空から邪神が降ってきた(仮)

おひさの夢想部屋

本編

 夜、夕食時の時間。風が強く、砂埃を起こす日。彼女は、家で肉じゃがを作っていた。ジャガイモの皮を剥き、水にさらし、豚肉の細切れを少し切ろうとまな板に乗せて――事は起きた。凄まじい衝撃と地響き、轟音、土煙が家の中で起こったのだ。

「――…は?」

 間抜けな声が彼女の口から出た。彼女は呆気に取られ、上を見る。すると、天井に大穴が空いていた。しばらく天井を見て、彼女は視線を下に戻した。土煙の中で、何かが蠢いている。あれは――何だ?彼女が凝視していると、大剣が降ってきた。否。小柄な少年が大剣ごと、蠢く何かに突き刺さったのだった。

「何、勝手に民家に落っこちてんだッ!この、シュゴスー!!!」

 怒号を響かせて、小柄な少年は蠢く何か――シュゴスを睨みつけた。

「逝・け・やぁぁ!!!」

 小柄な少年は怒りに任せて突き刺したままの大剣でシュゴスを斬り裂いた。傷口から黒々とした霧が噴き出し、シュゴスはとんでもない断末魔を上げた。

「ギィガアアアァァアァアアッ!!」

 その断末魔に彼女はよろめいたが、しかし、倒れることもなく耐えた。目を閉じてこめかみを押さえ、小柄な少年を見た。シュゴスは、黒々とした霧になって消えていった。

「ったくよぅ…結界で生き物は別空間に移動してても建物そのままなんだぞ」

 小柄な少年は始末書が、修理費用が、などとぶつくさ言いながらシュゴスがいた所を調べている。そこへ、再び天井の大穴から人が降ってきた。同じく、小柄な少年だった。

大輝だいき!こっちの討伐は終――」

 言葉は驚愕と共に消えた。先ほど降ってきた小柄な少年は、彼女と目があったのである。この子は最初に降ってきた少年より大人しそうだと、彼女は呑気に思った。

「なんだよ、静流しずる。ちゃんと終わらせたよ。始末書また書かないといけないけどさぁ…もう、手伝ってよ――静流?どうしたんだよ」

 最初に降ってきた小柄な少年――大輝が、先ほど降ってきた小柄な少年――静流を見て、首を傾げた。静流は、口を半開きにして固まっている。その様子に大輝は首を傾げた。

「いる」

 ようやく静流が言った。

「何が?もうあいつらいないけど?」

「人」

「は?何言って――」

 静流が指差した方向を見て、大輝は固まった。

「ああ、どうも」

 彼女は、とりあえず軽く会釈をした。それに対して、大輝は己を取り戻した。

「人ーーーッ!!?なんでッどうして!?結界って建物はそのままに生き物いないはずだろ!機能してないのかよ!!!」

「いや、結界は機能してる。けど、なんか、いる。人が」

「いやいやいやいやいやいや、なんで!??あんた、何してんの!?」

 少し吃驚したような彼女は言った。

「肉じゃが作ってるんだけど?」

 肉じゃが、と聞いて二人は再び固まった。確かに、シュゴスが降ってくる前と変わらず彼女は台所に立っていた。まな板の上にはちゃんと豚肉の細切れが乗っている。彼女が、普通に生活をしていることに二人は驚いているようだった。

「とっとりあえず、包丁を置いてください。危ないので」

 静流は顔を引き攣らせて言った。

「ああ、そうだね。えっと――」

 そういえばと彼女は右手にずっと包丁を握っていたことを思い出し、包丁をまな板の隣に置いた。その流れで彼女は水道で手を洗った。ついでに、水にさらしていたジャガイモをザルにあげる。

「嘘だろ……水も出てる。てことは、ガスも通ってるのか?――やべえ……ヤバすぎだろ。イレギュラー過ぎる」

 少し台所を整えてから彼女は大輝と静流に向き直った。二人とも、彼女に引いている。

「それで、えっと…」

「あの!」

 静流が捲し立てるように言った。

「体に違和感はありませんか?気持ち悪さは?何かを失ったような感覚もありませんか?」

「え?――特には…無い、かな?」

 彼女は肩を回して解しつつ考えて答えた。その姿に二人は困惑しつつ、顔を見合わせて頷いた。静流は、目を伏せて言った。

「発狂耐性は高い、か…申し訳ありませんが、貴方には一緒に来てもらいます。拒否権はありません」

「へ??」

 彼女の間抜けな声を最後に、静流は両の手を打ち合わせた。パアァンッと音が響き、彼女は目を閉じた。そうして目を開けると、どこかの広い部屋だった。大輝と静流も目の前にいる。部屋の壁は本棚で埋め尽くされ、床にも本の山が沢山あった。部屋の真ん中には書斎机があり、何かの書類とティーカップを片手に持った男性がいた。

「こちらに」

 大輝と静流が歩き出すと彼女も歩き出した。ある程度近づくと、男性はスゥッと彼女を視た。

「それは?」

「結界の中で生活していた人です」

「…アレは?」

「殲滅しました」

「それに見られたか?」

「バッチリと」

 そう聞いて、深いため息と共に男性はティーカップに入っているコーヒーを飲んだ。短い報告のやり取りで、すでに何を行うのかは決まっているようだった。

 男性が立ち上がった。

「静流はそれを連れてついて来い。大輝、お前は始末書だ」

「「わかりました」」

 さっさと横を通り過ぎる男性の後をついて行くよう、静流が彼女を促して歩き出した。肩を落としている大輝も後に続く。少し歩いた後、床に円が描いてあるところで立ち止まった。男性が指を鳴らす。すると、白く広い部屋に彼女はいた。

