第8話 OD

 「――…あれぇ?ココはぁ?…」

 頭がクラクラする綾は、キョロキョロと周囲を見ている。


 「ホラぁ、しっかりしろよぉ」

 上半身を抱えられた綾が見ると、この少年は知った顔…

 たしか――、カズマだ。


 和真少年は綾の左腕を自分の首に廻し、右腕を綾の身体に廻して支え、ヒョコヒョコ歩いている。




 「――ホント、飲んだこと…、なかったんだな」

 「うぅ~ん…、お酒は初めてぇ~」

 酩酊めいていしている綾の横顔を、飢えた狼のようにゴクリとよだれを飲み込んで、横目で見ている和真。


 「――オレも…」

 「…えっ?――」

 「14の時に、初めて飲んだ…」

 ――たしか和真は、あたしの1コ上…かな?


 ゼエゼエ息を切らせながら、綾を支えて歩いている和真。

 ――あたし、そんなに重いかぁ~?…

 ――んんん~…、ムネ、触られてるぅゥ~…


 ブツブツとなえる綾だが、いつしか意識が混濁こんだくしてしまい、訳が分からなくなってしまっていた…


 ★

 ★


 「――ちょっとぉ、綾ァ~?!」


 ハッとした綾の嗅覚きゅうかくが、肉の焼けた香ばしい匂いを感じている。

 ジュワァァ~…と肉が焼けると同時に上がる白煙が、綾の視界に入る。


 「どうしたのぉ~?ボーッとしちゃってぇ」

 左隣に座る葉月が、右腕で綾を小突いている。


 「――ご…、ごめん…」

 「わりぃ、葉月。綾さぁ…――」

 対面に座る愛莉が、網で焼いている肉をトングで返しながら話し掛ける。


 「たまに、こういうコトあんだ」

 「え?」

 「話していい?」

 愛莉が眼を見てくので、綾が小さくうなづいている…




 「フラッシュバックすんの」

 「フラッシュ…、バック?」

 思わず顔をしかめる葉月。


 「なんなの、それ?」

 「トラウマになってるコトを、急に思い出しちゃうの」

 焼きあがった肉をトングで、取り皿に取り分けながら話す愛莉。


 「それって、自分の意志に関係なく?」

 「――そうなんだ。…ごめんね、葉月」

 口を開きかけた愛莉をさえぎって、綾が葉月に話している。

 「ううん~ン。あたしこそ、ごめんだよぉォ~…」

 葉月が綾の方を向いて、泣きそうな顔をしている。


 「やめてよぉ~!もう、この話は終わりっ!」

 綾が笑顔で、葉月の両肩をつかんで揺さぶっている。


 「そうそう…。さぁ~、スタミナつけようぜぇぇ~」

 愛莉が、肉を盛りつけた取り皿を差し出すので、

 「おおぉぅ~!」

 綾と葉月が右手を突き上げて、気勢を上げている…――


 ★


 綾がマザーポートの五十嵐のもとを訪ねた週の後半、金曜日のよいの口。

 下北沢駅近くの焼き肉店の席に座り、肉を焼いては注文し、食べまくっている三人の少女たち…


 「――にしても、その五十嵐ってヤツ…、そ-と-ヤバいね」

 額に汗をにじませ、口をモグモグさせながら話す愛莉。


 「なんでさぁ、あたしと駆琉のコト、知ってたんだろぉ?」

 焼き上がった肉をトングで網から取りながら、納得がいかない様子の綾。


 「でも、その…、五十嵐ってヤツの事…」

 「うん――…、探んない方がいいね」

 「――…、何で…さ?」

 二人が口をそろえるので、綾が恐る恐るいている。


 「悔しいけどさぁ…、やっぱアタシらじゃあ、大人に勝てねぇし」

