第2話 監禁生活?安眠生活?
「クァァ」
あくびをした僕の口から少し高めの声が漏れる。
よく寝た。
こんなによく寝れたのはいつ以来だろう。随分と長い事寝られた気がする。
目を開きたくない。
いや、正確には目が開かない。これなんだこれ。なんだかよくわからない。手足もまともに動かない。なんだ。思考がバラつく。忍者の仕事で拉致でもされたか? 一服盛られて体と思考の自由を奪われたかもしれない。薬は効かないはずだが……新薬か……?
とりあえず。
こんな時は冷静に状況を把握だ。
まずは閉じた目を無理やりこじ開ける。
精神の力で肉体を無理やり動かす方法は幼い頃から習っている。薬物で阻害された神経伝達を修復すればいい。脳のリミッターを解除して伝達物質を大量に流し込むイメージ。
一気に流れ込んだ伝達物質に従うように、まぶたの筋肉が持ち上がって視覚に情報が送られた。
だが何も見えない。
「クァア」
暗い。
と、そう口にしたはずの言葉は、言葉にならず、高い声というか、鳴き声というか、そんな音になった。
言語すらも奪われている。これは相当まずい状況だと思われる。
思われるのだが。
そんな状況に反して、心は非常に安らかで、幸福に満ちている。
大嫌いなはずの暗闇の中、狭い場所に押し込められ、身体のあらゆる筋肉を弛緩させられた状況。自由を奪われ言語もままならない。普通であれば不安と恐怖に心が押しつぶされんばかりだろう。
でも実際は違う。
ここは暖かい。ここは幸福だ。そんな無条件の感情が心に満ち溢れている。僕の人生でこんなに安心できた事があっただろうか。いや、ない。ないのだ。これほど無条件の安らぎなど、人生の中で誰にも与えられなかった。母の乳に毒が混ざっているような環境で育った僕だ。母の腕の中すらも敵地。常在戦場だったのだ。
それがここはどうだ。
もふもふしてて、ふわふわしてて、あたたかくて。
まるで天国じゃないか。
敵地だとしても。
胡蝶の夢だったとしても。
もうしばらくこの幸せを享受したいぞ、僕は。
そう固く心に誓い、柔らかい肉感の枕に頭を擦り付ける。
脳に伝達物質を流した影響か、体の自由がある程度効くようになったようだ。
「ミャア」
あー、柔らかいし、もふもふしてるし、サイコーだー。
と、そう口にしたはずの言葉は、言葉にならず、可愛い声というか、鳴き声というか、そんな音になった。
そんな僕の声に反応するように枕がもそもそと少し動いた。
この枕動くんか? 不思議な枕だ。
しかし今は枕が動いた事なんてどうでもいい。それどころではない。枕が動いた結果の方が大事だ。枕から現れたいい匂いのするこれの方が大事だ。とてもいい匂いのするモノが鼻先にポンっと現れたんだ。
これにどうしようもなく心が惹きつけられる。
枕が動けば、いい匂いのするモノが、鼻先に現れる。
風が吹けば、桶屋が、儲かる。
そんな理論だろうか。
なんだそれ。
もうなにもかんがえられない。
鼻腔をくすぐる薫りをより堪能しようと。
スン、と鼻を鳴らす。
たったそれだけ。たったそれだけで。
鼻に飛び込んできた匂いに脳が叩かれた。
その匂いをかいだ途端、急激に腹が減ってくる。そうだ僕は腹が減って減って仕方なかったんだ。
「キュウ」
腹減った!
と、そう口にしたはずの言葉は、言葉にならず、可愛い声というか、鳴き声というか、そんな音になった。
そんな事はもういい!
とにかく僕は今ものすごくお腹がすいている。目の前にあるこれに吸い付かずにはいられない!
口を伸ばして僕は吸い口に吸い付いて本能のままに顎と舌を動かす。
途端。
口内に幸せが飛び込んできた。
甘露だ。
これは神の世界の甘露だ。ネクタールだ。
ゴクゴクと吸い出し、それを嚥下する。
クラフトビールのタップだって、ポンジュースの蛇口だって、うどん出汁の蛇口だって目じゃない。
今までの人生の中でこんなに美味いものを飲んだ記憶がない!
「ミャァ!」
うまーい!
と、そう叫んだはずの言葉は、言葉にならず、可愛い声というか、鳴き声というか、そんな音になった。
夢中で甘露を飲み続けて、僕はくたくたになってしまった。
随分と体力が落ちているようだ。荒くなった呼吸で、フンフンと鼻から息が漏れてしまう。
でもそれは心地の良い疲れで、疲れすらも幸福に感じる。
満腹感と、疲労感と、幸福感がないまぜになった心地よい倦怠感。
僕はそれに身を任せて、ぽふんと頭を枕に預けた。
何やらざらっとした物が、そんな僕の頭を撫でてくる。それは暖かくて、軽く湿っている。くう。なんという安らぎ。どうにも抗えん。眠気が脳を支配す……。
ぐう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます