狸が忍者になりまして~現代忍者が異世界狸に転生したら忍術と魔法で無双でした~
山門紳士
第1話 睡眠は永眠
僕は夜が怖い。
夜なんて来なければいいのに。
幼い頃からずっと思ってきた。
だって夜は襲い掛かってくるから。
比喩とかじゃなく。
僕の家庭の事情で、夜は僕に襲いかかってくる。
修行と称したそれは僕が布団に入ると始まる。
夜から襲い掛かる暗闇と、暗闇から襲い掛かる襲撃に怯えながら、必死でそれに対処する数時間。
それが僕にとっての夜だった。
幼稚園に通い始めたある日。
僕は他のご家庭の夜が襲ってこないと知った。
当然その時、僕は父母に不満を漏らした。
「なんで僕の家だけ夜に寝れないの!? なんで僕の家だけ変な人がいっぱいいるの!? なんでなんでなんで!」
そんな幼子の激情の渦へ返ってきたのは。
「うちは忍者のおうちなんだから仕方ないでしょ。よそは違うなんて言われても意味ないわ。うちはうち! よそはよそ! さっさとご飯食べなさい!」
そんな言葉だった。
長じてから寺生まれの同僚が「うちは仏教だからクリスマスはない! キリストの誕生なんて祝ってないで、さっさと仏様のおさがりを食べてしまいなさい!」と言われた事を他の同僚と笑って話しているのを、横で盗み聞きして、みんな似たような事を言われてるんだなと少し納得した。
しかしその時の僕は絶望した。
絶望はしたのだが。だからと言ってどうなるものでもない。事態は変わらないし、夜は毎日やってくるし、夜には忍者がやってくる。そしてそれに対処しなければ僕は死ぬ。
幼い僕にできる事は襲撃を捌きながら、ただただ夜が明けるのを待つ事だけだった。
こんな生活は幼少期に続き、思春期を越え、青年期を終える頃まで続いた。
そしてその頃にはすっかりと僕は夜が怖くなってしまっていた。
夜に寝る事を恐れるようになってしまった。
何せ僕にとって夜は死と同義なのだから。
睡眠は永眠。
それが僕、
しかし、いい大人で忍者の家の頭目候補である僕が「夜、怖いでござる」では困る。
だから周りの大人や家のかかりつけ医に相談してみた。
みんな大丈夫大丈夫。夜はすぐに友達になるからと取り合ってくれなかった。
当初意味がわからなかったが、成人を迎えて、家業を手伝うようになってから、皆の言っている意味がわかった。我が家の忍者稼業は諜報暗殺を得意としていて、主な仕事は夜にやってくる。幼い頃から真っ暗闇の夜に修行した理由はこれだった。
不思議と夜に仕事をしている時は夜が怖くなかった。
きっと忍者という職業が夜と同化しているからだと思う。
僕は結論づけた。
夜が怖かったら寝ずに仕事をすればいいじゃない、と。
パンがなければお菓子を。なんて言葉にも似た不毛な対処方法かと思うだろうが仕方ない。
何よりも僕は夜が怖いのだ。固定概念として幼い頃から刷り込まれたものは中々覆せないものだ。
なにせ安眠は永眠だから。永眠は嫌だ。
だから寝ずに働く。
うん、理にかなっている。
とは言っても本当は家業など手伝いたくないのだが、残念ながら昼の職業は公務員なので夜勤はない。僕が有能であれば激務な部署で深夜残業などもあったかもしれない。しかし職場内で僕は仕事ができないで通っていて、閑職に身を置いている。だから夜に働く事はできない。それに普通に夜に働いたとて恐怖が薄れるかどうかもわからない。
僕は夜を埋めるために。仕方なく家業を手伝う。
このように、家業が少しブラック気味だったおかげで、夜恐怖症の対策を得た。
昼は公務員として働きながら、夜は家業を手伝う事で、恐ろしい夜を乗り越える。とは言っても、家業のせいで夜恐怖症になったのだから、その家業で夜の恐怖を誤魔化せているこの状況はマッチポンプといえばマッチポンプではあるのだけれど。
昼も夜も働く。
するとどうなるか?
もちろん人間の体は夜の睡眠で脳と体を休めて昼の活動時間を確保する作りになっているから、体は衰弱し、精神も摩耗しているし、そのダメージは素直に見た目にも現れている。
目の下には痣かとみまごうほどのクマがびっしりとこびりついて、頬はこけて、眼窩は落ち窪み、髪にも生気はなくパサパサとしている。昼の職場では陰で死神なんて呼ばれている事も知っている。
暗殺なんかもやっているし、実際間違ってはいないから人間の観察眼というものも侮れない。
これが僕の生活ルーティンだ。本人的にはそれなりにうまくやれていると思っている。
しかし。
僕の家業がいくらブラックとは言っても仕事のない日もある。
そう、今夜のように。
こんな夜、僕は決まって睡眠薬をつまみに酒を飲む。
常人なら永眠できるくらいにドープなビッツをキメている。
お見せできないのが残念なくらい。
これも家庭の事情であるのだが、僕には薬剤耐性があって睡眠薬なんて全く効かない。
じゃあなんで飲んでんのかと言えば、プラシーボ効果を期待しての行動だ。なんとか脳を騙して、睡眠への恐怖がおさまるようにと願いながらポリポリと錠剤を噛み砕き嚥下する。するしかない。
実際、ある程度効果があるのだ。
何時間だろうか。こうやっていると耐性を凌駕したわずかな薬効と、酒と眠剤をキメているというプラシーボ効果で、睡眠欲が死への恐怖を超えてくる。その頃にはすでに空は白み始めているが、どうせこうなったとて一時間くらいしか寝る事ができないし、その時間には昼の仕事へと向かう時間になる。
「ああ……怖いなぁ……」
そう呟いて。
僕は部屋中に散らばった睡眠薬のパッケージとウィスキーやウォッカの瓶に囲まれながら意識を手放した。
不規則な呼吸が室内に響き、その音が消え、室内に静寂が訪れた頃。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、まるで救いの手のように哲人の体を包み込んだ。
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