 「――…だね」

 愛莉が投げやり気味で話すのに、葉月が同意している。


 「さらわれたら、シャレになんないしさ…」

 愛莉が真顔で話すので、その場の空気が凍りついてしまう…




 「――それにさぁ…」

 取り皿にはしを置いた葉月が、話を再開する。


 「あたしらの親もそうだけどさぁ、大人って綺麗ゴトばっか言ってさぁ、所詮しょせんは自分勝手だしさぁ…」

 綾と愛莉が、話す葉月をジッと見ている。


 「我慢して苦しんで生きてるアタシらのコトなんて、放ったらかしじゃん?」

 「――そうだね…」

 神妙なおも持ちで、二人が頷いている。


 「その五十嵐ってヤツも、ぜってぇ信用出来ねぇよ」

 「どうやってアヤのコト、利用してやろうかって考えてるかもだし…」

 「――そうだね…」

 葉月と愛莉からの忠告に、綾が頷いている。




 「ヒトに親切にしろ、ヒトに恥ずかしいコトはするな、ヒトに嘘をつくなって…」

 感情をあらわにしながら、ワナワナとつぶやく葉月。

 「――じゃあ、オメェらはどうなんだよッ?!って…」

 「それな~、ほんとそう!」

 愛莉が腕組みをして、大きくウンウン頷いている。


 「大人なんて適当に利用してさぁ、あたしらは楽しめばいいんだよ!」

 気勢を上げるように叫ぶ愛莉。

 「おけえ!ならあたし、推しメンとチェキ、撮りまくってやるぅぅ!」

 ※これはメンズコンセプトカフェで、お気に入り店員との有料写真を買いまくることを指す


 「出たよ、メンコン狂い」

 これ幸いに、愛莉が冷やかしている。


 「なんだよぉぉ!愛莉だってホスト遊びすんでしょぉ~?!」

 「しらんがな、当分自粛」

 「なぁんでぇぇ?!」

 「綾が当分自粛だしぃ」

 シレッと言い放つ愛莉に、

 「あたしも、自粛しろってかぁ?!」

 ガタッと葉月が血相を変えて立ち上がったので、綾と愛莉が大笑いしてしまう。


 テーブルを囲む三人の少女たちの笑い声が、店内にとめどなく流れ続けていた…


 ★

 ★


 同じ頃、新宿歌舞伎町と百人町の境にある職安通りでは…

 

 ――たしか、あのマンションのはず


 歌舞伎町側の歩道に立つ五十嵐が、通りの反対側から少し入った所に建つ10階建てマンションを遠目で見ている。


 ――久しぶりに来たな

 ――芹澤が、ホストになってたとは…


 陽がとっぷり暮れた職安通りには、歌舞伎町ほどのにぎわいはないものの、隣駅の新大久保にある韓流街はんりゅうがいへの入り口とあって、ソコソコの人通りがある。

 五十嵐は多数の車両が行き交う通りを横断して、百人町に足を踏み入れた。


 路地に入ると、先ほど見たマンションの界隈かいわい閑静かんせいな地域で、歌舞伎町とは打って変わった静寂な雰囲気だ。

 それでも頻繁ひんぱんに通行人とすれ違うのは、大都会である新宿を控えた地であるからだろう。




 ――おや?…


 反対側からやって来る、足元がおぼつかずフラついている人物が五十嵐の眼にまる。

 その人物は道端の電柱に手を付きながら前に進もうとするも、どうにも動きがぎこちない。


 姿恰好すがたかっこうから察するに、年若い女性のようだが――

 衣類を身に着けてはいるものの不自然な着こなしでいて、薄ピンクのブラウスの胸元も大きくはだけて、紫のブラジャーが見え隠れしている…


 ――…あっ?!


 異変を感じた五十嵐が駆け出すと同時に、長い黒髪をなびかせて女性が倒れかかってしまう。

 すんでのところで五十嵐に抱きかかえられ、どうにか女性は路上へ倒れ込まずに済んだ。




 女性は、10代なかばぐらいの少女に見受けられる。

 五十嵐がのぞき込むノーメイクの表情は、眼がうつろで半開きの口からはよだれが垂れていて…


 ――ODオーバードーズか…


 少女からは、ほのかに汗と体液が入り混じったような臭いがする。

 性行為をしたあとの、独特の臭いに似ている…


 ――まさか…


 五十嵐が少女の左腕を抱え、肩にかつごうとした時――

 「よぉ、聖志さとしぃ」


 五十嵐が顔を向けると、薄暗い路地に小柄の男がニヤニヤして立っている。

 ホストクラブ『得夢』で、駆琉と会っていた藤井だ。


 「――しんか…」

 静かににらみ合う二人の横を、通行人たちが足早に通り過ぎている…


 ★


 「おまえ…、芹澤に何の用だ?」

 「――何のことだ?」


 藤井の突っ込みを、サラリとかわす五十嵐。

 綾から手を引くように、告げに来たとは言えない…


 「とぼけんじゃねぇよ。そこは、芹澤のマンションじゃねぇか」


 藤井が指差す先、五十嵐の背後50Mほどの所には、駆琉の部屋がある10階建てマンションのエントランスがある。


 「――俺たちのシノギを邪魔しやがったら…」

 激しいガンを飛ばし肩をいからせながら、五十嵐のもとへと藤井が歩み寄る。

 「容赦しねぇからな…」

 下から見上げるようにして睨みつける藤井を、五十嵐が仏頂面ぶっちょうづらで見下ろしている…




 「――やってみろよ…」

 毅然きぜんと五十嵐が、言い返している。


 「おまえらヤクザが堅気かたぎに手を出したら、どうなるか分かってんだろ?」

 言われても、表情を変えずに睨み続ける藤井。

 「皇龍一家を、壊滅させたいのか?」


 「――…変わったな、おまえ」

 表情を緩めて呟く藤井へ、

 「変わったのは、おまえだろ?」

 仏頂面の五十嵐が言い返す。


 「このを、ボロ雑巾ぞうきんのようにもてあそびやがって…」

 ぐったりとした少女の顔を見ながら、話す五十嵐。

 「おおかた、ODでこの娘をラリさせて、芹澤が散々犯しまくりでもしたんだろ?」

 両手ポケットで、フンと鼻を鳴らせている藤井だが…




 「あげくに、この娘を部屋の外に放り出したままにしやがって…」

 語気を荒げる五十嵐。

 「まぁ、おまえにとって、この娘は商品でしかないんだろうがな」

 無言のまま、不敵な笑みを浮かべる藤井。


 「こうやって散々クスリ漬けにしてから、風俗に売り飛ばして、そのアガリで皇龍一家は食っているんだろ?」

 「何のコトやらぁ~…」

 ニヤニヤして、とぼけている藤井。


 「おおかた、芹澤がやり過ぎてないか心配になって、様子を見に来た――」

 「それ以上――、しゃべるんじゃねぇ…」

 藤井が再び、すごみを効かせた表情に戻った。


 「いくら昔のよしみでも、これ以上調子に乗りやがったら――」

 「やってみろっつッてんだろうが!」

 少女を抱えた五十嵐の怒声に、通りすがりの通行人たちがそろって足を止めてしまう。

 藤井はひるむことなく、五十嵐を睨み続けたままでいるが…




 「――そうか、そうか、そぉかぁ~…」

 藤井がハンドポケットで、ヘラヘラしながら身体を揺らし始めた。

 「おまえ…、デコスケ警察のオンナと付き合ってんだもんなぁ~」

 うろたえることなく、藤井を睨み続けている五十嵐。


 「ヤベぇもんなぁ~。下手に手ぇ出したら、すっ飛んできちゃうからなぁ~」

 クルリと背を向けて、藤井が歩き出す。

 「まぁ、今日のトコは、見なかった事にすっから…」

 上に伸ばした右手をヒラヒラさせながら、藤井が立ち去って行く。

 「まぁたなぁ~…」


 その様子を、意識が混濁したままの少女を右腕に抱えた五十嵐が、真っすぐに睨みつけていた…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る