第10話 逢瀬

 東京西新宿の高層ビル街にある、高層ホテルの最上階の一室…


 下北沢で綾と別れた愛莉が、窓から裸体にバスローブだけをまとった格好かっこうで、眼もくらむような高さからの夜景を見下ろしている。

 昨今はホテルの周囲に高層ビルが乱立してしまい、往時の景色は望めないが、それでも最上階からの眺めは仲々のものだ。


 「――どうした?」

 バスローブを着たパパ活相手の中年男が、ワイングラス片手に歩み寄って来た。


 「う~ん…、ウチの方角はどっちかなぁ~って…」

 「日野市の方は、都庁に邪魔されて見えないかなぁ…」

 空いている左手を、愛莉の右肩へと置く男。


 「――ありがとう…、俺の誕生日に付き合ってくれて」

 「――奥さん…、帰りを待ってんじゃないの?」

 「待ってる訳ないだろ、あんな奴――」

 言い終えるが早いか、男がワイングラスを持つ右手で愛莉を抱き寄せた。


 抱き合って、濃密なキスを交わしている愛莉と男…

 その勢いそのままに、二人はベットへと倒れ込んだ。

 そのはずみでバスローブの胸元がはだけ、愛莉の豊満な乳房があらわに――




 愛莉は男の、柔らかく優しい愛撫あいぶが大好きだ。

 全身を駆け巡るとろけるような感覚に、酔いしれている愛莉。


 ――ああぁ、たまらない…、たまらないぃ…

 ――この優しさがぁ、大好きィィ…

 快感の絶頂のさなかに、男が愛莉の体内に侵入して来た。


 「んんっ?!――…」


 愛莉が男の裸の上半身を、両腕でギュッと抱き締める。

 愛莉の裸体の上で素っ裸の男が、腰をゆっくりとひねり回している…――


 ――イイィ~!…、すごくイィィ~…

 ――もっとおぉ…、もっとおぉぉ…


 ★


 コトが済み、ベットで布団にくるまって愛莉がまどろんでいる。

 男は汗にまみれた身体を、シャワーで流しに行っている。

 まどろみながら、愛莉はもの想いにふけっている――


 ――結局オトコなんて、どいつもこいつもクソばっか…

 ――この"おぢ"も、リョーマも、どうせ…




 愛莉がトー横に来たきっかけは、父親からのDVだった。

 母親が蹴られ殴られるのを見るのは日常で、愛莉は6歳年下の妹とアパートの部屋の隅で、おびえてうずくまっているだけの毎日だった。


 そして忘れもしない、12歳の誕生日の夜…

 「ほぉ~っ…、もう立派なオトナの身体じゃないかぁ」


 夕食を終えた時に酒に酔った父親から、いきなり愛莉は馬乗りにされた。

 抵抗空しく着ているシャツをビリビリに引き裂かれ、Bカップ程度まで発育した愛莉の胸を、力づくで露わにされてしまった。


 「あなた、お願いだから――」

 部屋のはしおびえて座る母親が、身を乗り出して懇願こんがんするが――

 「おまえは黙ってろッ!!」

 父親はちゃぶ台の上からサワーの空缶を、母親に向けて投げる始末。

 母親は無念そうな表情で、ただ見守るしかない…


 「いやあぁぁッ!!」

 眼前がんぜんで展開されている下劣げれつ極まりない行為に、耐え切れなくなった妹が大声で叫び、ドタドタと玄関から部屋の外へと出て行く。


 「ちょっと?!――」

 母親が立ち上がって、制止しようとするが、

 「放っておけッ!!」

 愛莉を凌辱りょうじょくすることに無我夢中な父親が、大声で制止している――




 ペタペタと裸足はだしで懸命に走る妹が、息せき切ってアパート隣の民家へと駆け込む。

 泣きわめく妹に、尋常でないものを感じた民家の住民は、即座に110番通報した。


 パトカーが数台駆けつけ、警察官がドアを蹴破けやぶって、アパートの部屋にドドッとなだれ込むが――

 すでに時遅く、布団に泣きじゃくって横たわる愛莉は、父親に処女を奪われてしまっていた…




 しかし愛莉の不幸は、これで終わりではなかった。


 父親が逮捕され刑務所に収監されると、今度は母親が違う男との逢瀬おうせに夢中になってしまい、愛莉と妹は放ったらかしにされてしまう。

 男とイチャつくために、母親は娘二人を寒空のアパートの外で、待たせてしまうこともあった。


 留守にしがちな母親に代わって、愛莉が幼い妹の面倒をみるしかなかった。

 甘えてからんでくる妹に、愛莉は笑顔を返してはいたが――


 ――あたしだって、誰かに甘えたい…

 ――優しくされたいしぃ…、優しくされたぁァィ…


 ★


 「――…どうかした?」

 ハッとすると、眼の前に中年男の顔がある。


 布団にくるまったまま、愛莉はバツが悪そうに赤面している。

 それを見た男は、優しげな顔で微笑んでいる。


 「シャワー、浴びるかい?」

 「――うん…」

 隠すことも恥ずかしがることもせず、愛莉は起き上がると、素っ裸のままバスルームへと歩いて行った…




 母親から放置されていた愛莉は、やがてトー横へ通うようになる。

 律儀にも、妹を寝かせつけてからの外出だった。

 同年代の似たような境遇の少年少女たちといやし合う時間は、至福だった。


 そうするうちに愛莉は、パパ活を知ることになる。

 ヒトから優しくされることに飢えていた愛莉は、すぐに飛びついた。

 父親からけがされた身体を売ることは、全くいとわなかった…


 ――一流の優しさを、そん時だけ貰えれば、あたしはいいし…

 ――ホストも"おぢ"も優しさのプロだ。優しさと引き換えに、カネか身体を、あたしは差し出すだけ…

 