「初めまして、人の子」

 何も無い白い部屋から、白いローブを纏った人物が現れた。白いローブには金色に輝く幾何学模様の刺繍が揺らめいていた。この人物は男性か女性かは分からない。顔の上半分はフードで隠れていて口元しか見えなかった。

「貴方を調べます」

 口元は微笑んでいたが、口調は有無を言わせないものだった。しかし、彼女の身には特に何も起きなかった。しかし、

「はい、壊れてます」

 とんでもない言葉が聞こえた。彼女が言葉を発するより前に、あの男性の声が聞こえた。

「何処がだ?」

「感情の一部が」

「先ほど、アレの断末魔を浴びてしまったのが原因かと」

 静流が悲しそうに言った。しかし――。

「違います」

 時が止まったように静寂が訪れた。彼女だけは首を傾げる。

「壊れたのは、珍しい。最初に魂が生まれ、成長し、生きて、死んだ時」

 スウっと部屋の空気が冷たくなった。

「彼女の意思は関係無く転生を繰り返している。その度に、壊れていったのか。ああ、幽かに匂う。高位の外なる神の匂いが。目が、声が、存在が。懐かしい――何故、貴方は感情の一部が壊れただけなのか」

「敵か」

「いいえ」

 男性の鋭い声にも怯まず、白いローブを着た人物は答えた。

「外なる神に目を付けられた、ただの被害者です」

 そう言って、白いローブの人物は足音を立てずに彼女に近づいた。流石に、彼女は後退りをする。しかし、逃げられるはずもない。

「何故、目を付けられたのかを調査をするのは無駄でしょう。何故に意味などありはしないし、もう、彼女にも興味はないのかもしれない」

 白いローブの人物が、彼女の頬に手を添えた。

「もう普通に生活はできない。貴方は見て知ってしまった。それは外なる神も同じ。貴方を見て、再び知ってしまった。認識されれば興味を持つ、持たないも関係ない。貴方に、拒否権は無い――私たちも、ね」

 白いローブの人物が彼女から離れていく。

「彼女に武器を。それが、性に合っている」

「――戦え、と?」

 彼女はようやく喋った。落ち着いた声音だった。白いローブの人物は深く頷き、ゆっくりと顔を上に向けた。

「人が知り得ぬ戦いとなる。死は忘却となり、ようやく――」

 彼女は首を傾げた。白いローブの人物は最後を言うことなく、沈黙したのだ。どうしたものかと彼女が考えていると、

「あの」

と、背後から静流の声が聞こえた。彼女は振り返った。しかし、誰もいない。

「そのまま動かないでください」

 静流の声がそう言った後、あの、両の手を打ち合わせる音が響いた。

 彼女が気がつくと、最初に来た部屋にいた。目の前には、あの男性と大輝と静流がいる。男性が話し出した。

「君には、これから我々と共にここで生活及び戦闘訓練を受けて、外なる神と戦ってもらう」

 彼女は何とも言えない表情をした。本当に拒否権がない。

「本来なら正規の手順を踏んで勧誘するのだが…」

 男性は手元の書類を確認した。

「君はイレギュラー過ぎる。今戻っても、これでは通常の生活もままならなくなるぞ」

「また、家に降ってくる?」

「――それだけで済めば良いがな」

 男性は背もたれに体を預けた。

「入り用な物、要望、それはある程度叶えてやる。大輝、静流」

「「わかりました」」

 大輝と静流は大きく頷いた。

「この二人を君につける。何かあったらこの二人を頼ってくれ。――何か、言いたいことがあるのか?」

 彼女の物言いたげな表情を男性は見ていた。彼女は首を傾げて言う。

「ああ…拒否権が無いとはいえ、待遇が良過ぎると思いまして」

 そう聞いて、男性は大輝の頭を片手で鷲掴みにした。

「結界が効いてなかったとは言え、君をこの世界に巻き込んだのは俺の部下でこいつだ。俺たちには責任がある」

「ごっごめんなさい…!!」

 男性は「この未熟者が」と大輝の頭をわしゃわしゃと撫でている。されるがままの大輝は謝りながら彼女に言った。

「俺っ!ちゃんと貴方を見るので!!サポート頑張るのでッ!!!」

「あの、大輝が粗相をしたら俺に言ってください。シバきますので」

「静流ぅ!?」

「何、大輝?」

 言い合いを始めた二人を微笑ましく彼女が見ていると、男性が咳払いをして言った。

「他には?」

 そう言われて彼女が思い出したのが、これだ。

「何かもう家には帰れないんですよね?私、肉じゃが作ってたんですが、それはどうなるんです?」

「――組織の者に片付けさせる。どのみち、土埃で汚れて食えんぞ」

「それもそうか…残念だな」

 彼女は納得して、前を向いた。

「もう良さそうだな。では――名乗ろう。俺は」

 男性は確かに名乗った。しかし、名前だけ世界から切り取られたように聞こえない。彼女は首を傾げながら言った。

「あの、今なんと?」

「――…俺の事は適当に呼んでくれ。俺の名は諸事情により、防御プロテクトが掛かっている」

「はあ…分かりました」

「あっ!俺は大輝!!」

「俺は静流です。もうご存知でしょうけど、改めまして」

「「よろしくお願いします」」

 大輝は元気良く、静流は丁寧にお辞儀をした。

「ああ、こちらこそ。よろしくお願いします。――私は」

 はっきりと答えたにも関わらず、彼女の名もまた、聞こえなかった。これはとんでもない事が起こる。そう、誰もが思った。



 こうして、名を語れぬ彼女は外なる神との戦いに身を投じる事になる。続きを語るは難しく、物語の始まりは簡単に起こるのだった。

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空から邪神が降ってきた(仮) おひさの夢想部屋 @ohisanomusou

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