかという鳳(おおとり)にあっという間に攫われていった。後から母に聞けば、彼らは坩堝の森の空の支配者だという。
まかり間違ったらあそこにいたのは僕だっただろう。
なんというか自然は厳しいなあ。
しかし兄弟が死んでも生活は回る。野山の虫やどんぐりや食べるのに忙しいし、それ以外はだらっとして過ごさなければならない。どうもだらっとするのは狸の使命感であるような気がする。
周りを見てもそんな感じで自由だ。前世ではこんなにのんびりと人生を謳歌した事などなかった。土の匂い、草の匂い、空の青さ、世界全部に色がついている。
人間だった頃には朝からコンクリートの中に押し込められ、夜は闇の中に蠢く生活だったからなあ。
ああ、ヤダヤダ。嫌な記憶はとぼけた狸の顔で消してしまうとしよう。
さて、気分を変えるために、さっき適当に流してしまった僕の兄弟に関して触れていこう。
生き残った狸サバイバーの中で、僕が長兄という扱いになっていて、その下にリキマル、オリョウ、リケイと続く。長兄とは言っても狸には出産順の長幼の序などないため、この序列は強さの順となる。正直野生と知性を兼ね備えた僕が同い年のただの狸に負けようがない。
これも転生チートになるのかな?
まあ所詮狸だけれども。
とりあえずこんな感じに狸の転生生活は始まった。
さて、今日も獲物をとらえる練習で弟たちを鍛えるとしようかな。
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