 バスルームで愛莉がコックをひねると、シャワーヘッドに向けた顔へ、湯が勢いよく噴き出した。


 ――そんなヤラしいだけのオトコどもなんて、ガチで信用出来ないし…

 ――それにもう…、あンなメに遭うのは、マジでガチでイヤ…


 滝の如く噴出する湯の中で、愛莉は何かにおびえるかのように、両腕で上半身をしっかりと抱き締めていた…


 ★

 ★


 一方、その頃の綾は――

 フラッシュバックに襲われていた…


 ――そうだ…

 ――中学二年の時の5月に、あたしをレイプしかけたのは、和真だ…

 ――荒い息づかいの和真が、あたしの上に載ってきてぇ…


 ――重い…、重い重い重ィ…、重いぃィ~…




 「――アヤ?…――アヤぁ?!」


 右肩を揺さぶられた綾が、ハッと眼を覚ます。

 ぼんやりとした視界が晴れてくると、駆琉がのぞき込んでいるのが分かった。


 「どうした?うなされてたよ?」

 「ご――、ごめん…」

 綾が寝ていた布団からゆっくりと、裸の上半身を起き上がらせる。


 「――また…、フラッシュバック?」

 駆琉から問われるが、綾はうつむいて口をキュッと結んだまま。

 心配をかけまいとしているのだろう…


 「――水…、飲んでくる」

 素っ裸で起き上がった綾が、そのままの格好で部屋のミニキッチンへと、常夜燈だけが照らす薄暗い部屋の中を歩いて行く。


 ここは新宿百人町のマンションにある、駆琉の部屋。

 ほんの9時間前、この部屋で少女がODオーバードーズ酩酊めいていさせられたうえに、素っ裸で凌辱されていたことを、綾は知るよしもない…


 ★


 ――せっかく駆琉とエッチして、いい気分だったのにィ…


 ミニキッチンの冷蔵庫から2L入りペットボトルを取り出して、綾はグビグビと飲んでいる。


 ――こんな時に…、想い出しちゃうなんて…


 ふと綾が、視線を落とすと――

 反対側にあるユニットバスの扉の前に、何かが落ちている…


 ――なに?これ…


 小さく丸まった紫のかたまりは、どう見ても女性の下着っぽい。

 綾は紫色の下着を、身に着けたことは一度もない…




 「――どうした?」


 異変を感じた駆琉が、素っ裸のまま起き上がって来た。

 そして、床に落ちている下着に眼が留まると、一瞬顔をゆがませる。


 ≪――あの、バカ…≫


 「――ああ…、これかぁ」

 駆琉が、さっきとは打って変わった笑顔を、綾に向けている。


 「ゆうべ、アフターで連れ込んだ客が、忘れてったんだろう」

 汚いものをまむようにして、下着を拾い上げる駆琉。

 そして、そのままゴミ箱へと放り投げた。


 「――そう、なんだ…」

 「おいおい、なんだよぉ、その顔はぁ?」

 駆琉が綾の眼前に立ち、威圧するかのように見下ろしている。


 「ホストはアフターを獲得出来ると、一流と認めてもらえるんだぜ」

 猜疑心さいぎしんいっぱいの、上目遣うわめづかいで見つめる綾だが…

 「喜んでくんねぇのかよ?」

 「――だってぇ…」

 「しょうがねぇだろ?アフターにセックスは、付きもんなんだからぁ」

 精一杯の作り笑いで力説する駆琉が、綾のほほに右手で触れる。


 「俺が愛情を持ってセックスすんのは、綾だけだから…」

 上目遣いで駆琉を、ジッと見ている綾。

 「――アヤだって…、立ちんぼしてんじゃんか」

 「それは――」

 「ウソ、ウソ!ちょっと言い過ぎた!ゴメン!」

 うるんだ眼でいる綾の頬を、駆琉が手の平で優しく撫でている…




 「――あたしこそ…、ゴメン…」

 絞り出すかのようにつぶやいている綾。

 「俺の方こそ…、ゴメン――」

 言い終わるが早いか、駆琉が綾の唇に吸い付いた。


 素っ裸で立ったまま激しく抱き合い、濃厚なキスを交わしている綾と駆琉…


 ≪――ちょろいもんだぜ、オンナなんて…≫

 布団に倒れ込むと同時に、駆琉が綾の体内へと、強引に侵入した。


 「――あっ?!…」

 無我夢中で抱き着いてきた綾の上で、駆琉がめた顔をして、勢いよく腰を動かしている…


 ≪――こうやって、犯しまくってやればイチコロだし…≫

 「きっ――…、気持ち…、いいィィ…」

 ≪――レイプが、仕組まれたことだってのを知らねぇで、いい気なもんだ…≫

 「ああぁぁ…――」


 ≪――こいつはぁ、もう完全にぃ…、俺の言いなりィィ…≫

 ――カケルぅぅぅ…、大好きぃぃ!!――……

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交縁少女AYA 熊谷 雅弘 @kumagaidoes

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